互いに手を取り合い、支え合い、共に生きる
3行でまとめねばならないだろう。
結論から言おう。
俺は千秋と小町に嫌われたようだ。
以上である。
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時刻は既に22時を超えていた。
マリアが着替えの為に1人になると言って別れた後。
俺はみんなが寝泊まりしていたと思われる場所に戻って来た。
そこには2人しか居なかった。
1人はケイ。彼は1人キョロキョロと挙動不審になっていた。
そしてもう一人は翡翠。こいつは地面に突っ伏して寝息を立てていた。
「天内くん。ちょっと」
モジモジするケイは腹部を手で押えていた。
「連れションか……」
俺はケイに呼ばれて男子便所ゾーンで秘密の会議に招待された。
まぁ用を足すだけだけど。
廃墟のトイレへ2人して向かう。
お互い汚いトイレに着くと。
「いやぁ~。もう少しで膀胱が爆発する所でしたよ。体内でアンモニアが循環し始めてましたもん」
「外ですればよかったじゃん」
「あ~。僕、洋式派なんで。それに大きい方もしたいので」
「現代っ子だなぁ~」
ケイは廃墟のトイレに1人で行くのが怖かっただけのようであった。
ケイは暗闇にビクビクしていたが、俺はそんなケイをからかいつつトイレタイムを満喫していた。
用を足し終えたケイが個室便所から出てくると。
「天内くん。一つだけ報告が」
「なによ」
「落ち着いて聞いて下さい。翡翠さんがアルコールを持ち込んでいました」
「マジか」
「ええ。それで少しありまして」
「うん?」
「穂村さんと彩羽さんなんですが……
夕食後。一度解散して自由時間を作り、各々のんびりしていたんです。
ほどなくして、全員が再び集まった時。
彼女達はアルコールを摂取しまして、それから」
「どうした?」
何かあったのか?
「……滅茶苦茶悪口なのかな?
まぁ槍玉に挙がってました。天内くんの話題が。
天内くんの非難? で盛り上がってました。
それはもう嬉々として盛り上がってました。僕は諜報してました」
ブッと吹き出しそうになった。
お前はそんな事に聞き耳を立てなくていいんだよ!!
「ちなみに……なんて言ってたの?」
俺は訊かなくてもいい事を、どうしても気になって訊いてしまった。
「知りたいですか?」
無表情なケイが目を細めると重い口を開く。
「あ。やっぱ、」
いいわ。心にダメージ食らいそうだし。
と言いかけた所で。
ケイは堰を切ったかのように俺の陰口を身振り手振りを交えて詳細に伝えた。
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―――
『先輩って服のセンス壊滅すぎてマジでないんですわ。
その癖、自分ではカッコイイと思ってますからね。
カッコつけて意味不明な事突然言い始めますし。叫んでたりするんですよ』
『それわかるわ。ダサい癖にカッコつけてんの?
勘弁してよ。もう付き合いきれないよ。
恥ずかしいよ。知り合いである事が恥ずかしくなってきたよ』
『そうなんですよ。もう痛々しいというか。恥ずかしいんですよね。恥知らず?』
『わかるわぁ~』
『それに空気読めないのなんとかなんないんですか? いつも困るんですよ』
『生まれつきでしょ。あの空気の読めなささわ』
『ですよね。悲しいぐらいデリカシーないですもんね。変人すぎるんですよ。変人ていうか奇人ですかね』
『『キャハハハハハ』』
『デリカシーないのもまずいけど、一番ヤバいのは思想がイカれてるからね。あれは無いよ』
『さっきのはマジでイッチャってましたね。特に眼が。
なんなんですかあれ? クスリとかやってるんですかね?
大丈夫なんですか? あとで薬物検査した方がいいんじゃ。
少し心配になってきましたよ』
『漫画の読みすぎなんだよ。狂ったサイコパスに憧れるお年頃なんだろ』
『ああ~。思春期特有の、ですね。
イッチャてる自分カッケェェェェとか思ってるんでしょうね。
高校生になってまで、そんな事思ってるなんて……』
『『ダッサ!!』』
―――
――
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俺は手を上げ、ケイを制した。
「おい、もういい。やめてくれ。俺のライフポイントはゼロだ。それとケイ……お前演技上手いな」
「ありがとうございます。隠密の為に声音を操る訓練をしてましたからね。それに、これはまだ序章なんです」
序章だと?
「序章なのか……ちなみに全何章あるんだ? 俺の陰口というか、悪口というか批判は……」
また訊かなくてもいい事を咄嗟に訊いてしまった。
「う~ん。残り7章ぐらいあるかと」
7章!?
