デリカシーのないアイツ
/3人称視点/
「先輩! 今日はお暇ですか!? もうすぐ考査ですね!」
同級生との勉強会を終えた小町は、たまたま天内を見かけ声を掛けた。
「なんだ小町か、悪いな。今ちょっと忙しい。じゃあな」
いつも通り、不審人物のように顔を歪めた天内はブツブツ呟きながらそそくさとその場を去ろうとする。
「……パスポートが数枚必要だな。少し時間がある。行くか攻略」
腕を組みながら天内は眉間を寄せていた。
(またこの人は、怪しげな事を呟いてるよ)
そんな天内の言葉を無視して隣に駆け寄る小町は話を続ける。
「先輩聞いて下さいよ。大変な事が起こったんです。私クラスの男子にデート誘われてるんですよ! 私ってモテるんですかね」
「さぁ? そうなんじゃない?」
天内の言葉は素っ気ないモノであった。
ムッとする小町は。
「私もそろそろ彼氏とか作った方がいいんですかね? ほら青春を謳歌するみたいな? 彼氏とか作ってデートとかした方がいいと思いますか?」
「いいんじゃない」
「な……でも、彼氏と遊んでばっかりだと成績も下がりそうですよね。良くないですよね!?」
「そうか? そいつの実力次第だろ。プライベートも充実してる奴の方が成績がいいとも聞くな」
「う……いやいや。ホントにそうなんでしょうか?」
「俺は息抜きは必要だと思うがな。メリハリつけた方が成績も上がるかもしれん。理にかなっていると思うが」
「そ、そうですか。じゃあ、私。デートに行ってもいいんですね?」
「俺に許可取る必要ないだろ」
「そう……ですけど。ほら一応私は先輩の弟子ですし、あんまりデートとかそんな事で時間を使っちゃうのも良くないかな、と思いまして。その稽古とかに行けなくなるかもですし……先輩にも迷惑掛けるかもじゃないですか」
「日程ずらせばいいんじゃない?」
「ま、毎日! 毎日イチャイチャしちゃって先輩を待ちぼうけにしちゃうかもしれませんよ!?」
「その時は俺一人で勝手に修行してるから気にするな。貴重な学生生活だしな。好きにすればいいと思うよ」
「じゃ、じゃあ!」
そそくさと歩く天内は小町との会話を適当に受け流していた。
「なぁ? もういいか? 俺は忙しいんだよ」
天内は小町の顔を見ると、うんざりした顔で一息吐いた。
(イライラするなぁ。この人。ダメだ。ここはにこやかに話さなくては)
「で、デートに行っちゃいますよ! いいんですね!?」
「だから、俺に許可なんて取らなくていいって。お好きにどうぞ。それじゃあな。楽しんで来いよ。俺は考査までの間、修行の旅に出るから」
(中ボス共を倒しに世界に赴くか。ハァ。腕が鳴るぜ。ファントム暗躍計画のステージを一段階押し上げるか……)
「どっか行くんですか!? 行きます! 先輩! 私も行きますよ! 弟子なんですから」
「彼氏候補の誰かさんとデートに行くんじゃなかったけ?」
「行きたかったですが、弟子としては仕方ないから付き合ってあげますよ! ああ~ホントに行きたかったんですが……」
チラチラと天内の顔を窺うが。
「あっそ。修行熱心な弟子で俺は嬉しいよ。ま、連れてかないけど。じゃあ感謝の素振り100万回しといてね」
「ちょっと!」
「なによ」
「先輩は私が知らない男と遊んでてもいいんですね!?」
「いいよ~」
「なん……じゃあ! もう行きますから! デート行っちゃいますからね! 夏休み明けに地味だった子が一皮むけた感じになっちゃってる感じになりますからね!? いいんですね!? 先輩よりも派手派手になっちゃいますからね!!」
「ほどほどになぁ~」
「あああああああああああ! 知らないんだから!」
「世間様に迷惑かけるなよぉ~」
「この男は!」
・
・
・
/小町視点/
先輩が私の事をどう思ってようがいいけど、あの言い方はどうなの? って話。
全然話を聞いてないし、いつも自分の事ばっかりだし。何様なんだよって話。
毎回、気持ちの悪い独り言をブツブツ言ってるし。
ダサいし、デリカシーないし、汗臭いし、多分お風呂全然入ってないし、奇声を突然上げるし、サイフにパンツ入れてるし、お金に汚いし。
ホントに。
「ムカつくんですけど」
「ん? どうしたの。穂村さん」
「あ。ごめんね。ちょっと嫌な奴の事思い出しちゃって」
声に出てしまっていたようだ。
先日、先輩にあしらわれてから、私は結局デートに来てしまったのだ。
私に好意を抱く目の前の男の子。
佐々木ローレイくん。
端正な顔立ちの美丈夫と休日を過ごしていた。
「穂村さんに嫌な思いをさせる奴が居たのかい?」
「まぁ、そうなんだよね」
デリカシーのないアイツ。
