in the dark
中間考査戦は既に始まっていた。
学園の生徒数は約1200名も居る為、予選だけでも1週間以上かかる。この考査戦は一種のお祭りなのである。
俺の初戦まで、まだ時間があった。
風音とシステリッサを尾行する暗殺者の機影が複数確認できた。
俺は風音とシスを暗殺しようとする暗殺者を尾行した。
役柄としては、暗殺者の暗躍者である。
風音達 ← 暗殺者 ← 暗躍者俺
という複雑な立ち回りである。
俺が序盤に聖剣の力を無理矢理起動させた影響が出ているようなのだ。
暗殺者は昨日の風音の戦闘を見て先手を打ってきたと見ていい。
アイツが聖剣使いだとマニアクスの誰かに勘付かれた可能性。
その予想は的中していた。
物語が急速に進んでいる。
この世界での風音はシステリッサルートを主に歩んでいるようなのだ。
最も正道。
全ての謎が解明されるトゥルーエンドであり、最も困難なルート……
という事は、風音と相対する終末の騎士はアイツになるだろう。
「ヤバいじゃん」
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丑三つ時。
シン・東京。
街中は鬱蒼とした靄に包まれ、深山幽谷を連想させた。
歓楽街のビルの屋上を走り抜ける蠢く複数の機影。
それらが、建物の区画、用水路、ビル頭上を縦横無尽に目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく。
風音達を徐々に人気のない場所へ誘導しているように感じられた。
大きなネオンの看板が光る雑居ビルの屋上にて俺達は居た。
双眼鏡を使い風音達を確認できた。
「カッコウ、俺はこれから動く。このままでは撒かれる。連いて来れるか?」
「ムリかと」
「そうか。お前は俺が取り逃がしてしまった雑魚の露払いを頼む。対処が困難なら監視のみでいい」
「承知」
「翡翠、狙撃で1人削れるか?」
「……やってみます」
高速で動く刺客の数は、ここから確認できるだけで5人。
5人の追手に追われる風音とシス。
恐らく現状の風音より格上の相手なのだろう。
シスを守りながら、逃げている。
防戦一方のようだ。
5人、もしくはそれ以上の暗殺者グループか……心当たりがないな。
時間の猶予はないかもしれない。
「状況はあまりよろしくないな。いいか翡翠。敵の軌道を予測しろ。相手が進む先に照準を合わせろ」
翡翠は頷くとスナイパーライフルのスコープを覗き、銃を構えた。
「当たれば良し。当たらなくても妨害できれば上々。俺は先に行く。ではオペレーション開始!」
ビルの屋上から飛び降りた瞬間、銃声が鳴り響いた。
影の背中を追い駆ける。視界に映る景色が高速で流れていく。
遮蔽物に当たらぬよう、紙一重で躱していく。
超速移動を使えばすぐにでも追いつける。
しかし、そう簡単にはいかなかった。
「何匹いやがる……」
俺の尾行に気付いているのか、それとも辺りに潜んでいたのか、仕込まれていただろう召喚術式が起動したのかわからないが、重力を無視した動きをする赤い眼を光らせる黒い狼が行く手を阻むかのように四方八方から襲い掛かった。
数は100……いや200を超えると思われる。
無視して進むには困難。
なにより放っておくには危険過ぎる数だ。
俺を追う200近い猟犬は、他にも居るようでカッコウが猟犬共を認識外の一刀で一匹ずつ確実に倒していく姿が遠くの方で見えた。
ビルを垂直、平行に走り抜ける黒い猟犬は獲物である俺に鋭い牙を剥いた。
俺も同じく重力魔法を使い、ビルの側面を地上のように走り抜けながら戦闘準備を開始した。
短剣をアーツで数本取り出し、紫電を纏わせた投げつける。
それを目くらましに、一瞬怯んだ猟犬の動きを見逃さなかった。
「畜生如きが」
細剣を抜き、片手に持つと猟犬共を切り刻んだ。
口蓋を切り裂き、柄で頭蓋を砕き、目玉から脳髄を一直線で貫く。
黒き大群を切り裂いた。
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都心唯一と言ってもいい、巨大な外苑緑地。
深夜人の出入りが禁止されるエリア。
背後から風音達を追い詰めている複数の影の1人。
そいつの胸を槍で射抜いた。
一撃で絶命したそいつの身なりを確認した。
「貧者の使い走りか」
マニアクスの手先、貧者の精鋭。
やはり動くのが早すぎる。
ワンシーズン早く登場している。
「ッ!?」
殺気を感じ取った。
木々の先端にワイヤーを括りつけ、天高く駆け上がった一つの影が銃弾を発砲した。
目の前で火花が散った。
銃弾を盾で弾き、思考を集中させ無数の鉛玉を躱す。
避けながら頭上に片方の眼球を動かすと。
数十に及ぶ赤い眼を光らせる黒い狼の影が火花の散った先を見据えていた。俺の居るであろう箇所に猛攻を仕掛けようと涎を振りまきながら空を駆けていた。
先程切り裂いた猟犬共だ。
「簡易召喚術か。銃弾がトリガーになり術式が展開されるカラクリか」
一帯は靄と闇に包まれている。
カーボン糸を括りつけた刃を旋回させ、飛翔する影を切り裂く。
遠心運動を加えた炭素繊維と、糸の先に括られた刃によって両断される狼の影。
肉を切り裂くような異音が響き渡った。
「邪魔だな……チッ!」
超低周波が耳殻を麻痺させているのか、嘔吐感に似た不快感が身体を襲った。
音魔法の手練れがあの中に居る。
どうやら俺の事を無視できない追手だと判断したようで、追いかけていた暗殺者共は俺に釣られているようであった。
「いいねぇ。都合がいい」
「幵」
影の1人が唱えた。
「そりゃあ。まだ居るよな」
足元の地面が沼のようにドロドロに融解し、足首が地表に吸い込まれる。
俺は咄嗟に地表から離脱しようと試みるが時すでに遅し。
「地のサポート魔法か」
足首が埋まると、地面は何事もなかったかのように固まっていた。
「出し惜しみするなよ。逃がす気はねぇからな」
俺は不適に笑った。
敵は少なくとも、銃使いの召喚術士、遠隔から援護する音魔法の使い手、中距離型の地の魔術師。
1人は先程射抜いた。あと1人は? 影の数は5人だったはずだ。
風音をまだ追っているのか?
「後ろか!?」
気配を感じ取り、振り返ると。
全身を霧で纏った白煙の怪人が背後から肉切り包丁を俺の脳天に振り下ろそうとしていた。
「近接型! いいコンビネーションだ!」
左手からアーツで取り出した槍に紫電を纏わせる。
「†イリュージョン†」
右手をパントマイムで披露される見えない壁を触るふざけた動作を取ると、紫電を纏った電槍が幾重にも分身した。
「ナッ!?」
驚きは白煙の怪人から発せられた。
刻一刻と包丁が俺の脳天に迫って来ている。
―――思考を加速させる―――
貴様に真のコンビネーションを見せてやろう。
神の視座に立つ者にのみ許された魔導の深淵を。
動けぬ足首の関節を捻じ曲げながら。
切っ先を後ろに振り抜く。
禍々しい刃が脳髄に直撃するよりも先に、白煙の怪人の脳天は黒焦げに焼けていた。
「得物の長さで勝敗は決まるんだぜ」
俺は神速の一穿を以って、何事もなかったかのように埋まった足首から下を掘り起こした。
「あと、3人。お前らの暗躍をさらに暗躍する者が居る事を教えてやる。お前らの飼い主にあの世から報告しとけよな」
俺は舌舐めずりした。