表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救出という名の──  作者: 五月雨
第一章 -アルガント王国編-
7/21

第七話 動乱

「では、続きまして……」


 完全にこの塲が収まった事を理解したリコリスが先程時間がないと言っていた通り、直ちに次へ次へと話を進めていこうとするのだが、その前に──そう、待ったを掛ける者がいた。男子学生の彼だ。


「一つ、いいですか?」

「どうぞ」


 時間を気にする素振りを見せつつも、許容してリコリスは彼に促す。促され、彼が口にした言葉は当然と言えば当然で、けれども私自身予想だにしていなかった内容だった。


「先程も言った通り、僕たちは勇者としていくらでも戦います。ですが、この子には決してそれを強いないで下さい。お願いします」


 私を戦線から外すよう打診したのだ。

 私はそもそも、この場さえやり過ごす事ができたのなら、後は目的遂行のためどこかへと姿を晦ませるつもりでいた。それ故、ここでの今後などといった無駄以外のなんでもない事、欠片程も考えていなかった。しかし、魔王や魔物といった脅威が跋扈しているこの世界に於いて、無知蒙昧な幼子一人で一体何ができようというのか。恐らく、勇者として迎えた者へは教育や訓練、物資に資金の支給が為されると思われる。そのため、当初考えたようにこの場をやり過ごすのみですぐに脱出を図るよりかは、この城で十分な支援を得てから隙を見て行方を晦ませた方が懸命だろう。

 そういった事から、ここでその提案を為されるのは少々困るのだ。だが、しかし、今後の身の振り方を考えると、ここで口を出すべきかどうか判断に迷う……。一先ず、彼の出した答えによって選択を変えよう。この場で合意が為されるようであれば異を唱え、否定ないしは保留になるようであれば今は見守る事とする。自分の事なのに見守るとはこれ如何に。

 自身の今後について一人思考しつつ、全体に目線を流して外部の状況を確認する。


「ふむ……」


 私を戦線から外すよう頼み込む彼の言葉に、リコリスは私をちらりと一瞥するのみ。腕を組み、顎に手を当て、数秒の思案の後に彼は重々しく口を開いた。


「私としては問題ないと考えております。ですが、それはそちらのお嬢様が勇者としての役目を放棄する事と同義。私の一存で、というのは些か難しいと言わざるを得ません」


 真顔を崩さず、けれども申し訳なさげな表情で彼は言う。「それでも、どうにかなりませんか?」そう食い下がられては仕方ない、と彼はまだ難しい顔をしたまま、それに答えた。


「そうですね、一度私の方で手を尽くしてみますが、あまり期待はせずにお待ち頂けると助かります」

「! ありがとうございます!!」


 望んでいた答えが手に入ったからか、期待に応えようという彼の誠意にか、男子は大きく声を挙げて礼を言った。


「大丈夫だよ」


 ずっと彼の隣にいたポニーテールの女子学生が私の側まで歩み寄る。なんだと思って警戒していると、彼女は距離一〇センチメートルと少しといったところで立ち止まり、そう、そっと耳打ちをしてきた。どうしてそうしたのか、無論、安心させるためだろう。

 普通の子供ならば、こういった場面では話に着いていけなかったり戦いを嫌がったりと、不安感や恐怖心を抱えていたりするものだ。戦線から離脱できるかも知れないという話をしてはいても、それは未だ可能性の範囲でしかない。戦いから逃れたいと考える子供であれば、それはもう不安で仕方がないだろう。そんな時、歳上の彼女からそういった激励の言葉が掛けられたなら。

 そう考えると、彼女は正しい行動を取ったのだと思う。その心を賞して、私も彼女の想像に適った行動を取ってあげようと思う。


「そう、ですよね……」


 服の袖をきゅっと握り、俯き様に呟くようにそう零す。不安げな表情も忘れる事なくそこに湛えて、寂しさを演出して。これが、彼女のする扱いを受けるべき “普通の子供” であると私は判断し、すぐさまそれを演じてみせる。涙をなみなみに浮かべて幼さを演出する案もあったが、先程までの私とはあまりにも掛け離れており、全く繋がりが見えず、見事没となった事をここに記す。

