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外伝 それは主人公の影


/カノン視点/


 王城は瓦礫の山で埋め尽くされていた。

 激しい戦闘痕。

 玉座にて我々は宿敵を打つ寸前であった。

 荘厳な天蓋は崩壊し、月明かりが差し込む。

 多くの屍がそこら中に転がっていた。 

 

 以前、ネイガーが披露してくれた『月の光』なる旋律が頭の中で流れる。

 

 悲惨な光景。

 しかし、ようやく一区切り出来ると安堵した。

 

 一筋の希望を見出した。

 残るは根絶者。

 影の怪物と見紛(みまが)う、(おびただ)しい数のハエと蚊を(まと)う腐敗する瘴気の化身。

 あれを倒せば世界は何とかなるかもしれない。


 ネイガーは魔人の手先である将官を縛り上げ、切っ先を向けた。

「なぜ争いを生もうとする?」

 いつもと違う雰囲気の彼。


「王国の栄光を取り戻すために!」


「栄光……」


「この争いは栄光を取り戻す為の聖なる戦いだ」

 

 聖なる戦い……誰もが、この荒廃した世界を憂いている。

 誰かのせいにせずにはいられない。

 奪い合う人間同士の共食い。


 マニアクスは人の心の隙間を揺さぶったに過ぎない。それを利用しただけだ。

 争いの根底にあるのは人間の欲望だ。

 

 結局のところ、人間の過ちから生まれた戦い。

 疑心暗鬼になり、自身の利だけを追求した愚か者達が暴走したに過ぎない。


 狂気(マニアクス)とは人間から生み出された()()()()()なのだから。


 この結末を生み出し、この因果を招いたのは人間だ。

 実際に戦争を起こし、無辜の民を蹂躙したのは人間同士だ。

 


「そうか……お前、愛する家族は居るか? 目の前で恋人と親友が死んだ光景を見た事があるか? 

 孤児が売られその後、悲惨な末路を迎えるのを知っているのか? 

 名も顔もわからぬほど肉片になり埋葬されぬ故人がそこらじゅうに生まれるのは知っているか? 

 国家の礎、栄光などという甘言に踊らされ、下らない思想の為に疲弊していく兵。

 退役後、心身に異常をきたし自ら命を絶つ者が居るのを知っているか? 

 飢えに飢えて人肉を食した事は?

 助かるはずだった愛する人が、病床に受け入れられず、何もできず目の前で死んでいく光景を見た事は?」


 ネイガーの問いには、この世界を見てきた心痛が籠っていた。

 彼の出現により、飛躍的に改善され始めた秩序。

 だが、彼がこの世界に降り立った時に視た世界の絶望に驚愕していた。

 

「……お前は大事な事が視えていない。マニアクスではなく、そもそも人間が腐っているのであれば」


 躊躇いなく斬首した。


 ネイガーはいつも人を殺める時。

 おくびにも出さないが心が泣いているような気がする。

 擦り減る心を誤魔化す為に道化師を演じてるのではないかと勘繰ってしまうほどに。


「最後はお前だな。終局のシステム。まだ息の根はあるんだろう? Г(ゲー)。俺と同じ未来からの客人……この世界のマニアクスとすり替わった根絶者の使徒」

 

 根絶者の使徒?

 ネイガーはたまに彼にしかわからない事を言い出すのだ。


 国王にすり替わり、混乱の世を作り出したマニアクスと呼ばれる怪物。

 あれほどの強敵を我々は遂に追い詰めた。

 ネイガーはなぜかこの未来から来たらしいマニアクスと知り合いのようなのだ。


「ここが私の終着点か……」


 ゲーと呼ばれたソイツは擬態を解くと、血反吐を吐く。

 見た事もないほど精密な眼鏡(がんきょう)を掛けた男であった。

 あれが未来の技術なのか。


 ネイガーの持つ装飾品や道具は、そのどれもが見た事がないほど精密で可憐だ。

 未来から来たという彼の居る時代、世界には、どれほどの技術が生まれ繁栄しているのか。

 一目でいいから見てみたいと思う事がある。


 同時に彼と同じ時間を過ごす毎に口惜しい気分にもなる。

 この戦いが終われば契約は終了し強制的な別れとなる。

 この世界は救われるかもしれない。

 救世の騎士、偽名であろうシュヴァルツ・ネイガーによって。

 

