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それは一年前の

 寝る前に少しだけサンドリヨンを相手に昔話をしたせいだろうか。


 夢の中で昔の記憶がよみがえった。まるでホームビデオで過去の記録を再生するかの様に。


 俺がその夜見た夢は、現時点から約一年前にあたる北イタリアでの一幕だった。


 場所はミラノの都心部にある小洒落た感じの飲食店レストラン。時刻は夕食ディナーの時間に頃合いの午後七時過ぎ。


 レストランのメニューと格闘している俺にスノウは心底馬鹿にした様子でこう言った。


「え〜、翔太郎は知らなかったんだ? ミラノのレストランにドリアは無いんだよ」


 その時の相棒の顔はニヤニヤと意地の悪い笑顔だった。


「……その様だな」

「うん。そもそもの話『ドリア』は日本が独自に作った創作料理だから海外にはないし『本場のドリア』なんて物は存在しないんだ」


 含みのある言い方。どうせ恥をかくんだ、指摘があるならハッキリ言ってくれ。


「回りくどいな、何が言いたいんだ?」

「うん。だからね、翔太郎が「ミラノ風ドリア下さい」って給仕係ウェイターに注文しても話が通じなかったのは語学力の問題じゃなくて単純に翔太郎の勘違いだったってこと……ぷっ」

「笑いたければ笑って良いんだぞスノウ。むしろ笑え、笑いを必死に噛み殺すな」

「ははっ、ごめん。給仕係と話が噛み合わなくておろおろしてる翔太郎が可愛くてツボにハマってたんだ」


 クスクスと朗らかに笑うスノウ。その笑顔だけなら賛美に値するのだが。

 こいつの性格を知っていると絶世の美少女も可愛さが半減するというか。

 この腹黒女め。また人を玩具にして楽しんでいるな。


「お前は相変わらず性格が悪いな。途中で注文オーダーを代わってくれるなら最初からやってくれよ」

「それだと翔太郎の勉強にならないだろ? ボクは翔太郎のためなら心を鬼にするよ」

「はっ。お前は鬼よりも悪魔の方が似合ってるよ」

「ほうほう、それは小悪魔的な感じかな?」


 片眼を閉じてパチリとウインクをキメるスノウ。本当にあざとい女だ、相手が俺じゃなかったらこのあざとさにコロッと騙されているだろう。


「……そうだな。お前のささやきにまんまと騙されたあわれな男がここに一人いるからその解釈は間違ってはいないな」

「なるほど、翔太郎はチョロい男なんだね。ボクは翔太郎がチョロインで嬉しいよ」

「男なのにチョロインとは」


 俺がチョロいかどうかは置いといて、スノウは雑談もそこそこに料理が運ばれて来るまでのわずかな時間を利用して仕事の打ち合わせ(ミーティング)を始める。

 

「うーん、それにしてもヴェネツィアでり損ねたマフィアの首領が中々見つからないなー。一体どこに隠れてるんだろうね?」


 まるで食事中にする他愛のない雑談の様な気軽さで口から物騒な単語をつらつらと並べるスノウ。

 日本語とはいえ周りに聞かれてないと良いが。


「捜索範囲をミラノに広げてもう一週間か、流石に国外に逃亡しているんじゃないのか? 下手に身を隠すより逃げる方が安全だろ?」


 特にお前が相手なら、そう言いかけて言葉を飲み込んだ。

 口は災いの元、余計なことは喋らない方が良い。特にスノウが相手なら尚更だ。


「んー、翔太郎は考えが甘いなぁ。逆だよ、逃げるより隠れる方がよほど安全さ」

「その心は?」

「相手は腐ってもイタリアでは名前が売れている有名な犯罪組織マフィアなんだよ? 国際線や公共の交通機関を利用すれば情報屋や警察を介して一発で行き先がバレる。情報化社会の現代ではどこに監視の目があるか分からないからね。お尋ね者は下手に動けないのさ」

