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食卓に二つの皿、メニューはふやけたパスタ

 ──冷静に考えたら女子が作るまともな手料理とか人生で初めての経験なのでは?


「いただきます」

「はいどうぞ、召し上がれ」


 皿の上でツヤツヤと光沢を放つ小洒落た感じのパスタをフォークで一口分ほど巻き取り、それをヒョイと口に放り込む。


「……見事に秒で食べたわね。警戒心はどーしたの?」


 俺の食べる様子を半目でジトーっと見詰めるサンドリヨン。

 警戒心と言われてもな。


「女子の手料理を無闇に警戒するのは失礼だと思ってな」

「それで万が一にも毒が入ってたらどーすんの。いや、入れないけどさ」

「君は本当に優しいな。安心してくれ前の相棒に『毒味役』をやらされたせいで毒物と薬類にはそれなりの耐性があるんだ」

「安心できる要素が何一つないんだけど……」


 毒味役なら任せてくれ、と喉元まで出かかった言葉を引っ込める。

 その言い方だとあらぬ誤解を招くだろうな。


「それにしても君は料理が上手いな。俺が作る物とは比べ物にならないよ」


 いつの日だったかに北イタリアで食べたボロネーゼとかいうミートソースっぽいやつも美味かったが、このトマトと魚介類シーフードを使ったパスタも引けを取らないくらい美味い。


「それはどーも」

「これなら毎日でも食べたいくらいだ」

「…………っ」


 プルプルと肩を震わせ何かに堪える素振りを見せるサンドリヨン。


「どうかしたのか?」

「何でもない。どーせ無自覚だろうし」

「…………?」


 俺は何か気に障る様なことを言ってしまったのだろうか。褒めたつもりだったんだが。


「ふん。本当に美味しいと思うならもう少し気持ちが顔に出ても良いんじゃないの? あんたの顔、全然美味しそうに見えないんだけど?」

「無表情の自覚はあるよ」

「自覚があるなら少しは……いや、“今のあんた”にそれはナンセンスな要求だったわね。今のは忘れて」


 そう言ってサンドリヨンはフォークを手に取り黙々とパスタを口に運ぶ。


 カチャカチャ、と食器フォークの動く音が鮮明に聞こえるほど静かな食事が数分続いたあたりでサンドリヨンがポツリと一言。


「いや、御通夜じゃないんだから何か喋ってよ。静か過ぎて気不味いんだけど」


 と、不満をあらわにした。


「リクエストがあれば応える」

「リクエストって、そういう話題選びは自分で考えなさいよ……」


 サンドリヨンはふぅ、と短い溜息を吐く。


「野暮なことくけどさ、あの子との生活もこんな感じだったの?」


 野暮なこと。それは何に対して言っているのだろうか。

 まぁ、一応は質問に答えるが。


「会話は基本的に向こうの方から振ってくるから俺から自発的に喋る事はあまり無かったな。当然仕事以外の時は会話のない時間も多かった」

「ふーん……って、何その熟年夫婦みたいな寂しい関係。あんた一応は相棒だったんでしょ?」

「相棒というより召使いか下僕、ないし弾除けの方が収まりの良い表現かもしれないな」

「あんた、良くそんな扱いで諜報員の仕事続けられたわね……」


 その辺りに関しては自分でも驚いている。


 二年以上に及ぶスノウとの共同生活にどこか居心地の良さを覚えていのは、きっと俺がアイツに何かしらの魅力を感じていたからなのだろう。


「……ねえ、蒼井ってもしかしてマゾなの?」

「少なくともサディストではないな」

「いやそれどっちよ? Mなの? Sなの?」

「ふむ、服のサイズはだいたいLだ」

「ここぞとばかりにベタなボケをぶっ込んで来た!」


 中々にどうして。

 新しい相棒もノリの良い性格らしい。


「ん? ねえ、あんた今笑った?」


 興味津々といった様子で俺の顔を覗き込むサンドリヨン。まるで新しい玩具を与えられた子猫の様だ。


「……それは君の勘違いだ」

「えー、今絶対に笑ったし。笑えるなら素直に笑いなさいよね。蒼井はクール気取ってもキモいだけだから」

「傷付くからキモいはやめてくれ」


 どうやら彼女はお喋りが好きな性格の様だ。

 端的に言ってこういう明るい性格はエージェントに向いていない。もちろん良い意味で。


 個人的にサンドリヨンがどういう経緯で裏社会の住人になったのか気になるところだが……あまり他人の過去を深掘りすると痛い腹の探り合いになりかねないので、ここらで雑談を切り上げる事にした。


