先輩の転がし方
/小町視点/
斜め後ろから不貞腐れた顔をして連いてくる先輩は、先ほどの記事を見てから心ここに在らずであった。余程衝撃が強かったのだろう。
目立ち始めて、女性人気が出たとわかったら粋がるかと思った。
実際はその真逆である。
滅茶苦茶落ち込んでいるのだ。ナーバスになりすぎて顔が真っ青であった。
変わり者だと思ってたけど、全く心が読めない不思議な人だ。
「そういやさっき、なんか奢ってくれるって言いましたよね」
「ん? ああ。言ったなぁ」
「いいましたね先輩」
私は念押ししといた。
「なんだよ?」
「少し考えてみたんです。そろそろ先輩の夏服も買いに行かなきゃなと思っていたところです。なのでその時に奢ってもらおうと思っていまして」
「なんで俺の服買うついでに奢る事になってんの?」
「いいじゃないですか。どうせまだ買ってないでしょ?」
どうせこの人の事だ。いつも通りセンスZEROの服装を選びかねない。
先輩のコーデは私しか務まらない。この席だけはあの2人に任せるつもりはない。
「夏服は買ってあるぞ」
「え? 買ってるんですか? ちなみに……何買ってるんです?」
「おかしな事を。どうせダサいとか悪口言うんだろ?」
うっ。ダサいのは間違いない。ダサいって言い過ぎたわ。
イジリすぎて警戒されてる。
合宿後、先輩は以前よりも付き合いが悪くなった。
というよりも滅茶苦茶警戒してるのだ。
話せば普通に喋ってくれるが、避けられているのをヒシヒシと感じる。
「いいません。いいません。教えてくださいよ!」
「ヤダヨ」
「拗ねないで下さい。ホント今までの事は謝ります。お願いです。教えて下さい」
「なんだよ突然?……ダサいとか言うなよ」
「ええ。絶対に言いません。天地神明に誓って言いません」
しばらく手を合わせてみると根負けしたのか。
「仕方ないなぁ。夏だから半袖っていうのはダメだと思うんだ。固定観念に囚われている気がする」
「は、はぁ」
何を言ってるんだこの人。
「オシャレは我慢。夏場だからこその長袖長ズボン。そう決めた」
嫌な予感がする。
おかしな事言い出したよ。
「今夏は黒ツヤのレザーシャツに赤いレザーパンツ。あと穴空きグローブだな。そういやシルバーの十字架のネックレスも買ったな。ロックなスタイルでストリートを独占するぜ」
想像するだけで冷や汗が出てきた。
恐ろしいファッションセンス。
脳みそイカレてるとしか思えない。
ダメだ。気分が悪くなってきた。
溜飲を無理矢理飲み込んで、恐る恐る尋ねてみる。
「……えっと。それだけですか? そんなもんじゃ……ないですよね?」
「あ~。靴はゼブラカラーの先っぽが尖がったやつとテンガロンハットも買ってたわ。クソでかサングラスもいつも通りだな。夏装備は万端だから気にするなよ」
「ダッサ!!!」
思わず口をついて出てしまった。
内心『しまった』と思った。
「おい! 約束が違うだろ!」
「あ! すみません。つい」
「『つい』。じゃねーよ。ふざけやがって」
「せ、先輩。わかりました。わかりました。すみません。じゃ、じゃあ。こうしましょう。もし私が先輩の言うように次の試合に勝ったら、私の服を買いに付き合ってくれませんか。そこでなんか奢って下さい」
「やだよ」
「さっき、なんか奢ってくれるって言ったじゃないですか!?」
「時間が掛かりすぎるだろ。時間がないんだよ俺には。手短なやつで頼む」
ああ~。いつものメンドクサイモードになってしまった。
先輩はいつも『時間がない』とか言ってるのだ。
何がそんなに忙しいのか知らないけど……
この人のプライベートが謎過ぎる。
でも、先輩の扱い方は多少分かってる。
「お願いします。奢ってくれないとやる気出ないです。このままだと負けちゃいます」
「え? なんで? マジで?」
取り敢えず誘い出して、この人の服装をさりげなく選んであげないと、私が恥ずかしくて隣を歩けなくなってしまう。知り合いだと思われたくないと思ってしまう。
「取り敢えず! もし勝ったらご飯奢って下さいね! 私そろそろ行くんで!」
「おい!」
言いたい事だけ言っておけばいい。
『ムリだ』、『時間がない』と言っていても予約を入れておけばいいのだ。
あの人は馬鹿だから『あの時約束しましたよね! 嘘つき!』でゴリ押しできるのだ。
すると、先輩はブーブー言いながら付き合ってくれる。
