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救出という名の──  作者: 五月雨
序章 -彼は誰編-
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第一話 誕生

 ここはどこ? 私は誰? 周りのこれは、何?

 微睡む意識の中、自問自答を繰り返す。ここがどこかなんて分からない。私は私。周りにあるこれが何なのかも分からない。現時点で分かっているのは、私は私である、ただそれだけ。

 ゆっくりと開かれた(まなこ)に映るのは、一寸先さえ見通せない黒の海。腕や足を動かしてみようにも、周囲にある何かが邪魔をして自由には動かせない。そんな状態で必死に伸ばした指先が、壁のような何かに触れる。その感触のあまりの気持ち悪さに、思わず背筋を仰け反らせてしまったのは内緒だ。

 そして、それと同時に私はある事に気がついた。どこかから、全身を震わす程の大きな音が響いている。果たして、それはなんの音なのだろうか。それを探るうちに、次第に私の意識は黒く塗り潰されていった。

 瞼を閉じる。それに倣うようにして、私は再び思考を閉ざした。



 ◇◇◇



 あれ、何かが流れていく。どうしてだろう。

 周囲にあった生暖かさがある一方へと徐々に移動していく様を見て、そんな疑問を頭に浮かべる。その疑問を解消するためか、或いは本能か、どちらにしろ私はその流れに身を委ねた。

 前後左右どころか、上下からも多大な圧力を感じながら、なんとか流れの先に進む。そうして聞こえてきたのは、今まで聞いていた腹の底から響かせるような音ではなく、耳を劈くような激しい音だった。

 次第に黒は、赤へと変わっていった。



 ◇◇◇



 どれだけの時間が経ったろう。

 私は流れに身を委ねた後、そこに出た。やけに明るく、明かりが私や赤を照らしている。ぼんやりとだけ見えるそれは、今まで黒しか見る事のできなかった私に大きな刺激を齎した。

 黒、赤と続いて、今度は青が私の視界を埋め尽くした。一面の青。所々に別の色が混じってはいるけれど、やはり大部分は青で構成されている。その青は、顔を出した私に触れると、今までの長い間私を包んでいた何かに似た、揺らめいたものに私を浸けた。

 私の肌に付着していた赤が、その揺らめきに溶け出していく。青が私から延びる長物を切り離した辺りで私は意識を投げ出した。


 目が覚めた時、私は今までいたところなんか比じゃないくらい、大きくて広い場所にいた。いきなりそんな場所に放り出されたものだから、私は目を白黒とさせる。けれども、押し寄せるこの不安を拭うため、周囲へと意識を向けた。

 ぼんやりと歪む視界の中、努めて目を凝らす。そんな私の目に真っ先に入ってきたのは、私と同じように寝そべらせた状態で陳列させられた動く肌色。その姿は皆一様にぷにっとした印象を与えてくれる。そして、そんな私たちのいるこの場所のすぐ目の前にいるのは、白や赤、青や黒など様々な色の動く物体。我が物顔で往来する者や物珍しげにこちらを覗く者が辺りを埋め尽くしていた。

 不意に甲高い音がこの場に響き渡る。それに感化されたかのように、この場所に陳列させられている肌色は続々と甲高い音を発生させていった。辺りが騒音に支配される。しかし、それ以外で特に何かが起きるといった事もなく。私は退屈に身を窶す思いで時間を浪費していった。



 ◇◇◇



 あれから幾許かの時が経った。これといって取り上げるような事でもないかも知れないけれど、その間にあったちょっとした出来事を紹介しよう。

 まず一つ。私のいるこの大きく広い場所に、上の方の一部分が黒く、その他の部分は白い奇妙な物体が一定の間隔で訪れるのだ。その奇妙な者たちは、この場に陳列させられている肌色や私をどこかへと運んでは、どこかで聞いた事のあるような音を羅列して仲間との意思疎通を図り、私たちを除け者にする。その後は何故か、私は決まって意識を閉ざしてしまっていた。

 次に、あった事二つ目。柔らかく透明な筒と繋がっている鈍く輝く鋭い物が、私の横側にあるぷっくりとした肌色に突き刺された。すれば、途端に意識は揺らめいて。私はその感覚と共に私を襲う刺激に強い本能的な恐怖を抱いた。ぼやけた視界の中で、赤黒い何か得体の知れないものが透明な筒の中をゆっくりと伝っている様子が目に入る。とうとうそれは限界を迎え、私は意識を手放した。

