考査戦⑧ 月の魔法『ギアス』 / 星の魔法『テウルギア』
星の魔法が"動"ならば、月の魔法は"静"を司っている。
動が生を意味するなら、静は死を意味する。
陰と陽を司る月の魔法と星の魔法は特殊な魔法である。
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俺はマリアとシステリッサの戦いを観戦しに来ていた。
今日も解説役である。
「天内くん。僕は疲れましたよ」
隣の席に座るカッコウが項垂れていた。
俺はカッコウと共にコロシアムの端っこで気配を殺し座って居た。
音魔法で周囲の音を無音にし、霧魔法で幻想を作り出していた。
周囲10メートル以内に俺達以外は座って居なかった。
「まぁいいじゃないか。モテ男くん」
「やめてください。気分が悪くなってくる」
真っ青な顔をしたカッコウ。
「因果が廻って来たな」
「因果?」
「空港で見捨てた事を俺は根に持っている」
俺が翡翠の策略に嵌り、頭を抱えていた時にコイツは『法務大臣に会いに行く』とかいう寝言を唱えて俺を見捨てたのだ。
俺はあの時の事を忘れていない。
俺は些細な事も根に持つ男。
女々しい男なのだ。
"狭量俺"である。
「なんて小っちゃい男なんだ」
「俺の心は狭く、それでいて小さい。心の器には50ccしか容量がないからな」
「くっそ!」
カッコウは自身の膝を拳で叩いた。
カッコウの忸怩たる想いの顔を見てほくそ笑んだ。
「しめしめ。いいじゃないか。モテる男はつらいなぁ~。なぁカッコウくん?」
「なんて嫌らしい顔なんだ。そんな事微塵も思ってないくせに!」
カッコウは地下アイドルに勝利した。
辛勝したようなのだ。曲者を倒し、いち早くベスト32に辿り着いた。
俺は千秋戦を観ていたので、どうしてそうなったのかわからないが、カナミ姫から求愛されたようなのだ。そしてカナミ王国の民を敵に回した。
「面白くなってきたぜ」
漆黒の騎士カッコウは恐るべきスピードで成り上がっている。
モブから強者へ、そしてラブコメ主人公へ。
こいつ1人で喜劇が作れそうだ。愉快な喜劇を俺は隣で鑑賞できそうでワクワクしていた。
プロデューサー俺は嬉しいよ。
「なんて人なんだ!? 何が面白いんですか!?」
「カナミ ☆ フォーエバーは可愛いじゃあないか。美少女だ。少年誌のグラビアにも載っていたぞ。良かったな。ラブコメ主人公」
「殺害予告されるんですよ!! ネット掲示板でも叩かれるんですよ!? ネットリテラシーの崩壊。標的は僕なんです! 電子の海のフリー素材になる気持ちがわかりますか!?」
「気にするな。アンチが居るのはいい事だ。万人に好かれるなど出来んのだからな」
俺はカッコウの肩を叩いた。
「そら、始まるぞ」
「くぅ~」
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月の魔法は火や水といった自然系統の魔術とは異なる。
これはケルト神話のルーン魔術から着想を得た魔法だからだ。
「てか、言葉遊びだけどな」
ラテン語とゲール語の言葉遊びであるが、ここは関係ないので話を戻そう。
対象に制約を課す魔法が月魔法の本領。
月の魔法は死霊術を除き、弱体化系統の効果を持つ。
例を挙げるならば、眠り状態の付与、雑魚モンスターへの即死、対象の行動抑制、毒とは異なる体力や魔力の削減、混乱状態付与、発狂状態付与、恐慌状態付与、防御力や攻撃力のダウン、強化状態解除などだ。
スタン系統の魔術が多く搦め手メインのサポート型の魔法。
マリアの適正魔法であり、彼女の得意とする弱体化。
彼女が使用している遅延は、対象の行動を抑制する弱体化魔法である。
対して、システリッサは聖属性の魔法を使うクレリックだ。
彼女は星の魔法の使い手だ。
神への祈願から着想を得た魔法。
星の魔法は時空間魔法を除き、強化や回復系統の魔術がメインだ。
祝福もしくは恩寵の魔法。
