アンブリア宮殿 ~『TDR社訓絶叫研修』~
先日は生徒会室で色々あった。
頭皮にダメージを与えない為に俺は気持ちを切り替える努力をしている。
毛根を労わってやらねばならんのだ。
それに俺は試してみたい事があった。
蓄電器に配線を繋げ、電波を拾うと映像が映し出された。
最近購入したテレビの電源を点けたのだ。
「あ。テレビなんて映るんだココ」
モリドールさんがその様子を見ていた。
「一緒に観ますか」
「うん。そうだね。私最近のドラマとか全然知らなくて話についてけないんだよねぇ~」
「俺も全くテレビ観ないんで、さっぱりですね」
この世界に来てからこの世界の娯楽に接した事がない。
俺もどんな番組があるのか気になっていた。
「お茶要る?」
「お願いします」
モリドールさんは2人分のお茶を持って、テーブルの上に置くと俺の隣に座った。
「ありがとうございます。適当にチャンネル変えていいですか?」
「どうぞ~」
モリドールさんは特に気になる番組はないようだ。
「じゃあ。お言葉に甘えて」
俺はリモコンを操作し番組を変えた。
幾つかチャンネルを合わせ、たまたま視聴したテレビ番組を見てお茶を吹き出した。
「大丈夫?」
「ちょっと気管に入っちゃって」
何が起きてるんだ? これは夢か?
頬をつねってみるが。
「痛い。夢じゃないだと!?」
「どうしたの? ホントに大丈夫? 青ざめてるよ」
「いや……その……これ観ていいかな?」
「企業密着のドキュメンタリーだね。こんなの好きなの?」
「え。ええ」
俺は生唾を飲んだ。
目の前に映し出された番組に目を疑った。
気分が悪くなってきた。また胃に穴が開きそうだった。
番組のオープニングに流れるエレキギターの音色が奏でられた。
---【番組】---
ヒノモト放送協会は、急成長する企業に独占密着の取材をする事が許された。
「本日はよろしくお願いいたします」
「宜しくお願い致します」
「本日はなぜ取材をお受けして頂ける運びになったんでしょう?」
「我々の企業理念を国民の皆様に理解し、そして我々の総帥が掲げる信念を少しでも知って頂きたいと思ったからです」
「なるほど。本日は新入社員の研修を密着させて頂くという話ですが」
「ええ。その予定です。この後会社説明、そして我々のグループの研修風景を映して頂きます」
≪アンブリア宮殿≫
現在急成長する巨大コングロマリット。
『TDR』グループ。
今夜の主役は、拡大し続ける新興企業。
その知られざる人財育成の舞台裏にお邪魔した。
人材派遣、人材育成、経営コンサルタントを行う、TDRグループの一つ。
【TDRイマジネーション(株)】を任された若き取締役、聖川勝氏。
彼が壇上に登壇すると背後にある白板に映し出された文字を見上げた。
TDRの文字が映し出されると、その文字が分解し始め本来の意味へと変化した。
~ Tenacious Draconian Revolution ~
「諸君この意味がわかるか?」
新卒、中途問わず集められた老若男女の新入社員は場を支配する緊張感から挙手する者が居なかった。
聖川氏は咳払いすると。
「どれほどの困難であっても膝を屈しない過酷な革命。これがTDRグループの掲げる信念である」
「Tenacious Draconian Revolution!!! どれほどの困難であっても膝を屈しない過酷な革命!!!」
聖川氏の隣に立つエリート風な男がプロジェクターが投影する社訓を絶叫した。
「我がグループは今やヒノモト一の企業へと成長している。
キミら新人はこれから一流のビジネスマンになって貰う必要がある。
きっと困難な事もあるだろう。理不尽な事、過酷だと感じる瞬間も多い。
挫けそうな時、この理念を胸の内で反芻しろ。
我々が行うのは世間の皆様に快適で便利なサービスを提供する事だ。
膝を屈し地べたを見ている暇はないぞ。
我々は世の中をより良いものへと変化させる革命を目指しているのだから!」
取締役は新入社員の顔を見渡すと。
「では社訓を読み上げろ! これは生きていく上での指針ともなる!」
