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少年少女は試し試される

「試験内容は制限時間まであたしから逃げ続ける『鬼ごっこ』形式でいくから」


 着衣の乱れを直して冷静さを取り戻したサンドリヨンは俺に試験テストの内容を説明する。


「あんたの合格条件は制限時間の60分経過を“五体満足”で無事に迎えること。失敗はなんらかの理由により制限時間内に行動不能におちいること。後は……そうね、この学校の敷地外に出ることも一応は禁止事項に含まれるかしら」


 ガチで逃げられると困るから、とサンドリヨンは不敵な笑みを浮かべる。


「他に何か質問は?」

「……鬼ごっこ形式なら捕まった時点で不合格になるんじゃ?」

「はぁ、察しが悪いわねー。それだけだとあたしの方が面白くないのよ」

「面白くない?」

「言ったでしょ。思う存分可愛がってあげるって」

「…………」


 なるほど、向こうの視点で見ればこの試験テストはムカつく相手を私刑リンチに出来る絶好の機会なのだろう。

 試験という免罪符を「これはあくまでも試験だから」とあらゆる暴力行為の言い訳に使って。

 回りくどい。

 ハンティングゲーム感覚で俺をボコボコに痛ぶるのが狙いなら最初からそう言っておけば……間違いなく俺が敵前逃亡するな、うん。


 何にせよ、サンドリヨンが真性のサディストなのは間違いない。

 ドSキャラは前の相棒で間に合ってるんだが。


「試験開始は今から三時間後の午後九時ジャストから。あたしはその間にこの学校の防犯装置セキュリティを無力化するから、あんたは開始時刻まで教師に見つからない様に必死に身を隠してなさい」

「OK。そっちがヘマしないように心の中で祈っておく」

「…………っ!!」


 ギュッと力強く握った拳をプルプルと震わせて「ふーふー」と荒い呼吸で己の心を自制するサンドリヨン。どうやら煽り耐性はそれなりに備わっている様だ。


「ハハッ、マジで三時間後が楽しみ。絶対にブチ殺してやるんだから……」


 そんな不吉な独り言をブツブツと呟いてサンドリヨンは空き教室を出て行った。


「……あれは煽り耐性に難あり、かな」


 そして三時間が経過した夜の九時。暗闇に包まれた人気の無い校舎に本格的な夜が訪れた。


「……どうやら必要最低限の工作活動は出来るみたいだな」


 サンドリヨンのお手並みを拝見するつもりは無いが、念のために防犯装置の要であるセンサー類と防犯カメラの稼働状況をチェックしつつ目的地の事務室に足を運んだわけだが……流石は秘密結社の新人エージェントというべきか、モニターや記録装置レコーダーの類も含めて上手い具合に防犯装置が無力化されていた。


 単純な破壊ではなく機材の故障に見せかけた文字通りの工作活動。


「この様子だと警備会社に通報されて警備員に捕まる心配はないな」


 そもそも今のご時世だと異常を検知しなければ警備員すら来ない可能性もある。働き方改革の弊害へいがいがこんな風に現れるとはなげかわしい。

 この様子だと多少の騒音程度では他所よそから人が来ることは無いだろう。


 セ○ムもア○ソックも所詮は表社会の一企業だからな。裏社会のエージェント相手に並の防犯装置セキュリティじゃ役に立たない。

 いや、この場合はサンドリヨンの手腕を称賛するべきか。


 ある程度の時間を掛けたとはいえ、一人でこれをやるのは中々に骨が折れる作業だと思う。


「しかし、あの年齢としでエージェントになったのか。何というか、もっと真っ当な職業を探す気は無かったのだろうか」


 まぁ、それを言い出したら既に諜報員の経験を積んでいる俺や同年代のエージェントにも当てはまるから、これ以上とやかく言うつもりは無いけど。


「ずいぶんと余裕じゃない」


 事務室を出ると背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこには月明かりに照らされた長い灰髪がゆらゆらと揺らめいていた。