大いなるモノに対して力を借り受けるという設定の魔法である。
その効果はレベルを上げ、魔術の幅を広げれば、より強力なモノになる。
月の魔法とは真逆であり、回復、強化、状態異常の解除、体力魔力の回復、攻撃力防御力の上昇、防御結界などが挙げられる。
強化と魔力の回復。
この2点がかなり強力なのだが。
その真価は『逆転』である。
星の魔法のコンセプトは逆転からの勝利だ。
魔法にはそれぞれ特色があるが、同時に優劣はある。
基本属性の五行はタイプ相性でバランスを取っているが、それ以外には明確に優劣が存在している。
マリアには悪いが、月の魔法よりも星の魔法の方が強力である。
サポート型というのは、敵に対するデバフよりも味方へのバフの方がずっと有用だからだ。
魔力は有限である。
魔力量によって大技を打てる回数が変わってくる。
銃で例えるなら、弾丸である。銃があっても銃弾、薬莢と火薬がなければ、拳銃は単なる鈍器でしかない。
肉弾戦メインのキャラ。
例えば俺や小町のような武器と体術メインで戦う奴には恩恵は少ないが、魔術メインで戦う奴にとっては魔力というのは死活問題だ。
これが枯渇すれば攻撃手段も防御手段も失いかねない。
例えば、千秋。
彼女は強い。しかし、魔力が枯渇した状態なら俺の相手にはならない。マリアも同様だ。
「だから魔法に頼り切った戦いは墓穴を掘ることになる」
千秋が伊勢に負けたのは慢心と油断も大きいだろう。
それ以上に伊勢よりも体術の練度が足らな過ぎた。
それが敗因だ。
それに伊勢は杖術の使い手の癖に肉弾戦で戦っていた。
そもそも本気を出していなかった。
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コロシアムにはマリアとシステリッサが立っていた。
「俺はマリアさんの体力を鍛えた」
「ずっと走らせてましたもんね。走らせながら魔術を放出させてましたもんね」
「ああ。それが勝利の方程式に組み込んだピースだ」
体力向上。
つまり継戦能力の向上は必須だ。
しかし、それだけではない。
「ピースですか?」
「ああ。彼女はまだ高威力の魔術は得意ではない。精々3発が限度だろう」
「3発も打てれば十分では?」
「足らんな。3発全てを防御されれば、耐久されれば後がなくなる。システリッサはそういう奴だ。それにシステリッサもマリアさん同様に高火力魔法を持ってるしな」
システリッサも高火力な大技を持っている。
俺が影で主人公パーティーを強化してるので、使えるはずだ。
「そこまでですか彼女」
カッコウはシステリッサを眺めた。
「そうだな。それに彼女の防御結界は強力だ。攻防一体のシステリッサは魔力も体力も負傷も回復しつつ、防御結界を張り、遠距離から高火力攻撃を行う穴熊戦法を得意とする。
正直マリアさんとは相性が良くないだろう。彼女の火の魔法でシステリッサの防御を剥がしつつ、魔法のみで勝つのは容易ではない」
「ほう。それはマズイですね」
「……対魔術戦においてはな」
「?」
カッコウは疑問符を浮かべた。
メガシュバの設定ではマリアは武器術を鍛える事はできない。
いつもメイスを持っているが。
ロッドだろうが、ワンドだろうが、スタッフだろうが、ステッキ、メイス、錫杖……
正直何でも構わない。
非情ではあるが、彼女はどんな武器を持とうとそれらを使いこなす事が出来ないのだから。
魔術師であり、騎士ではない。
「だが、これは現実だ」
当初はゲームと同じでマリアは武器術を鍛える事は出来ないと思い込んでいた。
才能は決してない。
どの武器術にも不適格ではある。
一生を費やしても使いこなす事は出来ないだろう。
これは俺の眼から見ても間違いない。
彼女は生粋のメイガスだ。
しかし、使えない訳ではない。
俺は彼女のメイスを取り上げ、仕込み杖を渡してある。
未だ抜刀していないが。
「これが勝利への切り札になる」
俺はニチャァァと嗤った。