考査戦④ 感謝の素振り
/三人称視点/
火花。
お互いの目の前で小さな火の粉が散った。
「ッ!?」
意外なのかファルコンは驚きの顔であった。
彼は予想に反して、目の前の少女が実力者であり動揺していた。
思惑では開幕からジワジワと四肢の腱を切り、目玉をくり抜く予定だった。
ファルコンにとってこの初戦は負けるはずもなく、ましてや苦戦するはずもないと思っていたのだ。
初戦は単なるショーの一種でしかなく、本当に戦ってみたかった宿敵はカッコウと天内なのであった。彼はTDRのナンバー1とナンバー2の実力を推し量りたかった。
ファルコンは見抜いていた。
天内とカッコウが単なるカリスマのみで学園を裏から牛耳り、成り上がっていこうとしているのではないと。
「集中。識……識……考えるな。ただあるままに」
小町はボーっとした思考にシフトした。
ぶつぶつと『集中…』、『識』をうわ言のように繰り返した。
周りの歓声が掻き消え、世界には自分と目の前の敵以外居ないかのような錯覚に陥る。
小町は真剣を胸の前で構えると、左右上下に振り下ろし息もつかせぬ連撃を放った。
「なんだよ! 早すぎんだろ!?」
ファルコンは風魔法のバックアップを受け、小町の放つ目にも止まらぬ速さの刀撃を回避しながら防御する。避けつつ、躱せない場合は防御に移りながら逃げる。
彼女の放つ真剣の一閃は綺麗な曲線を描いている。
刀身には斜陽する夕日が映り込み橙色の曲線が焔のように揺らめく。
小町とファルコンの前で、オレンジ色の光る曲線が、空中のキャンバスに幾重にも描かれていく。
その美しき光景は、観客の目を釘付けにした。
天内が頑なにやらせ続けた感謝の素振り。
それが活き始めていた。
否、開眼しようとしていた。
小町は天内の出した異常なノルマをこなせないものの、既に常人が放つスピードを遥かに超えた動きに到達していた。天内が行う毎秒270連の神速には及ばないものの、毎秒3連の斬撃スピードは既に出せるのであった。
約0.3秒の間に一撃を与える。
それは既に常人が達人に到達する一歩手前であった。
そこには彼女の持つ金の魔術も合わさり、凶悪な曲線の暴風雨がファルコンを防戦一方に追い込んでいた。
「なんだよ!? こいつ」
(天内と戦う前に、俺が負けるだと!? あいつの首は俺が貰うはずなのに)
ファルコンは防戦しながら思い出していた。
集中せねばならない場面であるのに、雑念が思考を支配し始めていた。
ファルコンは思い返す。
天内という異常者はこの学園の異質さを利用しているのだと。
理解し、把握し、利用し、支配する。
(あれは稀代の謀略家だ)
ファルコンは入学間もなく、社会の縮図のようなこの学園の異質さを見抜いた。
社会的に地位ある者とそうでない者が混在する学園には見えない壁がある。
いや、断絶した思想、貧富、才能の差がある。
持つ者は持たざる者を見下し、持たざる者は自身を卑下するようになる環境。
持つ者は横柄に振舞い、持たざる者を萎縮させる。
社会の縮図が再現されていた。
上級生になるほどその思想はより濃くなっていると見抜いていたのだ。
(あの男は、持たざる者の鬱屈した感情を巧みにコントロールしてのけた。
対抗心、復讐心、鬱屈とした負の感情を焚きつけ、まるで盤上の駒を全て把握しているかのように、持たざる者をまとめ上げ、持つ者を支配し始めた。
1000手先を見据えている。
人心掌握のプロフェッショナルである天内の計略により、この学園は変革し始めている。
あれは恐るべき男だ。奴の思惑通り事が運び、この学園ひいては下界にも影響を与え始めている。
盤上を支配する羅刹。1000手先の盤面を読む鬼神。
そんな奴の首を掻き切るという野望。アイツに勝ち、TDRは俺が貰う。TDRという組織は俺が貰う)
ファルコンは恐るべき早さで打ち込んでくる小町と近接戦で真正面からやり合うのはマズイと感じ、風魔法を身体中に付与し、大きくバックステップする。
「逃がすか!」
勝機と見たか、小町は追撃をかけようとするが。
「黙れよ。ガキ! うぜぇ。うぜぇ。うぜぇ!!」
ファルコンは両手の刃物を投擲しながら、それを囮に間合いを取る事に成功する。
距離を取られた小町は一息吐くと。
「随分ノロマですね。あなた……もしかして弱いですか?」
(遅く感じる。前は目で追う早さと身体の動きが間に合わなかったけど、今はそうでもない。今まで意識した事はなかったけど高速思考……先輩に教えて貰った謎技。あれのおかげなのか?)
「てめぇ。殺す」
ファルコンは暗器を発動させ、手元に刃物を引き出す手前で待機させる。
ファルコンは投擲も得意とする。
彼の戦闘の真髄は実際に切り込む刃物の影に投擲する用の刃物を隠し斬撃と投擲を同時に行う、だまし討ちによる連撃。
連撃の数は待機させた武具の数による。
1つ待機させれば2連撃。
5つ待機させれば6連撃となる。
秘剣:鷹の爪。
さらに刃物の切っ先には毒を仕込んでおり、擦れば動きを抑制させ麻痺させる工夫も施してある。
本来、〔暗器:アーツ〕はその名の通り武器を隠し持つ技巧である。
武器限定であるが物理法則を無視して、所持する武具を格納する。
このアーツの本来の用途は投擲やだまし討ちにあるのだ。
ファルコンは額に青筋を浮かべ、風魔法を発動させると。
「斬撃空間にようこそ。お前はズタズタに引き裂く。命乞いなしだ。人が痛めつける為に急所を狙わないように加減してるっていうのに!」
「加減? 嘘は良くないですよ。鷹山くん。あなた、1年で一番ポイント奪取率良かったらしいですけど、ナニカの間違いだったんじゃないですか?」
小町は余裕な表情で挑発した。
「いいさ。もう加減はなしだ。お前はここで殺す。パーティーは終いだよ。お前は一撃で仕留める」
「安いですねぇ。素振りが足らないんじゃないですか? そもそも技巧が拙いですよ」
ファルコンはアーツで隠し持つ刃物に風魔法を付与し、影からの斬撃と投擲を開始準備に入ると。
「抜かせよ。小娘!」
「参ります。では、鷹山くん。見せてあげましょう。先輩直伝の抜刀術を」
小町は刀身を鞘に納めると、静かに居合の姿勢に入る。
鯉口に人差し指を掛けると、深呼吸した。
「切り刻む!」
待機させた10の投擲武具。
「秘剣!」
ファルコンは11連撃の攻撃を放つ為、風魔法で加速し小町に急接近する。
(遅い。あくびが出る)
「刮目せよ! 抜刀!」
小町は鯉口から最強のイチで迎え撃った。
勝負はその一瞬で片が付いた。
真っ二つ。
空間が割れた。
そんな錯覚を観戦客は覚えた。
空間を切ったかのように、蜃気楼のように空間が歪んだかと思うと。
ファルコンの放った刃物は全て砕け散り、鷹山隼は。
―――胴体―――
――下半身―――
胴と下半身は真っ二つに離れていた。
「思い知りましたか?」
小町は、痺れた手の平で何でもないように抜いた刃を鞘に納めると。
カチャリ。
両者の間で、そんな静かな音がすると、ファルコンの胴体が地面に落ちた。