 上目遣い気味にちらりと彼女の瞳を覗き込んでみれば、効果は抜群のようで、どこか申し訳のなさそうな表情で慈しむようにこちらに視線を落としていた。何も悪い事をした訳でもないのに、その表情。何を思ってそんな顔ができるのか、甚だ疑問だ。あなたがそのように心を痛める必要なんてどこにもないというのに。

 彼女は突然私の手を握ると、眉一つ動かさずにリコリスの方へと向き直る。一瞬戸惑いを見せるも、それを真似るように私も向き直り、彼の話を聞く姿勢を見せやる。男子学生との話も終わったリコリスは、彼の要望も聞き入れて流石にもう時間が危ういのか、可能な限り急いだ様子で話を進め始めた。


「ではこれより、皆様が勇者としてのお役目を全うできますよう、御身に刻まれし天上の祝福をお確かめ頂きます」


 そう口上し、質問の入らないよう、要所要所を捲し立てるように素早く説明する。


「勇者様は召喚された際に創世の神より祝福を授かる、と文献には記されております。今からそれを確かめるべく、こちらの魔道具 “心眼の水晶ブラウジング・クリスタル” に手を翳して頂き、ご自身がどのようなお力をお持ちであるのかをしっかりと把握して頂きます。そちらがお済みになりましたら、今度は我らが王とのご対面にございます。自己紹介などを済ませられましたら王から軽くご支援など今後についてのご説明が為されます。そちらが済みましたら、お次は皆様のお部屋にご案内させて頂きまして、暫し休憩となります。夜は歓迎パーティがございますので、お時間になりましたらお呼びに参ります。それまではごゆっくり頂ければと」


 流れのままに今後の予定なんかも詰めて皆に語る彼。分からなければ都度聞くように、と注釈を入れると、では早速、と私たち四人を中央の水晶の前へと案内した。

 彼が兵士に命令すると、二人の兵士が台座に置かれた水晶に両手を翳し、むむむ、と念を込めるかのように意識を傾けた。すると、水晶が一瞬ドクンと拍動したかと思えば、水晶はふわりと宙へ浮かび上がり、中に瞳のような模様が現れる。その瞳は私たちを舐め回すようにじろりと覗き込む。じろじろと気味の悪い視線が体の隅々までを覗き見ようと蠢き、四肢の一つ一つ、髪の一本一本だって逃そうとはしない。そんな水晶の瞳に嫌悪感を覚えるが、最終的にその視線は男子学生に向く形で落ち着いた。


「では、そちらの方から」


 選ばれたという意味なのか、彼を前に出るよう促すリコリス。彼も私同様気味悪がっているのか、少し顔を引き攣らせながらも前に上がっていった。


「本来ならば手本を見せるべきなのですが、生憎とお時間の方が差し迫っておいでです。早速ではございますが、どちらか片方のお手をこちらにお翳し下さい」

「こ、こうですか?」


 リコリス案内の下、彼は右の手を水晶に翳す。すると、突然水晶の輝きが増し、それは映し出された。



────────────────────────

Lv.1

名前:春日(かすが)真昼(まひる)

種族:人間(ニンゲン)

年齢:一七

性別:男性

恩寵(ブレス):<天照(アマテラス)


・<天照(アマテラス)

火・光系統と聖属性を自身の物理攻撃に付与する。

────────────────────────



 スクリーンが壁に映像を投影するかのように、宙に現れたそれは彼の情報を露としているようだった。


「これが、僕の……」


 映されたそれに目を釘づけにして彼は呟く。その視線は驚愕の中に大きな期待を孕んでおり、彼の中の少年をありありと感じさせるようだった。

 驚いた、まさかこのような高度な機械がこんな文明にあろうとは。外の様子を覗く限りでの文明レベルは中世から近世のヨーロッパとそう大差ない。にも関わらず、この国はたった一つの水晶玉によってこのように人の能力や年齢性別といった個人情報を暴き、公衆の面前に晒してのけた。しかも、どうやらこの情報は偽装のしようがない。万が一、魔王側からのスパイがやって来たとしても、さっとこの水晶を経由させるだけで暴く事が可能だろう。とても優秀な識別機器だ。

