この世界の結末を変える為に
/小町視点/
「あ―――ったま痛ぁ~」
顔を洗い、髪を梳かす。
今日は午後からダンジョンに潜るらしい。
なにそれ。勝手すぎないか? と思った。
でも、天内先輩のちょっと元気のなかった顔を見て、正直少し複雑な気分になった。
「なんか……あー。うん」
頭を抱えた。彩羽先輩と昨日盛り上げってしまった。
天内先輩を陰でボロクソに言ってたような記憶がある。
「いや、まぁ事実だしなぁ~」
事実しか言ってないはずだ。
彩羽先輩も少し元気がなかった。
「どうしよ」
あの2人は特に気まずい雰囲気になってる。
私も天内先輩と以前のように話をするのを躊躇ってしまっていた。
「なんで避けたんだろう」
私も先輩の空気の読めなささには辟易していた。
周りの事を見なさすぎだ。
色々と先を歩きすぎて誰も先輩の場所に辿り着けてない。
「独りよがりの馬鹿なんだよなぁ。
だけどそれ以上に、命を粗末にするような発言。あれはない。
嘘でも面白くない。面白い事一個も聞いた事ないけど。でも……」
でも、別に嫌いじゃないんだよなぁ。
はぁ~と大きくため息を吐いた。
「あら、穂村さんじゃないですか。そんなに大きなため息を吐いて」
「あー。マリア先輩。どうも」
そんな挨拶をそこそこにマリア先輩の横をすり抜けた後であった。
「穂村さんは結局のところ、抜けちゃうんです?」
と、後ろから声を掛けられた。
「何がですか?」
「いえ。このままパーティーを抜けるという事でいいですか?」
私は振り返り彼女の端正な顔を見つめる。
「……なんでそうなるんですか」
「いえ。そんな雰囲気が漂っていたもので」
眉を顰めた。いつもの意地悪な雰囲気が漂っているような気がしたからだ。
「いつもの挑発ですか?」
「そうですね。ええ。そうです。それでどうなんですか?」
「……抜ける訳ないじゃないですか!」
マリア先輩がフフと少し顔を綻ばせると。
「そうですか。それだけです。それではご機嫌よう。
今日はしっかりお休みになられるといいですよ。顔が疲れていますもの」
そんな捨て台詞を吐かれ、真反対に背を向けた彼女を呼び止める。
いつものように煽りに来ただけだ。
「マリア先輩って、あの人のどこがそんなにいいんですか?」
「はい? あの人とは?」
「天内先輩ですよ。言わせないで下さい」
「……天内さんですか? どこがいいって。
あの方は、かっこいいですよ。少し不器用な所もありますが。そこもいい所です」
「はぁ? どこが?」
恋は盲目と言うけどもこの人の眼は曇っていると思う。
節穴なのだ。
「マリア先輩って高嶺の花って感じですよね。
そんな人があんな変人のどこに惹かれたのか意味不明なんですが」
見た目のカッコイイ男なんてそこら中に居る。
腕は立つとは思うが、なにがそんなに執着するのか理解できない。
「穂村さんは天内さんを知らないからです」
「は?」
知ってるさ。トムみたいな不審者をしているんだ。怪しげな事を裏でしている。
それ以上の事はわからないけど。
多分……何かを隠している。
それを知りたいけど一つも語ってくれた事なんてない。
「天内さんは……少し不器用ですが。それでも私にとって唯一の星辰ですから」
「解答になってないんですけど」
「私の中の道標なのです。私の中の光明なのです。
闇の中を照らしてくれた儚い一筋の煌めきなのです。
そして彼の発する一条の淡い光は、いずれ多くの人の希望になる。
そんな気がします。そんな予感をさせてくれます。
私はその光を偶々見かけ、光におびき寄せられた一匹の蟲でしかありません」
彼女は何かを思い出すように薄い唇を綻ばせた。
比喩され過ぎて意味不明だ。
しかも光明は言い過ぎだ。
彼女の意見の意味は半分も理解できなかった。
「……」
私は押し黙る事しか出来なかった。
「貴方もその光に当てられた1人なのでは?」
「よくわかんないですが」
「わかってる癖に」
マリア先輩は静かに微笑み目を瞑る。
「穂村さん。あんまりウカウカしていると天内さんは貴方に構っていられなくなりますよ。
きっとすぐに彼の走るスピードに連いて行けなくなります。
今は立ち止まって私達の歩幅に合わせてくれてます。
でも、これから天内さんはきっと待ってくれません。
彼は立ち止まりません。遥か遠くを見つめていますから。
私は危うい彼を支え、間違った考えを正し、彼の傍に寄り添いたいと思っています。
貴方はどうしますか?」
「………………」
「沈黙は金です。私に言っても仕方ありませんしね。貴方の口から伝えるのがよろしいかと」
私はこの人に何を諭されているのか。
言われるまでもなく、私はあの変人に連いて行くと決めている。
それはあの日彼に救われ、再び出逢った時に決めていた事だから。
・
・
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マリアには小町の事を頼み、俺は千秋の元に向かった。
アイツの件は俺がなんとかする。
非常に残念だが、俺と合わないなら無理に引き留める事も出来ないかもしれない。
小さな背中に向かって歩き出し、気配に気づいたのか。
「なんだよ」
千秋の奴は口を尖らせた。
「隣いいか?」
「ん」
千秋の奴は顎を少し動かした。
座ってもいいという事だろう。
「昨日の事は俺の視野が狭かった。そこは悪い。すまんな」
「ん」
素っ気ない感じの対応だ。
よほど気にくわなかったのだろう。
「俺は弱い」
「そうかもね」
「ああ。そうなんだよ。俺は1人だと、どうにもダメのようなんだ」
頬を掻いて苦笑した。
「そうだね。君はダメな奴だ。考え方が一番ダメだ。
天内君とはきっとやっていけない。
ボクとは価値観が合わない。ボクは君が理解できない。
決定的に合わない。
理解できない人とやっていく事はできない……と思う」
そう言うと唇を噛む千秋は俯いた。
「価値観か。そうか、まぁそうかもな」
彼女の言葉や態度から察するに、俺のパーティーを抜けるのも時間の問題のようだ。
「……」
「俺は多分このまま行けば、近い内に負ける。いや、その可能性が高い。そして……死ぬだろう」
はぁ~。と大きく息を吐くと、千秋は立ち上がった。
「またその話かい? 何に負けるのか知らないけど。
もういいよ。はいはい。わかったよ。
どうぞ、勝手に死にたがってて下さい。
君のその考えが嫌いだ。その価値観が気に食わない。さよならだ」
「待てよ。話はまだ終わっていない」
「なんだよ。近々死ぬんだろう?
