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√1



 便所で用を足していた。

「あれ。俺何してたんだっけ。ああ。トイレタイムをしていたんだっけか?」


 最近物忘れが酷くて何をしていたのか、自分が何者なのかを、ふと忘れてしまう事がある。

 チートを使う毎に、記憶が摩耗していく。

 自分の限界を超えた力量を出す度に壊れていく感覚があった。

 最初は些細な事から忘却し始めた。

 昨日の飯は何を食ったんだっけ? から始まり、自分の名前、最近はつい先ほどまでやっていた事を忘れてしまう。意識してないと、記憶の泉が手の平から零れ落ちていく不思議な感覚である。


 手を洗い、財布の中身を確認する。

「まずはこれだよなぁ」

 金があるのか。それが重要だ。

 学生証に映る俺は、イヤホンを付けながら不敵な笑みを浮かべていた。


「俺はまだ大丈夫だ」


 男子寮を出ると、秋風が頬を撫でた。 

 空は澄み渡り清々しい気分にさせた。

 大きく伸びをすると、背骨がバキバキと鳴る。


「天内、おせぇな。行くぞ。ガリノの野郎がうるさいからな」


「わりぃわりぃ。アイツおすすめの男の娘メイド喫茶インモラルで待ち合わせだろ? 全く楽しみだぜ」


「美少女を超える美少女が居るとの事だ……男だけど」


「だが……」

 俺は否定を挟みつつ溜めに溜めた。


「「それがいい!!」」


 俺とニクブは顔を合わせ、お互いに意思疎通を果たした。

 

「一周回ると男の娘が至上となるもんだ」


「ニクブ。お前は良い事言うな。男の娘という時流を逃す訳にはいかんからな!」


 そんないつもの馬鹿話をしながら、俺とニクブで学園を練り歩く。

 すると風音パーティー御一行が遠くの方で垣間見えた。

 美少女を侍らせる彼は紛れもなく主人公。

 彼の下には既にヒロインが仲間として集結している。


 ニクブは恨めしそうな顔をしながら。

「風音の野郎がちょうどあそこにいるじゃねーか。無理矢理引っ張って来るか」


「うむ。アイツもそろそろ美少女ハーレムに不満だろう。新しい価値観を植え付けてやらんと、男の娘の素晴らしさを教授してやるか」

 

「行くぞ! 天内」


 俺とニクブは風音に向かって走り出した。



 俺は学園の入学式当日に転生を果たした。

 ゲームのシナリオ通り学園の男子寮に入り、ニクブとガリノと仲間となった。

 俺はこいつらと共にパーティーを組んだのだ。

 そして早々に風音と合流し、悪友Aとして彼らを傍で見守って来た。

 

 俺は時間を節約しながら修行もした。

 時間の猶予はなかったが、敵は秋から冬にかけてしか現れない。

 その間俺は独りで修行し続けた。

 イベントでは主人公に花を持たせ、未熟な部分は縁の下の力持ちとして俺は活躍した。

 

 計画は上手く動いているはずだ。

 俺は夏に大きく進化した。

 そこそこ戦えるようになった俺は、できるだけ単独でこの世界の攻略に精を出した。

 まだ一人もマニアクスは倒せていないが。それでも十分であると言える。

 確信がある。勝てると。


「勝てるはずだ」

 

 それでも……全てを救う事な出来ない。

 それを悟っていた。

 わかりきった事だ。

 当初の目標であった大団円のエンディング……これは不可能だ。


 救う事が出来ないヒロインが居ると。

 ヒロインの2人。

 物語の開始時点でバッドエンドが約束された2人。

 

 マリアはカイゼルマグスの幼体と相成っていた。

 対処が可能な内に殺害するしかない。

 あれを顕現させれば、太刀打ちできなくなってしまう。

 だから切り捨てる事にした。


 風音の切り札である聖剣を破壊する役目を持った穂村小町。

 彼女を救済できると、いや、できたと思っていた。

 結局、彼女の蛮行を止める事は出来ず、聖剣はまんまと破壊された。

 既に引き返せないほど精神汚染を受けていた彼女は自害した。

 

 最善の結末を辿る為に、既にヒロイン2人はこの世から消えた。


 失敗した……要は無理なのだ。

 二兎を追う者は一兎をも得ずってやつ。

 結局全てのルートを同時攻略など土台無理だと。

 傲慢なのだ。全部手に入れる事など不可能だ。

 何かを得るには代償が必要だ。 


 だからこの世界の人々を救うという大義にシフトした。

 大を救うために小を切り捨てる作業。 

 大義を見失ってはいけない。

 結果として多くの命が救われる。

 最も合理的で最短距離のルート()を歩むために仕方のない事だ。


 そう自分に言い聞かせた。

 

 だから俺は見知らぬモブ達を見捨てた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 対峙するのは狂気。

 狂気の化身が天に浮いていた。

 俺と風音の2人を見下ろすように終末の騎士が嗤っている。


 奴の権能(スキル)の真骨頂は精神支配、精神汚染、精神錯乱にある。

 魔法も精神魔法特化型。  

 ヒロイン勢は既に脱落している。

 否、ヒロイン勢に手を掛けたのは俺達だ。

 全員敵となり俺達の前に立ちはだかったから。

 

「ッ!」

 舌打ちする事しか出来ない。

「レベル上げが足らなかったか……それとも」

 勝利のピースが欠けていたのかもしれない。

 

 どこで見誤った!?

 

 辺りは血みどろ。多くの民が目を血走らせ踊り狂っていた。

 殺して殺して殺し尽くす。

 同族同士の共食い。

 人間の悪性、狂気を最大限までに引き出した凄惨な景色。

 人間が最も野蛮な生命であると実感してしまうほどに。


 騎士達は断末魔に叫ぶ無辜の民を弾圧する。

 いいや違う……皆殺しにする光景。

 

「地獄か」

 

 この世界は破滅に向かい始める。

 その序章が幕開けようとしていた。


 風音ボソリと。 

「あれが、元凶」


「ああ。あれを解き放てば……この世界は終わりだ。ここで何としてでも打つぞ」


 四騎士は目の前の狂乱者を入れて残り3騎。


 今にして痛感した。

 足らなかった。力が、と。


 この場を切り抜ける手段。

 あるにはある。

 俺の全身全霊を賭けて狂乱者を限界まで削る。 

 引き換えは俺の"死"だろう。

 それでもアイツを倒すには一歩及ばない。


 俺は肩をすくめた。

「風音。あとは任せてもいいか?」


 しばしの沈黙の後。

 全てを悟ったのか、彼は一言だけ頷くと。

「……そうか」


「話が早くて助かる。アイツらもまだ死んではいない。まだ助かる。狂気の騎士を倒せばな」

 瀕死の重傷を負うシステリッサや南朋に目をやり、宙に浮かぶ狂乱者を見上げた。


「本当かい!?」


「俺を信じろ。だから……トドメを頼んだぞ」

 俺は(ダチ)の肩を小突くと。


 ―――臨界点突破―――


 脳みそが漂白されていく。

 意識が崩壊していく。

 俺は自分の命を全て魔力という純粋無垢なエネルギーに変換した。

 


「……武運を祈る」

 隣の誰だったか優男は俺の方を向くと、そう語り掛けた。

 

「任せとけ。まぁ見とけよ。宵越しの銭は持たない主義でな。なに、ここで使い切って帰るさ」 


 魔法という概念の弾丸を込める。

 己の持ちうる全てをここに懸ける。

 必殺の自滅技。  

 生命の源を弾丸に込めた。


 それでも足らない。

 だから、こいつに託す事にしたんだ。

 




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