狂宴にはワインよりも赤いリンゴが相応しい
先手必勝の不意打ちが失敗した事により仕切り直しを余儀無くされた俺とスノウは、テーブルで作った簡素なバリケードに身を隠していた。
「んー、どうやら挨拶撃ちは狙いが甘かったみたいだね。翔太郎は下手っぴだなぁ」
「悪いが、ノーコンの射撃下手に文句を言われる筋合いは無い」
そもそもの話、鉛玉をブチ込んだ程度で標的を殺せてればヴェネツィアで首領一人だけを取り逃がすという失態は起こらなかっただろう。
やはり、銃弾は効かないのか?
どういう手品を使えば飛んでくる弾丸を直に食えるんだ。原理が分からない。
一瞬だけ紐状の物体が宙を舞っている様に見えたが……あれは一体何なんだ?
一つだけ確かな事は、こんな人間離れした技ができるのは美食家が人間の常識を超えた“超常”の存在だということだ。
「やっぱり、アイツも【改造人類】なのか?」
標的への意識だけは外さずに隣にいる相棒に質問を投げかける。
「おそらくはね。見た目の年齢から推測して『初期実験』の被験体だと思う」
改造人類。
文字通り人類を科学の力で人体改造した存在。
曰く、改造人類に投与された『それ』は医療用ナノマシンの臨床試験中に起こった暴走事故により生まれた偶然の産物。
曰く、それを投与された人間は適合に失敗すると絶命に至る。
曰く、適合率3%の運試しに勝利した者はその者に適した『異能力』を獲得できる。
曰く、それは世界樹から生まれた特別な種子『EX-SEED』と呼称されている。
曰く、全ての元凶は世界樹の遺恨にある。
全てスノウから聞いた曰く付きの話だ。
「間違いなく『あの組織』と何かしらの繋がりがあるだろうね」
「……そうか」
スノウがそう言うのなら、それは間違いないのだろう。その解に至った根拠を詮索するのはそれこそ無粋の極みだ。
認識を改める必要がある。目の前にいる標的は異能の力を宿す人智を超えた存在だ。
なら、普通の人間である俺がやる事はただ一つだ。
手持ちの武器をハンドガンから回転式拳銃に持ち替えて俺は言う。
「俺がアシストするからいつもみたいにカッコ良くキメてくれよ、相棒」
「任せて。メインヒロインの実力をキミに魅せてあげるよ」
何に対してのメインヒロインかは置いといて、いよいよ命をかけた死闘の始まりだ。
「うーぬっ、作戦会議は終わったかネ。作戦は二体一の挟撃かナ? ズバリ言おう、その通りダ!」
バリケードから身を乗り出すと、そこには余裕のある表情で椅子に座っている美食家がいた。
しかもワイングラスを片手に持っている。どう見ても晩酌を楽しんでいた。
「うぬっ! このワインは実に芳醇な味であル。ズバリ言おう、イタリアのワインは世界一、その通りダ!」
フランス人が聞いたらブチ切れそうなフレーズだった。
欧州人のワインへの拘りは異常だってどっかの偉い人が言ってたけど。
「随分と余裕じゃないか美食家。ヴェネツィアでは無様に尻尾を巻いて逃げたのにさ……首領のくせに敵前逃亡とか情け無いと思わないの?」
美食家を煽る物言い。相変わらずの腹黒さだった。
死闘において舌戦は有効的な攻撃手段だとスノウは言った。怒りや恐怖により冷静さを欠けば集中が乱れ、相手の潜在能力を著しく低下させる事ができる。
相手が少しでも弱ればそれだけ勝率も上がる。
何が言いたいかと言うと漫画やアニメによくある戦闘中に敵と会話をする行為は別に不自然ではないということだ。
「ノン、あれは敵前逃亡では無く戦略的撤退であール」
「ふーん。戦略的撤退、ね」
「うぬっ! 地の利の前には数的有利など無意味であるからナ。ズバリ言おうヴェネツィアは水が多すぎる、その通りダ!」
美食家の言う通り前回の戦闘では地の利はこちら側、特にスノウに大きなアドバンテージがあった。
ヴェネツィアは『水の都』と呼ばれるほど運河や水路が多い。多人数で二人を囲むにはその地形が仇になった。
それに【氷晶の花束】の性能をフルに発揮するには触媒に大量の水を必要とする。
水を得た魚とはよく言ったものだ。
実際の話、戦闘が始まって数分もしないうちに美食家の部下が全員“氷の彫刻”にされてるからな。
あの時は俺も流石に敵に対して同情してしまった。敵に回した相手が悪過ぎると。
「へえ、なら今回はボクに勝てる勝算があるんだ?」
「うぬっ! 『食事』を済ませた我が輩を前にチミ達の命運はここで尽きたのであール。何故かっテ? ズバリ言おう、ここには水が無い、その通りダ!」