「誰だい? 教えてくれたらソイツに一言言ってやるよ。なんなら一発お見舞いしてやる」
冗談交じりに随分勇敢な事を言ってくれた。
「そこまでしなくてもいいから」
残念だけど、ローレイくんは先輩に触れる事すらできないよ。
でも、あの変人の事だ。わざと殴られてヘラヘラしてそう。
以前、チンピラに黙って殴られていたくらいだ。
先輩は力をひけらかさない。そういう信条の人だ。
基本的に頭おかしいのもあるけど。
「困ったことがあったら、いつでも力になるからね!」
「あ。うん。ありがとう」
彼にエスコートされて朝から遊園地に行き、夜は夜景の見渡せるリストランテに訪れていた。
他愛ない話を続ける。
最近観た映画の話やおすすめの小説の話。
友人の馬鹿話や学園での授業の話。
至って普通。どこにでもある風景だった。
「へぇ~。ローレイくんは面白いねぇ~」
「そうかい!?」
喜色満面の笑みを浮かべる美男子。
普通だ。
これでいいはず。
デリカシーのないアイツ。
先輩だったら突然、フェチズムの太ももの魅力を語り出すし。
『小町金貸してくんない?』とか言い出すし。
最近パチンコで大勝したとか、クソみたいな話題を吹っかけてくるし。
食べる人を選ぶ、三郎ラーメンにしかご飯連れて行ってくれないし。
突然、頭を掻きむしって、『詰んだ~~~~!!』とか雄叫びを上げたりする。
普通にあり得ない事の連続。
でもローレイくんと一緒に過ごしても、なんだかあんまり面白くないなぁと感じてしまう。
「穂村さん! その!」
意を決したローレイくんの顔があった。
遂に来たかぁ~。
・
・
・
空港にある空の下の街並みと海原を見渡せる展望レストランを後にした。
先程、夜景を見ながら人生初の告白されたのだ。
なんだか一緒に帰るのが気まずいので、私は空港をぶらぶらして時間を潰していた。
「あ!」
ダサいアイツが居た。
「お前、こんなとこで何してんだよ。門限過ぎてるんじゃないのか?」
地図を片手に馬鹿でかいサングラスを掛けたボサボサ頭の天内先輩とばったり会ったのだ。
相変わらずダッサイなぁ~。
服シワだらけじゃん。
上はジャケットなのに下はハーフパンツにサンダルだし。
頭も寝ぐせだらけでだらしない。
「寮には申請出してるんで大丈夫です。私はちょっとここら辺で友達とお茶してたんです。それより先輩こそ何してるんです。これからどっか行くんですか? キャリケースなんて引いて」
「前も言っただろ。修行の旅に出るんだよ。俺より強い奴に会いに行くんだ」
「また勝手に……言っても連れて行ってはくれないんですよね」
「ムリムリの無理だね。お前じゃあ連いて来れない。そんな事より小町髪切った? しかもドレスコードだし」
「切ってないですけど」
「嘘吐くなよ。ショートヘアになってるじゃん」
「なってないんですけど。後ろ括ってるんですけど」
「ふ~ん」
「最近、暑くなってきましたからね。括ってみたんです」
後頭部の編み込みを見せつけた。
「ギブソンタックって言うんです。先輩って自称おしゃれの癖に実は全然知りませんよね」
「一言多いな。まぁいいや。そっちの方が似合ってるぞ。俺ショートヘアの方が好きなんだよね」
「へ、へぇ~」
初耳だった。
「スポーティーな感じがいいよな。健康そうで」
「そ、そうなんですね。というか、ショートヘアとロングヘアぐらいしか髪型の名前知らないんじゃないんですか?」
「はぁ? セミロングとツインテールだろ。ポニーテールも知ってるわ!? 馬鹿にしすぎだろ」
「やれやれ。先輩が無知なのは、わかりましたよ」
「舐めやがって」
「いい意味で舐めてますから。ほら、襟立ってますよ」
襟の歪みを直すと、先輩の肩をパンパンと叩いた。
「全く。おっちょこちょいなんですから」
「お、おう。そういやデートするとか言ってたが。おしゃれしてるって事は、もしかしてその日だった感じか?」
「ええ。そうです。さっき振られちゃいました」
嘘だけど。
「ククク。見る目があるなその男」
小ばかにしたような顔をされたが、釣られて笑ってしまった。
「ですね。私には当分彼氏は出来そうにありません」
「精々励めよ弟子」
「そうします。修行? 旅行? まぁどっちでもいいや。どっかに行くんですよね。連れて行ってくれないなら、気をつけてくださいね。先輩」
「ああ。サクッと行ってくるわ」
時刻表を見上げると。
「そろそろ行かないといけないようだ。じゃあな」
手をヒラヒラとさせてダサいアイツは去っていた。
そんな会話を交わし天内先輩の背中を見つめていた。
「ふ~ん。髪切ってみようかな」
私は毛先を弄ってみた。