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固く閉ざした世界


/3人称視点/


 空中に飛ばされた小町が、身体を丸め態勢を整える。

 刀を鞘に納め、迫り来る水流を見据える。

 

「三日月。行きます!」


 鯉口に指を掛け、真正面から音速の一刀を……


 ―――抜刀―――


 一閃の煌めきの中で水飛沫が散った。

 水泡が拡散すると、穂村小町は目にも止まらぬ速さで刀を鞘から抜いていた。

 強化した肉体で受け身を取り、地面への衝撃を殺しながら小町は次弾への対処を準備する。


(息もつかせぬとはこの事か)


 岩盤をも削る激流がコロシアムのステージを削りながら迫って来る光景。

 迫り来る激流が彼女を飲み込もうと。


 ガチャリと、再び静かに刀身を鞘に納めると。

「遅い!」

 まるで大口を開ける鮫のような水流を薙ぎ払うと、呼吸を整えた。


「……そこそこやるか。あの男の、天内の弟子を名乗るだけはあるな。ナァ! 穂村」

 イズナは渾身の魔術を相殺され、犬歯をむき出しに心底可笑しそうに哄笑した。


「その程度ではないのでしょう? 早くしないと負けちゃいますよ」


 疲弊した身体に強化を施すと、疲労が徐々に癒されていく。

 大きく息を吐き、神経を研ぎ澄ませる。

(イズナさんは、まだ本気を出していない。先輩情報によると、第二段階がある)


「アイツに聞いたのか」


「そうですね。とっておきがイズナ先輩にはあるって」

 

 獣人。彼らの中には野生に戻る秘技があると文献で読んだ事がある。

 彼らの中でも才ある特殊な者が持つスキル。

 歴史では、戦争で多くの兵を皆殺しにしたと伝え聞く代物。

 先輩はそれを獣化と呼んでいた。

 それがイズナさんの隠し持つ必殺らしい。


「酷な事を言うな。そこそこやるが。お前にそれを出すまでも」


「そうですか……」


 血飛沫が舞った。

 

「早いな!?」


 頬を切られたイズナは悪態を吐き顔を歪めた。


 イズナへ小町の斬撃が強襲していく。

 慢心を勝機と見たか小町は距離を詰め、高速の斬撃を放ち続ける。


 火花が散るその様は鍛造を思い起こさせる。


 イズナは距離を詰められすぎて柄の長いハルバードでは刀撃の猛攻を防げなくなっていく。

 一歩。

 また一歩と、後方に下がるイズナ。

 ジワジワと追い詰める小町の剣の技量は、イズナの純粋な矛槍(ハルバード)の技量を凌駕していた。


 小町は無呼吸で連続攻撃を徹底した。

 疲労と手足の痛みを魔法で補強しながら。


 小町はイズナが魔力を練る暇を与えない。

 徐々に切り傷が増えていくイズナは苦悶の表情に変化する。

 獣人としての身体能力と類まれな戦闘センス。

 小町の放つ一撃、一撃を急所から外させるように、いなしているが形勢は小町に傾きつつあった。

 

(より早く。精密に、それでいて静かに。心は熱く。しかして頭はクールに)

 

 小町は言い聞かせるように脳内で反芻していた。


「白骨!」

 叫んだのはイズナであった。


「ハッ!?」


 息を呑む小町は、それまで追い詰めていた距離を大きく後方に取る。

 

 一歩間に合わず。


 腹部を水圧が押し寄せると、内蔵を圧迫した。

 グシャグシャと嫌な異音が脳に響き渡った。


 小町は10間(18メートル)ほどの距離を取ると。


「やっばいなぁ~。ッったぁ~」

 痛みで頭がクラクラした。

(肋骨が折れている気がする)


 口から流れる血を拭うと目線を外さず目の前の強敵を見定めた。

 

 ―――激流の渦―――


 そうとしか表現できない絶望が顕現していた。


「第二段階。これが獣化ですか……スキルだからノーモーション……やっと本気になりましたか。チャンスだと思ったのになぁ」

 

 二周りほど大きくなったイズナは、獣のような見た目に変化していた。

 毛むくじゃらになり、両手両足からは鋭利な爪が見え隠れする。

 ハルバードを投げ捨てると。

 獲物を刈り取る巨大な爪が光っていた。


「加減は出来んぞ。穂村。なに、この試合でどれほど八つ裂きになろうとも、死にはせんから安心して逝け」


 小町は引きつった顔をしながら。

「痛みは(ともな)いますがね」


 ・

 ・

 ・


 猛獣のような巨大な機影。

 うねる水流を爪に纏わせ迫るイズナは、絶望としか表現できない恐るべき激流の渦だった。

 地形を変形させて進む姿は、さながら重機を連想させる。

 あの渦に飲み込まれれば人間の身体など木っ端みじんになる。

 直観でなく現実で、そうであると思わせた。

 

 回避。

 否。

 冷静に分析し勝機を窺うように逃げ回る事しか出来ない小町。

 

(先輩はあの人を『魔術を使わず剣術と体術のみで倒した』なんてウソみたいな事を言っていた)


「頭おかしいわ。やっぱ」


(『だから小町も倒せる』と自信満々に(のたま)っていた。本来なら倒せない。昔の自分ならそう思っていた。現に今、心が折れそうな気分だ。重機を刀剣一本で何とかしようなんて、どう考えても出来ない)