これが先輩の転がし方だ。
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遂に本格的に主人公様達に接触してしまった。
認知されてしまったのだ。
風音に声を掛けられ何の因果か主人公様御一行と小町・イズナ戦を一緒に観ていたのだ。
座席配置を紹介しよう。
俺、南朋、風音、システリッサ、イノリである。
そして俺の席の隣に座る天馬南朋。主人公御一行様の1人であり、風音の幼馴染という設定の少女が執拗に俺に話しかけてくるのだ。
「ウチの下で、風魔法鍛えてみんか? 天内」
やや訛りのある不思議な喋り方。ザ・運動部みたいなスポーティーな少女である。
そんな南朋がやや上から目線で『風魔法の弟子になれ』と言う旨を伝えてくる。
「あ、はい。結構ですぅ」
オドオドした演技をする。視線は合わせずキョロキョロしてみる。
覇気のない奴になりきるのだ。
『あ、コイツ。コミュニケーション能力低すぎ! 喋っても無駄』と思わせたら勝ちである。
「チャンスを逃したらあかんよ。謙遜は損するもんやし」
「え? あ。はい。そうなんすか」
要領の得ない相槌を打ってしまった。
「天内くんは南朋に教わる事などないよ。ねぇ」
風音がやや困ったように俺に目くばせして、同意を求めてきた。
ウインクしてくるな。
気持ちの悪い。
「風音は黙ってて。今天内に訊いてるんだから」
「困ってるじゃないか。ねぇ」
またもや同意を求めるウインク。
こっち視んな。
こんな堂々巡りの会話を続けていたのだ。
風音の隣からは。
「おねえちゃん頑張れ!」
「そこです、イズナさん! 惜しい!」
イノリとシステリッサは小町と戦うイズナを応援していた。
小町とイズナは激闘を繰り広げていた。
横では南朋と風音の痴話げんかを聞きながら小町の戦いを眺める。
間坂イズナは水魔法の使い手であり、武器はハルバートを使う。
ユニークスキル:獣化・白骨を所持しているレアキャラだ。
一定時間の間、精神・肉体を狂化状態にして肉体硬度、治癒再生能力、筋力、俊敏性、魔力を1段階から2段階向上させる。レベル換算で10から15以上のステータスの向上だ。
間坂イズナは俺からしたら雑魚であるが、小町からしたら同等程度の実力者のようであった。
小町は、かち合ったハルバートの威力を真正面から受け止めてしまい、衝撃を殺しきれず大きく仰け反ると宙に向かって大きく吹き飛ばされてしまった。
宙に浮きながらも意識はあるようで、着地態勢に入りながら苦い顔の小町。
刀身は金の強化魔法が施されているので、刃こぼれもせず曲がってはいないが手は痺れているのか、少し震えている。
鞭のように伸びる水流が、宙に浮く小町を追撃しようとしていた。
「イズナさんの勝ちだね。あの子は強化しか使えないようだし。これ以上の防御は不能だ。そもそも獣人と身体能力の勝負では分がないからね」
隣に座る南朋はボソリと呟いた。
「どうかな?」
「ん? どういう意味?」
宙に吹き飛ばす訓練を積んでないとでも?
あそこからの切り替えしは習得させているのだ。
「強化系統の金の魔術は矮小に思われがちだ。真価が目に視えずらいからな」
「真価だと?」
「金の強化をあまり舐めない方がいい」
雷や錬金といった金の魔術の派生系を使えない小町は、派手な魔術を行使する事は出来ない。
金の魔法による肉体や武器を強化に主点を置き、ユニークな魔眼を使わなければ真価を発揮できないのは事実だ。無効化性能を持つ魔眼なしでは小町は魔術と武器を多彩に使う相手には善戦出来ない。
そのために俺はあいつの剣の腕を上げさせた。
汎用アーツ:抜刀術。
これを覚えさせている。
音速にも似た速さで放つ抜刀は肉体に負荷を掛ける。
これは肉体や武器の強化に特化した金の魔術と非常に相性がいい。
そもそも武器術全般に金の魔術は非常に有用だ。武器の性能を上げ、担い手自身を強化するから。
そして彼女に覚えさせた抜刀はメガシュヴァ上では彼女の十八番になる技だ。
抜刀術には5つの技が存在する。
横薙ぎ一閃の三日月。
上段斬り一閃の上弦。
下段斬り一閃の下弦。
左右上下を描く満月。
構えナシから放つ……隠し剣:新月。
アイツは三日月から下弦を覚えている。
現状小町の実力ではここまでしか習得できなかったというのが実情であるが。
「まぁ、見てなよ。イズナ先輩は簡単には勝てないぜ」