心の距離
俺は各々にアドバイスをしながらメタルペリッパに遭遇するまで、パーティーメンバーの雑魚狩りを後ろから教官のように巡回していた。
「ケイ。お前は気配を極限まで消せ。自分は一番実力が劣っていると振り返りながら戦うんだ。
気配を空気と同化するのでは足らない。
消えるのだ。
極限までこの世界から存在を消せ。
お前の戦闘スタイルは"消える"事から始まるのだ。実力を上げねば必殺技の習得すらできんぞ!」
「は、はい!」
汗を滝のように流すケイは息を切らしながらオオカミ型のモンスターを闇討ちしていく。
「翡翠さんは、遠距離からの狙撃はこちらの位置を気取られ前に倒す工夫が必要です。
出来ないなら位置は随時変えていかないと!
弾道の軌道でおおよその位置は把握されるんです。
スナイパーこそ体力と集中力が一番要るんですよ! それじゃあ走った走った!」
「かしこまりました!」
地蔵のように動かず狙撃し続けていた翡翠を無理矢理走らせた。
馬鹿正直にモンスターの群れに突っ走る小町を呼び止め。
「弟子よ。近接戦の基本所作。
1観察、2自身の退路、3ターゲットとの間合い、4攻撃だ。
最初に攻撃を加えていいのは実力差が明確になっている敵のみだ。
先に、己の実力で制圧できるのか。
逃げられかつ避けられる空間を把握してから、間合いを見極め攻撃に転じろ。
無暗に突っ込めば敗北は必至。援護がない状態を頭に入れて置け」
「え、ええ。先輩が教官をやっている……」
詠唱を行い高火力の技を打ち込もうと立ち止まっているマリアの後ろから。
「マリアさんの適正は遠距離の大技にありますが、溜めが長すぎる。
溜めてる間、カカシのように棒立ちしてたら格好の的になってしまいますよ。
その間は走り続けるか、小町のような近接戦闘役とコンビネーションをせねばなりません!
以前行っていた小石を叩きつける技もまだまだ遅いですよ。
ここは雑魚しか居ないので通用していますが、そのスピードではたちまち餌食になりますよ!」
「わ、わかりましたわ!」
マリアは素直に首肯すると、メイス片手に走り出した。
氷の礫を弾丸のように連射して、ボーっとしている千秋。
モンスターが湧いてくると、同じ動作を無の表情で淡々と行っていた。
「千秋くん!」
ギョッとした表情でこちらに振り向いた。
「なんだい!?」
「君は一旦下がり給え」
「なんでだい?」
「他とレベルが違い過ぎるからだ!」
そうなのだ。こいつは元々このダンジョンそのものに適正があっていない。
もっと上のダンジョンでなければ暇を持て余すのだ。
高経験値モンスターであるメタルペリッパが出るまで休憩を取って貰って構わないほどだ。
「お、おっふ。わかったよ」
俺は千秋を呼び戻すと。
「それで? ボクだけ呼び戻して、何かあるの?」
「ああ。キミは我がパーティーの副リーダー。この中で俺の次に強い」
頭を掻き『当然だね』といった表情をし。
「まぁ。そうだろうね」
「俺も気を配っているが、全員の安全の確保を任せたい。
ここに脅威になる敵は居ないが基本的に目的の敵が出現するまで不休だからな」
千秋は『不休』という言葉が引っかかったのか。
「休みなしって事? マジで?」
「大マジ」
「お昼は?」
「朝、握り飯と飲み物を渡したはずだが」
「そうだけど……いや。ほら! お手洗いはどうするの?」
「そんなものは戦いながらしろ。
千秋よ、よく聞け。
戦場でトイレの事を考えるか? 銃口を向けられている状況で、『用を足したくなったので、ちょっと待っててください』と敵に言うのか?
