その想いは360秒のメッセージに込められている
差出人不明のUSBメモリーがあたしの元に郵送で届いたのは、あたしがまだマンハッタンに在住していた時期で、『新しい就職先』から採用の告知が来る二週間前のことだった。
『やぁ、久しぶりだねハイネ。キミとこうやって話すのは《みんな》で【児童福祉施設】を出て以来になるかな?』
同封されていた暗号文を解読してメモリー内に保存されていた360秒の動画をPCで再生すると──そこに映っていたのは、お姫様みたいな純白のドレスを着た一人の女の子だった。
黒髪のショートカットに林檎みたいに真っ赤な瞳。雪みたいに白い肌をした同い年くらいの女の子。見た目からしても間違いなくこの子は『あの子』だ。
同封されていた暗号文の内容で差出人が身内の誰かなのは分かっていた。
それに、あたしを『ハイネ』って呼ぶのはネバーランドのみんなだけだから。
『ハイネの活躍はボクの耳にも届いているよ。あの『泣き虫』が今は末席とはいえ、三大組織の一角である『企業連合』の諜報員になっているんだから。ホント、世の中は何が起こるか分からないね』
流れていた映像はあの子らしい気さくで友好的な喋り方だった。
一瞬だけ昔を懐かしんで感傷に浸っている自分がいた。
ただ、話している内容が秘匿情報ばかりなのが気になって、その感情はすぐに頭の中から霧散した。
『さて、あまり時間がないから単刀直入に要件を伝えるよ。ハイネが企業連合の命令で正義の天秤に潜入する二重諜報員だという情報をボクはもう既に知っているんだ』
ドクン、と心臓が跳ね上がった。
どうして、その事をこの子が知っているのだろう。
情報漏洩? 外部からのハッキング? 駄目だ、疑い出したらキリがない。
『ああ、ごめんごめん。話す順番が逆だったかな? ボクの近状を話す方が先だったね。えっと、自分で言うのも何だけど、ボクは業界で『白雪姫』って通り名で呼ばれている凄腕の諜報員なんだ』
白雪姫。
その名前は知っている。企業連合の殺害対象の中でもSS級に指定されている要注意人物の一人だ。
各国の首脳や名だたる犯罪組織の幹部ですらA級なのに、あの子はこの数年間で一体何をやったのだろう。
『ふふん。今のボクって結構凄いんだよ? えっへん!』
真面目展開に唐突なドヤ顔をぶっ込まれて、あたしはちょっとだけイラッとした。
腹立つ、PCの電源落としてやろうかしら。
『そんな、いつ死ぬか分からない役職のボクだから、ボクはハイネと取引が……ううん『お願い』をしたいんだ』
お願い。
その一言が耳に入り、あたしは電源を落とすのを止めた。
──まぁ、あの子とは昔のよしみだし? 話だけでも聞いてあげよっかな?
そう思ってあたしは残りの動画を最後まで見た。
動画の後半はある一人の男の子との生活を切り取った記録映像だった。
『スノウ、今夜は何が食べたい? たまには林檎以外の食べ物もちゃんと食えよ?』
そう言ってあの子に話しかけている彼の姿は黒髪のアジア系の顔立ちで、あたし達よりも背の高い同い年くらいの男の子だった。
『待て、落ち着けスノウ。確かに冷蔵庫にあったプリンを勝手に食ったのは悪いと思っている。誠心誠意で謝罪する。だから、その物騒な物を今すぐしま──ギャー!」
映像に映っている彼は心の底からあの子との生活を楽しんでいる様子だった。
『よし、スノウ。筋力トレーニングは良いとして、俺が上半身裸になる理由を説明してもらおうか? 何? 上に乗るから四つん這いになれ? 流石にそれは……分かった、分かったからそのロウソクと鞭を仕舞え。お前は俺の何を調教するつもりなんだ!?』
あの子も彼も、まるで恋人同士の様に仲睦まじい関係に──見えないわね、これだと。
『映像で見てもらった彼の名前は蒼井翔太郎。何を隠そう翔太郎は日本で拾ったボクの犬──相棒なんだ』
今、サラッと自分の相棒を犬って言ったわね。この子。
『ボクのお願いは一つだけだ。ボクが何らかの理由で殉職、ないし行方不明になった時はハイネがボクの代わりに翔太郎の面倒を見てあげて欲しいんだ。ほら、可愛がってる犬──相棒が寂しい思いをしたらハイネだって後味が悪いだろ?』
だから、交換条件に二重諜報員の件は組織には秘密にしてあげる。画面越しのあの子は照れ臭そうにそう言った。
『きっとハイネも翔太郎の事を気にいると思うよ? それに『正義の天秤』の諜報員として翔太郎と行動していればいずれハイネの『目的』にも会えると思うから』
この動画を撮影した日時が去年の十二月二十二日で件の『世界樹攻略作戦』の二日前だと気付いたのは、あたしが正義の天秤に就職した後で日本に出発する事が決まった五月二十日の朝だった。
『じゃあ、翔太郎のことをお願いね? 言っておくけど翔太郎を蔑ろにしたらハイネでも許さないからね?』
最後にそんな愛のあるセリフを残して動画はプツリと終わる──はずだった。
『最後にもう一つだけ。もしもボクがボクじゃなくなって翔太郎を傷付ける様なことがあれば──その時は迷わずにボクを殺してね』
ある意味でそれはあの子が既に死んでいることよりもタチが悪く笑えない冗談よりも最悪なシナリオなのかもしれない。
どうやら、あの子は作戦前の段階で事前にそうなる事を予見していたらしい。
用意周到というか、腹黒いというか。あの子らしい手際の良さと未来予測だった。
いいわ。不本意だけど、その話に乗ってあげる。
あの子にお願いされた以上は義理を果たすべきよね。一人の友達として。
『……えっと。一応念のために訊くけど、あんたが『蒼井翔太郎』で間違いない……よね?』
高校に転入していざ御本人に会いに来てみれば、あたしの『新しい相棒』は映像とはまるで違って、無表情で愛想がなくて、雨に濡れた子犬の様な弱々しい存在感で、もう見るに堪えない有様だった。
正直言ってムカついた。「何をしょぼくれているんだ、しっかりしろ!」って、その時は思った。
でも、実際に彼、蒼井と話してみてコイツもあたしと同じ『寂しがり屋』なんだと思えた。
今日になってなんとなくだけど、あの子が蒼井を可愛がる気持ちが少しだけ分かった気がする。
分かった気がするけど──。
なんなんだろう、この気持ちは?
ただ男の腰に手を回してバイクの二人乗りをしてるだけなのに、こんなに胸がドキドキするのは……なんなのよ! マジで!




