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そのコードネームは嫌いなんだ

 固い床で寝たせいか変な夢を見てしまった。


「……やっぱり、あんたは間抜けね」


 頭上から声をかけられて目を覚ませば──視線の先には男物の黒いパーカーを着た美少女の『生足』があった。

 

「…………」

 なんということだ。

 数年にわたる海外生活で語学力はそれなりに身に付けているつもりだったが──これほど自分の語彙力ボキャブラリーの乏しさを痛感した事が未だかつてあっただろうか。

 答えは否だ。

 いや、それでも俺はこの光景を描写せねばならないのだろう。

 異性の生足に思わず欲情してしまった者の責任として。

 では描写しよう。

 その餅のような色白の──以下略。


 簡潔に言うとぶかぶかのパーカーの下から垣間見える淡い水色の下着パンツを眺めながら彼女の美脚めいた生足で色々なところを踏まれたいと思った。


「いつまで寝てるつもり? もう七時過ぎてるんだけど!?」


 そんな事を言われてバッと被っている毛布を剥ぎ取られた。


 身体を起こして声のする方へ顔を向ければ、そこには呆れた様子の半目開きでジトーっと俺を見詰める碧眼があった。


「……サンドリヨン、君は本当に優しいな。そんなベタな起こし方をするのは隣に住んでいる『幼なじみ』くらいだと思うが」

「いや、誰が幼なじみよ」

「女の君には理解できないだろうが甲斐甲斐しい幼なじみに朝起こしてもらうというシチュエーションは男にとって夢の一つなんだ」

「そういうのいいから、早く顔を洗って歯を磨いてきなさいよ。もう時間ないんだからね?」

「サンドリヨン、ベタな台詞をありがとう。おかげで夢が一つ叶ったよ」

「あれ? おかしいな、お礼を言われてるはずなのに何も嬉しくないんだけど……」


 納得しかねた様子のサンドリヨン。やはり女子に男の浪漫ロマンは理解できないらしい。


「身支度すませたら朝食にするから──って、何ナチュラルに服脱いでんの!?」

「いや、ただの着替えなんだが」

「そういうのはあたしの見えない場所でやってよ! ほんとデリカシーの無い男ね!」


 プンスカと顔を赤らめて怒るサンドリヨン。怒り方が妙に子供っぽいのは何故だろうか。


「そうか、それはすまなかった。前の相棒は気にする素振りが一切なかったから、少しばかり感覚が麻痺していたみたいだ」

「それはそれで何か悲しいわね……。マジで異性として見られてなかったんだ」

「ああ、変に意識していたのは俺だけだったよ」


 やはり、俺とスノウの『関係』はただのビジネスパートナーだったのだろうか。


「んー、あの子って昔から神経が図太かったからなぁ。無頓着っていうか、細かい事は気にしないっていうか……性格が女の子らしく無いっていうか」

「言いたい事は分かるよ。アイツが女らしいのは見た目だけだ」


 どうやらサンドリヨンも過去にあの腹黒サディスト相手に色々と迷惑を被っているらしい。


 被害者の会を結成したら話が盛り上がりそうだ。


「神経の太さで言えば君も中々だと思うけどな。任務の為とはいえ男の家に宿泊するその『忍耐力』は大したものだと思うよ」

「その言い方だと褒められている感じがしないんだけど?」

「いや、君は我慢強いよ。任務で仕方がないとはいえ寝巻きの代わりに男の服を着てあまつさえ男のベッドで寝るんだから。年頃の女子はそういうの嫌だろ?」

「…………っ」


 何を思ったのか急にモジモジと身悶えを始めるサンドリヨン。


「ち、違うの! 昨日はたまたま、そう、たまたま下着以外の服を持って来るのを忘れたってだけで……決して嫌々着たとかそーゆーのじゃなくて、えっと……その」


 サンドリヨンの目がぐるぐると回っている気がする。


「ベッドを使わせてくれたのは素直にありがたかったけど……気不味いというか、何か落ち着かなくて。おかげで全然寝れなくて五時起きで朝ごはん作ってたけど別に嫌々とかそーゆーんじゃなくて……って! 何言わせてんのよ! バカ!」

