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―― 天淵 ――


/南朋視点/


「同じ風魔法の使い手なのか」

 

 浮遊という風魔法。

 初級の魔術が展開されていた。

 自分と同じ属性。

 浮遊という私が初めて使った魔法。

 もう使わなくなった些事のような魔法であるが感慨深かった。

 そんな小さな魔術しか出来ない青年に親近感を覚えた。


 赤黒色の髪の毛をした青年は、魔術の才に恵まれなかったようだ。

 己が研鑽した技量のみで勝ち上がったその努力には感嘆の念を覚える。

 同時に少し安堵した。

 あれほどまでに剣術の才ある者が魔術の才も併せ持っていたらと思うと、ゾッとしたのだ。


「歴代最強に接敵しうる」


 そんな予感がした。

 それは同時に、この世界最高峰という頂きに到達しうる事を意味してしまう。

 

 数多の修練。

 幾多の研鑽。

 人間が出せる限界。

 人の可能性を詰め込んだような武の頂き。

 

 注意深く観察すると見えてくる。

 両手の爪は赤黒く変色しており、指にはテーピングが至る所に巻かれている。

 一瞬だけ見える無骨な両手は傷だらけであった。

 修練の痕跡の数々。


 剣技において他を隔絶する圧倒的なまでの差(天淵の差)を垣間見た。

 その背景にあるのは、恐るべき自己研磨なのだろう。

 

 苦戦はしている。

 何度目かの雷撃を受け、よろけるその姿は満身創痍。

 刺槍を受け、見る見るうちに血が滲んでいく姿は死ぬ間際の敗走兵。

 衣服が切り刻まれる度に見え隠れする包帯と生傷。

 身体中を酷使している事が伺えた。

 

 魔術の才ある者とそうでない者を隔てる見えない差。


 それは嫌と言うほど痛感しただろう。

 だが、その眼は死んでいなかった。

 青年の眼は強い意志が介在していた。


 溜息が出てしまう。


 魔術の才という見えない隔たりを己の努力と人間の可能性で挑む彼の姿は勇猛果敢と表現せざるを得ない。

 

 剣術の技量だけを見ればこの学園屈指かもしれない。

 凡人が到達しうる最高峰。

 努力を続けた者が開眼した極地。

 

 ゴドウィンの放つ雷光が会場の眼を眩ませたかと思うと。

 赤い閃光と見紛う青年がボロボロになりながら勝利の余韻を味わっていた。

 木刀で頭上に上段突きを行った後であり、地に伏せる実力者ゴドウィンの姿があった。


「それでも、凡人が到達しうるのはそこまでだ」


 どれほどの武の技量を持ち合わせていようと、魔術の才がないのであれば、どちらの才も持ち合わせる超天才には。


「追いつく事は決して出来ないだろう」 


 悲しいかな。

 それが現実である。


 ・

 ・

 ・


「お見事です! 天内さん」

 マリアは俺を褒め称えた。


「たまたまですよ」


「謙遜は嫌味になってしまいますよ!」

 マリアは忠告してくれたが、受験の受かった息子を褒める母親のように喜んでくれた。


「そうかもしれませんね。でも……ここまでかもしれません……ね」


 斜め45度に俯き、自嘲したような暗い笑みを浮かべる。


 伏線作りだ。俺の実力ではここまでが限界、という意図を植え付ける作業。


 人間の脳みそは視覚から得る情報量が圧倒的に多い。

 観察する部位は表情の筋肉の動き、声音、瞳の微妙な動きなど様々。

 これらを瞬時に演算し、無意識に感情を読み取っているのだ。

 意識を意図的に操作する方法。


 なぜこんな伏線作りが必要か?

 それは相手に自分の言わせたい言葉を引き出させる事が目的だからである。


 営業でもそうだ。

 要は『弊社の製品を黙って、とっとと買えやボケェェェェ!!』であるが、現実は『見積りの方は勉強させて頂きます』になってしまう。

 そこで使われるのは、高度な心理戦。

 人間の無意識に働きかける作業を行い、ボケカスの客に『取引させて頂きます』という言葉を引き出させる。その為には伏線作りが必須。

 

「いいえ。天内さんなら大丈夫でしょう。下品な悪漢の1人を蹴散らした。このまま快進撃を続けましょう。そしてその首魁に一泡吹かせて差し上げましょう」


 だからそれが面倒で嫌なんだよ。

 ふざけやがって。


「俺には無理ですよ」

 ちょっとナヨナヨした奴を演じる。

 

 聞く耳を持たぬマリアは。

「またまた御冗談を……そうそう天内さん」


「なんですか?」


「最近、少しだけ、お付き合いの方が悪くありませんか? 私……達と」


「え? そうです? 作戦会議してますよね?」


 最近訓練は出来てないが決起集会もしてるし、作戦会議もしてるじゃん。

 基本的に作戦会議以外、パーティーメンバーと関わっていないのは事実だ。

 プライベートタイムに介入して欲しくないから。

 特に合宿以降は距離を取るようにしている。

 最近、俺の心のプライバシーポリシーには、攻略に関係のない無意味な時間にはパーティーメンバーはログインできないと明言されたのだ。

 