 最後に、三つ目。そこから意識を取り戻した私は、体の奥で響き続けるどくどくという激しい振動に揺られ、二つ目の出来事を想起してしまい、陳列された肌色の群れのように甲高い音を発した。その時、私の周りにいるその肌色の群れはもしかしたら全て私自身なのではないか、なんて根拠のない不安を抱き、それでも自分では何も変える事ができない事実に思い至り、次第に恐怖に侵食されていく感覚を覚えた。今では、自分の意思で動かせないあの肌色たちは私ではないとはっきりと分かる。それくらいまでには回復した。

 以上がこの退屈な場所であった、ちょっとした出来事の全てだ。改めてこうして見てみると、中々に意味の分からない事ばかりで頭が混乱してしまいそうだ。

 そうして記憶の整理をし終えた私の許へ、いつの間にかここに姿を現していた白が顔を覗かせ、自身の仲間たちと意思疎通を図るかのように音を発した。


「これからパパとママのとこに行くからね」


 音の意味なんて理解できる訳もないのに私にそう語り掛けて、白はここに寝そべる私を持ち上げ、そのままどこかへと移動した。


「お待たせ致しました。改めてご出産とご退院、おめでとうございます」

「本当にお世話になりました」


 私を抱いたまま移動したこの白は、様々な色の往来するこの場で突如として立ち止まり、目の前の橙色や青など定まらない複数の色の、二つの物体へと音を鳴らした。それに対し、その複数色の二つの物体も受け答えるようにして音を発する。


「こちらがお子さんです」


 そして手渡される私。複数色の内の片方が受け取り、私はそのままその二つの物体に連れていかれる事となった。

 透き通る板の間を抜ければ、斑に白の敷かれた青い天井が幕を開く。床は白橡色から青みのある濃い灰色へと変貌し、温かさと共に冷たい印象を私に与えた。そこに肌色たちのように規律正しく陳列された、複数様々な色や形を持った物体。すぐ傍ではそれらが二列で並び、双列反対方向へと闊歩している様子が見て取れた。内側には私を抱えている複数色の物体と同じ物体らが潜んでいる。どうやら、この様々な色や形を持った物体は移動のための代物であるようだ。そして、私を抱える物体たちの進む方向から考えて、それに身を潜めて私たちも移動するのだろうと推測できる。

 その推測を肯定するかのように、私を抱えた二つの物体は並べられた様々な色や形の物体の内の一つを選び、その中に悠々と入り込んだ。


「赤ちゃん乗せて運転とか初めてで、うぅ……緊張してきた……」

「尚君ってば緊張し過ぎ」


 物体たちは音や、物体上部表面の凹凸などで意思の疎通を行っているようだ。音による意思表明は私には伝わらないが、物体上部の表面にある凹凸での意思表明は不思議と大まかには理解できる。どう形容すればいいのだろうか、この感覚は。


 この様々な色や形をしていた物体の内の一つの中で揺られに揺られる。幾度か停止や発進、曲折を繰り返していると、突然後方へと下がり始めた。なんだなんだ、と焦燥を募らせるも、それは十数秒後には終わりを告げた。

 この物体が進み始める直前に二つの物体が自身に巻きつけていた薄く長い灰色を取り外すと、その二つの物体は私を抱えたまま物体の中から外へと出る。目の前には、始めに私がいた場所とは大きさも形も全然違う、それでも大きな物体。周囲にも同じような物体が並んでいるが、移動に使ったあれと同じく色や形がそれぞれ違う。

 これも移動に使えるのだろうか、などと思考するも、どうやらそれは違ったみたい。黄橡色の板に取りつけられた突起に手を掛け、私を抱えていない方の物体がそれを引っ張る。すると、それはがちゃりと音を立てて巨大な物体の内側とこことを繋いでみせた。


「ただいま〜」

「はい、ただいま」


 ここへ入るや否や、二つの物体は同じ音を発する。何かの規則なのだろうか。そんな私には目もくれず、物体らは最下部の色を剥ぎ取った。それが取り外し可能であると知らなかった私は、つい驚いてそのまま体を硬直させてしまった。

 その後、二つの物体は凹凸を上がり込むと、輪郭に溝が見える謎の小さな板を軽く押し込む。すれば、空間一帯が天井から白い光で照らされた。どうやら、この小さな板はこの灯りの有無を定めるために必要な物体であるようだ。そう分析すると同時、私はその光の強さに耐え切れず、ぐぬぬと目を細めた。眩しさにけれども見覚えがある気がしてしまうのはどうしてだろう。

