絶望に抗う特効薬 『ケハエール』
「天内。お前最近、髪切った?」
ニクブが俺の気にしてる事をツッコんできた。
タモさんかてめぇわ。
「切ってねぇよ」
俺はイツメンと飯を食っていた。
ニクブとガリノと俺で教室の隅で弁当をつついていたのだ。
「そうか? いや切っただろ。前より毛量ないじゃん。俺も刈り上げるか。そろそろ夏だしな」
「ニクブって剛毛だよね。芝生みたいな頭じゃん。お前って角刈りが似合いそう。あと装備はアイスバーだね。間違いない。アイスバー装備の角刈り……似合うな」
「はぁ? 喧嘩売ってんのか? モヤシでガリガリのガリノくん」
「喧嘩? 違うさ。純然たる事実を述べたまでだ。俺はお前とは違い、母親譲りの綺麗なストレートだからな。羨むなよ」
「ガリノみたいな奴は、将来禿げるそうだぞ。げーはー板で見た」
「またまた。ニクブ。面白くない冗談を。俺の髪質が羨ましいのはわかるが。面白くないぞ」
ニクブはガリノの額を指差すと。
「ほら、M字になってるじゃねーか」
「富士額だよ! これは! 低知能のキミは知らんだろうがな」
「富士額ぐらい知ってんだよ。ぬっころすぞてめぇ!」
「うるせぇんだよ。さっさと飯を食えよ。陰毛顔!」
俺は二人のクソみたいな話を聞いてられなくなった。
「どうした天内。今日は随分機嫌が悪いな……なんかあったのか?」
「くだらねぇ男の髪の話を食事中に聞かされて気分が悪くなったんだよ。飯がマズイ」
「お、おう。すまんな」
「そうだぞ。ニクブ。お前が悪い」
「お前も乗って来ただろうが! ……ところで天内。陰毛顔ってどういう意味だ。流石にそれは酷くないか? ガリノの事だよな」
「ニクブの方が陰毛顔だと思うが」
「やるのか? ガリノ!?」
「ああ。そろそろ決着をつけようぜ。陰毛フェイスのニクブくんよぉ!」
そんないつもの喧嘩が始まると俺は黙ってその場を離れた。
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男にとって最大の敵、そいつはなんだろう?
アレである。
髪の毛の後退、抜け毛、円形脱毛症。
一言で言おう。
禿げである。
俺は最近のストレスにより禿げ始めていた。
「優秀な錬金術師と薬師、聖属性魔法の担い手を集めろ!」
俺はTDRの者達に沙汰を出した。
「一体何をなさるおつもりですか?」
カッコウは恐る恐る俺に尋ねた。
「特効薬を作る」
「製薬業に手を出す、という事でよろしいですか?」
「ああ。そうかもしれんな。これがレシピだ」
俺は無造作に数十枚に及ぶ調合方法が記述された論文をその場に並べた。
「一つ質問が」
「なんだ?」
「ここに書かれてる調合レシピは一体どんな効能が」
「絶望に抗う。とだけ言っておこう」
俺専用の育毛剤なんて口が裂けても言うつもりはない。
「絶望……ですか?」
「それ以上は言えない。これは救世になる代物。お前であっても伝える事はできない」
「この世を救う……一体どんな内容なんだ」
TDRの幹部の1人がボソリと呟いた。
禿げが治る薬だよ。
言わせんな恥ずかしい。
「少し中を…………」
カッコウは論文をパラパラと捲り、眉根を寄せた。
「肉体の高度活性化、ストレスの緩和と抑制、
不純物の体外排出、あらゆる状態異常のリジェクト?
毒物、呪い、麻痺、精神魔法への耐性、月の魔法諸々の被術者への効果の完全無害化だと!?
それに自然治癒の向上……外的損傷の再生!?
壊死した細胞、損傷した部位の完全再生……
蘇生をマナで代用する。
いや、そんな事はできないはず……
だが……できるのかそんな事。
まるで奇跡の薬ではないか」
俺が知りうるメガシュバに存在した治癒系アイテムの詰め合わせセット。
バリューセットみたいなもんだ。
緻密な計算と調合素材の配合。
特殊な条件下と特別な魔術師が新月に行う事で生成できる代物。
名付けて『ケハエール』だ。
これで俺の頭皮は元気になる。
フサフサに戻るぞ俺は。
「それは極秘。しかし作成には超絶レアアイテムが必要。収集と製薬。できるな?」
生唾を飲む音が木霊すると。
「……なんとかしましょう」
「頼んだぞ。内服薬と外用薬も作れ。いいな」
「しかし……見たこと聞いた事もない治療薬ですね」
だろうね。
メガシュヴァでも作成難度の高い治癒アイテムを混ぜ合わせたもの。
さらに高度な錬金術師や薬師の手助けが必須。
加えて聖属性魔法を使用しなければ製薬に成功しない代物。
残念ながら俺では作成不可能なので、こいつらアホ共に代わりに作って貰おう。
「絶望に抗う奇跡の特効薬だからな」
「なぜ。閣下はこんな事を知ってるんですか?」
「それは……俺がこの世界を救う者だからだ」
頭皮と頭髪に悩む世の男性諸君を俺は救済してみせるさ。
舐めるなよ。
俺は神の視座を持つ者だぞ。
「……流石です」
「うむ。後は頼んだぞ。カッコウ」
「ハッ!」
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TDRの製薬プロジェクトの会議を済ませ。
