第4の壁の向こう側
「元気か?」
「知らない」
俺は千秋を連れ出した。
断られると思ったが、すんなり了承したので拍子抜けであった。
夜風に当たりながら、恐る恐る口を開く。
「まぁ。うん。その……あの。どうだ?」
もはや会話ではない。
どうだ? ってなんだよ俺。
コミュニケーション能力低すぎないか?
千秋の奴が口角を少し上げた気がした。
「どうだ? ってなんだよ。傑くんの方が元気ないじゃん」
「う」
そんなツッコみに俺は苦笑いした。
「ムキになっていたのはボクの方か……」
ボソリと彼女は呟いた気がした。
「ボクの両親は普通の人なんだ。今は田舎で農家をしてる」
そんなどこにでもある会話を皮切りに彼女はしんしんと語り始めた。
「はぁ」
「爺ちゃんの代は米農家一本だったんだけど、ボクの父さんの代から葉物野菜にも手を出してね。
それ以外にも色々やってるんだトマト作ったり、ジャガイモ作ったり。
贅沢はできないけど、そんな片田舎で生まれた」
ありふれた身内の話だった。
なんか普通に会話してくれてる。
さっきまでの素っ気ない雰囲気と打って変わっているではないか。
心境の変化でもあったのだろうか。
「ボクの両親はボクと違って魔法の才能はない。
暴力沙汰にも縁はない。普通の家。そんな家系。
それでも尊敬すべき人達さ。
でもボクは、家業を継ぐ気はなかった。
ボクはね、昔からそんなどこにでもある日常を守りたいと思っていた。
だから仕官したんだ」
仕官? どういう意味だ。
そんな裏設定があったのか。初めて知る情報の羅列だ。
千秋はメガシュヴァでは中二設定を持ったモブの強キャラでしかなかった。
ゲームのメインストーリーには一切絡んでこない戦闘員でしかないキャラの1人。
「ボクはある日、魔法の才能を褒められてね。
特例で12の時に士官学校に入学するんだ。
飛び級で教育課程は1年で終了して……
まぁ。ここに来るまでの間の話だけど。笑う?」
「笑うね」
「だよね」
俺TUEEEEを裏でやってらっしゃたらしい。
内心笑った。前世の"常識人俺"ならクソほど信じられない冗談だと切って捨てただろう。
だって嘘くさいもん。できるだけ話の腰を折らないように。
待てよ。士官学校??? まさか。
「士官学校って、サンバーストか?」
俺は眉間に人差し指を付けて考えてみる。
サンバーストは前世の地理で言うと黒海に浮かぶ孤島にある魔法学園だ。
その役割は帝国に対する軍事的牽制の役割を兼ねたエリート揃う士官学校でもある。
「えっと。正解なんだけど」
秋には世界各国の魔法学園生を招いた大きなイベントであるタイトル戦がある訳だが。
マホロを含め、この世界には大きな魔法学園が4つある。
マホロに集結して研究、武芸の優秀者を決定するのだが、サンバーストは錬金術に秀でる学校だ。
「てか。千秋ってヒノモト出身だよね?」
「違うけど」
「え? 違うの?」
「ボクの出身はアメリクスだけど」
アメリクスぅ?