「会話というなら仕事の話があるだろ。そろそろ『本題』に入っても良い頃合いじゃないのか?」

「ん? あー、そういえばさ」


 俺から視線をらしてサンドリヨンは部屋のドアに目をやる。まるで、その話題から逃げているかの様に。


「お風呂の順番と洗濯物の当番ってどんな風にやってたの?」

「…………」


 なんだ、そのどうでもいい質問は。

 君の好きにしてくれ。

 そうは思ったが規則ルールを曖昧にすると後々で面倒なことになりかねないので決め事はしっかりとここで確認した方が良さそうだ。


「前の相棒は仕事以外はだらしのない女だったからな。炊事洗濯は俺がやっていたから要望リクエストが有ればなんでも言ってくれ」

「……えっ? 嘘でしょ? あの子って自分のした……衣類を男に洗わせてたの?」


 驚愕の事実に目を丸くするサンドリヨン。その気持ちは俺にも理解できる。


「私生活に関しては色々と無頓着だったよ。これは憶測だがアイツは俺を異性だと思っていなかったんだと思う」

「あ、あー……なるほどね。二人ってそういう関係だったんだ。ふーん」


 サンドリヨンはうんうんとうなずいて何かに納得した様子だった。

 今の会話で一体何が分かったのだろうか。はなはだ疑問だ。


「分かった。洗濯物はあたしがやるから掃除と食事だけは当番制の日替わりローテでいい?」

「異論はないけど。君は良いのか?」

「良いって何が?」

「男の俺と一緒に住むこと自体だ。君に不満は無いのか?」

「それは……まぁまぁあるけど。これも任務だから“仕方なく”我慢してあげる」

「……そうか、君も中々に苦労人だな。こんな新婚生活みたいな真似事は年頃の女子には精神的に辛いだろうに」

「新婚……」

「どうした?」

「なんでもない。わざとだったらブッ殺すけどね……」

「…………?」


 もにょもにょと何か小言を呟きながらフォークでパスタを巻くサンドリヨン。フォークの回転が速過ぎるのかパスタが皿の上でバラバラに散らばっていた。


「勘違いしないで欲しいんだけど。あたしがここに住むのはあくまでも仕事であり任務のためなんだからね? そこんとこ間違えないでよ?」

「ああ、分かってるよ」


 料理が出来るまでの間にサンドリヨンがつらつらと話した内容は俺と同居する経緯だった。


 簡単に言えば同居の目的は俺の『監視』にあるらしい。


「監視が目的とはいえ、何もここまでする必要があるとは思えないけどな。そもそも俺ごときを監視する理由が分からない」

「…………」


 サンドリヨンは溜息を一つ吐いた。その顔はどこか憂いを感じている様だった。


「……そうよね。今後のためにもそこら辺は曖昧にしないでハッキリと言っておかないと駄目、だよね」


 サンドリヨンは意を決した眼差しで俺の目をしっかりと見据えた。


「ぶっちゃけた話、あんたには敵対組織の密偵スパイ容疑がかかっているの。それはあの子、《白雪姫スノウホワイト》も同様よ。組織の上層部はあんた達を疑ってる」


 俺がかつて所属していた組織、正義の天秤(アストライア)と敵対する勢力は大小問わず名前を挙げればキリがないほど存在している。


 裏社会を牛耳るかの悪名高い『三大組織』もしかり。正義をかかげる秘密結社は裏社会の組織から毛虫の如く嫌われている。


 中でも特筆するべきは──


「半年前に起こった『世界樹の遺恨(ユグドラシル・マター)』との抗争はあたしも内部資料で確認したわ」


 世界樹の遺恨(ユグドラシル・マター)


 半年振りに聞く嫌な名前だ。


「……記録があるのか?」

「ええ、組織のデータベースに報告書が何件かあってね。目を通した率直な感想を言うと『酷い内容』だった。敵組織の拠点に突入した諜報員エージェント三十名が行方不明の二人を除いてもろとも殉職リタイアしてるとか、冗談でも笑えないわ」

「…………」

 