「……ならプライベート、私的に使えるヘリや船ならどうだ? それなら見つからないで逃亡できる可能性はかなり上がるだろ?」

「それならもう既に場所は抑えたよ」

「……抑えたって、マフィアのプライベート施設をか?」

「うん。ヴェネツィアの拠点アジトを襲撃した時にね。拾える情報はもれなく回収するのが『一流エージェント』であるボクの流儀だからね」

「いつの間に……」

「ついでに翔太郎がボクに内緒で『メイア・マーキュリー』のコンサートチケットと用途不明なガラスのお土産をヴェネツィアで買った事もボクはちゃんと知っているよ」

「いつの間に!?」


 馬鹿なっ、土産はともかくコンサートチケットはバレない様にあれこれと使えるコネクションをフル活用したんだぞ!?


「あっ、やっぱりメイアのコンサートだったんだ? カマかけたつもりだったんだけど見事に引っかかったね?」

「畜生、まだバレてなかったのか!」


 しかし、何かしらの情報ネタがなければカマかけなんて出来ないはずだが──。


「カレンダーに赤丸つけるとか翔太郎は可愛いなぁ。そんなにミラノで開催されるメイアのコンサートが楽しみだったんだ?」

「なんたる失態……」


 OK、話題を戻そう。


「それにしても、こんな開けっ広げに仕事の話をして大丈夫なのか? 誰かに盗み聞きされてたら不味いだろ」


 少しばかり周囲への配慮はいりょが足りていない気がするのだが。


「なんでかなー。なんで「一緒に行こう」って誘いの一言がないのかなー。どうしてボクに内緒で行こうって発想になるかなー。だから翔太郎はダメダメなんだよー」

「…………」


 話題が継続していた。

 OK、話題を戻そう。もう一度。


「よし、スノウ。今は仕事の話だ」

「んー、このクソ忙しい時にコンサートに行けると本気で思ってたのかなー。翔太郎の頭の中はお花畑なんだねー」

「……それにしても料理遅いな、はは……」


 ギロリと真紅の瞳が俺の目を射抜いた。


「ボクが許すとでも?」

「ごめんなさい」


 ドスの効いた冷淡な声に秒で謝罪を入れる。


 一流のエージェントは放つ殺気も桁違いだ。目のハイライトが完全に消えていた。


「やれやれ、あんな歌って踊るだけの女のどこが良いんだか。ボクは甚だ疑問だよ」

「その発言はメイアのみならず全世界の歌姫を敵に回すからやめておけ。あと俺を含む信者ファンの方もな」

「翔太郎、現実を見ようよ。アイドル相手にお金を貢いでも得られるのは自己満足だけだよ? まさか恋人になれるとか思ってるの? それ、普通に気持ち悪いよ?」

「やめろ、哀れみの目で俺を見るな。あとメイアはアイドルじゃなくて歌姫だ」

「ボクの目線で見ればどっちも一緒だよ。ほら、キモオタとファンの区別だって、無関心な者から見れば『同じ穴の狢』だろ? それと一緒さ」

「駄目だ……口論で勝てる気がしない」


 ──それにしても、料理を持って来るのが遅すぎないか?


「スノウ、お前一体何を頼んだんだ?」

「何だと思う? 当ててみてよ」

「…………?」


 かれこれ三十分は待たされている。


「ヒントは店内に人が居ると不味い料理さ」

「人が居ると不味い?」


 辺りを見回す。レストランの中に俺たち以外の客がいない。入店した時はほぼ満席だったのに。

 知らず知らずのうちに人が居なくなっている。

 これは一体──。


「はい。時間切れ」


 呆れた様子でスノウは言う「まだまだだね」と。


「翔太郎が一人前の諜報員エージェントを名乗れるのはいつになるかな?」

「スノウ、これはどういう事だ?」

「簡単な話だよ。このレストランが『当たり』だったんだ」

「当たり?」


 俺が視線で説明を求めるとスノウはそれにつらつらと答える。


「さっき給仕係ウェイターに注文したんだ地下室にかくまっている食人者カニバリストの『美食家エピキュリアン』に『最期の晩餐』を届けてくれって」


 美食家エピキュリアンは俺たちが今追っているマフィアの首領の通り名である。


 人身売買と麻薬取引を生業とする『奴隷市場マーケット』から定期的に『生きた食材』と麻薬スパイスを卸している救いのない外道に女神の裁きを下すのが今回の任務だったわけだが──。