 しかし、だ。今はそれがとても不味い。今はまだ気配を消しているため問題ないが、順番が回ってくれば私もあれに手を翳さざるを得なくなってしまう。私に恩寵(ブレス)なぞという訳の分からないものがないのは明白。何せ、私は勇者でもなんでもないのだから。ならば、どうしてこの場を切り抜ける? この世界の情報を手に入れるため、この城からの支援を受けるためにも、手を翳して情報を開示する事だけは絶対に回避しなくてはならない。

 そうして必死に頭を回している間にも、着実に私の番は迫り来る。


「なるほど、氷系統に有効な火系統、闇系統に有効な光系統、魔属性に有効な聖属性を物理攻撃に乗せて放つ事のできる恩寵(ブレス)ですか」

「非常に強力ですね」

「特に、全ての魔物は魔属性を有しますから、聖属性を扱えるというのは魔物を相手取る上で大きなアドバンテージとなるでしょう」


 互いの相性を解説するリコリスの言葉に続き、魔法陣のあった部屋から着いてきていた神官たちがさらに詳しく分析して語る。

 勇者や魔王、恩寵(ブレス)や異世界召喚なんてものがあるのだから、この世界には他にも様々な魔法が存在するのだろう。リコリスの言う系統や属性というのは、恐らくそれに含有されるある特性の事を指すのではないだろうか。元の世界でもゲームなんかのフィクションではよく目にした覚えがある。

 この世界の基礎知識の一つが手に入ったのはとても有難いのだがしかし、依然としてこの危機が去っていないのは変わらない。もういっその事逃げてしまおうか? いや、リスクが大き過ぎる。しかし、かと言ってこの場に留まり続けるのもまた、リスクが大きい。一体、一体どうすればこの危機から脱却できる……。どうすれば……。

 春日真昼さんの能力を映し終えた水晶は再び私たち三人を丹念に見つめる。それはまるで私たちを選別するかのように隅から隅まで視線を回し、熟考しており外界に鈍い私にさえその悍ましい目線を肌に感じさせた。その視線に、一瞬の恐怖と共にふつふつと敵意が湧き上がる。これはまるで数年前の下校時、不審者と対峙した時のような。


「では、お次はそちらのお嬢様、こちらへ」


 そうして昔の怒りを思い出していると、ぴたりとその瞳は動きを止め、ポニーテールの女子学生に視線を定めた。彼女はリコリスに呼ばれるままに上段へと上がり、先の春日さんのように水晶へと手を翳す。



────────────────────────

Lv.1

名前:飛鳥(あすか)(まい)

種族:人間(ニンゲン)

年齢:一六

性別:女性

恩寵(ブレス):<狂喜乱舞(ディレンジメント)


・<狂喜乱舞(ディレンジメント)

相手を弱体化、錯乱させる。また、自身が成長しやすくなる。

────────────────────────



「相手の弱体化と成長補正、ですか。これはまた強い力を授かったようですね」

「そ、そうなんですか?」

「ええ、それはもう」


 どれ程の強さなのか今一伝わらない、とばかりに首を傾げる飛鳥舞に、強く頷くリコリス。それでも彼女は、確かめるように彼に問う。


「これがあれば魔王を倒せますか? 世界中の人を助けてあげられますか……?」

「はい、あなたが願えばきっと叶う事でしょう」


 不安げな彼女の問いに真正面から寄り添う彼。しかし、事実として彼女はそれだけの力を持った。彼女の願い通り、魔王を討ち取り、世界中の人々を救うだけの力を。そういう事なのだろう。

 しかし、成長補正か。恐らく、画面上部に記載されている “Lv.1” の文言、この部分の数値が上がりやすくなるという力なのだろう。魔法に属性に恩寵(ブレス)に、おまけにレベルまで。つくづくフィクションのような世界だ。この調子だと外敵と戦う方法なんかは剣や斧、弓矢といった原始的な武器が主で、銃などの火器は見かける事すらないだろう。

 水晶の中の瞳が閉じていくのに合わせ、映されていた飛鳥さんの情報が閉じられていく。彼女は自身の番が終わるのを察して春日さんの許へと歩む。次は一体どちらなのか、そう冷や冷やしつつも頭の中でどうにかこの状況を打開する一手はないものか、と思考を巡らせるが、現実は非情なり。私の明晰な頭脳はその事実を残酷に告げる。もう逃げるしかないのか? 本当に、本当にそうなのか? けれど、この人数相手に私一人でどこまでやれる? 城の中にはまだまだ兵はいるはずだ。例えここを凌いだとしても、次から次へと押し寄せるだけだろう。くそ、手詰まりか……。

