初耳なんだけど……
合宿も終わり、空港のターミナルであった。
俺の未来が破綻し始めて冷や汗が止まらなかった。
背中に滲む汗がとめどなく流れ続ける。
過呼吸になり、先程からガタガタと体の震えが止まらない。
声を振り絞るようにカッコウを呼び寄せる。
「おい。俺はこれから死ぬのか?」
「死ぬ……言い得て妙ですね。天内くん。もう覚悟を決めてしまうのがいいかと。仕方ないじゃないですか」
「そうか。俺は孤独なんだな。見損なったぜ」
「はて。なんの話でしょう」
「お前は俺を見捨てるんだなって事だよ!!」
「いいじゃないですか。そういう人生があっても。頑張ってください。羨ましい限りですよ。
では、僕はTDRの仕事がありますので。ここで一度解散しましょう。僕は霞が関に用がありますので」
「おい! 話は終わってないぞ!」
カッコウを呼び止めるが、突然携帯の着信が鳴った。
「すみません。電話のようです」
「話は終わってないからな」
「わかりました。少々お待ちを」
カッコウは通話ボタンを押すと。
「こちらカッコウだ。
…………
ああ。そうか。よくやった。
次は土地の買収も頼む。
…………
なるほどな。そう簡単にはいかんか。
利権を貪るブタ共め。
取り敢えず賄賂を用意しておけ。
1本。いや、10本ぐらいでいいか。食いつけば良し、食いつかなくても良し。
地方議員を丸め込め。外堀を埋めていけ。
地域に根差すチンピラが邪魔するようなら消せ。
…………
なに!? 既に内部に尖兵を放っているとは仕事ができるな。
そういえばお前の管轄にも部下が居たな。
そのまま潜入を続けさせろ。
…………
ふむ。では以前言っていた件。中央の様子はどうだ?
…………
ふむふむ。中央も抜かりないようで何よりだ。
ようやく政治腐敗の証拠は出揃うか。膿を出し切れ。
白を切るようなら腐敗の温床、ブタ共には最悪消えて貰うだけさ。
消えるのさ。このヒノモトからな。
この国の中枢の掌握も間近か。まだこれは序章だと思い知れ。
舞台は世界に移る事になるからな。
次の国家元首はお前の席を用意してやろう」
「おい! お前は何の話をしてるんだよカッコウ!」
本当に何の話をしてるんだ。お前は!
ふざけた演技をしやがって!
「天内くんお静かに。部下の法務大臣と会話をしているので」
カッコウの奴は忙しそうに早足になり、その場から距離を取ると。
「天内くん。この話はまた今度という事で」
「おい!」
俺の制止も無視してカッコウの奴は颯爽とその場から気配を消した。
「き、消えやがった!?」
アイツ合宿で超強化されて人込みに紛れた瞬間、影も形もなく消えやがったのだ。
「あ。お母さん。うん。うん。そう。
前言ってた通り紹介したい人が居るんだけど。
うん。そうだよ。彼も乗り気なんだ。
彼っていつも話してるじゃん。
傑……天内くんだって。
え? お父さんも来るの? 嫌だよ。変な事言いそうだし。
恥ずかしいよ……仕方ないなぁ。
じゃあ、シャツはパンツにインしないように言っておいてね。
あ。うん。わかったよぉ。それじゃあね」
俺は目線の先で電話する少女の会話に聞き耳を立てた。
恐るべき会話の内容が断片的にであるが聴こえたのだ。
俺の与り知らぬ所で、謎の計画が急速に進んでいるようなのだ。
またある所では1人の少女が電話口に向かって青筋を立てていた。
「アンデルセン。早急に別荘の掃除を済ませなさい。
出来ない? なぜ? ……あまり私を怒らせないで貰える。
最高のおもてなしをせねば、アラゴン家の恥だと知りなさい!
ボサッとしない! ぶつわよ! ええ。わかればいいのよ。キリキリ動く!」
「先輩、顔が死にそうになってますけど」
「未来がおかしくなっているんだ。これはどうすればいい? 我が弟子よ」
「大丈夫です。師匠は、ま、ま、ま、お……もって、みせませ」
噛み噛みであった。
何を言ってるのかわからないぐらい小町の奴も動揺しているのだ。
俺はどうしてこうなったのか。
この先どうなるのか?