そんな事はしないだろう。つまり戦いながらするしかないのだ!」
驚いた顔をする千秋は恐る恐る口を開くと。
「おっふ……傑くん。それマジで……言ってるの?」
「ここに女とか男とかはない。時間は有限だ。
俺の修行は基本的に過酷だ。いや実践方式なのだ。
しかし、俺も鬼ではない。ヤバくなりそうだったら、俺が後ろからヘルプに入る。
それでバランスを取るつもりだ。そのヘルプを俺と千秋で分担するだけの話」
「……すげぇや」
「今日ターゲットが出なかったら、明日も同じ事をする。
そもそも休みを全て消費して出てくれば僥倖なのだ。敵は超絶レアモンスター」
「ええぇ……」
すると小町が話の一部を聞いていたようで、口を挟んできた。
「あの……先輩。さっきの話なんですが、ここから休みなしですか?」
「当たり前だ。舐めてるのか修行を!」
「今、9時ですよね? 今から終わりまで……一体、」
と、言葉を濁してしまった。
「ふむ。現在8時58分か。そうだな。今日は午後19時までやろう。残り10時間だな」
「ゲッ!?」
「10時間では少なかったか? 仕方ない。
24時間コースに移行するか。
確かに戦場では決まったタイミングで休息が取れるなど甘えた考えだったのかもしれない」
「待って下さい!」
「ちょっと!?」
小町と千秋は24時間と聞き驚いた顔をした。
「どうした?」
千秋は呆れた顔をしていた。
「そんな事したらみんな死んじゃうよ」
「死ぬ事はないだろう。俺は1人で以前それをやってたんだから」
レベリングとは過酷な作業なのだ。
特に時間がないなら休みを極限まで削る必要がある。
「先輩と同じ尺度で考えないで下さい!」
「明日もやるんだよね!? そんな事したら続かなくなるって!」
「休息は勿論取るさ。24時間コースの後は3時間ほど仮眠と自由行動をと考えている」
千秋と小町は俺から距離を取るとこちらを畏怖の眼で見つめてヒソヒソ話を始めた。
「あ……ヤバいよこの人。傑くんはぶっ飛んでる人だと思ってたけど、ここまでとは。
小町ちゃん。この人ヤバい人だよ」
「天内先輩がヤバい人なのは知ってましたが……彩羽先輩。私は怖くなってきました」
「私が何とか説得してみるよ」
「いや。ホントお願いします」
「任せて」
「聞こえてるぞ」
俺がヤバい人認定受けているようだが、甘えた根性を矯正するいい機会かもしんな。
我がパーティーメンバーに入るという事の意味を。
「わかりましたよ! 19時までやりますよ!」
「うむ。良い返事だ」
・
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夕刻であった。
朝とは比べ物にならないほど動きの良くなったパーティーメンバーを見て俺は満足した。
成長曲線は序盤から中盤まで伸びが早く急激だ。
「うむうむ。良い顔になってるじゃないか」
俺は手を叩いた。
皆の顔が精悍な顔つきに変化していた。
「頑張りましたねマリアさん。今日はゆっくりして下さい。
明日は倍モンスターを狩りましょう。同じメニューと時間で」
「は……は……い」
「小町も良くやったな。素振りが効いてるんじゃないか? 午後から無口になって一心不乱だったしな。今日はゆっくりするといい」
「…………はい」
「翡翠さんもいい目つきになりましたね。まるで歴戦のスナイパーのような目つきだ。明日は常に走りながらですね」
「……ここまでとは。私は……(舐めていたわ)」
ボソボソと翡翠は、何かを呟いてる。
「カッコ……じゃない。ケイ。
君の実力向上には目を見張るものがある。
素晴らしいの一言だ。精霊魔法も局所的にではあるが使えているじゃないか」
「そうです……かぁ~」
ぐったりと項垂れ、息を切らして目を回し地に突っ伏した。
「どうした? 千秋よ怖い顔して」
「……変態の傑くんはどこ行っちゃったの?」
「俺は育成には手を抜かん。とだけ言っておこう。みんな聞いてくれ」
俺は疲れ果てている同志諸君に語りかけた。
「今日のメニューは序盤の中の序盤。
このメニューをクリアしたからと言って相手は雑魚しか居なかった。
目的のモンスターも出現していない。
まだまだとしか言いようがない。
各々狩ったモンスターの経験値……魔素を得たとはいえ微々たる実力向上だろう。
そもそも技巧と戦術が追い付いていない。
明日は各々に縛りを課す。
ケイは木剣で戦え。精霊魔法を駆使し戦うのだ。
小町と翡翠さんは30キロの重りを身に着けて貰う。
速さと体力の向上の為だ。
マリアさんは火の魔法を禁じます。
月の魔法のみで考えながら戦って下さい」
俺は日中パーティーメンバーの育成に時間を充てているので俺のレベリングが出来てない。
なので、深夜までここでメタルペリッパが出る可能性を信じ修行を行う予定だ。
「以上解散!