一体どんだけ盛り上げったんだ。
「おっけー。わかった。俺の心が死ぬ。つーか死んだ」
俺は項垂れた。評判悪すぎて笑った。
勿論苦笑い。信用が一瞬で地の底になってた。
ストップ安である。
俺の資産も暴落したが、彼女達の信用も暴落したようだ。
好感度ストップ安男、底値男である。
買い叩くなら今でしょ! て感じだ。
「あ、いや。その褒めてもいましよ! 1割ぐらいですが」
「フォローになってないって」
「そうですかぁ?」
ケイは呑気な顔をしていた。
「ちなみにその二人は今どこに居るの?」
「さぁ? どっかで寝てるんじゃないですか?」
「へぇー」
―――翌日であった。
律義に朝早くからダンジョンの前にはみんなの顔があった。
少しやつれた顔をしたボサボサ頭の小町に。
「おう。元気か?」
「あ。先輩……」
彼女は一礼するとバツの悪そうな顔をして俺からそそくさと離れていく。
はぁ~とため息を気取られず吐いた後、気を取り直して。
「千秋、おは」
と声を掛けると。
「……ああ。うん」
千秋の奴は挨拶に被せるように曇った顔をすると、伏し目がちに一言頷くと俺から距離を取った。
「……あ……これヤバいわ。パーティーは崩壊した」
俺は白目になった。
なるほど。なるほど。なるほどねぇ~。
避けられてるねぇ~。
どないしよか?
嫌われてるねぇ~。
ぶっちゃけ嫌われようが貶されようが、俺はいいんだけどさ。
このままだとマズイね。
連携が取れないならダンジョンに潜るのは危険だ。
ダンジョンの前に集まった彼らに俺は声を上げた。
「みんな! 聞いてくれ! せっかく朝早く集まって貰ったが、本日は午前中は休みにする! 午後は……」
流石に、今日一日を丸々休日にするのは……
一体なんの為に休暇を潰しているのかという話になってしまう。
それに実力を向上させるには、ある程度キツイ訓練は必要になる。
「午後は……体調が、気分が。いや違うな」
結局、気持ちがバラバラのまま潜っても成果を期待できないだろう。
言葉を選びながら、色々考えてみたが。
上手い文句が思い浮かばなかった。
「いや……いい。俺は……ダンジョンに潜る。13時から5時間ほどな」
俺は自分の頭を振るった。
「昨日のような事はしないつもりだ。
少し飛ばし過ぎたのは謝る。
ただ、力を付けるにはある程度辛いのはわかって欲しい。
悪いが、そこに関して俺は謝る気はない。
行きたい奴は俺に声をかけてくれ。
雑魚しか居ないとはいえ、決して1人でダンジョンに潜る事はするな。以上だ」
しどろもどろになりながら、俺は伝えたい情報だけ伝えて踵を返した。
「あれ?」
と誰かが呟いた気がした。
俺はそんな彼らの目線に気まずくなり、背を向け髪の毛を搔き上げた。
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「大丈夫ですか?」
「マリアさん。そうですね。あまり上手く行きませんね。色々と。俺はリーダーってのにそもそも……」
俺は頭を掻いて苦笑いした。
マリアはいつものように柔和な笑みを浮かべると。
「……ライバルが減っていいかな、と思いましたが」
「ん? ライバル? なんの話です?」
「いえ。こっちの話です。私がなんとかしましょう」
「マリアさんが?」
「大丈夫ですよ。
誰も天内さんの事を本気で不快に思ってる人なんて居ませんから。
自信を持ってください。少しだけ不器用なだけなんです。
貴方でなければ、貴方だから、連いてきた方達ですから」
「そうですかね?」
「はい。間違いなく。それに少し安心もしたんです」
「どういう意味です?」
「天内さんも不得意な、不得手な、出来ない事があるんだな、と。
だから安心したんです。そっちの方が素敵です」
キャバクラマリアが今日も開店していた。
マジで何でも褒めてくれるのだ。
そろそろお金を払わなければならないのかもしれない。
「出来ない事だらけですよ。
満足に何かを成し遂げた事の方が少ないです。俺はどうしようもない奴ですからね」
「そんな事はないです。
なんでも出来る人なんて、きっとつまらないんです。
そんな人は勝手に1人で歩めばいい。
不得意な人を得意な人が支える。
互いに手を取り合い、支え合い、共に生きる事の方が素敵です。
きっとそのように世界は廻ってると思います。
昨日も言いましたが、私は貴方の仲間です。
貴方が不得意な事を私が代わりにします。
私が得意なのかはわかりませんが……」
マリアも困ったように頬を掻いて笑っていた。
「それでも……天内さんには決定的に弱点があります」
「俺の弱点ですか?」
「はい」
「なんです?」
「僭越ながら、『誰かを頼る』事ですかね。
天内さんは1人でなんとかしようとし過ぎるんです。
それはあまり良くない事かもしれません」
「そうかも……しれませんね」
「いいのです。頼る事があっても。
出来ない事も、不得意な事もあっていいのです。
それは恥ではありません。弱さでもありませんよ」
「……その通りですね。参りました」
俺は頭を下げると、マリアはあたふたした。
「いえいえ。出すぎた事を言いました。説教じみた事を」
「そんな事ないです。マリアさん。その……貴方が仲間で良かった。こんな俺を仲間と呼んでくれて、ありがとう」
「あ」
そんな俺の感謝にマリアは照れたのか、頬を染めてそっぽを向いた。