 水晶の瞳が踊り出す。ぐるんぐるんと視線を揺らし、今度はどちらを選ぼうかと遊んでるようだった。しかし、今回はそう時間は掛からずそれは止まる。選ばれたのは、先程たくさんの暴言を吐いたギャル風の女子学生だ。


「……まじきもい」


 蔑むように水晶を覗き、そう吐き捨てる彼女。けれど、それ以上はあの水晶にこれといった興味を示す事なくスムーズに前に立った。


「どうぞ、こちらにお手を」

「ああ、大丈夫大丈夫、もう十分分かったから」


 案内をするリコリスを不機嫌そうな様子で適当に(あしら)い、さっと水晶玉に手を翳す彼女。何をそんなに苛立っているのかと疑問に思いつつ、私は映し出された情報に目を向けた。



────────────────────────

Lv.1

名前:元封(けんほう)月希(つき)

種族:人間(ニンゲン)

年齢:一六

性別:女性

恩寵(ブレス):<気分屋(パッショーネ)


・<気分屋(パッショーネ)

現在の心理状態に伴って自身に加護を与える。

────────────────────────



 <気分屋(パッショーネ)>、激情家の彼女にはとても相性の良い力のように思う。先に水晶に触れた二人も同じ事を考えているのだろう、考えている事が表情からも透けて見える。元封さんがきっと睨むように二人の方へ視線をやると、それを証明するかのように彼らは気まずそうにさっと視線を逸らした。勿論こちらにも睨みを利かせてきたので、先人のようにすぐさま視線を逸らす。彼女はちっ、と一つ舌打ちをすると、冷めた目つきで一言。


「ほら、最後あんたでしょ」


 私にそう呼び掛けた。

 結局何も思いつかなかったが、まあ良い。こちらに転移するに当たって、私一人で生きていけるようしっかりと念入りに準備をしたつもりなのだ。支援を逃してしまうのは少々痛いが、初めから期待していたものでもない。万一追い出されたとて、さしたる問題ではないだろう。私は悠々と上段に上がると、最早こいつを割ってしまおうかという気概で以て、中央に浮かぶ水晶玉に手のひらを翳した。

 私の個人情報を映し出そうと、水晶の瞳が一瞬光り輝く。この隙に先程兵士に預けた荷物を回収して逃げてしまおうと体勢を整えるも、それはある一つの音によって遮られる。


「「「ッッ!?!!」」」


 皆の注意を引いたその音、その正体とは、私の情報を投影しようとした水晶が真っ二つに割れ落ちてしまった際に生じた音だったのだ。

 何故、どうしてだ。確かに割ってやろうかとは考えたけれど、それは飽くまでも考えただけに過ぎない。実際にやった訳ではないのは自分が一番よく分かっている。しかし、事実として水晶は割れている。一体全体何がどうしてそうなった。不味い、皆の視線が私に集まっている。そりゃあそうだ、私が手を翳した途端に割れたのだから、私が真っ先に疑われるに決まっている。しかし、私はやっていない。どう疑いを晴らす? 取り敢えず弁解をせねば。


「わ、私はやっていません、この水晶玉が独りでに割れたのです!」


 この場にいる皆に聞こえるよう、声を張って主張する。我ながらとても胡散臭いが、事実なのだから仕方がない。しかし、返事がないな。見れば、誰も何も言おうとはしない。判断に迷っているのだろうか。

 恐らくは皆が皆、私を疑っていた訳ではないのだろう。突然の事に頭が追いついていないだけの者、心配の念を寄せる者、侵入者を疑う者などなど。けれど、私が声を上げてしまったばかりに、そういった者たちの意識を「誰がやったのか、こいつがやったのか」といったような方向にすり替えてしまったのだと思う。想定外の事が起きて迂闊な行動に出てしまったせいだ、反省しよう。


「う、嘘を吐くな……!」


 不意に、声が聞こえた。部屋の入口付近にいた兵士のものだ。彼のその批判の声が、皆の疑心を一挙に集める。それはたちまち部屋の隅々にまで波及して、私に疑念を抱いていた者共を一瞬にして虜にした。