辛気臭い死にたがりに付き合いきれないよ。
勝手に意味不明な価値観に囚われていればいいさ。
はいはい。かっこいい。かっこいい」
千秋は両手が真っ白になるまで握り拳を作っていた。
「俺はこの世界の結末を変える。それが俺が出来るかもしれない事、やりたい事だから」
「なんだよ。話掛けるなよ」
お前だって動こうとしないじゃないか。
「俺はこの学校以外に帰る場所がない」
小さな背中に向かって語り掛けた。
俺にはモリドールさんが居るが、この学園を卒業すれば彼女とも離れ離れになるだろう。
「人は結局1人で生きていくものだと思っていた」
それまでの人生がそうだったから。
みんなそうしていたから。
そこに疑念を抱く事はなかったんだ。
だけど、1人で生きてる奴なんて居ないのかもしれない。
「この世界は危機に瀕している。
もしかしたら最悪の結末は起きないかもしれない。
それでも、踏破せねばならない存在は確実に居る。
それを俺は必ずなんとかする。その為に俺はこの世界に居るんだから。
その為に俺は強くなる。この世界を救うには強い仲間が必要だ」
「妄想の話か。もういいよ。話掛けるなよ」
「俺は弱いから」
「またか。もう喋りかけるなって」
マリアから言われた事、俺の弱み。
ここで彼女に頼んでみよう。
しかし、それは本当の意味で命を懸ける事を頼む事になる。
わがままなのだ。断られたら、それでいいのだ。それは自由だ。
でも彼女をここで逃す事を、俺はしたくないと思う。
だからこれは賭けだ。
「俺を助けて欲しい。俺の為に、そしてこの世界の為に。
これはわがままだ。だから嫌なら断って貰って構わない。
……俺と共に命を懸けて戦って欲しい。
必ず守って見せる。
けど、俺は弱いから弱い俺と共に歩んでくれないか?」
俺は深々と頭を下げた。
「はぁ?」
「俺一人では限界が来る。それは予定調和だ。俺は雑魚だから。
今はまだ何とかなっているかもしれない。
てか、あんまりなんとかなってもいないんだが……
彩羽千秋。俺にはお前が必要だ。生きる為に」
「あっそ」
千秋は立ち止まっていたのを止め、1人背を向けて歩き出した。
・
・
・
俺は千秋に言いたい事だけ告げて去る事にした。
後は彼女の決める事だ。
育成は難航している。
ゲーム感覚が抜けきっていない自分に猛省した。
無理矢理時間のある限り無茶をやっても意味はないのだろう。
俺は悶々としていた。
メガシュヴァストーリー上最大の敵の懸念。
メガシュヴァ最大の敵は残り3騎士だ。
不和。パーティー育成をすればするほど、ここが一番の難所になる。
パーティメンバーの育成を怠れば、了と掻爬が最も厄介な難所になり攻略は不可能になる。
この世界で同時に現れる、これは懸念の域を出ないが。
風音とヒロインのハッピーエンドを迎えるには……
「どの道俺は詰んでるがな……」
1人天を仰ぎ、ニヤリとしていると。
「先輩」
「おう。小町」
彼女は俺の胸元までズイっと一歩踏み込み、上目遣いで顔を見上げると。
「なんか、変な雰囲気になってますが。
私はパーティー抜けないんで!
マリア先輩からなんか言われても一言も言ってないんで!
そういう事なんで!」
「お、おう」
「先輩! 先輩は全然、これっぽちも、ミジンコほどもカッコ良くはないんで勘違いしないように!」
「なんだよ急に。しかも酷い言われようだな」
「そうですよ!
死んでもいいみたいな事は思わないように!
このアンポンタン!
あと変な女に誑かされないように……
いいですね!」
「え? あ。はい」
なんかいつもの調子に戻ってるな。
「よし! うん」
小町はなんだか吹っ切れたような顔をすると。
「ねぇ! お腹空いてないですか! 午後から訓練するんですよね!
しっかり栄養摂らないとダメですからね!」
いつもの調子に戻った小町は俺の袖を引っ張った。