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翡翠の策謀 『うららかなひと時』



--- 空港ターミナルに向かう数時間前 ---



 合宿最終日であった。



「という訳で、今回はマリアさんの優勝という運びになりました。天内さんはマリアさんと一泊二日のうららかなひと時をお楽しみ下さい」


「ありがとうございます」

 マリアの奴は深々と礼をすると、こちらを向き微笑んだ。

 


 アイテム回収のタイムアタック戦はマリアの優勝であった。

 2人ずつ行われたタイムアタック戦。

 廃坑ダンジョンはアリの巣状に複雑に広がるダンジョンだ。

 深奥までの距離は大した事はないし、道中のモンスターも雑魚ばかりだ。

 しかし深度がある分、攻略には慣れと装備、それと個人の適正が大きく明暗を分ける。


 俺は攻略ルートが手に取るようにわかる以上、最短距離を駆け抜ける事ができるが、勿論彼らは違った。


 初戦の組み分けは。

 ケイと千秋。

 マリアと小町。

 この組み合わせであった。

 

 俺は後ろから彼らの道中の安全を確認しつつ気づかれないように引率していた。

 そして目の当たりにしたのだ。



 1戦目。ケイ VS 千秋。

 意外な事にケイの隠密は千秋を圧倒的に凌駕した。

 アイツが本気で息を潜めれば、俺以外のパーティーメンバーどころか、モンスターからも認識されなくなる。というよりも、カッコウことケイ。

 こいつに対しての認識……つまりケイが居たという事実すら忘却するようなのだ。

 気配を消すどころか、この世界の存在値? とでも言えるモノが極限までゼロになるようのだ。

 存在値が低くなりすぎると、()()()()()()()()()()()()()が消えているようなのだ。

 千秋の奴は途中で誰と競ってるのか混乱していた。

 競っている認識を持っているが、誰と競っているのか認識できず混乱していた。その影響もあって動きを鈍くさせた。

 加えてアイテム回収という戦闘能力がそこまで要求されないミッションであった為、千秋の奴は混乱しながら漁夫の利を取られ、あっさり敗北した。



 2戦目。マリア VS 小町。

 これは僅差であったがマリアの勝利に終わった。

 遠距離高火力型のマリアは、遠近両用の戦術に進化した事により小町の奴より1枚手札が多かった。

 小町は金魔法の強化系統の魔術しか使用できない。

 俺と戦闘技法は似ているが、彼女の手札は俺よりも少ないく戦術の幅は現状ない。

 近距離型の為、遠距離から妨害されると成す術がなく苦戦していた。

 マリアの遠距離魔法の火力が上がっていた部分も大きいだろう。道程を爆撃される上に月魔法のデバフ技に引っかかっていた。

 小町の魔眼が開眼していれば勝負は違う結果に終わったかもしれない。



 1戦目の勝者はケイとマリアとなった。

 そして優勝者を決めるタイムアタック戦はケイとマリアで競い合う事になった訳だ。


 俺は密かにケイの実力向上が異常な右肩上がりをしてるのを真剣に観察していた。

 もしかしたらケイが優勝するのでは? と思ったが結果は違った。


 マリアの奴、小町戦で既にダンジョン内にデバフ《弱体化》魔法である遅延ディレイを張り巡らせていた。勝負は既に優勝者を決めるより早く決まっていたようなのだ。

 タイムアタック戦開始の合図と同時であった。

 ヒロイン特権である膨大な魔力量を誇るマリアが、至る所で遅延魔法を発動させた。

 まんまとデバフ技の餌食になったケイの動きは緩慢なものとなり、マリアの術中に嵌ってしまったのだ。

 そしてケイはあっけなくは敗北した。

 という訳でマリアが優勝したという経緯。




 話を戻そう。




 手招きして翡翠を呼び寄せると、耳打ちした。

「ちょっと翡翠……」


「なんでしょう?」


「『一泊二日のうららかなひと時』ってなんだよ。それが優勝商品なの?」


「そうですね。お楽しみ下さい。

 それに少しお休みも必要でしょう? 

 マスターは休みが少なすぎるんです。

 羽を伸ばす意味も含めてマリアさんと信頼関係を築くのがいいんじゃないですか?」


「俺は嫌だよ。絶対に。暇じゃないんだよ。俺は」

 

 それにマリアと俺はこの合宿でそこそこ親密になった? と思う。

 そう思いたい。そうじゃなかったら俺は人間不信になる。

 それに俺は暇ではないのだ。

 親密度を築くのはギャルゲ時空では重要なのかもしれん、しかし俺は攻略者でありモブ。

 俺は吞気に遊んでも居られないし、無意味な寄り道イベを消化する気など毛ほどもない。

 攻略重視の日程を組みたいのだ。


「ダメです。マスター。

 僭越ながら、今回マスターのパーティー内での好感度はやや下がりましたよね? 

