未来とは、今である
/彩羽視点/
「何も視えてない。あいつ」
むしゃくしゃして頭が沸騰しそうだった。
早々に食事を済ませ1人夜風に当たる。
「みんな疲れていて元気がなかった」
明日はスローペースにしないとみんな疲弊して持たなくなってくる。
あいつの意見なんて無視させればいい。
それよりも一番イラつく事があった。
「あの眼。あの眼は……」
あの眼には迷いがなかった。
死ぬ覚悟ではなく、既に死ぬ決意が出来ている、と。
そんな自分の命に無責任な事を、まるで何とも思ってないかのように言ってのけた。
「バカだよ。自分に酔ってるだけだ。あのバカは」
そもそもずっと馬鹿な事しか言ってこなかった。
周りに気を配ってはいる……とは思う。
俗っぽい所はとても人間臭くて嫌いにはなれなかった。
むしろ好ましいとすら思っていた。
だから、ボクは勘違いしてたんだ。
その人間臭さの影にはとんでもない異常性が隠れていた。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。英雄願望を持ってる馬鹿野郎だ」
死を知らない馬鹿ほど簡単に自分の命を天秤に掛ける。
どうせ出来もしない口だけのハッタリ野郎なら沢山居た。
諜報員としてこの世界の裏側を生きてきたボクは色んな奴を見てきた。
『俺は死んでも構わない』と言う馬鹿は数多く居た。
それがハッタリなら、冗談なら、嘘っぱちならいいんだ。
蛮勇を勇ましく豪語しても実際は出来ないものだ。
それでもいいんだ。それが当然だから。
誰だって死ぬ事は怖い。
当たり前だ。自分の命が一番大事だ。
馬鹿な騎士共は『名誉の為に生き汚く足掻くのを醜い』と言う奴も居るが、それは間違いだ。
本当の名誉とは『何としてでも生き残る』事だ。
"名誉の死"などこの世界にはない。
生き汚く足掻く方がよっぽど健全だ。
自分の命を一番に出来ない奴は、一番愚かだ。
その優先度を見誤ったらダメなんだ。
それでも、彼は迷いがなく、その眼には疑問すら浮かべていた。
それが当然かのような眼だった。
愚か者である。イカれてる。
彼ならば、ボクを打ち負かすほどの彼ならば、ボクと共に人生を歩んでくれると思った。
でも出来そうにない。自分の命を粗末にする考えの持ち主ならば、きっと大きな間違いを引き起こす。
もう終わりだ。ボクの眼は曇っていた。
あんな奴に付き合い続けるのは無理だ。
ボクには使命があるから。
生きて、生き延びてこの世界で笑顔で暮らしたいと思っているから。
・
・
・
平常運転であった。
先程千秋に吠えられたが、俺はいつも通りの日課をこなすだけだ。
時間を粗末にはできない。
メタルペリッパを探す旅は続く。
"幻"である俺にはこの"今"にすがりつく事しかできない。
「行くぞ! 斬る! 燃やす! 潰す!」
洗練させ続けた一撃を打ち込み続けた。
俺はモンスターを機械的に処理し続けた。
斬っては投げ、投げては燃やし、燃やしては潰す。
「滅茶苦茶怒ってたなぁ……異常者認定されてしまった」
狂人なのは百も承知。
俺はこの世界の人々の為に命を懸けるという秘めたる野望がある。
どれだけ呆れられようが、俺は俺に嘘を吐けない。
曲げる気はない。
嫌われてもいいんだ。呆れられても。嘲笑されようとも。
あ、でも……最後に孤独なのは、少し寂しいかもな。
そんな事を考えていると背後で何者かの気配を感じ取った。
「なぜ連いてきたんですか? 休まないとダメですよ」
壁にもたれ掛かりこちらを見据えるマリアの姿があった。
「天内さんがお休みになるまで私もお付き合いしますわ」
「えぇ~」
マジっすか?