明日は朝7時にダンジョンの前で落ち会いましょう!
俺はこれから独自に修行に出るので! 皆さん明日に備えて休息を、」
と言いかけた所で千秋が声を荒げた。
「待ってよ! 傑くん。これはあんまりだ!」
「なんだよ千秋」
千秋はこちらを睨むと俺に食って掛かってきた。
「みんな疲れているじゃないか。
周りをもっと見ないと誰も連いてこれなくなる。
君のように無茶できる人ばかりじゃないんだ!
キミはおかしいよ!
まるで生き急いでるみたいじゃないか!
もっとゆっくりできないのか! もっと周りを見ないとダメだよ。
リーダー失格だ君は!」
「朝も同じ事言ってたが、さっきからなんだよ。俺はみんなを鍛えてるだけだ」
「鍛えてない! 無茶苦茶言ってるだけだ!
それにこれから修行に出るってなんだよ。
傑くんも休まないと死んじゃうじゃんか!
昨日も夜中に出て行って朝戻って来てたけど。
君は寝てないんだろ!
いつ寝てるんだよ。休まないとだめだろ。
休まないとふとした瞬間に大きなミスが出るんだ!」
「ビックリマークが多いなぁ。田舎者みたいだぞ」
俺はあまりのビックリマークの多さに辟易した。
「……ふざけないでよ! いつもそうだ!
都合が悪くなるとふざけた冗談ばかり言い出す。
……君の良い所でもあるが、それは逃げだぞ!」
「千秋……さん。指南を頼んでいるのは私達なのですから」
マリアは疲弊した顔で話に割って入ってこようとするが。
「マリアは黙ってて!」
キッと目つきを鋭くした千秋は俺を見据えると。
「見てよ。よく見なよ。ボクは君の事が信じられない。本当に視えないのかい? みんなの顔が?」
俺はパーティーメンバーをぐるりと見回すと肩で息をしている者ばかりであった。
まだまだだ。この程度の雑魚を倒しても意味はない。
もっと鍛えないとダメだ。
「なにが?」
俺にはさっぱりだった。
信じられないようなモノを見る目であった。
「この人はもうダメだ。傑くん……キミは壊れているよ」
「なんだと?」
「ああ。何度だって言うさ。君はぶっ壊れているよ!
ダメダメだ。悪い。本当に悪い意味で壊れている。
君は怖くないのか! 死ぬ事が! こんな無茶を続けたら絶対に死ぬ。
ふとした瞬間に足元を掬われる。
君が真っ先に死んでしまうじゃないか! 一番の無茶を君がしてる!
綱渡りのような生き方だ。そんなのは絶対に続かない。後がなくなる。
そしたら死んじゃうんだよ! いいのかそれで! なんで自分を大切にできない!?」
「死の恐怖など疾うの昔に克服した。死ぬ決意は出来てるが?」
恐らく最終戦。
終末の騎士のどいつと当たっても、全身全霊を賭けた俺でも死ぬ可能性が高い。
とっくの昔に俺は死ぬ覚悟なんて出来ている。
パーティーメンバーは必ず守るつもりだ。
最終戦は俺1人でなんとかする。
相打ちにしてでもあの世に連れて行くつもりだ。
それでも、その前に君らを最低限の領域に持って行かねば自衛すらできないだろう。
少々キツイのはわかるが、今を耐えれば必ず未来の自分を生かす事になる。
今しかないんだぞ。限られた時間で育成し生を繋ぐ努力をするには。
「本当にそんな事思ってるの?」
千秋は口を開けて俺の眼を見つめていた。
「もちろんだ」
しばしの沈黙の後。
肩を落とした千秋は、
「……呆れた。解散だよ。この人は異常者だ。もう終わりだよ……」
千秋は俺にそっぽを向くと、倒れているカッコウを起き上がらせ、肩を貸した。
「先輩……すみません。私も天内先輩が間違っていると思います」
小町もケイに肩を貸していた。
「なんだよお前ら」
俺はそんな彼らを背にしてダンジョンに向かって歩き出した。