「そうだ、嘘を吐くな! お前が割ったんだろ、正直に言え!」

「これが一体どれだけの価値があるのか、知っての狼藉か!?」

「初めからおかしいと思ってたんだ、こんな子供が勇者だなんて」


 そうして一度振り切ってしまえば、もう後戻りはできない。ある一人が私に対して手に持つ槍を向け出した。同調した他の者もそれに合わせて槍の穂先をこちらに向けてくる。


「何をしている! お前たち、今すぐそれを下ろしなさい!」


 険しい表情でリコリスが命令するが、しかし、彼らはそれを聞き入れようとはしない。


「ですが! 彼奴めはこの国にたった一つしかない心眼の水晶ブラウジング・クリスタルを破壊したのです! ただ手を翳しただけではこうはなりません、今すぐ犯人の子供を拿捕すべきだと考えます!」


 言っている事は正しいのだが、上司の命令が聞けないのは軍人として下の下の下。それに、私がこの混乱を招いたとはいえ、槍まで向けられてはこちらとしても黙ってはいられない。


「どうして私がそのような事をするとお思いになられるのですか。この世界に来て間もない私が、そのような事をする利点がどこにありましょう」


 彼ら兵士の苛立ちを肌に感じるが、それでも私は口を止めない。


「確かに私が手を翳した直後に割れてしまいました。故意ではございませんが、謝れと言われれば謝罪致します、ごめんなさい。ですが、こうして口汚く罵られ、槍まで向けられる謂れはないはずです」


 話の中で頭を下げつつ、それでも責め立てられる謂れはない、とそう強く主張を重ねる。しかし、やはりやってしまった以上後には引けないのか、黙れ、そう頭ごなしに私の弁を否定すると、先頭にいた兵士の一人は私へ向けて勢い良く槍を前へと突き出した。


「やめろ!」


 その声と共に透かさず割り込んだのは、本物の勇者、春日真昼さん。彼は体を張って突き出された槍から私を守ろうと、槍と私との間に割って入り、その体で受け止めた。ぐさりと槍が彼の体を貫くかと思えたのだが、意外や意外、突き出された槍がぽっきりと折れてしまった。どうやら勇者というのは、相当に屈強な肉体を有するらしい。


「何してるんですか! 寄って(たか)ってこんな小さな女の子一人に武器を向けるなんて、大人として恥ずかしくないんですか!」


 彼の言葉に兵士たちの動きが止まる。それに続き、飛鳥さんが私の許へと駆け寄り、大きく主張した。


「そうですよ! それに、言っちゃなんですけど、あの水晶玉一つ割ってしまっただけでしょう?! この子も謝ってますし、そんなに怒る事ないじゃないですか!」

「勇者様! その水晶玉は世界にも数える程しか存在しないとても貴重な品なのです! それを理解した上でのご発言を願いたい!」


 しかし、半分血走った様子の彼らに反論を受けてしまう。確かに高い価値を誇る物であったようではあるが、しかし、今まで勇者とされていたはずの私への態度としてはあまりにも酷い。大臣であるリコリスの言も耳に入らないようであるし、一体何が彼らをそうさせるのか。

 この場をどう収めるべきか……いや、収めずとも、このまま全責任を負って逃亡するのも手か。先も最早逃げるつもりで手を翳していたのだし。まあ、その場合、荷物の回収が少々手間ではあるものの、問題の内ではない。面倒なのは、先程までの弁を自ら引っくり返す点だが、それも逃げてしまえば最早関係のない事だ。この場所で受けられたはずの支援だけが口惜しいが、そうこう言っていられる場合でもないようだし、さっさとお(いとま)させて頂こう。