実際問題の話、スノウはその『能力』の性質上屋内における戦闘には向いていない。
狭い空間や遮蔽物の多い場所で“射程の長い武器”が使えないのと同じ様に。
だが、今回は『切り札』の二本目が──
「っ!? 避けて翔太郎!」
スノウの警告が耳に届いた頃には俺の身体は宙を舞い、レストランの壁に叩きつけられていた。
「……ゲホッ!」
不意打ちをモロに喰らい肺から空気が漏れ、背中全体に重くて鈍い痛みが走る。
「うぬぬ、二体一の場合は弱い奴から始末するのが鉄則なのであル。しかし、なんとも脆弱な男ダ、ズバリ毎日の食事に“肉”が足りていないと見タ!」
今度は辛うじて足に何かが巻きつくのが見えた。
見えはしたがまるで反応出来ていない。
「大丈夫!? 今ので死んで無いよね!?」
スノウの呼びかけに俺は「大丈夫だ」と言い直ぐ様立ち上がって無事を伝える。
「……もう、地の文で解説キャラに徹してると変な場面で『ナレ死』するよ?」
「それは嫌過ぎる」
解説キャラとナレ死に対するツッコミはそこら辺のゴミ箱に投げ捨てておくとして、俺は自分が宙に舞った原因を考察する。
ギリギリ見えた紐状の物体。
巻き付いた部分にわずかに残る粘液の様な痕跡。
美食家。食人趣味。『捕食』と言う行動に必要な器官。
それらにより導き出される解は──。
「翔太郎、アイツの《触手》はカエルやカメレオンみたいに伸縮性と粘着性があるから注意して」
「それは今まさに俺が言う予定だった台詞だ」
言いたかった台詞を相棒に盗られた。
というか、気付いていたなら先に言ってくれよ。情報共有はパートナー間じゃなくても大事だからな?
「触手とは失礼ナ! 【暴食の楽園】は我が輩の《舌》であり洗練された《食器》なのであル。本当にチミ達は食事作法がなっていないナ! ズバリ言おう、育ちが悪い、その通りダ!」
触手めいた紐状の肉塊がウネウネとうごめき美食家の背部から生える様に出現した。
口内から伸びる舌も含めて触手の数は計七本。あれを自在に操作できるとなると……不用意に美食家に接近するのは危険だ。
敵の最大射程を把握して距離を取りながら応戦するのが戦法としては無難だろうか。
そう思っていたが。
「ズバリ言おう! 数の不利は『道具』で補えばいいト! さぁ、愉快に踊れバンビーノどもガ!」
美食家が触手の先端に何かを巻き付けているのを確認した一瞬の間に初雪の様な純白の衣装が俺の前に割って入る。
「地の底から甦れ【氷晶の墓標】!」
床に突き刺した白刃の先端から墓標の様な造形をした氷壁が出現したと思えば──その氷壁が瞬く間にバキバキと音を立ててひび割れていく。
数え切れない発砲音の正体は確認しなくても見れば分かる。
鏡の様な氷壁にひび割れた自分の顔と銃弾と思わしき無数の斑点が浮かび上がっている。
どうやら危機一髪のところでまた相棒に助けられたらしい。
九死に一生。氷壁の冷気も相まって肝が冷える思いだ。
「コラッ、見てから反応しても遅いよ。翔太郎は蜂の巣になりたいの?」
「……悪い。正直言って助かった」
「ん、反省はしても失態を悔やんで後に引きずらないでね? 悪いけど“次は無い”よ?」
次は無い。その言葉の意味は分かっている。
俺にこれ以上の失態は許されないという意味も、スノウが『氷晶の墓標』をもう一度使用することは現段階で不可能だということも。
スノウは今の防御で剣に貯水している『触媒の水』を使い果たしたと、遠回しに伝えている。
OKだ相棒。お前のために『弱者』の配役を演じてやるよ。
「……ひっ、無理だ。あんな化け物相手に勝てるわけがないっ」
そう言って俺は脱兎の如くレストランの後方に位置するワインセラーの影に逃げ込んだ。
「はぁ、キミには失望したよ。やれやれだ、役立たずを飼うのも骨が折れるよ、まったく」
俺を蔑む様な冷めた言動のスノウ。あの反応が演技か素面なのか俺でも判断に困るからタチが悪い。
「まぁ、いいさ足手まといはワインの本数でも数えて暇つぶしでもしてればいいよ」
分かってるよ相棒。後はタイミングを合わせるだけだ。
「ケヒヒッ。なんだ、この後に及んで仲間割れかナ? まぁ、あのバンビーノが足手まといなのは同感だがナ」
「ホントそれだよ。今まで戦闘面で役に立つ事なんて滅多になかったからさー、パシリ以外の使い道がないんだよねー」
おい待て相棒、本音が八割くらい混ざってないか? その発言はナチュラルにヘコむからな?