 これはいけない。頂けない。本来のマスターの姿を誤解されています。

 翡翠は嘆かわしいのです。

 アットホームなパーティーを作るには親密な関係を作るのは重要課題でしょう。

 友情、努力、勝利ですよ

 多忙なマスターを独占する時間を優勝賞品にしたからこそ、皆さんやる気になったんです。

 マスターと仲良くなりたいという彼らの健気さが溢れ出ていたではないですか。

 この意味がおわかりですよね? その気持ちを無下にすべきではないかと」


 だから、初耳なんだよそれ。

 肝心な俺の了承を取っていないだろうが。

 それに全部取って付けたように嘘くさいんだよ。


「お前の論理は破綻しているのもわかってるんだろうな?」


「なんの事でしょう」

 

 こいつ。すっとぼけた顔しやがって。


 俺はゴホンと咳払いすると。


「彼女達に呆れられてるのは認める。

 俺は人と上手く付き合えないからな。

 親密な関係というのは、必要だろう。それは認めよう。

 それが、『本当にある』、のであればな」

 俺は自嘲気味に笑った。


「というのはどういう意味ですか? 」


「円滑な人間関係、アットホームな職場。

 友情、努力、勝利。

 俺は、そんなものと無縁な生き方しかしてこなかった。

 翡翠よ。よく聞け。

 というか、それは幻想なのだ。

 人生にそんなものはない。

 エンタメ業界の生み出した誇大広告なんだよ。

 現実に在るのはギスギスした人間関係、互いに蹴落としあう職場……そして学校生活。

 無意味な友情、報われない努力、圧倒的虚無感。

 そして最後に待つのは孤独なる死だ。


 これが現実。これが真実。これが人生なんだ。

 エンタメ業界と広告業界の作った偽りの世界には美辞麗句が並べ立てられているが、真なる世界にはそんなものはない。なので、俺は行かないよ。だって嘘だからね」


 詭弁を並び立て、本題から論理をずらす。

 それっぽい事を言って相手の意見を聞かず自分の言いたい事を言う。

 これが俺の処世術48手の一つ。"蛇足で惑わせろ"である。

 

 翡翠は少し困った顔をして、

「……それは。まぁなんというか、卑屈な考え方というか経験というか。なんていうか……」

 

 彼女はグルグル目を回すと。紡ぐべき言葉が見つかったのか。

「そんなマスターだからこそのご提案だったのです! これはいい挽回のチャンスだと思うんです」


「なんの挽回なのさ」


「えっとそれは……卑屈な考え……そうか。

 本当の仲間が居ると知って頂きたい。

(マスターは孤独な闘いを続てきた。

 それが当たり前になってしまった。

 そういう事なのね。

 だからそんな考えなのか……)」

 翡翠の奴は1人でなにかブツブツ呟くと。

「堂々巡りですね。もう決まった事なんです。

 もう取り返しはつかないんです。もし断ったらマリアさんは怒ります」


「え? なんでだよ? 突然話飛んでないか?」


「飛んでないです。気づかないですか? マリアさんは……

 いえ。これは私の口から言うべきではないでしょう。

 しかし……大変な事が起きます。彩羽さんより怒りますね。

 烈火の如く、怒髪天になっちゃいます……」


「マジで? なんでそんな事になってるんだよ。もう訳わかんねぇよ」 

 

 という押し問答を続けて、俺はマリアと1泊2日の『うららかなひと時』なるものを送る必要が出てきたのだ。俺の(あずか)り知らぬ所でだ。

 本当に意味不明なのだ。


 ・

 ・

 ・


 翡翠と口論を続けていると千秋の奴が駆け寄ってきた。

「傑くん!」


「え? なんだよ。忙しいんだ今」


「今度というか、マリアとのお泊まりに行く前に、紹介したい人が居るから!」


「紹介したい人ぉ?」


「そう。お母さん」


「は?」

 なんで母さんが出てくるんだ?


「マリアが先手を打つ前に、布石を打ってみせるって事。安心してね」

 ポンと肩を叩いてきた。


「安心だと? なんの?」


 先手? 布石? お母さんに紹介?

 なんでそんな話になっている。

 もう脈絡がなさすぎてIQ100の俺ではさっきから話が全然読めてないのだ。

 これは俺が馬鹿だからなのか?

 いや違う。情報が欠落しすぎて意味不明なのだ。


「マリアの毒牙から救って見せるって事さ。

 キミはボクと過ごしたかったのに、それが出来なくて怒ってるって事ぐらいお見通しだからね。

 全く、キミって奴は本当に不器用なんだから。分かってるんだゾ!」


「はぁ?」

 さっぱり意味不明だった。

 



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