「ふむ、やはり嫌だったか。すまないな、こちらでも可能な限り君の要求には応えるから気兼ねなく言ってくれ」

「ええ、そうね! 男と一緒に暮らすことが想像の右斜め上過ぎてこれから先が不安だわ!」

「すまないな、もう暫くは我慢してくれ。こんなカップルの同棲みたいな生活は精神的に辛いよな」

「いいから! とりあえず朝ごはんにしましょ!」


 そんなことがあって数分後。

 お互いに身支度を終えて朝食の席に着くとテレビから朝のニュースが流れてきた。


『全米オリコンチャートの記録を塗り替える新星の歌姫、メイア・マーキュリーの最新MVが本日より情報公開されました』


 メイアという単語が耳に入り、食事中にも関わらず顔をテレビに向けてしまう。


「おっ、メイアじゃん。へぇー、新曲のMVかー」


 興味ありげな感じでテレビに視線を向けるサンドリヨン。


「はぁ〜、やっぱメイアは神ってるわねー。歌唱力もバツグンだし衣装もダンスもエモいし言うことなしねー」

「…………」


 むぅ、そこはかとなく同志の匂いがするな?

 これは探りを入れる必要がある。


「……サンドリヨン、君はメイアの歌を良く聴いているのか?」

「ん? 持ってるシングルとアルバムは全部初回限定版だし、コンサートの抽選は毎回応募してるけど? それがどうかした?」

「……そうか」


 完全にガチ勢だった。

 

 これは語り合うべきなのだろうか。メイアの魅力について小一時くらいは。

 いや、一時間程度で終わらせるのはメイアに失礼だ。最低でも半日は費やすべきだ。


「あっ、そういえばメイアで思い出したんだけど、コンサートの日本公演が──」

「サンドリヨン、これを見てくれ」


 そして俺はクローゼットの奥にしまってある秘蔵のコレクションを解放した。


「これはロンドン公演で販売されていた会場限定の等身大ポスターで、こっちはニューヨーク公演でメイアも実際に着ていたオリジナルTシャツで、これがミラノ公演でメイア本人から貰った直筆のサイン入りタオルで──」

「うわっ……」


 漏れたのは歓喜の声ではなく、いかにもドン引きしているという感じの冷ややかな声だった。


「蒼井ってアイドルオタクだったんだ……キモっ」

「随分と心外な人権侵害だな」


 解せぬ。

 俺はただメイアへの信仰心をグッズ購買という形で表現しているだけなのだが。


「訂正するが俺は断じてアイドルオタクではない。それにメイアは歌姫であって人類の財産であり希望の光なんだ。そこら辺の質より量が売りの有象無象の量産型アイドルグループと一緒にしないでくれ(早口)」

