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ゴッドスレイヤー



 遠目で千秋の奴が体育座りで、一斗缶に薪を()べて暖を取っているのを見ながら。


「う~ん」

 なんだか、俺は居心地が悪くなって輪から抜けてきた。

 黙食して早々にみんなの輪から抜けて小難しい本を読む……

 フリをした。


 そもそも晩をゆっくり過ごすのは久々な気もする。

 手持ち無沙汰なのだ。

 動いてないとモヤモヤするのだ。

「なんだよワーカホリックじゃん俺。笑うわ」


「ディオ……ファントス、あれく? なんて書いてあるんですか?」

 小町の奴が俺の持つ本を覗き込んできた。


「多変数ネヴァンリ―ナ理論な」


「意味わかって読んでるんですか?」


「まぁな」


 嘘である。さっぱり意味不明だ。

 何が書いてるのか、そもそも本の題名すら意味不明だ。

 これは俺がカッコ付ける為のアクセサリーでしかない。


「ふ~ん。なにが書いてあるんです?」


「有理関数の事」

 噓である。適当な事を言ってみた。

 頭の中の引き出しの一番近いところにあったそれっぽい言葉を取り出してきた。


「ゆうり関数ってなんです?」


 知るか!

「X軸とかY軸のやつ」


「へぇ~。どういう内容なんですか?」


 知るか! 俺に訊くなよ。俺が訊きたいよ! 誰か教えてくれよ。

「数学の話……」

 多分だけど。 


「数学ですかぁ~。こんな所でも勉強を欠かさないって真面目ですね」


「まぁ……な」


「凄いですね。詳しく教えてください。私数字苦手なんですよ。多変数ってどういう意味なんです?」


「もういいだろ!」

 俺は本を閉じると小町はヘラヘラ笑っていた。

「なんだよ」


 クスクス笑みを浮かべながら。

「読書中お邪魔しちゃいました?」

 

「最終定理について考察していた所を邪魔されたからな」


 小町の奴は口を押えてニヤニヤしながら。

「嘘つき」


「嘘じゃねーよ」

 嘘だけど。


 頬をピクピクと動かしながら俺の顔と本を交互に目線を動かして。

「まぁ。そういう事に……プっ! ……しといて……あげます」


「その含み笑いはなんなんだよ」


「先輩ってやっぱ、変わり者……愉快な人ですよね」


「あっち行けよ。俺は忙しいんだ。これから暗号を解かなきゃいけないんだよ。数オリに出ないといけないんだから」


「はいはい。じゃあ、隣座りますよ」


「……俺はあっちに行こ。あばよ」


「まぁまぁ」

 俺は立ち上がるが、シャツの裾を引っ張られた。

「マリア先輩も居ない事ですし。少しお話しましょうよ」


「そこそこ小町とは喋ってるだろ」


 俺を(たしな)めるように。

「まぁまぁ。先輩と話してると飽きが来ないんで。それに話したい事が3つありまして」


「3つぅ?」


「1つ目は今朝も言いましたが、私は先輩の仲間です」


「お、おう」

 俺は無理矢理裾を引っ張られた事もあり、再び着座した。


「これは、まぁいいんですけど。

 2つ目は、以前も話しましたが。学校を卒業した後の話なんですけど」


「またその話か」


「少し気になった事があったので、

 以前『もし生きてたら、農園をする』みたいな事言ってましたよね」


「そんな事言ったけ?」


「言ってましたよ。『もし生きてたら』ってどういう意味なんですか?」


「さぁな」


「先輩の事は、変わった人だと思ってますが……

 死んじゃ嫌です。

 死んだらダメですからね。死にたくなったら私に言って下さい。

 1人で死ぬような事もしちゃダメです。

 愚痴ぐらいなら聞きますよ。少しぐらい優しくしてあげます。

 いいですね!」


「大丈夫だって心配するな」


 小町は俺の眼を見つめながら。

「ホントですか?」


「ああ。ホントだよ」


「その言葉、もし嘘だったらぶん殴りますからね。ボコボコにします。痴漢! って叫びますから」


「お、お、お、おっけー」

 最後の言葉に俺はキョドってしまった。

 痴漢は酷くないか。

 男を社会的に殺す魔法の呪文だぞ。

 その言葉の重みを世の女共は知らんのだ。

 

「軽いなぁ~。それでニヒルで意地悪な先輩らしくない事をなんで言ったんですか? 何をしようとしてるか教えてくれないんですか?」


「……う~ん。まぁアレだよ」

 お前らのハッピーエンドを迎える為だよ。


「アレってなんです。はぐらかさないで下さいね」


「とんでもない強敵と戦う事になるから」


「はぁ? テロリストと戦争するつもりですか?」


「凄いな。正解なんだが」


「また嘘を。面白くないんですけど」


「嘘ではないがな。正確には、テロリストより強敵だ」

 

