閑話 ダンジョンとは
朝食と昼食の間ぐらいの時間であった。
この合宿で初めて俺は飯の準備を手伝っていたのだ。
「そろそろメタルペリッパにも遭遇せねばな」
俺は魚を三枚におろし、一つまみ塩をまぶし持ってきたキッチンペーパーに白身を置く。
余分な水分を飛ばし身を引き締める。
その間に持ってきた強力粉や薄力粉、ドライイーストを水や塩を入れてこねる。
「砂糖やバターがないが、まぁいいか」
ピザ生地を作りたいのだ。
ボウル代わりに雪平鍋の中で簡易的にこね、ラップをかけ日影に持って行き、生地を寝かせた。
「気温的に考えて……20分ってところか」
持ってきたホールドトマト缶やツナ缶を開けて、ニンニクを入れて簡易的なソースの準備をし始める。
「あ~。バジルとか持ってきてないな」
俺は辺りをキョロキョロすると、どこにでも生えている雑草であるノビルが見えた。
「あれを炒って、香草代わりにするか」
適当に引き千切り、軽く水洗いする。
「ふむ。水分が抜けてきてるようだな」
俺は水分を飛ばした魚の身の半分に薄力粉をかけ、再度寝かせた。
残りはピザの具にする予定だ。
「ケイ。お前は火を頼む。窯がない分、火は命だからな。火加減には気を付けろ。最初は弱火だ」
「え。あ。ハイ」
「さて、添え物の準備もせねばな」
俺はジャガイモを手に取ると、リンゴの皮を剝くように刃物で薄皮を押えクルクルと回した。
最後に芽を取り除き、変色防止の為に水の張った鍋の中に入れた。
「天内さん……お料理上手なんですね」
隣で作業するマリアが俺の包丁捌きを見て目を丸くしていた。
「え。ああ。1人暮らしが長かったもので。見よう見まねですよ。全然大した事はないです」
「そうなんですね……」
恐らく料理をあまりしてこなかったマリアは不器用に芋の皮を剥いていた。
皮に身が沢山付いている。
「無理に皮を剥くよりも一旦茹でましょうか。その後剥けばいいですし。皮を剥かなくても食えますよ。マッシュポテトにもできますし、揚げても旨いですからね」
「そ、そうですか」
肩を落とすマリアと話しながら手際よく飯を作る。
そんな事をしながらダンジョンについて考え事をし始めていた。
「先輩が料理長なんですけど」
「こんな一面があったとは。少し見直したかも。家の母さんも喜んでくれるね」
「流石、マスタ……天内さんですね」
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ダンジョンの概要。
簡単な順に初級、中級、上級、超級の4つがある。
メガシュヴァのルートボスはエクストラステージであるので、一旦別として考えていい。
この世界のダンジョンのモンスターは、ストーリーや特定のイベント以外では基本的にダンジョンの外には出てこれない。
ゲームの設定ではダンジョンは位階が違う為であるからという説明だった。
そういう設定なのだ。
俺も良く知らない。
そもそも魔物は、正確には低級【悪魔】という設定。
この世界の地続きのダンジョンを含め、別の異界であり位階に棲むモノ達であるらしい。
魔人と終末の騎士が人類殲滅を一定数行うと、世界の位階が下がるとの事。
その段階で本来ダンジョンの外に出てくる事ができない魔物は世界に氾濫する事になる……という設定。
メガシュヴァのストーリーのバッドエンドは、どのルートでもダンジョンの魔物が世界に解き放たれる。そして完全に文明を滅亡させてジエンドなのだ。
それ以上の説明はないし、それ以上のシナリオはない。
バッドエンドでは毎回謎のラッパのBGMが流れ始め、シナリオは簡素に3行記述されて暗転して終わるのだ。
さて、超級ダンジョンについて考えたい。
ここのボスクラスは屈指の難易度の敵も多い。
推定であるが、山本を撃破した俺の単騎での戦闘能力は、既に超級初段以上の実力がある。俺は既に限界を突破してる可能性がある。
超級ダンジョンは10段まで存在する。
ではそれ以上の階層に潜る事になれば、今の俺は勝てるのか?