その大いなる不安で末恐ろしくなった。
俺は攻略や育成において苦労はしているが、それなりに順調に行ってきている自負がある。
しかし、円滑な人間関係と資産の維持形成が滞っているのだ。
「少し便所に行ってくる」
「ど、どうじょ」
小町の奴もガタガタと震えながら俺を促した。
俺は便所の鏡の前で顔を洗うと。
ハァ……ハァ……と、動悸が止まらなかった。
「荷造りをせねばならんのか!? クッソ! 破産手続きも出来ねぇじゃーねーか!」
なぜ俺がここまで心身疲労を起こしているのか。
時はほんの少し前まで遡らなければならない。
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・
・
・
---時は遡る---
3行以内で済ませなければならないだろう。
人海戦術でモンスターを狩り、メタルペリッパに遭遇した。
そしてみんなのレベルは上がった訳だ。
ついでに俺もレベルアップした。
本日の報告は以上である。
「んな訳あるか!?」
「どうしたんですか? メモ帳に向かって」
翡翠が俺にタオルを渡す。
汗を拭いながら率直に尋ねてみた。
「みんなの実力はそこそこ上がったけど……明日の事初耳なんだけど」
「あれ? 言ってませんでしたっけ?」
翡翠は惚けた顔をしていた。
「聞いてないね」
「まぁ。じゃあそういう事です。明日私と天内さんを除いた4人でちょっとしたトーナメント戦をします」
「なんで?」
「それは面白……実力の向上した皆さんの実力を知りたくはないですか?」
「まぁそうだけどさぁ。危なくない?」
仮想空間じゃないんだぞ。
「そこで天内さんが居るんじゃないですか」
「俺なの?」
「天内さんが後ろから連いて行けば問題ないですよね?」
「後ろから連いていく? てか、トーナメント戦って何するのさ? 一騎打ちするんじゃないの?」
「タイムアタック戦です。流石に一騎打ちは危険なので、それは学園に戻った際にやりましょう。この廃坑ダンジョンの最奥にアイテムを設置してタイムアタックで回収する。最も早い人が優勝です」
「もう一回訊いていい? 実力を測るのはわかるんだけど、なんでこんな事するの?」
「誰がパーティー内で実力者なのか知りたくないです? それに今後の作戦実行には各々の実力を把握すべきだと思いませんか?」
「千秋が一番強いだろう」
「果たしてそうでしょうか?」
「うん?」
「戦闘能力だけが実力ではない、と考えているのです」
「というと?」
「強さとは単純な戦闘能力だけではないという事です。
作戦実行には様々な技術が必要です。
作戦立案、人員配置、逃走経路確保、潜入捜査、情報収集、援護、時間管理、戦況の把握……
無論、個としての強さは大きな要素です。
しかし、それだけでは立ち行かなくなる事が多々あるでしょう」
「言わんとしてる事はわかるけど。そんな事みんな了承してるのか? 勝手に言っても誰もやってくれないだろ?」
「言質はとってます」
「やっぱり、初耳なんだよなぁ」
「手間を掛けさせない為です」
「はぁ」
「それで一つご相談が」
「なによ?」
「優勝者には景品が必要だと思いませんか?」
「??? 金はマジでないぞ。俺は帰ったら裁判所に行く予定なぐらいだし」
「またまた御冗談を」
「いや。マジなんだが」
俺はこの後、破産申請を出さねばならんのだ。
モンスターを狩ってドロップしたアイテムを俺はネコババした。
みんなに気付かれないように……
ドロップアイテムの売却益は非課税なので隠し資産にするつもりだ。
小銭程度にしかならないだろうが、成功者俺に返り咲く為に泥水を啜ってでも挽回するつもりだ。
隠し資産は、モリドールさんの口座に振り込んでおくか。
口裏を合わせる必要があるな。
これは決して脱税ではない!
断じて!
「怖い顔してますが……まぁ。冗談はさておき、優秀な人材とは強固な信頼関係が必要だと思うんです」
「ごめん。意味がよくわからないんだけど」
「まぁ……そういう事です。そこは天内さんにお任せします。スケジュール管理はお任せください」
「だから優勝賞品ってなんなんだよ? 何が『そういう事です』なんだよ?」
「そうですね。しいて言うなら。天内さんの時間……ですかね」
「はぁ? 俺の時間? どういう意味かさっぱりだよ」
そんな問答を繰り広げたが、俺の時間が優勝商品になっている。
みたいな意味不明な事しか返答されなかった。