 私を抱えている物体は、始めに私がそうされたようにふわふわとした床の、四角の枠の中へと寝転がらせる。そして、二つの物体はそのままどこか私の見えないところへと消えていってしまった。

 無性に湧き出る不安感。沸き立つ情動。胸の内に響く音色がその速さを増す。迫りくる恐怖。溢るる涙。もうこの感情の波は止まらない。


「ぁ……ぅ……あああぁぁああああ!!!!」


 自分の意思とは関係がなかったのか、それともこの恐怖や不安といった感情を払拭するためだったのか。それは私には分からない。けれど、はっきりとした事実。私は大きく、ただひたすらに大きく、必死に音で自分を満たしていた。


「どうしたんですか?」


 慌てて戻ってきた様子の物体が、他の物体と意思疎通を図る際とはまた違った音色で私へと語り掛ける。そのまま胸へと抱えられ、その温もりを一身に受ける。途端に私は安心感を覚え、もう音で満たす必要はないと感じたのか、その衝動は治まりを見せた。

 瞬間、ぴたりと音が止む。私を抱えた物体は呆気に取られたように硬直し、その揺れも呼応するようにぴたりと収まった。


「もう、この子ったら」


 ふふっ苦笑し、その物体は再度私を揺らし始める。そのリズムは先程よりもゆったりとしており、どこか落ち着く印象を私に与える。思考力の低下を自覚しつつも必死に瞼を開くが、抵抗虚しく私は眠りに就いた。



 ◇◇◇



 ぴくり。体が独りでに動き、それに気がついて目が覚める。くねくねとした凹凸の隙間から透明な板越しに外を見やれば、随分と暗くなっているのが分かった。どうして暗いのか。そんな疑問を解消させるには私の知識は足りず、どうにももやもやする。

 じゅわじゅわ、かたんかたん、かちゃかちゃ、ざわざわ。今まで聞いた事のない音が私の耳を劈く。音の鳴る方へ視線を流すも、私の視界の外から鳴る音のようで全く見る事ができない。

 過度のストレスに叫び出す寸前の私。そこへ追い討ちを掛けるようにさらに音が重なる。そちらへと視線をやれば、私を抱える事のなかった方の物体が何やら薄い板に映る色とりどりの景色を眺めている様子が目に入る。そこでは、私が白い物体からこの物体らに受け渡された場所に往来していたものたちと同じいくつもの物体が、勢いや音色を巧みに使い分けて意思疎通をしている。どうやら、私を抱えなかった方の物体はこの景色を見て楽しんでいるようだ。現に、その最上部の凹凸からはそういった軽い感情を感じている。

 抱えなかった方の物体は、はははといった低く抜けるような印象の音を奏でる。いつの間にか、じゅわじゅわだったりかちゃかちゃだったりといった騒音は止んでおり、突然私の視界に現れた白く丸い、薄っぺらな板を持った私を抱えていた物体も、それに続くようにはははと奏でた。

 こちらも抜けるような印象なのは変わらずだが、音が細いという印象も見受けられる。どうして違うのだろうか。私も違うのだろうか。疑問が尽きない。取り敢えず、まずは自分でも試して確認してみようという結論に至った。

 ……。結果から言うと、私の場合は「ははは」というよりも「きゃははっ」と表現する方が近いような音になった。音の高低にしても、二つの物体よりも幾許か高く細い。どうしてそうなるのか。新たに疑問が募る。

 知りたい。どうすれば知れる? どうすれば分かる? 思考に思考を重ね、結き、束ね、巡らせる。解明したい。尽きない謎に疑問をこの手で、この目で、この頭で。だったら、この音の示す意味をまずは理解しないと。何も分からないままじゃ、きっと何もできないから。そして、可能ならば二つの物体にこの音の違いの理由を聞いてみよう。うん、それがいい。

2021/07/09

この()では主人公は言葉を知らないため、主人公の思考を無理矢理言語化したような形になります。ですので、本文のみですと相当に伝わり難いかと存じますが、何卒ご了承下さい。


修正 2022/04/02

文章の一部修正

誤字修正

修正 2022/10/29

誤字修正

修正 2023/10/25

本文の大幅修正

修正 2025/03/12

誤字修正

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