「彩羽千秋って和名だけど」
「ワメイ? なにそれ。ワカメの仲間の話?」
「いや。うん。おっけー把握した。ちなみに、お前んちのご近所さんの名前は?」
「唐突だね」
「教えてくれ。頼む」
「仕方ないなぁ。近藤さんと、フェンダーさんち。どっちも農家やってるよ。それがなに?」
ギャルゲ時空だしな。理解したわ。この世界には和名とか洋名の概念がないわ。
「今度挨拶しようかなと思ってな」
その場限りの適当な事を言っておいた。
「挨拶ってどういう意味?」
「よろしく、とだけ伝えてといてくれ」
「え……」
言葉を詰まらせる千秋はしばしの間無言になり、何やら考え事をし始めていた。
思考に忙しいようだし、少し整理しよう。
千秋の奴、ゴリゴリの和名だからヒノモト人だと思ったがこの世界は和名、洋名あんまり関係なく世界中に分布してるっぽい。
中々にカオスな感じになってるな。
グローバリゼーションの波を感じた。
元居た世界基準で考えるとダメみたいだ。
そもそもニクブもガリノも名前がヒノモト人ぽくないのに、ゴリゴリの日本人顔だ。
モリドールさんなんかエルフの癖に苗字が森林だし。
そういや獣人やエルフが和名の苗字を持って闊歩してる世界だったわ。
「なるほど。なるほどねぇ」
俺は以前読んだ世界地図の情報を脳内から引っ張り出した。
俺が居る日本っぽい国、ヒノモト国。
マリアの出身国であるトランスヴァルキア公国。
元は多くの小国が諸侯同盟を結び出来上がった新興国家であるアメリクス連邦。
それ以外にもグリーンウッド王国や神聖ガリア帝国、壬王朝、海洋国家アトランティスなど様々な国がこの世界にあるが……
「ちょっと話を巻き戻してもいい?」
「どうしたの?」
話を整理しよう。
「えっと。まず、千秋くんは農家出身でごく一般的なご家庭に生まれた。
なんだかんだあって士官学校に通って、ここに高2で転校してきた。これでいい?」
「そうだね。そう言ってるじゃん」
「アメリクスって結構遠いよね?」
俺の記憶だと西洋圏のはずだ。
「大陸まで行くしね。ヒノモトまで半日ぐらいかかるんじゃない?」
半日って言っても飛行機で、だよね。
滅茶苦茶遠いじゃねーか。
「悪い。話が飛ぶんだけど、サンバーストからは転校してきたのか?」
「そうだよ」
「初めて知ったんだけど」
だから俺と違ってスカウトらしき人物の影がなかったのか。
「言わなかったもん。訊かれなかったし。ボクは君に言ってない事沢山あるけど。
別にこの学校なら世界各地から来てるんだし、転校も留学も普通じゃない?」
「まぁ……そうだな」
ええぇ? そんなもんなのか?
「話してない事って士官関係の事がメインだったりするのか?」
「まぁね。とは言ってもボクは既にサンバーストの人間ではないからね。普通の生活を送る為に移籍してきたし」
普通の生活ねぇ。
「ふむ」
ある程度推測を立てる事は可能だ。
そもそもなんでゴスロリ衣装でチンピラをシバいてるのか。
それは中二病だと思ってたが、裏設定があるようだ。
サンバーストか。
あの学園は帝国に対抗する為、錬金術で兵器を作り、優秀な魔術師や騎士を育成する機関だ。
というか戦争に備えている軍事機関の側面が強い。
封建主義が根付く帝国にはマニアクス、Гが潜んでいるし、あそこの皇帝は既に狂っている。
なんかありそうだなぁ。
意外に彩羽千秋も影でメインストーリーに関わっていた可能性もあるな。
と、そんな考察をしていると。
「今朝言ってたアレ。傑くんは生きる為にはボクが必要なのかい?」
「……ああ。俺にはお前が必要だ。だが、過酷な旅になる。命の危険がある旅路だ。だから強要はできない」
「世界の危機とかいう妄言の話だよね」
妄言か……
「俺は……この世界が辿る未来が視えてる」
眉を顰めた千秋は俺の顔を見上げた。
「本気で言ってるの?」
「うむ。この世界は滅亡に向かってる。
来年までが勝負だ。言っても信じて貰えないだろうが。
この世界に巣食う遺恨を絶つ。俺はその為にここに来た」
「どこから来たのさ?」
「黄泉から」
「はぁ?」
呆れた顔をされた。
小町の奴は全然信じてなかったから無理もない。
全部俺の話を鵜呑みにされる方がおかしな話なのかもしれない。
「どこまで冗談で、どこまで本気なのか。とはいえ、ボクも気がかりがある」
目を細くすると顎に手を置いた。
「君もボクと同じような裏があるんだね。根拠というか、理由というか、訊いてもいいかな?」
「いいぞ。だってこの世界は」
『俺がやってたゲームの世界で、』と、言いかけた瞬間であった。
喉から声が出なくなった。
頭の中が漂白されるような感覚に陥った。
喉仏を握り潰されるような痛みと不快感。
「だってこの世界はなに?」
「あ……」
言う事ができないのか?
記憶が崩壊していく感覚。
まずい意識を切り替えないと。
穴の空いた水瓶のように俺の記憶の水がダラダラと抜け始めている。
「うん? 顔真っ青だよ?」
「ギャルの生パンティ-をおくれ――――!!!」
俺は思考を切り替える為に奇声を上げた。
「ヤバい壊れちゃったよ」
千秋はドン引きしながら俺から距離を取った。
どこからが禁則なんだ?