「いやはや、それにしても《触手》と銃火器を併用した全方位攻撃とは恐れ入ったよ。ボクがニュータイプじゃなければ今ので殺られていた──」
スノウの台詞を遮る形で美食家の放った銃声が木霊する。
「……人が喋ってる時に攻撃するとか、そっちこそマナーがなってないんじゃないの?」
「何を言うカ、殺し合いにルールを求める方がナンセンスであル。しかし、敵ながら見事ダ、全ての銃弾を剣で斬り落とすとわナ、実に優雅な剣舞ダ」
俺の目には速すぎて見えなかったが……どうやらスノウは敵の攻撃を捌き切った様だ。
「実にぃ、実に面白い、面白いゾ《白雪姫》。流石は『次世代型』の最高傑作『幻想の化身』だナ! それでこそ食い甲斐があル!」
スノウは自身にまつわる身の上話をあまり多くは語らない。
情報を秘匿にするのが諜報員の鉄則だからだ。
「へぇ、ボクの出生を知ってるんだ? それなら、当然『あの組織』とも繋がりがあるんだよね?」
「ズバリ言おう、チミも我が輩も『神話世界』の高みを目指す信徒ダ!」
「……その言い方は気に入らないな。それじゃあボクがキミ達『化け物』と同類みたいじゃないか」
「化け物ではなイ、我が輩達は神に選ばれた『新人類』なのであール!」
「もういいよ。耳障りだから喋らないで……凄く不快なんだよ、その声」
「うぬぬぬっ、ならば望み通りにしてやるヨ。食後の菓子はチミの身体ダ!」
美食家が繰り出した《触手》の猛攻をスノウは冬空に舞う雪の様に軽い身のこなしで躱していく。
機関銃による銃撃、刃物による斬撃、触手による殴打と刺突、ありとあらゆる攻撃をスノウは子供の児戯を嘲笑う様に白刃の切先でそれを無力化していく。
「へえ、その触手って斬っても再生するんだ。まるでタコの足みたいだね、凄く醜いよ」
「ケヒッ、防戦一方では勝負にならないゾ? 持久戦は女のチミには分が悪いと思うガ? ズバリ言おう、その通りダ!」
常軌を逸した二人の攻防は尚も続く。
ここにきて疑問がある。
スノウはどうして『切り札』を使わないのだろうか?
相手の攻撃範囲が長くて射程距離まで踏み込めないのか?
チラリ、とスノウがこちらに視線を送ってきて俺はようやく思い至る。
──ああ、そうか。貴重な情報元を『毒殺』するわけにはいかないのか。
ここに来て手加減する理由が出来た。
仕方ない。
俺はリズム感ゼロだからタイミングはそっちで調整してくれ──
「さぁ、愚者を捕らえろ【嘆きの氷河】!」
俺が『投げる』より先にスノウが剣を突き出し攻撃のモーションに入る。
早えよ、完全にフライングだろ。
相棒の掛け声に急かされた俺は手に持って投擲できるギリギリの本数のワイン瓶四本を美食家に向かって放り投げる。
「ほらよ、受け取れ美食家!」
「うぬ? 何をダ?」
俺の掛け声に反応した美食家が空中に放られたワイン瓶を四本の《触手》で掴みにかかった。
触手は無理でも瓶くらいならギリギリで撃ち抜ける!
発砲した四発の早撃ちが狙ったポイントに全弾命中してワイン瓶が粉々に破裂する。
照明の光に照らされたワインの飛沫がキラキラと美食家の頭上に降り掛かる。
「ナイスアシストだよ翔太郎。【拘束】!」
パキパキ、と。
音を立てながら美食家に付着したワインの液体がみるみると凍結していく。
凍結した氷の重みで美食家の《触手》がだらしなく地面に垂れ下がる。
「うぬぬっ、よくも勿体ない事をしてくれたナ! バンビーノにはワインの価値が分からないのカ! ズバリ言おう、飲酒は二十歳になってからだ、その通りダ!」
極悪人のくせに正論を吐くのか。
というか、美食家のヤツ氷漬けにされてるのに態度に余裕があるのは何故なんだ?