「……なるほど、食後のデザートは『白雪姫の毒林檎』か」

「そういうことさ、最期の晩餐に相応ふさわしいだろ?」

「確認するが、間違っても俺たちじゃないよな?」

「えっ、何? 翔太郎はコンサート行きたくないの? ここで死ぬの? 馬鹿なの?」

「一言どころか二言は余計だ」


 そんな軽口を交わしながら臨戦態勢に移行する。

 俺は懐からハンドガンを取り出し安全装置セイフティを解除。

 スノウはヴァイオリンケースの中から鮮やかな装飾が施された細剣レイピアを“二本”取り出す。


 右手には蜜よりも甘美な真紅の果実【禁忌の毒林檎(ポイズンアップル)】。左手には人心をも凍てつかせる氷の華【氷晶の花束(クリスタルブーケ)】。


 普段の仕事なら【氷晶の花束】しか使わないはずだが。


「……二本目も使うのか?」

「うん、相手が相手だからね。それに前回は逃げられたから、今回は最初から本気でるよ」

「使うのは良いが“貧血”になるなよ。あと、出来れば衣装ドレスを汚さない様に頼む」

「えー、注文が多いのは山猫のいるレストランだけにしてよ」


 国籍不明とはいえ宮沢賢治を知っているとは恐れ入る。

 流石は一流のエージェントというべきか。


「まぁ、善処はするよ。汚れた服を着るのはボクも嫌だからね」

「そうしてくれると助かる。白い服はクリーニングが大変なんだ。特に血の染みが」

「大丈夫だよ。いつぞやのカレーうどんに比べれば楽勝だから」

「……まだ根に持ってたのか」

「翔太郎に煽られてムキになったことをボクは生涯しょうがい忘れないよ」


 地下室に通じるであろう扉から殺気めいた不穏な威圧感プレッシャーを感じ取り俺はスッと前を向いた。


「……確かにカレーの染みは強敵だったな」


 それに比べればマフィアの首領なんてクソ雑魚も同然だ。


「ふむ、どうやら手の震えは止まったみたいだね」


 その言葉の意味を忖度そんたくすると今までの漫才めいた雑談も言わば俺をリラックスさせるためのプロセスだったわけだ。


 そういう気遣いが出来るなら事前に一言くらい告知して欲しかった。

 まったく、腹黒サディストの相棒を持つと嫌なサプライズばかりだ。


「ああ、ありがとう相棒。おかげで緊張がほぐれたよ」

「うーん、こっちの意図をちゃんと読みとってお礼を言う翔太郎はやっぱり可愛いなぁ。チョロかわだよ本当に」


 スノウは緊張感の欠片もない戯言を言いながらハンドサインで俺に指示を出す。


『挨拶代わりに鉛玉をブチ込んでやれ』


 刹那せつなの瞬間に扉が開き、俺は迷わずにハンドガンのトリガーを引いた。


 二発の発砲音の後に聞こえたのは床に落ちる空薬莢カートの金属めいた音だけだった。


「うーぬ、鉛の弾丸も中々に美味ボーノ!」


 ガリガリと固い何かを咀嚼そしゃくする音が耳に入る。


「ケヒヒッ! 子供バンビーノの癖に随分と手荒な挨拶をするじゃないカ。チミ達はお母さん(マードレ)礼儀作法マナーを教わらなかったのカ? ズバリ言おう、その通りダ!」


 扉から出てきたのは、一言で強烈な印象を他者に与えるほど個性キャラ立ちとクセの強い小太り気味な中年の欧州人ヨーロピアンだった。


「ケヒ。さぁ、食事の挨拶(ブオーナッペティート)といこうカ。髪の一本まで食ってるゾ。なぁ、正義の天秤(アストライア)の犬どもメ!」

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