第75話傀儡支配
辺りが静寂の静けさに包まれた夜へ変わり、知努と妹の知羽は向かい合わせに座って食事している。
白いナプキンを首に着けているオランウータンのぬいぐるみアパアパが彼の隣の席で座っていた。
両親は仕事で帰宅が遅くなるため久しぶりに兄妹しかいない。ナイフとフォークを使い、黙々と食事している光景が夫婦のようにも見える。
昨日と同じく白いブラウスの格好をしている寡黙な知羽は、どのような女性にも引けを取らない大人の美しさがあった。
この彼女を前にすると兄である知努がまるで年下の男のような錯覚へ陥る。やはり、男子より女子の方が早熟していた。
対する知努は黒い丸形サングラスをかけ、昨日と同じくステレオ型中国人マフィアに見える格好をしている。
チャイナドレスが人気な理由と同じく、長いスリットから露出している黒のサテンパンツを履いた足が妖艶に見えるようだ。
彼が夕食作りをしている後ろで何度も妹から尻や足を撫でられる悪戯を受け、随分困らされた。
今日の夕食はステーキと白飯とポテトサラダだ。知努のステーキがミディアム、知羽の物はレアの焼き加減にしてある。
ナイフで切り分けたステーキをフォークで口へ運ぶ仕草に色気を感じていると知羽が話しかけてきた。
「お互い、何だか落ち着いてきたね。私がお兄ちゃんの事を好きって伝えて、お兄ちゃんはそれを受け入れたからかな」
彼女が兄に対しても反抗期のような態度で接していた時は、どのように対応すればいいか分からず彼はなるべく避けている。
両親不在の際は妹と食事の時間をずらしていた。しかし、妹から嫌われていない事が分かってから反抗期以前のように同じ空間で食事している。
「知羽に嫌われていないと分かったからだと思う。あまり大きな声で言えないけど、お兄ちゃんにとって知羽は母さんより愛している」
夜という時間帯も相まって、結婚を申し込んでいるような雰囲気へなってしまう。知羽は赤くなった顔を咄嗟に両手で隠した。
「お兄ちゃんの策略へ嵌って、知羽の大事なところまで許したばかりに逆らえなくされちゃったよ」
無知だった幼稚園の頃、兄の妻へ立候補した彼女と思えない程、すっかり俗世に染まっている。
将来、彼女が恋人から求愛された時にする反応を見られたところで、仏頂面の彼は誤解を解いていく。
「確かに知羽は良い伴侶となるだろうな。でも、違う。年が近い娘という意味でそう言った」
「余計悪化しているよ! 染子が告白の答えを出すのに躊躇している理由が分かってしまったよ」
女子の繊細な部分を弄ぶような事はやめて欲しいと妹から文句を言われながら彼は食事していた。
30分が経ち、食器を洗い終えた彼は床に敷いてあるカーペットの上でうつ伏せになりながら読書しており、尻の上へ妹が座っている。
背筋に指を這わせて遊んでいる彼女は、前屈みとなりながら兄が読んでいる本の表紙を見た。
「せっかく2人きりなのに本ばかり読んでいてつまんない! 育児放棄しないで娘と遊んでよ」
読んだ頁の間に栞を挟んでから隣へ置き、見下ろしている彼女と目線を合わせる。すると艶かしく舌を出してきた。
父親を誑かす母親泣かせの娘に合わせ彼も同じく出して絡める。彼女の反抗期という名の停滞期を乗り越え、愛が高まっていた。
2分程、熱く絡め合った後、相手へ結びを伝える様に強く吸い、妹の顔が離れる。異性を淫らに誑かせるような女子へ育ちつつあった。
耳元へ近づき、熱い吐息をかけながら挑発する。三中家の血筋は呪いのように積極的な女子ばかり生み出していた。
「お兄ちゃん、熱くて甘いキス、とっても上手だよ。いつかお互い結婚してもいっぱいキスしようね? お兄ちゃんは別腹だから」
女子中学生の妹に誘惑されている知努は悔しそうな表情で唸りながら両足をばたつかせる。
人妻になった妹、母になった妹がより魅力的な女性へなっている事は間違いなかった。
腰から知羽が降り、冷蔵庫の方に向かう。彼も時刻確認するためスマートフォンを置いていた流し台へ行く。
スマートフォンの画面は20時過ぎを示しており、もうじき母親が帰って来るはずだ。
椅子に座っているアパアパの写真を撮影し、ソーシャル・ネットワーク・サービスサイトへ文章と共に投稿した。
『今日はマミーとダディーの帰りが遅いので、ハー・チャンとアパアパの3人で夕食を食べました。ステーキ、美味しかったです』
ユーディットが投稿した子犬のクーちゃんが就寝している画像を眺めていると返信される。
最近、従姉の白木夏鈴と入籍した自称ポーこと母方の従兄である斎方櫻香からだった。知努にとって関わり辛い相手だ。
彼が描いたと思われるサングラスを掛けた強面男のイラストをプロフィール画像に設定している。
『ボロ雑巾のようなステーキ食べてそう。それよりチー坊くんもうまいそうやなぁほんま』
三中家の夕食を侮辱した挙句、従弟へ精神的苦痛を与えている。すぐ幼馴染の染子が投稿した。
『やっべぇ…、OUK先輩じゃん…、話したくないな。お前いつ払うんだよ小遣い。嫁に言うぞお前』
これから犬も食わぬ言い争いが起きる事を察した彼は、部屋に行こうとする。廊下へ出ると玄関の扉が開いた。
仕事から帰宅した三中兄妹の母親だ。息子の予想外な姿が目に入り、思わず笑いを堪えていた。
革製のカバンを持ち、ベージュのコートを羽織っている彼女が速足で彼の方に近づいて抱き着く。
「おかえり、俺の顔を見て、いきなり笑うなんてひどくない? 息子はショックだなぁ」
「だって、その小さくて丸いサングラスかけていたら何だかきな臭くて笑うよ」
両親へ対して未だ反抗期の妹は廊下に出て、知努が隠しておきたかった本音を言ってしまう。
「知羽の事をお兄ちゃんは、年が近い娘のような女の子と言ってくれたよ? アラフォー涼鈴おばさん」
母親の手のひらで踊らされている事を知らない娘の嫌味に対し、全く彼女は動じていない。
反抗期の小生意気な娘を母親の傀儡になっていた息子で支配する方法は、三中家の伝統だった。
三中知努の人生に大きな影響を与えた叔母ですら、祖母の傀儡となっていた兄の忠文を使う間接的支配の被害者だ。
インターフォンが鳴り、母親から離れた知努は玄関へ足音を消して近づき、扉を開ける。
「死ねぇ! 三中知努!」
彼と同じ学校の制服を着た見覚えがある女子は、持っていた果物包丁で斜めに切りかかった。




