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【プロローグ】

 もしかしたら、この出会いは最初から仕組まれていたのかもしれない。


 どういう因果か、クリスマスイヴは都心にしては珍しく、雪がしんしんと降り積もる正真正銘のホワイトクリスマスだった。


 都心部の交通機能が麻痺まひするほどの記録的な降雪量。この日は電車はおろかバスやタクシーですら完全に運行が停止していた。


 交通機能が麻痺しているなら家からの車による迎えも期待出来ない。迎えが来ないなら必然的に自力で家に帰るしかない。しかも徒歩で。


「どうせ馬鹿みたいに降るなら朝からにして欲しかった……」


 そうなればクリスマスイヴにわざわざ学習塾に行かなくて済んだのに。

 都心でゲリラ豪雪とか……異常気象もここまでくると、いよいよ地球がデモ活動を起こしたのかと思ってしまう。


「クリスマスイヴに塾で勉強とか、俺はクソ真面目か」


 サボれば良かった、と一人でブツブツと愚痴をこぼし、駅ホームでごった返す人混みをすり抜け帰路に向かう。


 地面を見ながら、下を向きながら、あるいは雪を踏みしめながら、俺はとぼとぼと白銀の雪道を歩いて行く。


 この時の俺は確実に疲れていた。


 寒いし、視界だって悪い。注意力なんて散漫している。何より塾で出来の悪い頭脳を酷使こくししていたから、思考なんて完全に上の空だ。


 頭の中は受けたくもない高校受験の事でいっぱいだった。

 《《今の親》》に捨てられないためにも期待には応えないといけない。

 そんな将来の不安からくる心労ストレスが疲労を加速させる。

 中三の冬は疲れることばかりだ。

 疲れていれば不自然な位置にある通行止めのバリケードだって看過みすごすこともある。


 ──だから。


「なんでここに入って来たの?」


 自分が踏んでいる真っ白な雪のキャンバスに『赤黒い染み』が飛び散っているのでさえ、声をかけられるまでまったく気付かない。


 そんな馬鹿みたいな失態ミスは疲れていなければ起こるはずがない。これは日常では決して有り得ないシチュエーションだ。


 そう、この『出会い』はただの偶然で、たまたま起こった不幸な事故のはずだ。


「向こうにバリケードがあったんだけど。見えてなかったの?」


 鈴を転がすような耳あたりの良い声の方に目を向けると、そこには今にも消えてなくなりそうなほど存在感が希薄な少女が一人、真紅の血飛沫ちしぶきと純白の雪で彩られた舞台の上に立っていた。


 雪のように白い肌、血のように赤い真紅の瞳、黒檀の窓枠の木のように黒い黒髪のショートカット。身にまとっている純白の衣装ドレスも含めて非日常的かつ幻想的な少女のキャラクター像が俺の脳内に強烈な印象イメージを与える。


 異常事態の最中でも思わず一目惚れしてそのまま求愛プロポーズしても仕方がないほど、彼女は可憐な美少女だった。


「……ちょっと考え事してたんだ」


 目に飛び込んで来た異常な視覚情報で疲労困憊ひろうこんぱいしていた俺の思考能力がカッと覚醒する。


「一般人をここに通すとか、見張りは何してたんだろ? もしかしてサボってるのかな?」


 彼女はまるで通行人に道を尋ねているかの様な気さくさで俺にそう話しかけてくる。友好的フレンドリーな対応に俺の警戒心はフッと霧散する。


「……ほら、今日に限って馬鹿みたいに雪が降っているから。それで色々見えなかったんだと思う」

「ふうん、なるほど。それは災難だったね」


 不気味さを覚えるほど音のしない足取りで、彼女は俺の眼前にまで迫ってくる。


「ねえ、キミ。口封じで殺されるのと、ボクの相棒パートナーになるの、どっちがいい?」


 その問い掛けは日常に疲れていた俺にとって酷く魅力的で、まるで心臓を鷲掴わしづかみにされたかのような殺し文句だった。


「……答える前に一つだけ、君に質問してもいいかな?」

「うん。いいよ」


 不思議と恐怖心は無かった。

 鼻につく血生臭い匂いも、目に映る雪に埋もれたしかばねの数々も大して気にならない。目の前にいる『生きた芸術品』と出会えた奇跡に比べれば殺人現場なんて本当に些細な異常事態だった。


 今はとにかく目の前にいる彼女の機嫌を取りたい。疲れている俺の頭の中はそれしか考えていなかった。


「出来の悪い俺なんかでも、君の役に立てるかな?」


 ただ一つの不安を口に出すと、彼女は薄く笑って「大丈夫だよ」と答えた。


「キミの見ている『世界』はキミを中心に回っている。つまりキミはキミの世界の主人公だ。だから、何も心配はいらないよ」


 差し出されたその小さな手は、とても人殺しをするような人物の手には見えなかった。


「ボクはスノウホワイト。気軽にスノウって呼んでね」


 白雪姫スノウホワイトという幻想的メルヘンチックな名前の響きに妙な違和感を覚えた。


 それもそのはずだ。スノウホワイトはいわゆる暗号名コードネームで、それを名乗る彼女は世界で暗躍する秘密結社の一員だった。


「俺は蒼井翔太郎あおい しょうたろう。よろしくスノウ」

「よろしく翔太郎」


 そんな衝撃的なスノウとの出会いを経て俺は不本意ながらスノウの相棒パートナーになった。


 それから程なくして俺はスノウの所属する秘密結社【正義の天秤(アストライア)】の諜報員として世界各地を巡る極秘任務の旅に出た。


 海外留学というありふれた名目で俺は生まれ育った母国にほんを離れた。表向きの口実とはいえ、外国語にうとい俺が海外留学とは中々に苦しい嘘だったと思う。


 世界各地を巡る極秘任務の旅は俺とスノウの信頼関係を築く上で欠かせないイベントだった。


林檎リンゴが好きでスノウホワイトとか、なんのキャラ付けだ。もっと秘密結社らしいコードネームは考えなかったのか?」

「むっ、キャラ付けとか野暮なこと言わないの。女の子はいつだってお姫様に憧れてるんだからね?」

「お姫様ねぇ……お前を相手に出来る王子様はさぞかし御立派なんだろうな。アラブの石油王でも無理なんじゃねーの?」

「ふーん。お姫様は否定しないんだ?」

「……皮肉を込めた冗談を間に受けるな。ジョークだよ、ジョーク」

「そっか、それは残念だ。翔太郎からお姫様対応を期待してたんだけどなー」

「今でも十分だろ」

「それもそうだね。ボクは翔太郎に愛されて幸せだよ」

「…………っ」


 そんな冗談を交わせる程度にはお互いに相棒パートナーの意識があったんだと思う。


 思い返せば俺とスノウは親密な関係になり過ぎた。


 仲良くなったことを後悔するほど。


 結論から言って、貴重な高校生活の半分を犠牲にして得たものは、なけなしの語学力と日常生活に必要のない戦闘技術だけだった。


 振り返ると得るものより失うものが多い二年間だった。


 そして、あの日から半年以上が経ち、気の休まらない日常を送り『ただの一般人』に戻った俺は、とある事情でもう一度だけ裏社会にこの身を投じることになる。


 すべては『名前の無い任務』を遂行するために──

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