 この場からの脱出を図るべく、兵士たちの包囲網を突破可能な逃走ルートを探っていると、後ろの方から私を庇う声が聞こえてきた。元封さんだ。


(あーし)としてはなんでもいいんだけどさぁ……お兄さんら、ちょっと怒り過ぎじゃね?」


 歩を進めながら、彼女は泰然と続けた。


「こいつの言い草がむかつくのは分かるけどさ、勇者だなんだって言ってた癖してただ物壊したからって手のひらくるっくるなのは流石にちょっときもいよ」


 彼女は私たちの前に立つと、何よりさ、そう言って臆する事なくさらに言葉を並べた。


「時間ないっつってたの聞いてなかった訳? おっさんが気にしてないっぽいのにあんたら自身で問題にしてちゃ世話ないっしょ。そこんとこどうする訳?」


 リコリスの方へと目配せをしながら彼女は言う。彼女の述べる論は彼ら兵士たちの心に深く突き刺さったようで、それによりようやく自身の行動を客観視できてきたのか、一人が構えていた槍を床に降ろした。それを皮切りに、こちらに槍を向けていた兵士の皆が武器を降ろしていく。全く、初めからそうしていれば良いものを。そう言いたげに頭を軽く指先で押さえるリコリス。


「沙汰は追って報せる。今はもう全員下がっていなさい」

「「「……は!」」」


 彼の言葉にようやく反応する兵士たち。彼らは部屋を出る前、私に「申し訳ございませんでした」と一礼してからどこかへと行ってしまった。不服そうな者も何名かいたが、どうでも良いな。


「部下がとんだ非礼を。このお詫びは後程。春日様にも」

「僕は大丈夫ですよ。勇者になったお蔭か、全く痛くもありませんでしたから」


 兵士が全員退室すると、彼がそう謝辞を述べる。しかし、彼に重く受け取らせないためか、陽気に返す春日さん。良かった、そう胸を撫で下ろすリコリスに、私も私で謝罪する。


「頭をお上げ下さい。元はと言えば、私が水晶玉を割ってしまったのがいけないのです。こちらこそ、どうお詫びをすれば……」


 深々と頭を下げる彼に頭を上げるよう促し、流れるままに詫びの気持ちを伝える。要求されるのは物か労働か。貴重な品だという話だし、厳しめの要求だったとしても甘んじて受けるべき、か。そう内心覚悟を決めていると、彼はこのような提案をしてきた。


「でしたら、是非お名前とご年齢を教えて頂きたく存じます」

「そんな事でよろしいのですか?」

心眼の水晶ブラウジング・クリスタルが無くなってしまったため、そんな事でも非常に有難いのです」


 驚きのあまりに「そんな事で」と口走るが、彼は笑顔をそこに携えたまま、そう肯定の意を口にした。そんなこんなで、私は自己紹介をする運びとなった。


「では、僭越ながら名乗らせて頂きます。私は霧矢冴智、一〇歳。この春より小学五年生になります」


 ひらりと舞うように腰を曲げ、自身の名を名乗る。亡き両親(ふたり)にもらった大切な名前だ、二人に恥じないよう、一歩一歩しっかりと踏み締めながら生きなくてはならない。彼に名乗った事でそれを強く思い出し、私は内にあったその想いをさらに固く誓った。


「霧矢様、ですね。承知致しました」


 私の名乗りに、彼はよく覚えた、とでも言うようにそう相槌を打つ。すると、今度はこの場にいる皆に向けて進行の合図を送った。


「では皆様、これより我が国の王とのご対面に参りますが、準備の程は如何でしょう?」


 その呼び掛けに対し、皆一様に問題ない旨を伝える。


「そうしましたら、これより謁見の間までご案内致します。国王陛下からはいくつか質問を受けるものと存じますが、いずれも当たり障りのないものと聞き及んでおりますので、どうぞ肩の力を抜いてご歓談下さい」


 そう言うと、最後につけ足すように「それではご案内致します」と言ってこの部屋を出る。私たちもそれに続いてこの第一会議室を後にした。


 道中、先程までの事を振り返る。どうしてあの水晶玉は割れてしまったのか、と。普通に考えて、私が割ってしまったのだろう。しかし、私は手を翳しただけ。何か、他の三人とは違う要素があったのだろうか。もしそうなのだとすれば、それは神呪(スペル)の有無なのではないだろうか。こんな力、持っている者などそうそういるまい。理由は不明だが、私が神呪(スペル)を有していたがためにあの水晶玉は割れてしまった。一応、辻褄自体は合う。しかし、だとすれば何故だ。先程映された三人の情報に、神呪(スペル)の有無に関する項目は存在しなかった。という事は、神呪(スペル)の有無に関しては参照していないはずなのだが、あれは恐らく私の<次元跳躍(ワークスコネクト)>に反応して自壊している。それとも、私の神呪(スペル)ではなく、恩寵(ブレス)に反応しているのか? 神呪(スペル)があったから壊れたのではなく、恩寵(ブレス)がなかったから壊れた。こちらはこちらで十分に辻褄は合う。いや、しかし、だとすればあれの使い道はそうない。兵士たちがあれ程までに怒る理由に説明がつかないというもの。それに、私に槍を向けた兵士の一人がこう言っていた。