正直微妙だ。
これらの魔物の中にはマニアクス数人の戦闘能力を超える魔物が生息している。
その中でも強力な個体であり是非倒したい魔物共。
つまり膨大な経験値ボーナスのあるモノやレアアイテムを持っている存在達。
コピーキャット。そう呼ばれる魔物は姿形、能力、を完全に真似る。超級ダンジョンにおけるボスクラスの魔物集団。撃破ボーナスはこいつらが所持している超レアアイテム月桂冠の確定ドロップ。
ヴェノムスライム。毒が液状化したスライム型の魔物。肉体そのものが強力な酸であり、物理無効の強敵である。撃破ボーナスは、完全デバフ耐性のレアスキルが取得できる事にある。
阿修羅。あらゆる武具を操る鬼神である。六つの腕を生やし星5キャラの専用装備を6つ所持しているモンスター。倒せば六人分の専用装備が獲得できる。
影の竜。真っ黒な影の中に潜む巨竜である。
本体は影に潜み、実体に見えている部分が影であるという初見殺しのモンスター。影を攻撃すればダメージを与えられるが膨大なHPを誇る真っ黒い外観をしたドラゴンである。
撃破ボーナスはマリア専用の影の紋章取得権限だ。
超級ダンジョンは俺にとっても重要な局面であるが……
俺が最も注目するのはコラボダンジョン。
正確にはコラボイベントである。夏イベの大目玉だった。
メガシュヴァを製作した会社は、いくつかゲームやノベルを製作しており、その作品のキャラや武器、アイテムをスターシステムでメガシュヴァに登場させた。
【スターギャラクシー】
宇宙が舞台のシューティングノベルゲームだ。
SFと特撮モリモリのゲームであり、チェレンコフと呼ばれた光剣を振り回してチャンバラやったり、宇宙船に乗って惑星を巡ったりする。
光りの惑星出身の巨大な戦士とかも出てくるし、日曜朝に出てきがちな変身ヒーローとかも出てくる。
最後は悪の暗黒卿ヴェーダ―と戦って宇宙の平和を守るというそんなゲーム。
色んなモノをオマージュした悪ふざけしたゲームだ。
「クソゲーオブザイヤーなんだけどな」
メガシュヴァ世界観は現代ベースの世界であるが、魔法在り、ダンジョン在りのファンタジーと現代が歪に融合した世界だ。
反面、スターギャラクシーは世界観が宇宙にまで広がってるゲーム。
なのでトンデモ兵器が登場しがち。
宇宙船のワープとか惑星破壊兵器とか出てくるし、銀河系を股に掛けてたりする。
「それが超絶強い訳なんだがな」
そうなのだ。流石に惑星を破壊する兵器とかは実装されてないが。
スキルにもアーツにも武器にも該当しないパワーと制限ありで呼び出せるコラボキャラ。
これらは超絶弱体化されてもなお、滅茶苦茶強いのだ。
壊れすぎてるのでイベントでは早期攻略者上位7名にしか配布されなかった。
俺も持ってなかった。遂に手に入れる事が出来なかった。
先着順である以上、課金ゲーであったメガシュヴァでも湯水のように課金しても手に入れる事が困難というか不可能であった。
喉から手が出るほど欲しかったが夢のまた夢であった。
早期攻略者7名は公式チートプレイヤーであり、攻略組と呼ばれた。
理不尽ゲーのメガシュヴァの先陣を切った連中である。
神セブンと呼ばれた彼らによる攻略Wikiによって助けられたプレイヤーも多い。
かくいう俺もその1人だ。
だが、この世界のプレイヤーは俺一人。
「俺は遂に夢の一つを叶える事が出来る。俺はこの世界で遂に手に入れる事ができるんだよな」
ファンタジー世界に突然SFアイテムを持った奴が殴り込みに来るようなものだ。
「勝った……」
終末の騎士に対抗する俺の切り札。
ファンタジー世界で最強???
イチ惑星で最強なんてのはたかが知れてる雑魚なの。
魔王とか魔神とかファンタジー世界でふんぞり返ってるが、雑魚がイチ惑星でお山の大将をやってるだけなのだ。
「生ぬるい。片腹痛いわ」
夏の気配を感じつつ俺は叫んだ。
「うおーやるぞ! 俺はやるぞ! 手に入れるぞ! フハハハハハ! ファンタジー世界をぶっ壊してやるぜ! 超文明の力を舐めるなよ!!!」
「あ、傑くんがまた壊れてる」
「いつもの事ですよ。先輩はいつも酸っぱいものを食べたような顔をしばらくした後、あんな風に突然叫び始めるんです。奇人ですよ。奇人」
「それもそうか。いつもの事だったね。小町ちゃんお皿並べるの手伝って」
「りょーかいです」
「できたぞ! みんな! 沢山飯を食って今日こそはメタルペリッパを狩るぞ!」
俺は調理を終え、みんなに向けて告げたのであった。