「ねえ、人の話ちゃんと聞いてた? あんたは狩人ハンターのあたしからみじめに逃げる逃走者の配役キャストなんだけど?」

「なんだ、君って意外と子供っぽいんだな。テレビ番組の真似がしたいなら黒いスーツとサングラスを着けることをお勧めするよ。ごっこ遊びは先ず形から入らないと」

「ちがーう! 確かにあの番組にはちょっと出てみたいかもって思ってたけど今はごっこ遊びしてる場合じゃないから! てゆーか、ごっこ遊びじゃないし!」


 プルプルと小刻みに身体を震わせるサンドリヨンの表情はいかにも怒り心頭と言った様子だった。


「なるほど、なるほど。分かった、分かったわ。目的は知らないけど……あんたがあたしを煽っているのはよーく分かったから」

「煽ってるんじゃなくて単純に君を馬鹿にしてるんだけどな」

「はぁぁぁぁ!? マジでぶっ殺す!!!」


 サンドリヨンはイノシシの如く突進して、力強く握った拳を振り上げ、顔面狙いの右ストレートを繰り出す。

 俺はその大雑把な攻撃を軽いステップでヒラリと避ける。


「……っ、この!!」


 攻撃を避けられたことにより更に苛立ちをつのらせるサンドリヨンは大振りな攻撃で猛攻ラッシュを仕掛ける。

 学校の廊下でヒュンヒュンと空を切る音だけが鳴り響く。


「はぁ!? なんで当たらないのよ!」


 ギャーギャーとわめいて文句を垂れ流すサンドリヨン。

 それはそうだろうと思った。

 モーションが大振りすぎて狙いがバレバレだし、何より相手との距離の詰め方がお粗末すぎる。


 猪突猛進がサンドリヨンのバトルスタイルなら彼女をエージェントに採用した経緯を説明してもらいたい。


 もしかして一対一タイマンよりも二人一組ツーマンセルが得意とか?


 あるいは奇襲などの闇討ちが専門分野で正面からの戦闘には慣れていないのだろうか。


 どちらにせよ、これでは話にならない。


「ほら、足元に気をつけろよ?」

「っ!?」


 そう言って事前に予告を出した俺の足払いをサンドリヨンは大袈裟おおげさなバックステップで回避する。


「……くっ、反撃とか生意気!」


 牙をき出しにしてもう一度仕掛けてくるサンドリヨンに俺はこう指摘する。


「馬鹿みたいに暴れるとまたブラウスのボタンが弾けるぞ? というか、ボタン外れてる」

「ふぇ!?」


 ガバッと。サンドリヨンが胸元を腕でおおい隠す。


 俺はその一瞬のすきをついて「すまない嘘だ」と一言だけ謝罪して脱兎の如く廊下を駆ける。

 これは鬼ごっこだから鬼からはちゃんと逃げないとな。


「なーんだ嘘か……って! ふざけんなコラァァァ!!」


 振り向くとそこには鬼神の形相で追いかけてくるサンドリヨンの姿があった。


「待てやゴルァァァ!!!」


 あれは完全にブチ切れてるなと思った。


「無理はするなよサンドリヨン。君はその身体つきのせいで走るのが苦手だろ?」

「余計な気遣いとかいらないから! つーか人の胸をイジんな! それ普通にセクハラだから!」

「それは失礼だった。すまないな」

「謝るくらいなら最初から言うなボケナス!」


 不毛な会話のキャッチボールを投げ合って夜の学校をひたすら走り抜ける。


 廊下を走り、階段を飛び越え、時には壁を蹴り、忍者さながらのパルクールを繰り広げる。


「はっ、逃げ足だけは達者みたいね! クソ雑魚のあんたにはお似合いだわ!」

「そりゃ逃げるさ、鬼がめちゃくちゃ凶暴だから」

「はぁ!? 誰が凶暴よ!」


 どうやら徒競走に関しては俺の方に若干の分があるらしく、数分が経過した現在でも一定の距離を維持してサンドリヨンの追跡から逃れ続けていた。


 学校の敷地内をあらかた回って約十分が経過。

 そろそろ仕掛ける頃合いだと思った。


 俺は目的地である生徒玄関に向かい設置されている下駄箱の列に紛れ込む。


「馬鹿ねっ、そっちは行き止まりよ!」


 無論、それは承知している。

 それを見越した上で俺は『何も無い空間』をピョンと大袈裟おおげさに飛び越えた。

 誰の目から見てもあからさまに不自然な行動。

 さて、狩人はどう反応するだろうか。


「…………えっ!?」


 彼女の目に何かが映ったのか、サンドリヨンは不測の事態に遭遇した運転手ドライバーの如く強引に足で急ブレーキをかける。


「は? 何これ、ワイヤートラップ?」


 かすかに足にワイヤーが触れた状態で止まり下駄箱の周囲を警戒するサンドリヨン。


 夜間において黒塗りのワイヤーは酷く見え辛い。多少の不自然な行動があったとはいえ、この状況下で冷静な判断を下せたということは分析能力がそれなりに備わっている証拠なのだろう。


 少なくとも及第点くらいは出していいだろう。


「そういえば、一つ聞きそびれたんだけど」


 俺はそんな露骨な前振りを入れてサンドリヨンにたずねる。


「ルールの確認なんだけど、君に対する反撃と君がなんらかの理由により行動不能になった場合の合否判定はどうなるのかな? まさか、この期に及んで鬼役に対する反撃行為はルール違反とか言わないよな?」