「勝負ありだね。美食家、キミの敗因はボクの相棒をナメた事だ。弱者には弱者の強みがあるんだよ……たぶん」
一回俺の方を見てからスッと視線を逸らす相棒。なんだよ、その気不味そうな顔は。
「褒めてるのか貶してるのか分からない発言だな、おい」
「そうだね。実力に関しては一ミリも褒めてないよ。だってボクの相棒ならあれくらいやれて当たり前だから」
「………」
たく、要求するレベルが高すぎるんだよ。
「……ほんと、相棒は怖いな。期待に応える側の身になれ」
「期待に応える必要はないよ。翔太郎には最初から期待してないから」
「そうかよ。相変わらず性格が悪いな」
「そうだよ。期待なんかしなくても翔太郎はボクの要求にちゃんと応えてくれるからね」
「……ん?」
それはどういう意味だ?
「スノウ、今のは──」
「うぬぬっ! 我が輩を無視してイチャイチャと乳繰り合うなバンビーノ! とてつもなく不愉快ダ!」
ラブコメ空間に憤慨した美食家は奇行とも言える行為に及ぶ。
「ズバリ言おう、腹が減っては戦えなイ。勿体ないなら食えば良イ、我が輩は美食のためなら我が輩自身も食してみせル。その通りダ!」
ガブリ、と。
美食家は凍結した自分の《触手》を喰らい始めた。
「うーぬ、実に最上の美味ダ! 我が輩は今究極の美食を味わっていル!」
美食家のあまりの奇行ぶりに俺は言葉を失った。
そして同時に想像してしまった。そんな風に人間を食っていたのか、と。
「それは美食じゃなくてただの悪食だよ」
スノウの冷淡な声音には、どこか哀れみを感じるものがあった。
「さぁ、仕切り直しと行こうカ! 我が輩はまだまだ食えるゾ! 食い足りないんダ!」
自食で失ったはずの美食家の触手が生える様に復元して再び元の姿に戻った。
いや、前よりも触手の形状に言いようの無い凶々しさが宿っている。
「終わりにしよう美食家。ボクがキミを『際限のない飢え』から救ってあげるよ」
血は充分に吸わせた、とスノウは言う。今まで使うのを控えていた『切り札』を握りしめて。
「偽りの楽園にて悪虐の限りを尽くす彼の者を永遠の眠りに誘え──」
「ズバリ言おう! 我が輩の【暴食の楽園】に敗北は無いト! その通り──」
水面に浮かぶ水鳥の様に音も無く美食家の懐に入り込む白雪姫。
「【葬送の失楽園】」
それはスノウだけが扱える一撃必殺の刺突。
真紅の刃を介してスノウ自身の血液から精製されるその解毒不能の『猛毒』は、一太刀でも触れればまるで眠る様に、痛みを感じる暇も無く、ただ静かに生命の終わりを迎える。
勝敗は決した。スノウの勝ちだ。
「馬鹿ナ……馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナ、こんな事ガ──」
突き刺した真紅の刃を引き抜いてスノウは言う。
「おやすみ美食家。冥界の王によろしくね」
「我が輩はまだ、食い足りなイ……」
崩れ落ちる美食家を背にしてスノウは俺の元に歩み寄って来る。
「殺して良かったのか? 貴重な情報元だったかもしれないんだろ?」
「良いよ。ボクの気が変わったんだ。だから何も問題はないよ」
「……そうか、そうだな」
死闘を終え、事後処理を含めた捜査活動の最中でスノウは言う。
「翔太郎、キミは地下室に行かないで」
俺はその言葉の真意を察せれないほど鈍感ではない。
「……分かったよ相棒。後は処理班に任せておく」
「そうだよ、不器用な翔太郎が処理に関わると余計にややこしくなるから」
「一言どころか二言は余計だ」
そして俺とスノウはその場を後にしてイタリアでの活動拠点にしているホテルに帰った。
ベッドに腰掛けスノウは言う。
「翔太郎、今夜はボクに優しくしてね?」
いつもの余計な一言を添えて。
「ほら、今のボクって“貧血”だからさ。ぶっちゃけるともう一歩も動けないんだ。というわけでパシリよろしく」