カッコウや翡翠にはマニアクスや終末の騎士の話をした。
この世界は滅亡に向かっていると。
ここまではオッケー。
だが、この世界が元はゲームの世界で、俺が転生者であるという話はしていない。
メタ的な話。つまり、この世界以上の次元が上の話は出来ないのか?
だが、俺が黒服くんを処した時にプレイヤーであるとは名乗ったが、それはオッケーのようだ。
境界線はどこだ?
そういえば、低次元の世界の者は高次元の世界を理解できないという話を聞いた事がある。1次元は2次元を理解できないし、2次元は3次元を理解できないみたいな。
俺がこの世界に来た時点で、第4の壁を超える話題一切ができないという事なのだろうか。確かに、転生者云々の話とこの世界は元々俺がやってたゲームの世界で、みたいな話は一切していない。
この世界は3次元だが、第4の壁を超える話題そのものが禁則だと考えるのが妥当だ。
それを伝えるだけでもダメなのかもしれない。
文字通り神の領域に片足を突っ込んでる事になる……と判定されている。
この世界はゲームに準拠した世界だ。でもゲームではない本物でもある。
仮に神が居るのなら神は内側の世界には居てはいけない。
内側を闊歩してる時点で、神のような力を持った偽りの神だ。
神であるならば、外側の世界に居るべきだ。
作り出した世界に干渉すべきではない。
仮に漫画や小説を作って、その中で勝手に人々が暮らしていたとしても、その中に入って傍若無人に作者や役者が介入するだろうか。
いやしない。そもそも出来ない? なぜなら生きてる次元が違うから。
ペン一本で、指先一つで、結末を変えられるのにワザワザそんな手間を掛ける必要がないし、無限に世界を構築できる以上、娯楽の一種として創作物の鑑賞に徹するだろう。
外側の知識を持つ者すらも本来内側に居てはいけないのだ。
それを無理矢理伝えようとすれば、俺の自我が消失する……可能性がある。
もしかしたらこの世界から居なかった事になる。
「世界の強制力ってやつか」
俺は暗黒微笑した。
「奇妙な事言い始めたよこの人……」
「さっきの話なんだけど」
「おっふ。本当に突然話題が切り替わるね。ホントに頭大丈夫?」
「大丈夫ではないかもしれん!」
「ああ。ダメだコイツ」
「とりあえず、俺はこの世界を救う。そして俺にはお前が必要だって事。
根拠はある。あるが、説明が難しい。
魔人と終末の騎士がこの世界を滅ぼすのを俺は知ってるからとしか言いようがない」
「魔人、終末の騎士? 妄想ではなく」
「妄想ではない」
目を瞑り、彼女は眉間に皺を寄せた。
「……理由はそれだけ?」
「それだけ。それ以上は言えないっぽい」
大きなため息を吐くと。
「君がこの世界をなんとかしようとしてる。
滅亡を救うみたいな事をしてるんだよね。信用は出来ない。
まぁいいか。その嘘八百の妄想に乗ってやるか。君が無茶をしないように。君はボクの仲間なんだから」
「という事は?」
「パーティーを抜ける訳ないだろ。こいつないなとは思ったけど、そんな事言ってないんだけど。抜けたらキミは死ぬんだろ? 死なせるもんかこんな頓珍漢を」
「お、おう」
「それにちゃんと謝ってくれたしね。許しといてやるよ」
千秋は俺の胸元を小突いてきた。
「死ぬかもだぞ」
「死なないよ! ボク強いから」
「フラグじゃん」
「変な事言うなよ!」
いつもの調子に戻ってくれたようだ。
安心しろ。お前を死なせるような事はしないさ。
俺は神の視座を持つ者だぞ。
瀕死に陥っても助ける方法の2、3個知ってるんだから。
「そういえば、傑くん。小町ちゃんから聞いたんだけど、学校卒業したら田舎で農家になるんだっけ?」
「そんな話はしたな。なりたいという夢の話だが」
太ももパーク園長になるんだよ。
俺の夢だから。
「挨拶、農家、そういう……事なんだね。まぁ、農家も悪くないか……君となら」
千秋の奴は"うんうん"と1人頷いていた。
「うん?」
俺は神妙な面持ちの彼女の顔が少し気がかりであったが、彼女のパーティー残留が決定したので良しとしよう。
あっぶね~。
人間関係云々のやつ、マジで勘弁してくれ。