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エージェントに学園ラブコメは似合わない

「それじゃ、昼休みのついでに任務のミーティングを始めましょうか」


 四限が終わるや否や俺のクラスにまで来て「蒼井くん。ちょっと着いてきて」と強引に人を屋上に連行する山田花子サンドリヨンさん。


「……山田さんは変な時だけ強引だな。人目を気にするなら呼び出しの段階から気をつかってくれ」


 学園内でも普段から目立たない努力を徹底してきたのに……転入生の呼び出しという嫌なサプライズのせいでこの半年の努力が一瞬で水の泡になってしまった。


「それもそうね。じゃあ、蒼井。今のうちに連絡先アドレスを交換しましょうか。スマホ貸して」

「…………」

「え、何その微妙に嫌そうな顔。意味わかんないんだけど?」


 そうか、俺は今嫌そうな顔をしていたのか。

 別にスマホは個人情報の塊だから貸したく無いとか、プライバシーの侵害だとか言うつもりはないけど。

 何というか、情緒が無いというか言い方が雑というか。

 端末デバイスごと受け取るとか合理的にもほどがあるだろ。


「ああ、安心して。待ち受けにアニメキャラの壁紙とかフォルダにエロ画像が保存してあってもあたしは別に気にしないから」

「主にそういうところだ」

「は? 何の話よ?」

「……いや、好きにしてくれ」


 指摘すると確実に面倒な事態に発展すると予想した俺は新しい相棒との不仲を生まないために渋々と要求をんだ。


 やはり学園だかといってラブなコメディが起こるとは限らないか。

 異性と連絡先アドレスの交換とか学生ならちょっとしたイベントだと思うんだが。


 いや、俺は一体何を期待しているんだ。

 普通の学生生活は昨日で終わっただろ。


「うーん。予想以上に登録しているアドレスが少ないわね。蒼井って現実世界リアルの友達いないんだ?」


 スマホを眺めて失礼なことをポツリと呟く山田さん。


「……その言い方はネット内になら友達がいると?」

「ん? いや、妄想エアの友達」

妄想エアの友達」


 ネット内の友達より酷い。

 それを公言したら完全に痛い人だ。


「ほら、今のご時世だとバーチャルアイドルとか流行ってるじゃん? 何か二次元的な友達とか恋人がいるんでしょ? 蒼井みたいな根暗陰キャって」

「百歩譲って俺が根暗陰キャだとしても、バーチャルアイドルや二次元の恋人にはちゃんと声優という『中の人』がいるから、完全に妄想エアという解釈には意を唱えたいな」

「うわっ。声優オタとかキモっ」


 黒光する害虫をみた時の様な目で俺を侮蔑ぶべつする山田さん。

 解せぬ。俺は別に間違った事を言ったつもりは無かったんだが。


「そんなんだから転生しても友達がいないのよ」

「待て、さも俺が二度目の人生を送っているかの様な発言は止めてくれ。第三者からあらぬ誤解を受ける」

「いや、第三者って誰よ。ここにはもうあたしと蒼井しかいないけど?」

「そうなのか?」


 辺りを見渡すと屋上にいるのは俺と山田さんだけだった。

 ふむ、なら問題ないか。

 他人がいないならわざわざ山田さん呼びする必要もないか。


「はい、あたしの連絡先と連絡手段のトークアプリは入れておいたから後でちゃんと確認しておいてね」

「ああ、分かったよ」


 スマホを受け取り画面を確認すると見慣れぬアプリが一つ増えている事に気付く。


 あの漫才めいた無駄話の間に操作を終えるとは中々の手際の良さだ。流石は諜報員エージェントというべきか。

 

「はい、じゃあ次はこれ受け取って」


 そう言ってポンと手渡されたのはラップに包まれた黄色い球体だった。


 ──これは一体?


