考査戦⑨ 魔術戦における盤外手
/三人称視点/
それは一切を焼き尽くす―――
「重さを持たぬ命の灯。
命定の螺旋をここに紡ぐ。
憤怒を以って我の鼓動は燃え上がる。
汝の罪科をこの一振りに済度する。
瞋恚の業火」
五節からなる火の魔法を詠唱した。
マリアは詠唱が完了すると火の魔力が身体中に纏わりつくと、身体の輪郭に沿って火の魔力が赤く輝いた。
それは、まるで皆既日食を連想させる光景であった。
炎の魔力と同時に月の魔法を発動させる。
纏う光の輪郭は、赤から紫に切り替わるとマリアの瞳が妖しく輝いた。
彼女はより一層妖艶な雰囲気を作り出した。
マリアは間髪入れずに。
「グランディオーソ!」
腰丈ほどの長杖の先端に光が収束する。
光は抽象から具象へ。
エネルギーから実体へ。
炎の形を成した。
マリアは円弧を描くようにロッドを振り下ろす。
松明が強風に吹かれた時のような『ゴウッ』という独特な音を奏でながら。
空中に妖炎が鮮烈に華々しく。
それでいて優雅に弧が描かれる。
この世のモノとは思えない色の焔。
冥途より顕現したとさえ思わせるソレ。
描かれた業火は紫炎となり放射状に地面を伝うと、間断なく対象を焼き尽くす為に殲滅を開始し始める。四方八方に放射した焔は対象に向けて一点に収束すると。
システリッサを飲み込もうとした。
それよりも早く、紫炎を見据えた彼女は祈りを捧げる。
「天の輝きを。天界の乙女よ。
我らは、焔のように陶酔し遂には足を踏み入れる。
崇高なる天に御座す汝の聖域へと。
汝の魔法が再結させる。
時流が厳戒に分裂させたものを。
全ての人々は兄弟となるだろう。
汝の柔らかな翼を留まる処で。
……
神の前に」
――ヒルドル――アイギス――アイアス――
システリッサが詠唱し終えると、彼女の足元に三枚の魔法陣が描かれる。
曼荼羅のように複雑な魔法陣。
複雑に重なり合う魔法陣は黄金に輝いている。
それは聖域を思わせた。
システリッサを襲う瞋恚の業火は聖域の前で霧散した。
展開される聖なる護り。
対魔法。対魔術師。対不浄。
浸食型・聖域。対"魔"型・大結界:神の前に。
聖域の効果は7つの内、3つしか解放されていない。にも関わらず、マリアの放った高等魔法は聖域への侵入を許されず、成す術もなく消滅した。
「単純に私の実力が不足しているとでも!?」
マリアはシステリッサに聞こえるように悪態を吐いた。
言葉とは裏腹にマリアの頭は至って冷静であった。
(天内さんの仰る通りか……この方には私の低レベルな魔法は無意味かもしれない)
マリアは序盤で高火力の技を試し、魔法での攻撃は効き目がない事を悟った。
彼女は苦戦している演技をしていた。
マリアは天内と共に戦略を練ってきていた。
序盤から中盤にかけては魔術での攻撃を行う。
最序盤には高火力を見せつけ、必殺技であると印象付けるのだ。
マリアにとって現時点で放てる大技であり。これで決めきれれば良し。天内の言うようにこれを防がれても計算内であった。
(決め技が通用しないと印象付ける……で、いいんですよね?)