 その内容を聞くと嫌なことを思い出す。


『翔太郎。キミだけは生きて──』


 その言葉が脳裏をよぎると『あの時』の光景がフラッシュバックする。


 紅蓮の炎が燃え盛る海上プラントの戦場。

 諜報員エージェントで積み上げられた死体の山。

 真紅の血に染まる純白の衣装ドレス

 満身創痍まんしんそういで敵と対峙する少女の背中。

 闇より黒い海に投げ出される自分の身体。


 無力な自分。二度と思い出したくない光景。

 あの状況下でアイツが──スノウが生き残る確率は限りなくゼロに等しい。

 だけど──。


「あの戦場で生き残った組織アストライアのエージェントは、あんたと《白雪姫》の二人だけ。上層部には偶然生き残ったにしては都合が良過ぎると思われているみたいね」


 それはつまりスノウがまだどこかで生きている。

 可能性というわずかな希望が残っている。

 スノウにもう一度会える。

 そのためなら、俺はもう一度組織の諜報員エージェントに戻る事も、権力者の飼い犬になる事もいとわない。


「ま、密偵じゃなければ組織に戻らずに消息を断つわけないんだけど? ぶっちゃけた話、そこんとこどーなの?」


 まるで女子同士の会話(ガールズトーク)で恋バナでもしている感じの訊き方だった。


「……違うと言ったら君は信じるのか?」

「んー、ケースバイケースかな? 個人的に蒼井は無実シロだと思うけどね」

「何を根拠にそうだと?」

「や、こんな間抜けが敵組織の密偵なら仕事が楽で助かるわーって思ったんだけど。ほら、あたしって苦労人の体質みたいだし? 前途多難になりそうだなーって思っただけ」


 半目でニヤニヤと戯けた様子を見せるサンドリヨン。

 その様子と今の会話の裏を読むと、俺の思考は必然的にその見解にたどり着く。


「……そうか。君の考えは分かった」

「えっ? 本当に分かってる?」

「ああ、スノウは確信犯クロの可能性が高いんだな?」

「…………っ」


 キュッと口を閉口して視線をテーブルに落とすサンドリヨン。


 どうやら、俺は彼女に気を遣われていたらしい。

 言い淀んで中々『本題』に入らなかったのは俺に対する配慮だったのか。

 やはり君は存外に優しいな。


「……一つだけ確認させてくれ。アイツは──今も生きているんだな?」

「……ええ、十中八九でね。二週間ほど前に音楽団ブレーメンから《白雪姫》の目撃情報が入ったの。しかも高い報酬金ギャランティの請求付きでね」

「……情報元ソースが秘匿情報の売買を生業なりわいにしている『尻尾の無い音楽団(ブレーメン)』からとなると、その情報は信憑性が高いな」


 情報元が他でも無いあの組織なら悪い意味でもそれは信用できる。

 これでスノウの生存はほぼ確定した。


「ねえ、蒼井。一つ、あたしからも確認……ううん、最終確認させて」


 そんな断りを入れてサンドリヨンは俺に今更な確認を取る。


「売り文句でああは言ったけど……本気であの子に、白雪姫スノウホワイトに会いたい?」

「ああ」

「本当に?」

「もちろんだ」

「もしも、もしもよ? 仮にその先に辛い事が待っていたとしても?」

「その時は覚悟を決めるさ」


 自分でも驚くくらいすんなりと言葉が出た。

 言って『その事』に気付く。

 ああ、そうか。

 俺はそこまでアイツのことを想っていたのか。

 言葉に出してようやく確信が持てた。


「……分かった。これ以上の問答はそれこそ野暮なことね」


 一息つき両手を上げ天井に向かって「ん〜」と大きく伸びるサンドリヨンはどこか日向ぼっこを楽しむ猫の様に見えた。


「そうと決まればぜんは急げね。明日からはめちゃくちゃ忙しくなるから今夜はうーんと英気を養わないとね」


 そう言ってサンドリヨンは皿の上に盛ってあるパスタを巻き取りピタリと静止する。


「むう……このペスカトーレ、ちょっとスープが多かったか。時間が経ってパスタがふにゃふにゃになってる」


 時間が経ってふやけてしまったパスタをすすりながら俺はふと思う。


 このパスタ、ペスカトーレって言うのか。


「まるで今の蒼井みたいね。あむっ」


 あと、その一言は余計だ。

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