「天内さんの祝勝会も必要ですよ。私も勝ち上がりましたし。千秋さんも健闘しました。穂村さんも善戦しています」


「ふむふむ」


 俺の事はどうでもいいが。

 マリアにしろ千秋にしろ、小町にしろ。

 あまりも人間関係を蔑ろにすると、手痛いしっぺ返しが起こるかもしれない。


 ベスト32まで全員を残す事。

 これは千秋の敗北で失敗だ。

 そこは仕方ないにしても……。


「では、食事会でも開きますか。俺の顧問も紹介しなきゃだし」


 そうなのだ。そろそろモリドールさんと顔合わせをセッティングしなきゃだ。

 モリドールさんはメンバーを知ってるようだが、おざなりになっていたのだ。

 小町の奴の次戦が終わったタイミングでいいか。


「食事会ですか。それはいいお考えです! しかし、顧問……の方ですか」

 マリアは顔を曇らせた。


「ええ。モリドールさんって言う方です。そろそろ会わせないとな、とは常々思っていたんですよ。なんかタイミング逃しちゃって。今は訳あって近場に住んでるので、明日にでも紹介できますし、そこはご安心ください」


「近場に住んでる……?」


「え? ええ。ほぼ隣に住んでます」


「……」

 マリアは顎に手を付くと無言になってしまった。

「そうですね。お会いしたいと思っていたので、非常に楽しみです」


「え、あ。はい」

 

 マリアの雰囲気に凄みが出ていた。 


 ・

 ・

 ・


 マリアと別れ、俺は天に浮かぶ月を眺めた。


「弱すぎる。あまりにも……どうすんだコレ?」


 まぁ、一行で言うと。

 俺はゴドウィンをボコした。

 ぶっちゃけ見せ場などない。

 

 路傍の石を見かけて、その石の色、形、艶、鉱物の種類を覚えているだろうか? 覚えてはいないだろう。地質学者や鉱石マニアなら覚えているのかもしれないが、俺は路傍の石を覚えてはいない。それと同じだ。


 ちょっと苦戦したように見せかけた。

 俺は役者である。

 ギリギリ辛勝した奴を演じ切った。

 

 ゴドウィンはもう少しできる奴だったはずだ。

 

「あーあ」


 残念である。

 ここまでの差があったとは。


 俺は恐怖を味わわせる為にゴドウィンの眼と眼の間の(くぼ)みに突きを放った。

 トラウマを植え付けといた。

 

「きっと先端恐怖症になるだろう……南無」


 ゴドウィンは今後、先っぽを見ると眩暈を引き起こすようになるだろう。

 目を狙うのでは芸がない。

 両目に恐怖をインプットさせる必要があるのだ。

 

「正直……拍子抜けだな」


 何度目かの落胆。

 俺は過度にこの世界の戦力に期待していない。

 ゴドウィンすら雑魚だった。

 もう少し俺を追い詰めて欲しかった。

 剣術のみで倒してしまう所だった。

 それほどまでに脆弱。

 

「まぁ剣術のみだと、それは流石に俺が異常者だと宣伝してしまうからな」

 

 差を生み過ぎるのは避けたかった。

 武蔵坊弁慶のように大量の木刀を持ち込んで、浮遊させるという演出だけしといた。

 格好だけでもそれぽっく見せといた。

  

 それに浮遊以外の技も実は使っていた。

 音魔法:無音。


 ゴドウィンが使用する雷撃を外部から操作するには、無音と有声音の切り替えが大事だ。

 緻密に計算し、俺の出して欲しい技のみを局所的に有音にし、発動してほしくないタイミングは無音にする。ゴドウィン自身にも気づかれぬように魔法を外部から遠隔操作する事が出来るのだ。

 焦っていたようだが、実戦において詠唱が途切れるなどザラである。

 そこを狙ってみた。


「魔術師でもなければ、剣士ですらない」


 そんな俺に土を付ける事が出来ない次期生徒会候補。

 心底落胆した。

 今日のゴドウィンの体たらく。

 レアキャラでもノンプレイヤーだと実力には個体差がありそうだ。


「歯ごたえがなさすぎるのも考え物だな。学園のパーティーメンバーは育成しなければだが。アイツら(パーティー)全員が敵になった際……精々俺を楽しませて欲しいもんだ」

 

 不完全体である俺は、まだ強くなれる。

 俺はまだ羽化していない。


 ―――終末の騎士戦―――


 詰まるところ。

 

 メインキャラ共や強者共が"全力の俺"を打倒できるか否か。

 

 そこがターニングポイントになってくる。

 俺はその時の対策を講じつつ不適に嗤った。



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