「でも、やっちゃうのが先輩なんだよなぁ」

 

 小町は思い出し笑いした。

 

(多分ホントなんだよこれが。あんな自然の暴力を剣技と体術のみで倒すとか、先輩はやっぱり)


「大バカですよ。ホント!」


 刻一刻と目の前に迫る濁流。

 飲み込むモノを容赦なく()じり切る激流の渦。

 

 その時、小町はイズナが身体中に纏っている"形"がやけにハッキリと視認できた。

 頭の血が心臓に、心臓の血が両目に集中するような不思議な感覚に陥った。


 ――開眼――

 

 小町はスキルの"形"を捉えると、直観と本能で輪郭を斬れば勝てると確信した。

 異能(スキル)そのものを斬るという事。

 魔術そのものを斬るという御業があると。

 

 それを彼女は本能で理解したのだ。


「……視えた。これが"識"なのかもしれない……参ります」


 眼差しの先に見据えるのは自然の化身。

 挑むは一振りの刃。

 

 小町はフッと微笑むと、あの馬鹿が褒めてくれると思い心が躍った。


「先輩。見ていてください。弟子の成長って奴を。そうだなぁ。凄い高い料理を奢って貰おう!」


 上弦から下弦へ、そして三日月への連節。

 三連節抜刀。

 小町が独自に開発した、一度も成功した事のない大技の準備を開始した。


(いつだってイメージはしてきた。今やるんだ)

「先輩に内緒で練習してたけど、今私が出せる最強の一振りがこれだから!」


 雄叫びを上げ殺意の籠ったイズナに向かって渾身の一撃を放つと観客が湧いた。

 

 ・

 ・

 ・


 小町の勝利を見届け抜け出してきた。


「遂に開眼したか。さて、お食事会とやらをセッティングせねばな」



 ―――観光客で賑わう繫華街の通り―――



 俺は急いでお食事会に向け奔走していた。

 千秋とマリアの2人を大衆レストランに置いてきた。

 休憩を終え、汗を流し終えただろう小町。

 仕事を終えたモリドールさん。

 この2人を迎えに学園へと舞い戻っていた。


 人込みを掻き分けて進むが中々前に進めない。

 歩を緩め、携帯を取り出し、時刻を確認しつつメールを打つ。

 モリドールさんを待たせるとチクチク言われかねない。

 さっきから『遅い! 遅すぎるわ! もう帰っちゃうから! どうせ認めないし!』などという文面のメールが連投されているのだ。


「もう少し待っていてくださいね。迎えに行きますんでっと、待ち合わせ場所は学園の、」

 

 俺はメールの文面を考えながら進んでいると……

 

 人込みの中で肩がぶつかった。


「ん?」

 

 違和感。

 何か冷たい感触が腹部にあった。

 冷たい感触を認識すると身体が鉛になったかのように重く鈍くなる。

 まるで麻痺したようだ。

 

 ―――視界が歪む―――

 

 根性で意識を定めさせると焦点が合った。

 冷たくなった腹部を擦ってみると固い感触。

 グチャリと嫌な液体が手を伝っていた。

 視界を落とすと刃物が生えている。

 背中付近まで熱さがあった。

 背後まで到達しているんじゃないかと思う。


 思考が……上手く働かない。

 急速に身体中に毒が周っているのを感じ取った。


「致死系の毒か? いや呪詛が込められている?」

 震える唇で掠れる声をなんとか絞り出した。

 

 麻痺する身体を引きつらせながら、ゆっくり振り向くとフードを被った男と眼が合った。

 

 眼差し。


 ゴドウィンが居た。

 ゴドウィンは俺の事を殺気の籠る目で見つめていた。

 その眼には強い殺意が込められている、そんな気がした。


 ああそうか。そういう事か。

 俺は少し舐めすぎたみたいだ。

 この世界を。人間の念を。感情ってやつを。


 ゴドウィンは俺の驚く顔を見て満足したのか、踵を返し人込みに紛れた。


「因果が廻って来たってわけね……」


 もはや音声を発しない独り言を呟いた。

 

 多くの人々は俺に気づかないのか肩をぶつけられ続け、その場でこけそうになった。

 よろける足で、俺は歩道の隅にへたり込む。


「魔力を練る事が出来ないとはな」

 

 笑った。完璧なデバフだ。

 俺が習得している矮小な聖魔法の治癒を阻害している。

 再生が追い付かない。

 毒と呪詛のコンボで出血を止められない。

 かなり高度な呪詛が込められたアイテムのようだ。


 先程まで腹部に生えていた刃物は跡形もなく消えていた。

 夥しい血が流れ出ている。

 認識阻害の魔術を掛けられているのか俺の血と負傷に気づく者は辺りに居ないようだ。しばらくの間、俺は透明人間タイムのようだ。


「偽装も完璧とはな。やるじゃないか」

 

 素直に称賛した。

 暗殺者として優秀すぎた。


 まさか、俺が不意打ちを食らうなんてな。

 少々油断した。

 徐々に視界に星が散り始める。


「ここまでか。攻略は失敗のようだ……証明終了()


 白い靄に包まれるように辺りが真っ白になったかと思うと、突然視界が暗転し、意識は固く閉ざされた世界()に溶けていった。

 

 


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