1人の女生徒と待ち合わせしていた。
待ち合わせ時刻より少し早く来てしまい、先日債務整理を終えた事について考えていた。
俺は天を仰ぎ、雲を数える。
「マネーが1枚。マネーが2枚。マネーが3枚……あああああああ!」
俺は髪を掻きむしった。
「クソが」
マネーがなくなった事も相まって俺は胃に穴が開きそうだった。
いや開いた。血反吐を吐いた。
俺は諸々の事に頭を悩ませている。
ストレスがマッハで飛来してくるのだ。
生徒会の懇親会。
つまり、お食事会に行かねばならん事になったわけだ。
「遂にモブである俺が生徒会とかいう花形と接触だと!? ふざけんな! モブ生活に支障が出るだろうが!」
叫んでストレスを緩和させ、頭を抱えた。
本日がその懇親会当日なのだ。
俺は一旦冷静になるため頭を冷やした。
冷静になる為、瞑想した。
「落ち着け俺。落ち着くんだ。これ以上頭皮にダメージを与えてはいかん」
俺は気持ちを紛らわす為、生徒会について思考をシフトさせた。
メガシュバにおける強キャラを挙げろと言われれば、主人公風音や敵サイドを除くと。
生徒会長ヴァニラ・ユーフォリアだろう。
一騎当千を超える戦闘力を誇るキャラクターである。
彼女がメインヒロインの1人であるという点も大いにあるが、聖剣と対を成す魔剣の使い手。
王冠に擬態した蛇腹剣エンデュミオンの使い手でもあるからだ。
この世界の戦術や戦略は前世の世界とやや異なる。
ネットもあるし、スマホもある世界でもある、石油や石炭もあるし数学や物理の考えもあるにはある、しかし根本が異なるのだ。
魔力という未現物質が支配する世界故に、異なる技術体系が根幹に根差している。
例えばミサイルの制御。
ミサイルの制御は電子プログラムで制御されていない。
魔力により制御され、魔法陣という術式によりプログラムされている。
その威力や射程範囲すらも魔力に依存している。
魔力という純粋無垢なエネルギーの塊。
これが、エネルギー変換され電気や炎に変換される。
ここが大きな違いだ。
ミサイルの爆発に巻き込まれれば前世の人間なら粉微塵になるだろう。
しかし、この世界の魔術師は違う。
魔力により制御された火力であるならば魔術によりその爆撃を防ぐ事が可能になってしまう。
ミサイルのエネルギー量が1000だと仮定した時、1000を創出できる魔術師なら相殺できてしまうのだ。
故に優秀な騎士やメイガスは個人で一国の戦術兵器にも戦略兵器にもなりうる。
そういう世界観なのだ。
この世界で最高位の超級魔法の担い手は見た事はないが、超級魔法になればその威力はミサイルの爆撃など遥かに超える。
環境への干渉すら引き起こせるのだから当たり前だ。
例えば。
個人で雷を任意で標的に落としまくる。
超音波により、対象の三半規管や脳、聴覚器官に甚大なダメージを与え行動能力や判断能力を著しく低下させる。
岩石を雨のように降らせ小規模な隕石衝突のようなインパクトを拠点に与えるなど。
前世の世界でも非常識な戦法や見た事のない戦術がこの世界では実現可能なのだ。
それが魔術。
そもそも鉛玉の銃弾など魔術師の前では無意味な紙切れにしかならない。
彩羽千秋などいい例だ。
本来剣など重火器の前では無力というのは、前世の世界の常識であり、この異世界では通用しない。
雑魚モブである俺ですらミサイルが降って来ても今や動揺しないだろう。
撃ち落とす事など容易だからだ。
故に一般人がどれほど武器を構え、列を成したとてなのだ。
1万人の一般人で構成された軍勢が重火器を持っていても1人の強大な力を持つ騎士や魔術師の前では無力になる。
とはいえ、そのレベルになるとこの世界では例外扱いな訳だが。
ヴァニラはその例外である。
1人で一国の戦略兵器になりうる存在なのだ。
彼女の持つ蛇腹剣は伸縮自在の魔剣。
遠距離から神速の一刀を放つ。
彼女が一振りすれば、1万人の一般兵など持って2,3分といったところかもしれない。
今の俺でも彼女に勝つのは不可能かもしれない。
そもそも俺がモノマネしている偽りのユニークである神速斬は彼女の持つ固有技だ。
俺は近距離で肉体に負荷を掛けながら"偽りの神速斬"を放つ事ができるが、
回数制限があるとはいえ、遠距離からノーリスクで"本物の神速斬"を放つ彼女は間違いなく強キャラである。
そもそも俺を推薦した厄介エルフの森守も強キャラだ。
森臨魔法の使い手であり、植物操る……いや、そんな優しいものではないな。
大地の深緑を自在に操る戦略級の魔術師である。
「とはいえ、実際にメガシュバの強キャラが、この世界では強いとは限らんが」
マリアも小町も雑魚である以上、ゲーム上での強キャラは当てにはならんが。
「あまっち。迎えに来たよ」
「ァ。ハィ」
俺はうんざりした顔をして森守に返答した。
「行きたくなさそうだねぇ~」
「ソッスネ」
「そんな顔しない。今日は楽しんでいくし! あーしの眼に狂いはない!」
ゲラゲラ笑う森守は俺の背を親戚のクソババアのように強く叩いた。
この人とは一生分かり合えないだろう。