「ただ手を翳しただけではこうはなりません!」


 彼がそう判断した理由があるとするならば、それは勇者以外にも使用されていた場面に立ち会っていた事に他ならない。それならば、やはり恩寵(ブレス)の有無は関係なく、神呪(スペル)に反応したという線が濃厚と考えられる。

 そうして推測を繰り返していると、突然前方から声が掛かる。


「どうしたの、いきなり立ち止まって?」


 飛鳥さんだ。どうやら、思考に夢中で歩く足が止まっていたらしい。


「いえ、なんでも」


 いけないいけない、先程から悪目立ちが過ぎるぞ、霧矢冴智。逃げる時に困るのは自分だという事を忘れるな。そう自戒して、私は駆け足で進む彼らの後ろに着いていった。


「到着致しました。こちらが謁見の間入口となります」


 そうして案内されたのは、とても大きく荘厳な装飾の施された、絢爛豪華な扉の前だった。両脇には兵士が二人ついており、その(いかめ)しさに拍車を掛けている。

 こんこんこん、リコリスが手の甲で三度扉を叩く。入れ、扉の向こうから重々しくそんな声が聞こえた。その声に応えるようにリコリスが彼らに扉を開けるよう命令すれば、重く固そうなその扉がゆっくりと開かれていく。扉の隙間から光が漏れ出す。カーテンから零れるそれは優しく私の瞼を照らし、静かに視界を遮った。

 先陣を切るように、リコリスはゆっくりと室に入る。それに続き、春日さん、飛鳥さん、元封さんと次いで私が入室した。室内には扉にも見劣りしないくらいの豪奢な造りが施されており、幾人かのしっかりめの服を着た男たちが脇や奥に立っていた。その中でも一際目を引くのは、奥の玉座に堂々と座す、還暦程の白髪混じりの男性の姿。彼がこの国の王なのだろう。


「陛下、この度は謁見の場を設けて頂き、恐悦至極に存じます」

「おお、ラジアータ大臣よ、そう堅苦しく申すでない。して、例の儀式は成功したのか?」


 歩を進め、膝を着くリコリスへ向けて王が問う。はい、見事成功致しました。リコリスが答える。すると、王はにやりと嬉しげに笑みを浮かべて、では、そうこちらに視線を向けた。


「ええ、彼らが召喚に応じて下さった勇者様方です」


 おお! 室内にいた幾人かの者たちが歓喜を露とする。


「よくぞ我が意に応えてくれた。儂はこのアルガント王国国王、オルズ・アルガント。その方ら、名をなんと申す?」


 王は感謝の意を示しては名乗り、続けて厳かな声音で私たちに名を訊ねた。それにあたふたした様子の私たちを見兼ねたのか、リコリスが謁見初心者の私たちを導くようにして応対してみせる。


「右から、春日真昼様、飛鳥舞様、元封月希様、霧矢冴智様になります」


 彼が横に避けつつ皆の名前を伝えれば、ここまでお膳立てされて黙ってはおけない、とでも言うように春日さんが跪いた。


「ご紹介に預かりました、春日真昼です。縁あってこの度勇者となりました。以後、よろしくお願いします」


 続き、飛鳥さんと元封さんも自己紹介をする。


「同じく飛鳥舞です。よろしくお願いします」

「同じく元封月希、よろ〜」


 勇者でもないのにここで名乗っても良いものか、と一瞬躊躇するが、勇者として振る舞うのならばそれとそう大差ない。彼女たちに続いて私も最後に彼へと名乗った。


「霧矢冴智。よろしくお願いします」


 三人の一斉に跪き、かつんと膝を打つ音が室を叩く。うむ、王はそう満足げに頷くと、私たちを鼓舞するようにこう言い放った。


「諸君、此度の召喚に応じてくれた事、誠に感謝する。諸君らはこれより、戦闘の基礎などについてこの城で学び、その後に各地の鎮静化も兼ねた魔王討伐の旅に出る事となる。各国の要請に伴い、危険な土地に派遣される事もあるだろう。無論、我が国としては資金や人材など、戦闘訓練以外にも最大限の支援を約束するが、それでも、とても過酷な旅になる事が予想される。その上で、答えてくれ。それでも、諸君らは我々に手を貸してくれるか?」