「それは……」

「逃げ回るよりもブービートラップで君を行動不能にして時間を潰す方が楽をできると思ったんだ。あわよくば事故に見せかけて君を“始末”するのも悪くない」

「……っ!?」


 俺の思惑を読んだのか、表情を一際険しくしたサンドリヨンは内股のベルトからナイフを引き抜いた。


「はっ、やれるものならやって──」

「なんてな。君に危害は加えないよ。それはただのワイヤーだ」


 実際問題、殺傷能力のあるブービートラップを作る道具も材料も無いからな。設置しているのは正真正銘ただのワイヤーだ。


「……意味わかんない。なんでわざわざ逃げ回る様なフリしたの?」


 その質問には明確な答えがある。


「君の力量を測ってたんだ。意趣返しのつもりで」

「意趣返し? なんの?」

「君が言ったんじゃないか。「雑魚の腑抜ふぬけに背中を預けるのだけは御免ごめんだ」って。だからアピールしたんだ、「あまり俺をナメるなよ」って」

「…………っ」


 サンドリヨンは引き抜いたナイフをゆっくりと元の位置に収めた。


「……なるほどね。試されてたのはあたしの方、か」


 しばしの沈黙をはさみサンドリヨンは「すーはー」と一呼吸置いて、


「……ごめん。あたし、あんたのことナメてた。安い挑発したのは素直に謝る」


 と、俺に対して謝罪の言葉をつぶやいた。


「それはお互い様だから気にしないでくれ」

「悔しいけど、一応はあんたのこと認めてあげる」

「良いのか? まだ制限時間が半分くらい残ってるけど」

「あたしが良いって言ったらいーの。これ以上は時間の無駄だから」

「それはどうも。しかし、あの怒り具合が演技とは恐れいるよ、流石は組織の新人ルーキーだ」

「いや、あれは演技じゃなくてマジでブチギレてただけだから」

「マジでブチギレてたのか」

「そうよ。あたしに対する子供扱いとセクハラは重罪なんだから」

「まだ根に持つのか」

「当たり前でしょ。乙女のハートはデリケートなの」


 どこに乙女がいるんだ、とツッコミを入れそうになったが言うと間違いなく面倒な事態になりかねないので口を慎む事にした。


「はぁ、相手の力量を測り損ねるとか……エージェント失格ね」


 サンドリヨンは自身の失態を嘆いているのか、くしゃりと悩ましげな表情で髪をかき上げる。


「これが実戦だったら今頃あたし蜂の巣か挽肉ミンチになっていたかもしれないわね」

「いや、流石に学校の敷地でそれはないだろ」

「そうかもね。でも、可能性がゼロとは限らないでしょ? あたしがどこかの組織の暗殺者かもしれないって可能性と一緒で」

「…………」


 実戦なら死んでいたかもしれない。その可能性は俺にも当てはまる。サンドリヨンはそう言いたげな顔で俺をジッと見つめていた。


「……あたし、新しい相棒パートナーには長生きして欲しいから」


 その瞳にはわずかに悲しみの色が浮かび上がっていた。

 裏社会において相手の事情を詮索するのはナンセンスだが。

 どうやら、今はお互いに相棒不在フリーの状態らしい。


「まっ、さっきの身のこなしを見る限りその心配は無さそうだけどね。あんた逃げ足だけは達者そうだし?」


 少し照れ臭そうな顔でサンドリヨンは言う。


「とりあえず試験は合格よ。おめでと。その、これからよろしく、ね?」


 そう言って彼女は小さな拳を突き出して俺に拳同士の挨拶(フィスト・バンプ)を求めてきた。


 意外と素直な一面があるんだなと思った。

 彼女の様な真っ当な性格は裏社会の住人に相応しくない。

 なら、なおさらこの件は断るべきだ。

 彼女と俺自身のためにも。


「……君には悪いけど試験テストは辞退させてもらうよ」

「は? なんで? あたしが合格出したんだから素直に喜びなさいよね!」

「いや、俺はそもそも組織に戻るつもりはないよ」


 俺は二度とあんな思いはしたくないから。

 それに大切なものを失った痛みは半年程度でいええるはずがない。


 そう、思っていた。


「分かった。あんたが組織に戻るって約束するなら交換条件として《白雪姫スノウホワイト》に会わせてあげる」


 その一言が全ての始まりだった。


「……何を言って──」

「あんたが勝手に死んだと思ってる昔の相棒に会わせてあげるって言ってんの」

「…………っ!?」


 スノウが、アイツがまだ生きている。

 その可能性は日常に飼い慣らされて腐っていた俺にとって酷く甘美で思考を放棄するほど魅力的な果実だった。

 まるで蜜が詰まった林檎リンゴの様に。


「サンドリヨン、君は一体……」

「ん、まぁ、あたしも『白雪姫』にはちょっと“借り”があってね」

「君はスノウと面識があるのか?」

「そ、あたしの事情でどうしてもあの子に会わないといけないから。それには相棒だったあんたの協力も必要になるってわけ」

「…………」


 この瞬間に俺の止まっていた時計の針が未来に向かって動き始めた。


「だからさ、諜報員エージェントらしく利害が一致する者同士って事であたしとペアを組まない?」


 そう言ってもう一度突き出された小さな拳に俺はコツンと自分の拳を合わせた。


「よろしく蒼井」

「よろしく、サンドリヨン。いや、山田さん」


 短い挨拶を交わした後でサンドリヨンは気難しい顔で一言。


「うーん。やっぱ山田花子はやめようかな……」

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