閑話 認識外の死神
意外な事に千秋の奴は午後の訓練に顔を出した。
素っ気ない態度はそのままだったが。
「よ、よし。では今日は無理のないようにやろう。とりあえずケイ!」
俺はなんだか困って、ケイの育成を中心にする事にしようと思った。
男子メンバーは現在コイツしか居ないので、気を休める為にコイツを呼び寄せた。
「なんですかぁ?」
アホみたいな顔をしていた。
とりあえずお前は右跳ねした寝ぐせを直せ。
全く呑気な奴である。
俺が裏で人間関係で色々気を使っているというのに。
俺はケイに近づき、ヒソヒソ話をするように。
周りに気取られないようにした。
「ケイくん。今日は君を重点的に指導しよう」
「ええぇ!? それってとんでもなく厳しい訓練ですか?」
「大丈夫だ。1時間に一回休憩を挟もう。お菓子も用意してある。
トイレに行きたくなったら遠慮なく言って貰って構わない。
俺、イコール、ホワイト企業だ。巷ではホワイトさんと呼ばれてるくらいだ」
「怪しいなぁー」
「そんな顔をするな。嫌そうな顔をするな。俺の心が今疲れている。
お前にも拒絶されると俺は心身疲労してしまう。
人間関係云々は一番苦手なんだ。大丈夫だ。今日は楽に行こう」
「ホントですかぁ?」
「信じろ! 俺を信じてくれ」
「はぁ」
訝しげな顔をするケイから離れると。
「千秋!」
「ん?」
「翡翠さんと小町を見てやってくれ。裁量は任せる。
銀色に輝くペリカンっぽいモンスターが現れたら狩らずに俺に知らせてくれ。
そいつが今回の目的のモンスターだからだ。
俺達もお前達の視界の先に居るから! いいな!」
千秋とギクシャクしていて捲し立てるように早口になってしまった。
「ん」
相変わらず素っ気ない返答であった。
「……」
あー。もうダメかもな。
俺の信頼度はゼロに近いのかもしれない。
パーティー脱退の報告を受ける心の準備だけしておこう。
気を取り直して。
「マリアさんとケイくんは俺と共に行こうか!」
「かしこまりました」
マリアは頷くと少し嬉しそうな顔をした。
よしよし。
マリアは俺に風当たりが強くないから楽だぞ。
「では! いざ参る!」
俺は全員に音頭を取った。
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カッコウには序盤俺の太刀筋のマネをするように言いつけた。
「人間には鍛えられない箇所がある」
「急ですね」
「ああ。急だ。まず鍛えられない箇所。つまり急所は関節、眼、鼻、金的、指、頭蓋などがある」
「そうですね。しかし身体を強化や武装すればいいのでは?」
「魔法や武器を使えばある程度カバーはできるが。
基本的に狙う箇所の話だ。
いいか? ケイの特性はその隠密性にある。
なので対人戦では、これら急所をアドに取れる部分は大きいと俺は考えている。
というか、急所を狙うのは戦闘の真髄だ。
軟体型のモンスターや固い表皮や外骨格を持つモンスターなどを除けば、
基本的に狙う箇所は人間と同じ急所だ。
特にこのダンジョンの雑魚は人間と同じ急所を狙えば簡単に処す事ができる」
「特殊なモンスターはここは出現しないですしね。獣系か爬虫類系が多いので」
「その通りだ。俺は剣術など高尚な技は習得していない。なので弱点や急所を突く事しか基本的にしてこなかった」
「マジっすか。それであの流麗な動きなんですか!? 天才じゃないですか」
「あんまり褒めるな」
俺は敵キャラの動きを知ってるだけだし。
ゲームでの動きを真似てるだけだ。
あとはマジで勘。
俺は本当に天性の武の才能はあるのかもしれない。
「いいか。モンスターの動きにはパターンが存在する。まずこのダンジョンで出てくるモンスターの動きは、」
俺はケイにグンマ―ダンジョンにて出現するモンスターの動きの詳細を伝えた。
「なんでそんな事知ってるんですか、という疑問は愚問なんですよね」
「ああ。トップシークレットだ」
「……その情報売れますよ」
「この情報は売らん。俺はお金は大好きだが、情報という強力なアドは売らん。インフォメーションイズパワーだからな」
俺はカッコウに俺の剣術の基本動作を教えたのであった。
―――
本日の訓練も間もなく終了間近であった。
―――
結局今回もメタルペリッパは出現しなかった。
昨日よりも訓練スピードを落とした影響もある。
それはまぁ想定内だ。
しかしだ。
今回ケイ……
カッコウの奴の成長速度が著しいモノになっている。
カッコウの持つ影の薄さによる奇襲。
俺の基本剣術"識"。
それに加えカッコウの木剣にはドレイン能力。
モンスターの宿すオドを削り取ると同時に木剣を強化する。
その相乗効果により雑魚モンスターの防御力を限りなくゼロに近づけ、かつ、強化された木剣による攻撃で倍以上の判定ダメージを与え屠って行く。
「単なる木剣が……鋼の剣のようだ」
「3匹湧いたぞ!」
「あ。はい」
カッコウは木剣を振り回すと目標を見定めた。
カッコウが息を潜ませると、姿が消えるかのような錯覚に陥る。
霞の中に消えるように彼の認識が薄れていく。
俺は集中し、一挙手一投足を見逃さまいとした。
人ほどの大きさのあるトカゲのような見た目をしたモンスター3匹。
カッコウは特殊技巧、隠形を使う。
忍び足で音を出さずゆったりと、まるで散歩のようにモンスターに近づいていく。
モンスター共は視界に入ってるはずのカッコウにまるで気づいていないのだ。
陰の気配に隠形の重ね掛けで気配が限りなく消えた。
「マジか」
俺は集中していたにも関わらず、瞬きした瞬間、カッコウを見失った。
高速思考と並列思考による超スピードで思考を回転させどこに居るのか探す。
「居た」
既に2体のモンスターが死んでいた。
残り1匹のモンスター。
精霊魔法を宿した木剣で的確に急所を射抜いていく。
眼を射抜き、脊椎切り落とし、脳天を叩き潰す。
決して早業ではない。
あくまで普通の速度。
普通の人間が放つ、ごく一般的な剣戟だ。
ただその挙動は認識の外側から襲う、死神の鎌であった。
モンスターは自分が死んだ事に気付かぬままあの世に送られていた。
「幻のシックスマン。ここまでになるか。末恐ろしくなるぜ」
俺はケイの成長を嬉しく思い。満面の笑みでニチャァァァと嗤った。