「「「どれほどの困難であっても膝を屈しない過酷な革命」」」
「声が小さい! 気合を入れろ!」
「「「どれほどの困難であっても膝を屈しない過酷な革命!」」」
「まだ声が小さいぞ。腹から声を出せ! 魂に刻み込め!」
「「「どれほどの困難であっても膝を屈しない過酷な革命!!!」」」
「言われてやるようじゃ、まだまだだ。出来るなら指図されずとも初めから声を出せ! 甘えるな! 返事は!?」
「「「ハイ!!!」」」
「よろしい。では、これから意識改革を行っていく。2人1組になり互いの良い所を100言い合え、その次に悪い所を100言い合え! 時間は30分! 始め!」
ディレクターは取締役に尋ねる。
「これは一体どういう意味があるんですか?」
「初対面でしかもごく短時間で長所短所を100ずつ言い合うというのは、難しいものです。
ここで注目しているのは、競争心を焚きつける事もありますが。
頭の回転の速さ、物事を多角的視点から見る視野の広さと分析能力、営業能力、想像力、批判的思考。そういった面を鍛える研修になります」
「な、なるほど……」
我々はお互いに罵詈雑言を言い合う新入社員の研修風景をつぶさに観察した。
TDRグループの研修は過酷を極めた。
TDRグループに入社した者は、同グループ企業デベロッパー大手【TDR地場開発(株)】が所有する寮に入寮する事が義務付けられる。
彼らは寝食を共にし、同じ釜の飯を食う事で結束力を高めるそうだ。
彼らの朝は早い。
毎朝5:30に起床し、6時までにグラウンドに整列しなければならない。
その後、30キロの重りを身に着け社訓を絶叫しながら10キロのマラソンを行う事から1日が始まるのだ。
・
・
・
「最後に。聖川さん。今後TDRグループはどのような方向に進んでいくのでしょう」
「私は末端の人間です。我々の総帥は新たなビジネスを開始すると伺っています」
「総帥……ですか。新たなビジネスですか? 詳細はどのようなものなんでしょうか」
「製薬業とだけ伺っています。私は数多あるTDRグループの取締役の1人に過ぎませんのでそれ以上の内容は知らないのです」
「聖川さんはグループの取締役ですよね?」
「ええ。栄誉な事に取締役の任を仰せつかっていますが、TDRグループは事業形態が複数あり、取締役の上には会長、相談役と役職があります。それらを纏める頂点に立つ総裁の方々。
イレブンと呼ばれる最高決定機関の人間が11人おります」
「ほう。初耳です。TDRグループは今や巨大産業に着手してますが、ここまで急成長に導いた方に取材は可能なんでしょうか?」
「不可能でしょうな。私も頂点に立つ人物。イレブンを纏める【総帥】と呼ばれる方にお会いした事はないのです」
「最高決定機関の方々より上の役職の方がおられるのですね」
「その通りです。しかし、それより上に全てのTDRの起源をお創りになった【閣下】と呼ばれる雲の上の方が居られるようなのですが、末端である私は一生お会いする事は出来そうにありませんな」
「総帥に閣下ですか。物々しいですね。どのような方なんでしょうか」
「ええ。ここまでのグループを短期間で創った方ですので、超越的な頭脳の持ち主。加えて、」
―――暗転した―――
俺はテレビの電源をオフにした。
「ありゃ。もういいの?」
モリドールさんは俺の顔を見ると不思議そうな顔をした。
「え、あ。はい。クソつまんなかったので。それよりモリドールさん。ボードゲームとかどうです?」
「突然だね」
「いやぁ。モリドールさんと談笑していた方が有意義だなと思って」
「嬉しい事言ってくれるねぇ。いいよ。やろっか」
「は、はい」
俺は恐ろしくなった。
TDRはやっぱりあのTDRだ。
俺の創設したTDRだったわ。
頭痛が痛いという状態に見舞われた。
もはや二重表現。
頭が痛すぎて頭が割れそうなのだ。
閣下は俺だな。カッコウの奴がふざけて閣下呼びしてるから。
総帥はカッコウだろう。
じゃあ、イレブンっていうのは、突然強面になった馬鹿共か。
なんでこんな事になってるんだよ。
この結末は予想外なんだが。