「日本人って昼食ランチは『おにぎり』が定番なんでしょ? あー、一応言っておくけどあり合わせで作ったやつだから味はあんまし期待しないでね」

「…………雑なんだよなぁ」

「はぁ? あり合わせで作ったって言ったでしょ!? お弁当作ってもらっただけでも感謝しなさいよね!?」

「違うんだ。出来栄えの話じゃないんだ」

「…………うん?」


 何言ってんだコイツという目で俺を見やるサンドリヨン。

 どうやら彼女は学園ラブコメという概念が理解出来ないようだ。


「……余計なお世話だった? いらないんだったら返して、残飯処理は作った人が責任持って食べるから」


 何を思ったのか、飼い主に叱られた犬みたいにシュンと意気消沈するサンドリヨン。


「いらない? 何を言ってるんだ? 君がせっかく作ってくれた物を残すなんて、あり得ないだろ」


 ラップを取り黄色い球体にかぶり付くと中から赤い色のご飯が出て来た。


「……なるほど、これはおにぎりに見立てたオムライスなのか」


 食べて見ると甘塩っぱいケッチャップライスと甘い薄焼き卵が見事にマッチしていた。


 コンビニでは定番の品だが、こうやって手作りの物を食べると味が格別だと思えるから不思議だ。


 振り返れば、この半年間の食事は本当に味気のない物だった。


「ありがとうサンドリヨン。久しぶりに食の喜びを感じたよ」

「ふん。大袈裟おおげさね」


 居心地が悪そうに顔を背けるサンドリヨン。礼を言ったつもりなんだが、どうやら機嫌が悪いらしい。


「ところで弁当は一つしか無いのか? 出来ればもう一つくらいは欲しいのだが」

「しょ、しょーがないわね。もう一個あげるわ」

「ありがとう助かるよ」


 もう一つ受け取ってありがたく頂戴していると、俺の顔をジッと凝視する碧眼があった。


「ほんと、秒で食べるわね。食べるのに抵抗とかないのかしら……」


 どこか恨めしそうな顔でブツブツと小言を呟くサンドリヨン。

 抵抗? 毒の話だろうか?


「ふむ、心配してくれるのか。昨夜も言ったが毒殺の心配なら無用だ。ついでに言えば俺は食中毒や病原菌にも多少の免疫があるんだ」

「いや、そうじゃなくて。そのおにぎりは“あたしが握ったやつ”なんだけど?」

「……何か問題でもあるのか? 君が作ったのならむしろ安心して食べられると思うが」

「いや、そうじゃなくて……ごめん。なんでもない」

「……?」

「はぁ、文化の違いなのか蒼井の神経が鈍いのか判断に困るわね」

「…………??」


 サンドリヨンは一体何が言いたいのだろう。甚だ疑問だ。


 閑話休題。そんなことがあって数分後。


「今回の任務はこの学校に潜伏している麻薬密売組織の『売り子』の特定と入手経路の調査よ」


 サンドリヨンから告知された任務は身に覚えのある内容だった。


「……それなら既に解決済みのはずだが? 売り子だった社会学の教諭は春先に警察に逮捕されて今はブタ箱の中だ」

「詰めが甘い。ついでに言えば考えも甘い」


 ピシャリと、子をしかる母親みたいに俺を注意するサンドリヨン。


「あんたが匿名で警察に密告タレコミしたのは下調べの段階でこっちも把握してるから。手っ取り早く言うと警察に任せたから『取りこぼし』が起きたのよ」

「……まだ売り子がいるのか?」

「いるから言ってんの。悪いけど他力本願に頼ったツケはあんたに払ってもらうからね?」


 言ってサンドリヨンはポケットから一枚のルーズリーフで作ったメモを取り出した。


「はいこれ。売り子の容疑がある生徒のリスト。放課後までに名前と個人情報プロフィールを把握しておいて」


 受け取ったリストには学年も学級クラスも性別もバラバラな学園の生徒二十名の名前と個人情報が記載されていた。


「仕事が早いな。いつの間に調べたんだ?」

「昨夜よ。学校の防犯装置セキュリティに細工するついでに学校のホストPCに接続アクセスしてあらかじめデータを抜き取っておいたの」

「なるほど、君は存外と手際が良いんだな」


 その抜かりのなさを目の当たりにするとサンドリヨンと昔の相棒がどこか重なっている様に感じる。


「放課後になったら接触しやすい三年生から順に『探り』を入れるから。まっ、“根暗陰キャ”のあんたに聴取はキツいと思うけど? これも経験だと思って割り切りなさい」


 サンドリヨンの薄ら笑いにどこか人を小馬鹿にした態度が垣間見えるのは単純に俺の被害妄想なのだろう。


「悪いが、その必要はない。時間がかかる手段はスマートじゃないからな。それに断つなら『根本』からやるべきだ」


 一人一人に声を掛けるなんてダルい方法は警察にでもやらせておけばいい。


 こっちは非合法が売りの諜報員なんだ。不本意だが、汚い手を使うのには慣れている。


「根本を断つ? まさか、組織ごと潰すの?」

「ああ、詰めが甘いと言われたからには今度は徹底的にやるよ」

「……何か良い方法があるの?」

「もちろんだ。手段を選ばないなら最善の方法があるよ」


 怪訝けげんな面持ちのサンドリヨンに俺は、回答の代わりにある一つの組織の名を挙げる。


「君も知っている【尻尾のない音楽団(ブレーメン)】に情報を売ってもらうのさ」

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