中盤から終盤にかけて小石打法を打ち込みつつ、技を切り替えながら手を出し尽くした……と、装う。
「では参りますよ!」
月の魔法でコロシアムの至る所に遅延魔術を散布していく。
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・
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マリアの攻撃は悉く防がれる。
結界の前では魔力を宿した小石すらも決定打にならない。
システリッサは星の魔法の使い手。
聖属性魔法を使う。
そして火力の出る魔法としては境界魔法を使う。
「小技でも出させたらダメだ」
境界魔法は風の魔法の派生。
【縁起】の【切断】に特化した魔法。
俺では使用できない魔法でもある。
マリアは炎熱の宿った礫を杖の先端で強打する。
飛来する灼熱の隕石。
システリッサはそれらの【縁起】を切断していく。
縁起を斬られると、石くれとなり彼女の足元に無残に転がっていた。
マリアはそれだけにも留まらず、月の魔法でコロシアムにデバフ魔法を散布していく。
「膨大な魔力だな」
2人の戦いは魔力を節約していない。
そんな余地がないほどに熾烈だ。
魔法のみで戦っている。
マリアの打法は物理併用であるが、省エネ型の魔力依存。
魔法を纏っている以上、聖域に足を踏み入れた瞬間、次々と礫の威力を殺されていく。
威力の殺された石礫は境界魔法で魔法と物理を切断していく。
伊達に聖女ではないと言った所だ。
マリアもメインヒロインであるが、システリッサもメインヒロイン。
サブヒロインでしかないマリア。
トゥルーエンドの正ヒロイン、システリッサ。
運用方法が異なるので優劣はないが。
「魔術戦ではシステリッサの方が一枚上手か」
「システリッサ。聖女なる人ですね。ここまでの使い手とは」
カッコウは驚いていた。
「ああ。この考査戦で聖域を出すのは、ここが初めてだから驚くのも無理はないだろう。
少し話はズレるが、手配は?」
俺は来賓席を見上げた。
「帝国サイドの人間には影の監視が付いてますよ」
「それならいいさ」
システリッサが考査戦のタイミングで聖域を出してくるのは、ある程度予想の範囲内。
この考査戦で、良くも悪くもシステリッサが聖女であると勘付く者が居る。
これでメガシュバのストーリーが進行する事になる。
考査戦前に、ある程度の数のスパイを狩っておいたのも無用な因果を断つ為だが。
それはまだいいだろう。それ以外は後で処理するので。
俺は再度視線を落とす。
マリアの戦闘風景を目視した。
「レベル差ではマリアさんの方が高いと思われるが」
現時点で、攻撃型のマリアでは、耐久型のシステリッサの防壁を剥がすのは至難の業のようだ。こと防御においてシステリッサはエンドコンテンツだ。
それほどまでに強力。
コロシアム上。
紫炎が舞い散り、爆撃のような石礫が風を切る。
それらは地表を削り、空気を焼く。
対して暴虐な魔術を防ぐ神聖なる聖域と境界。
ここで再現されるのは、メインが披露する絢爛豪華な魔術戦。
魔術の帳が支配していた。
息を呑む観客達。
しかして俺は、頬杖をついてそんな光景を眺める。
「全然効いてないですね」
カッコウが同意を求めてきた。
「ああ。あの魔術は強力な聖域だ。今のマリアさんでは突破できんという事だろう」
「大丈夫なんですか?」
訝し気な顔をするカッコウ。
「想定内だ。盤外手があるからな」
「盤外手?」
「そうだ。カッコウよ。残念ながらマリアさんは武器術の才能は……ない」
「確かに。魔術専門ではありますが……魔術戦の方が強力ですよ。武器を使用するよりもずっと」
本来はそうだ。
細剣一本を握りしめた剣士、ミサイルを積んだ戦闘機。
二者が戦えば当然後者の方が強いだろう。
本来はな。ただこの世界は魔術の浸透した世界でもあるが、超常の異能持ちが闊歩する世界。
そして俺は元プレイヤーだ。
「どうかな? 純粋な体術や武器術が魔術戦に劣るってのは、半分正解で半分間違いだ」
マリアが武器術を鍛えるのは困難だ。
だが、その背後には俺が居る。
プレイヤーが操作したキャラクターとCPU操作のキャラクターと格ゲーを行った場合。
前者の方が強い。ただそれだけの話。
「ノンプレイヤーの限界」
「何を言ってるんです?」
「勝負あり……だな」
「えっと?」
隣に座るカッコウは俺の指差す先を見つめると。
「ええ!? マリアさんが抜刀してる」
マリアはぎこちない手つきと立ち振る舞いでシステリッサの胸元を貫いていた。
「才能はないが、使えない訳ではない」
それが俺の学んだことだ。
仕込み杖による抜刀。
聖域は対魔法の結界。物理攻撃を防げる訳ではない。
これがシステリッサの攻略方法である。
境界魔法で切断するのを魔法攻撃のみに集中させたのはこの為。
攻撃方法が魔法に依存しているという思い込み。
そこに付け入るスキが生まれる。
魔術戦における盤外手とは、魔術を使用しない純粋な体術や剣術といった肉弾戦にある。
「システリッサと騎士との相性は悪いしな」
観客がどっと沸く中、俺は立ち上がった。
「さて、そろそろ俺の番だな」
「そういや、天内くんもそろそろでしたね」
「ああ。エンターテイメントってのを見せてやるさ。ゴドウィンの野郎をボコして、次の対戦はあっさり負けるさ。なにせ面倒だからな。俺はベスト32にしか興味がない」
俺は、詠唱や音がトリガーとなる魔術。
それらを封殺する普通に強い"音魔法:無音"の準備を開始した。