 固唾を飲むようなその問いに、私たち四人は思い思いに口にする。けれど、結局のところは皆同じ意見であるようだった。


「はい、勿論です!」

「困っている人を助けるのは当たり前ですから」

「仕方ないよね、帰るためだし」

「勇者ですから、当然です」


 そう、 “勇者” であるうちは、私はその当然に従うまでだ。


「そうか。では、勇者の皆々方よ、今この時を以て我らが命運はお前たちに託した! どんな望みでも叶えてやる、絶対にその手に勝利を収めるのだ!」


 その言葉に、ぴくりと耳を動かす者がいた。元封さんだ。


「……どんな、望みも?」

「ああ、そうだ。どのような褒美もくれてやろう」


 彼女は問い直したその返答に、瞳を爛々と輝かせては燃え上がるようにその気力を漲らせた。


「やった〜! そういう事なら絶対に魔王ぶっ倒してくっから! 待ってて、王様!」

「うむ。では、諸君らの健闘を祈る!」


 その言葉を最後に、アルガント王との謁見は幕を閉じた。

修正 2021/09/30

禁呪(カース)に関して加筆修正

修正 2021/10/01

原点回帰(アタヴィズム)>の権能<能力簒奪>に効果を追加

ステータスの腕力の説明文の誤った表記を修正

修正 2021/10/03

マップのエリアの範囲を拡大

修正 2021/10/20

国王の自己紹介を追加

修正 2021/10/21

霧矢冴智のステータスに「服」を追加

次元跳躍(ワークスコネクト)>の権能<無限収納(ストレージ)>に効果を追加

スキルポイントの説明をより詳細化

修正 2021/10/26

創造者を創造主に変更

修正 2022/01/26

大図書館(ノーレッジ)>><鑑定>の意味の分からない効果を削除

修正 2022/02/18

脱字修正

変更 2022/02/21

次元跳躍(ワークスコネクト)Lv.2>解放時のアナウンスの[・ゲートの召喚]を[・空間と空間を繋ぐ門の召喚]に変更

次元跳躍(ワークスコネクト)>の説明文に<次元適応>を追加

修正 2022/04/03

誤字修正

修正 2022/04/07

主人公にスキルを追加

修正 2022/04/09

神呪(スペル)の説明を修正

修正 2022/04/15

詳細画面(ステータス)の装備:ククリナイフに等級・階級を追加

詳細画面(ステータス)神呪(スペル):<未解放>を神呪(スペル):<未解放(ロック)>に修正

修正 2022/05/07

ククリナイフの詳細画面(ステータス)に『分類:ナイフ』を追加

修正 2022/05/11

文章の一部修正

神呪(スペル)説明文の一部修正

修正 2022/05/27

文章の一部修正

修正 2022/05/28

誤字修正

修正 2022/06/05

ククリの詳細画面(ステータス)の修正

神呪(スペル)詳細画面(ステータス)の修正

修正 2022/06/30

次元跳躍(ワークスコネクト)>><テレポート>の説明文の修正

修正 2022/07/01

レベル上限の明記

修正 2022/07/24

誤字修正

修正 2022/10/30

文章の一部修正

修正 2022/11/03

誤字修正

修正 2022/11/03

誤字修正

修正 2022/11/10

主人公の詳細画面(ステータス)の“装備:ククリ(無銘)”を“装備:SUS製のククリ(無銘)”に修正

修正 2022/12/21

誤字修正

修正 2023/04/18

誤字修正

文章の一部修正

詳細画面(ステータス)の一部修正

神呪(スペル)の解説の一部修正

修正 2025/01/16

本文の大幅修正

修正 2025/01/16

誤字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