 この戦いが無事終わったとしても、(ワタシ)は彼と共に人生を歩むことは出来ないだろう。

 彼は時限式で限定的に呼び出された存在でしかない。

 この世界の為に数多ある時空から駆けつけてくれた名も知らぬどこかの誰かさん。

 どうしようもないお人好し。



「弱さは罪だ。人は強さに憧れ、弱さから過ちを起こす。そう思わんか? イレギュラー? いや……天の申し子(存続のシステム)よ」

 瀕死のマニアクスはネイガーに語り掛けた。


「弱さは罪か……。弱くてもいい。弱い奴が居てもいい。俺はそう思う」


「人は弱いから奪うのだ。誰もが強くないから奪うのだよ。弱いから争うのだ。

 誇示する為に、欲を満たす為に。その弱さは罪だ。弱いから罪が生まれ罰がうまれる。

 弱さから生まれた原罪。

 お前らの生存本能は他者を蹴落とし消費する事だ。

 禍々しいほどの悪鬼。

 別名を人と呼ぶ。

 我ら魔人よりも恐ろしい怪物は人間そのものだ。

 自然を消費し、同族から奪い合い、(おの)が利を追求する。

 自分本位な生き方しかお前ら霊長類はしていないではないか」


「そうかもな……」


 ゲーは咆哮した。

「この世界の癌はお前ら人間だ。この星を蝕み崩壊に招くのはお前らだ。

 我らが惑星は既に疲弊している。

 この星は既にお前らを不要なウイルスだと処分を下した。

 故に我々が殲滅する……はずだった。

 私達は抗体なのだ。お前ら人間という邪悪なウイルスを捕食する特効薬なのだ」


 彼らにしかわからないやり取りが行われ、押し黙る事しか出来なかった。

 ネイガーの顔を盗み見た。

 唇を噛む彼の横顔は寂しそうな顔をしていた。


「人が愚かなのは知ってる。俺はお前らがなぜ戦うのか知っている。俺はお前達に最も近い者だから」


「なら! なぜ!」


 ネイガーは苦しそうな顔をしていた。

 頭の中で何かを反芻しているようだった。

 言うべき言葉を迷っているような、どのような言葉を紡ぐべきか、そんな顔をしていた。

 いつものフザケタ顔はそこにはない。

 彼は何を知り、なぜここまでの戦いに黙って同行してきたのか。

 それを聞けるのかもしれない。


「ここで終わらせる訳にはいかないんだ」


「なに?」


「どうしようもない奴も居る。知ってる。人間の中には……罪深い者は多く居る。それでも……いい奴も居るんだよ。何て言うのかな。俺は馬鹿だから上手い事言えそうにないな」

 頭を掻くと、悲しそうに微笑んだ。


「全部が全部ダメな訳じゃないんだ。

 人は愚かだ。

 ただ愚かさを認めてやって欲しい。

 もし滅びるなら……それは人の選択なら仕方ないと思う。

 所詮俺も異邦人だしな。

 だから、これはエゴなんだ。

 俺は自分の愚かさを一番認めてる。愚行権を行使している。

 愚かな事を人は選ぶ生き物だ。

 俺は好きなんだよこの世界が。この世界の人が。

 この世界を何とかしたいと、この世界に来た時に決めたんだ。

 お前らが世界を滅ぼすようにプログラムされているのは知ってる。

 じゃあ、逆にチャンスを与える奴が居てもいいだろう?

 俺はきっとそれなんだ。

 お前の言わんとしてる事は……多分正論だ。

 人が洗浄されればこの惑星はきっと綺麗になるのかもしれない。

 でも、俺は俺のエゴの為に、ワガママの為にそれを否定する」


 ゲーは死体であった。身体中が黒化し始めていた。

 魔人の最期。

 ゆっくり口を開くと。

「……恐ろしい奴だ。最もオゾマシイ生き物は……お前なのかもしれんな」


「すまんな。清濁併せ吞むよ。俺はちっぽけな野望の為にお前らを全否定しなくちゃいけないんだ。だからアウスはここで消す」


「根絶者を? 無理だな。あれは災厄そのものだ。既に顕現した。この世界は緩やかに……死に絶える。あれは人の手でどうこうできるものではない……」


「出来るさ。俺は一回倒してる。いや……正確には知ってるの方がいいのかな。勝たせて貰うぞ」

 

 一回倒してる?

 ネイガーは意味不明な事を言い出した。

 妙な事をいつもブツブツ呟いてるが。


「逝ったか……」

 

 事切れた魔人。

 既に絶命していた。

 肉体は黒く変色し始め炭のように砕け散り始めた。


「カノン……帰ろう。俺は少し疲れたよ」

 天を仰ぐ彼は、大きく息を吐くと肩を落とした。


「そう……だね」

 (ワタシ)は彼にそう返答する事しかできなかった。

 


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