「その発言は日本全国にいる推しのいるアイドル信者ファンを敵に回す発言だと思うけど。まぁ、いいわ」


 そんなことより、とサンドリヨンは席を立ちクローゼットの前にしゃがみ込んだ。


「まぁ、物を隠すカモフラージュにしてはキモいけど。日本で『これ』を隠し持っている奴は『裏の人間』か“犯罪者”だけだと思うけど?」


 そう言ってサンドリヨンはクローゼットの下に隠していた銀色のアタッシュケースを引っ張り出した。

 解せぬ。

 メイアのグッズは別にカモフラージュじゃないのだが。


「ふむ。ダイヤルロックか、これなら手の感覚で開けられそうね」

「待て、勝手に触ら──」


 俺の注意を無視してガチャ、っとダイヤルロックを解錠する音が聞こえた。


「よっと……へぇ、デザートイーグルとルガー・ブラックホークなんだ。良い趣味してんじゃない」


 解錠の手際もさることながら拳銃を持つ姿が妙に様になっている。銃器に対する知識もしかり、流石は秘密結社アストライア諜報員エージェントと言うべきか。


「ふーん。銃の手入れもちゃんとしてるわね。蒼井って意外と几帳面なんだ」

「意外は余計だ」


 一流のエージェントたる者、己の命を守る『仕事道具』と身体の調整メンテナンスだけは怠るべからず。それが仕事に対してだけは真摯だった相棒の格言だ。


「今後は必要になるからメンテしとけって言うつもりだったけど、この様子なら大丈夫そうね」


 ハンドガンの銃口をこちらに向けてサンドリヨンは不敵に笑う。


「ここであたしが引き金(トリガー)に指かけたらどうする?」

「そういう悪ふざけはせめて安全装置セイフティを外してから言ってくれ」

「ありゃ、銃のチョイスを間違えたか……」


 サンドリヨンはバツが悪そうにハンドガンをアタッシュケースに戻す。


「じゃあ、景気付けにこっち使ってロシアンルーレットでもやる? 確率は六分の五で、もち蒼井が先攻ね」

「つまり俺に自殺しろと」

「当たりを引いたら明日のニュースと朝刊の記事に名前が載るかもね。大丈夫、隠蔽工作はあたしに任せておいて」

「すごく良い顔でサムズアップしたな」


 見出しはさしずめ『謎の多い高校生、拳銃で自殺か』ってところか。

 なんだそれ、朝から殺伐としすぎだろ。ここは法治国家の日本だぞ?


「まっ、あんたの場合なら五発でもハズレ引きそうだけど?」

「何を根拠に言ってるんだ……」

「んー? たしか、あんたの暗号名コードネームって『幸せの青い鳥(ブルーバード)』なんでしょ?」

「…………」


 そのコードネームで呼ばれるのも随分と久しぶりな気がする。


 その名前を口にする相手は主に敵だけで、組織の身内からは本名呼びがすっかりと定着していたのだが。


「サンドリヨン、悪いが俺をそのコードネームで呼ばないでくれ」

「ん? なんで?」

「そのコードネームは嫌いなんだ」


 その名前で呼ばれると下卑げひた高笑いが脳裏をよぎるから。


「はぁ? 嫌いって……何、その子供みたいな理由は、意味わかんない」

「君になんと言われようとこれだけは譲れない。悪いけど、二度と呼ばないでくれ。あらかじめ言うが“次は無い”からな?」

「…………っ」


 ふぅ、と一つ溜息を吐くサンドリヨン。


「なんて言うか、あんたのキャラが分からないわ」

「それに関しては全面的に同意するよ。自分のことは自分ですら分からない時があるからな」

「いや、同意されても困るんだけど」


 そんな中身のない雑談をグダグダと交わしていたせいか、時刻は過ぎ午前八時にまで迫っていた。


「ヤバっ! のんびりしてたら時間なくなった! ちょっと急ぎなさいよ蒼井! 電車に間に合わないじゃんか!」

「慌てなくても大丈夫だ。今日はバイク通学だから八時に出ても余裕で間に合う」

「あんたは良くてもあたしが遅刻するの!」

「ふむ、俺の後ろに乗れば問題ないのでは?」

「ひゃっ!? そ、それってつまり二人乗り──」

「ん? 何か不都合があるのか?」

「な、なんでもない。なんでも良いから早くして!」


 サンドリヨンに急かされてテレビを消そうとリモコンに手を伸ばす。消す寸前まで流れていた『今日の占い』で自分の星座が最下位になった事は何かしらの運命的なものがあったのだろうか。


『ごめんなさい。十二位のやぎ座のあなたは思わぬトラブルにハラハラ。何事もしっかり準備してから行動に移しましょう。ラッキーアイテムは『思い出の品』です』


 思い出の品か。

 それは一体、誰の物なんだろうな。

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