 敵はこの世界の災厄そのものだ。

 天変地異と殺し合いをするようなものだ。


「だったら国と喧嘩するつもりですか? それなら死にますね」

 小町はうんざりした顔をしていた。


「国ではない。国は滅ぼされる側だ。既にその手先は中枢に入り込んでいるが」


「はぁ?」


「俺の敵は、この世界の神に近い存在だよ」


「神ですか? また大きく出ましたね」


「まぁね。俺は神の天敵なんで。

 俺は唯一のゴッドスレイヤーなんだよ。

 既に1柱倒してる。凄いだろ?」


「ホントダサい事を、よくもまぁベラベラと出ますね。

 恥ずかくなってくるんですが。奇人すぎるんですけどこの人」

 小町は肩をすくめて、『やれやれ』と大袈裟にジェスチャーした。

 

「奇人は言い過ぎだぞ後輩。ワードセンスがないのは認めるが」


「で? 本当は何をしようとしてるんですか?」


 あれ? 結構ホントの事を言ったつもりだが。

「いや、マジだが。大マジの中の大マジだが。マジと書いてガチと読むぐらいに」


 はぁ~と大きなため息を吐くと。

「合宿終わったら、頭のお医者さんの所に行きましょう。私も連いて行きますから。ね?」

 悲しい生き物を見る目であった。


「はぁ!? 信じてないな!」


「はいはい。凄い凄い。先輩は神様を倒すんですよね。わ~凄いなぁ~。お薬出しときますね」


 小町は胸ポケットから銀色の包み紙を渡してきた。

「なにこれ?」


「お薬です」


「チューインガムだよね」


「そうとも言います」


「バカにしやがって」

 俺は包み紙を開けると、乱暴に口に放り込んだ。


「この話はもういいです。埒が明かないので。最後に3つ目なんですが」

 

「ああ。なんだよ」


「彩羽先輩と仲直りしないとダメですよ。女の子をあんなに寂しそうな顔にさせちゃダメです」


「ウッ……」

 ボーっとしている千秋の顔はなんだか心ここに在らずだ。


「ほら! いつも通り。先輩は『うんこうんこー』って楽しそうに叫んでればいいじゃないですか」


「叫んでねぇよ!」


「あれ? 叫んでなかったです? まぁ。何が言いたいかと言うと。きっと彩羽先輩も先輩と今まで通り話したいと思ってますよ」


「…………いやぁ」

 頭を掻いて、苦笑いした。

「千秋の奴は俺の事嫌いだよ」


「そんな訳ないじゃないですか!」


「ウ」


「嫌いな人の為にあんなに怒らないですよ。いいですか先輩。

 先輩はどうしようもない人ですけど、良い意味でどうしようもない人なんです。

 馬鹿馬鹿しい人だけど。良い意味で馬鹿馬鹿しい人です」

 

 うん? (けな)されてるのか?

「褒めてんのかそれ?」


「褒めてますよ!」


「お、おう」

 なんだか頭がこんがらがってきた。


「読めもしない本を片手にカッコつけたり」


「グッハ」


「クソダサい服を着込んだり」


「はぁ?」


「お金に汚かったり」


「お金が大好きなだけだけどな」


「艶めかしいパンツをサイフに入れてたり」


「なんで知ってんだよ!?」


「でも、そんなおバカな先輩と仲良くなりたいんですよ。彩羽先輩は。

 彩羽先輩は先輩の事を仲間だと思ってますよ。

 そんな仲良くなれた人が、仲良くなりたい人が、

 『死んでもいい』みたいな事言って落胆しちゃったんですよ。

 嫌いじゃないです。

 きっとそんな悲しい事を言って欲しくなかったんです。

 早く『俺は死なねぇゴミだから! ドン!』って言って来て下さい」


 頼んだっちゃ頼んだんだがなぁ。

「小町ってさ、俺の事舐めてるよね」


「いい意味で、舐めてます」


「いい意味で、って枕詞に付ければいいと思うなよ」

 俺は小町のこめかみを(手のひら)で掴む。

 アイアンクローを放ったのであった。


「いた、痛い! 痛い! 降参です! 降参! 降参! この痴漢!」

 

「ウッ。痴漢は止めろ。それは禁止カードだ」


 目を回す小町を離すと。

「わかったよ……もう一回話してくるか。すまんな気を使わせて」


 はぁ。はぁと息をする小町は。

「いいですよ。私も先輩のダメダメな所にツッコんでいくんで!」


「ちなみにダメな所って幾つあるの?」


「1万個ぐらいありますね」

 小町は柔和な笑みであった。

 




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