メタルペリッパを探す旅を続けようと思っていたが。
マリアはもうヘトヘトだ。
俺は頭を掻き。
「今日は……もう帰りましょう」
「そうですか……お疲れ様です」
マリアはホッとしたのか笑みを浮かべた。
帰路であった。
ダンジョンは一日中モンスターを狩り続けた影響か道中モンスターの気配すらなかった。
「疲れてるのに、なぜ連いてきたんですか?」
俺は再度同じ質問を投げかけた。
「私は、天内さんの事を信じておりますから」
「はぁ?」
要領を得ない解答に俺は少し困惑した。
しばしの沈黙の後であった。
意を決したかのように彼女は口を開いた。
「一つ……とても大事な質問があります」
「なんですか?」
「それは……天内さんは死に行くおつもりなんですか?」
「はて? どうしてそう思うんですか?」
「先程、千秋さんとの会話で『死ぬ決意は出来ている』と。
覚悟ではなく決意という言葉をあえて選んだ。
素朴な疑問です。
覚悟とは心構えの事。決意とは意志を定めた事。
似た意味合いですが、その言葉は少しニュアンスが違います」
あ~。咄嗟にそんな事言ってたのか俺。
「人はいつか死にますよ」
俺はヘラヘラと彼女に嘯く。
「そういう意味ではありません。近い将来に、という意味です。
まるで死ぬ事がわかっている風な言いようではありませんでしたか?」
彼女は真剣な顔をしている。
「参ったなぁ~。う~ん。まぁでしょうね。
ええ。そうですよ。俺はこの世界に……居られないかもね。それは俺が、」
俺はフッと1人笑みを零した。
「『俺が』、なんでしょうか?」
マリアは目を伏し目がちにしていた。
俺の言葉を待っているようだ。
「それは、」
俺は既に死んでいる亡者だから。
俺は最終戦で死のうが勝とうがそれ以上の未来を見通せない。
俺の第一目標は全員のハッピーエンドだ。
そこはブレていない。
だから、もし攻略出来ればひっそりと片田舎で太ももパークを開園させたいという夢があるわけだが。それが出来るのかはわからない。
それに俺は、千秋の言ったように既に壊れている。
よく言い当てた。見事だよ。
それは自分の事だからよく知っている。
だって……既に俺は前世の自分の名前すら思い出せないのだから。
個として大事なアイデンティティである名前という記憶が摩耗して崩壊していた。
歩んできた歴史は思い出せても、メガシュヴァを知っていても……
俺は俺が誰なのか、どこのどいつなのか知らなかった。
顔も姿形も名前も何もかも思い出せない。
故に名乗りを上げた名前が"亡霊"。
この世界の行く末をただ一人知る本来居るはずのないイレギュラーである幻影を名乗った。
「俺が一夜限りの幻だからですかね」
俺は中二病みたいな解答をしてみた。
「ん? えっと……」
俺の意味不明な解答にポカンとした顔をするマリアは予想外だったのか目を丸くした。
オホンと俺はバツが悪くなり、続ける。
「千秋の言うように俺は馬鹿なんですよ」
雰囲気が解れたのか彼女は手で口を覆い少し微笑んだ。
「そうですね。天内さんは少しユニークな方です。
でもいいんです。そこが素晴らしい所だと思います。
……覚えてますか? 私は天内さんに恩があります」
「お、恩ですか? 俺は何も……」
俺はすっとぼける事にした。
請求書をここで持ち出されると俺は破産を超えた破産。
マリアの奴隷生活が始まると思い、話題を早急に変えようと思ったが。
「いいえ。貴方は私を拾い上げてくれた。だから私は天内さんの事を信じております。
貴方はきっと影で多くの方々を拾い上げてきた。そう信じております。
だから異論を唱える事はしません。できません。
貴方が千秋……彩羽さんや穂村さんに見放されても。
ケイさんや翡翠さん。他の誰に見放されても私だけでも貴方と共に歩みたいと思っています」
「買い被りすぎですよ」
「いいえ。貴方は自己評価が低すぎます」
「そうかなぁ」
「天内さん。先程の一夜限りの幻の意味はわかりませんが、
もし1人で死地に向かうような事をしているならば。
私も連いて行きます。
私も命を懸けます。拾われた命を懸ける為に私も連いて行きます」
「はぁ? なんでそうなるんですか?」
「仲間だから!」
「えっと」
俺は困惑してしまった。
「貴方は1人ではないんです。
少なくとも私が居ます。
貴方の背中を守る為に私が居ます。
その為に貴方の隣に立てるように日々邁進しています。
天内さんはお強いから。
誰にも理解されない事をしようとしているのかもしれません。
私のような未熟な木っ端は不要なのかもしれません。
それでも、いつか貴方に相応しい者になります。
貴方を超えるメイガスになります。
貴方を守る為に私は天内さんより強くなります。
貴方を死なせない。
どれほど過酷な死地であろうと生き残れる最善を探す為に!」
力強い眼がそこにはあった。
ハッとした。
「そうか。なるほど」
そもそもマリアが居なければマニアクスには勝てなかった。
彼女の魔法による援護がなければ俺は負けていた。
俺は目を瞑り少しだけ口角を上げた。
「知っていますか? 『未来とは、今である』という言葉を」
「初めて聞きました」
「でしょうね」
あれは前世の世界での話だ。
『未来とは、今である』と人類学者は言った。
本当は過去も未来もない。
あるのは今だけだ。
現在の積み重ねが未来へと繋がる。
人は過去にも未来にも生きてはいない。
今この瞬間にしか生きていない。
だから、まだ起きてない未来について結論を出すのは止めよう。
今を大切に生きればいい。
大事なのは、死ぬ決意をする事ではなく、生きる決意をする事なのではないだろうか?
「未来は今であり、俺達はこの時間にしか生きていないです」
「哲学ですか?」
「いいえ。一言で言うなら『過去にも未来にも生きるな! 今を生きろ!』って事ですよ。多分」
「いい事をおっしゃいますね」
「俺の解釈ですけどね」
マリアは手を叩くと。
「そうだ! 帰ったら、ご飯食べませんか? 千秋さんと穂村さんと一緒に」
「そうですね。随分遅くなりましたが。
明日は少しみんなのペースに合わせて調整しましょう。
なんなら、少し休憩でいいかもしれない」
「焦りすぎましたね」
「そうかもね」
そうか。俺は1人ではないのか……
1人に慣れ過ぎて麻痺していたのかもしれない。
『どうせ死ぬ』じゃない。
『どう生きるか』だ。
俺は胸の空洞が満たされたような気分がした。