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真夜中の舞踏会I

「達者でな翔太郎。また今度来いよ」


 今から向かう場所を知った上での発言にしては、ジョージさんの見送り方は随分と楽天的なものだった。


 また今度来いよ。

 それはつまり麻薬密売組織が相手でも簡単に死なないと思っているのだろうか。

 軽い感じの言い方だと信頼されているのか小馬鹿にされているのか判断に悩むところだ。

 無論、こんなつまらない任務で死ぬ気は毛頭ないが。


 時刻は過ぎ深夜の十一時。

 ジョージさんから買った情報を頼りに俺とサンドリヨンが向かった場所は隣県の湾岸部に位置する人気の無い工業地帯コンビナートだった。


「まさか麻薬の密輸ルートが海からだったなんてね。日本の海上保安庁は何やってんだか」

「受け取り場所が石油コンビナートなら貨物船が定期的に停泊しても不自然じゃないからな。まぁ、コンビナートの管理者と密売組織がズブズブの関係なのは嘆かわしい限りだが」


 工場内に潜入し見晴らしの良い高台に身を隠した後で、サンドリヨンはジョージさんから渡された機密文書にもう一度目を通しながらぶつくさと小言を呟く。


「情報料に五十万円を提示された時はぼったくりだと思ったけど……どうやら情報に間違いはないみたいね」

「金額に見合うだけの情報を売るのがジョージさんの信念だからな。それにお友達価格で五十万円なら安い方だ」

「友達に高額請求するとか、嫌な友達ね。絶対友達に欲しくないタイプだわ。あっ、ごめん。蒼井は友達いないんだった」

「思わぬところで精神ダメージを与えないでくれ」


 痛い出費に加えてふところだけじゃなくて心まで痛い。


「蒼井、友達がいなくても強く生きるのよ。大丈夫、きっと来世ではいっぱい友達ができるから」

「少しくらいは現世に希望を残してくれても良いんだぞ?」


 哀れみの目で見られると泣きっ面に蜂どころか剣山が顔面に突き刺さった気分だ。


 それはそれとして。仕事の話だ。


「ほんと、気持ち悪いくらい精密な情報ね。拠点だけじゃなくて潜入ルートの手引きから構成員の人数、おまけに薬物の品種から取り引きの履歴と日時まで書いてあるんだけど。なんていうか、流石は悪名高い音楽団ブレーメンね、いい仕事してるわ」


 サンドリヨンの発言は嫌味とも称賛とも取れる言い方だった。


「日本の格言に『じゃの道はへび』って言葉があるんだが、まさにその通りだな」

「ちなみに意味は?」

「同類の者のすることは、同じ仲間なら容易に推測ができるって意味だ」

「なるほど。はぁ、世の中は今日も今日とて悪人にとっては快適な環境ね。嫌になるわ」


 色彩豊かな光でライトアップされたコンビナートの夜景を呆然と眺めるサンドリヨンの横顔は、どこかうれいを帯びている様に見える。

 彼女の髪を撫でる潮風が主な原因とは考えにくいが。


「開戦前に浮かない顔だなサンドリヨン。夜景もそうだが今夜は月が綺麗だから絶好の強襲日和だと思うが?」

「強襲日和ってなに。まぁ、夜景と月が綺麗なのには素直に同意するけど」

「そうだろ? 今の君と一緒だ。その黒革のジャケットは君に良く似合っていると思うよ」


 黒革製のジャケットとショートパンツの装いが妙に様になっていた。こういうセクシー路線の装いはスパイ映画に出てくるボンドガールに似ている。


「ふん。私服の時は一ミリも褒めなかったくせに」

「……何か言ったか?」

「なんでもない。蒼井にクサイ台詞言われると鳥肌が立つって話よ」


 そう言って夜空を見上げる彼女の顔はやはりどこか浮かない顔だった。


「なんだ、まさか緊張しているのか。君らしくもない」

「いや、別に緊張してないから。つーか会って二日も経ってない相手に知った口叩くとか良い度胸ね? 何様よまったく」

「これは失礼。どうやら緊張しているのは俺だけだったみたいだ」

「いや、あんたも緊張している様には全然見えないけど?」

「顔に出てないだけさ。今なんて足が産まれたての子鹿みたいに震えている」

「ええ、そんなんでよく「根本を断つ」とか大口叩けたわね」

「前の相棒との習慣でな。大口を叩いて気弱な自分を追い込んでるんだ」

「やっぱりMだった……」


 自分の言ったことがツボにハマったのかサンドリヨンはフッと笑顔になる。


「ふふっ。ほんと、緊張感ないわね。今から任務だってのにさ」


 その柔らかい笑顔は夜景の光よりも明るく、キラキラと輝いて見えた。


「まぁ、岩みたいに硬くなってるよりはマシだろ」

「確かにね。それにしても話がトントン拍子過ぎない? 即日でいきなり拠点に強襲とか普通ならありえないわよ?」

「事前に告知があるだけまだマシだと思うぞ? 前の相棒の時はフラリと入った飲食店レストランがいきなり戦場に早変わりしたからな」

「何その嫌すぎるサプライズ。なんにも嬉しくないじゃんか」

「まったくだ。アイツと一緒だとろくな目にわない」

「…………」


 会話の途中で急に黙ったサンドリヨンに視線を向ければ、そこにはジッと無言で俺を見詰める碧眼があった。

 その青い瞳は少しだけゆらゆらと揺れている気がした。


「どうした?」

「突入する前に一個だけ、訊いてもいい?」

「俺が答えられる質問なら」

「……そっか。じゃあ、言うね」


 もしかしたら、その質問は彼女がずっと抱えていた『悩みの種』なのかもしれない。


「蒼井は人を殺したこと、ある?」


 俺はその質問に間をおかずにすぐさま答えた。

 この場で変に誤魔化したりするのは違うと思ったから。


「あるよ。少なくとも一人や二人程度じゃない。この数年間でかなりの人数を殺めた」

「……それは自分の意思で?」

「自分の意思で殺した時もあるし他人の命令で殺したこともある。殺人の動機が正当防衛の時もあれば、不幸な事故で罪のない一般人を『仕方なく殺した』時もあった」

「……そっか。そうなんだ」


 そうは言うものの、サンドリヨンの顔は納得した様には見えなかった。


「役に立ったか?」

「ん、ありがと。ちょっとだけ気が楽になった」


 大きく息を吸って、吐いて。

 深呼吸の後、サンドリヨンはパシリっと俺の背中を力強く叩いた。


「いや、自分の頬じゃなくて俺の背中を叩くのか」

「え? あんたMなんでしょ?」

「随分と心外な人権侵害だな」

「まぁ、それはそれとして」

「おい」


 凛とした表情のサンドリヨンはグーパンで俺の胸をトンと叩く。


「背中は預けたからね相棒?」

「ああ、お姫様のエスコートなら任せてくれ」

「きっも!!」

「まるで汚物を見る様な目だな」


 そして。

 突入決行の予定時刻になり、俺とサンドリヨンは高台から飛び降り闇夜の大地に降り立った。


「そこのお前ら、こんな場所で何してる!?」


 会敵エンカウントして数瞬の後、麻薬密売組織の見張り役に挨拶代わりの弾丸をブチ込んでやる。


 開幕の鐘は鳴った。


 さぁ、任務ミッションの名を借りたゴミ掃除を始めようか。

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