第7話スプリングナイトヒート
彼女は、1階の浴室でシャワーを浴びていた理由と、爪切りした理由を鈍感そうな彼に教えた。やはり、体同士が触れ合う為、準備は欠かせない。
「僕もその、一緒にシャワー浴びたかったな。それより今の染子はいつもより可愛く見えるよ」
理性が働いていない知努は、やや襲うように、何度も染子の唇と重ね合わせ舌を搦め取る度、蕩けた。まるで自分の子供にするような愛おしい手付きで、頭を撫でる彼女の仕草が、彼好みだ。
口付けに慣れさせない為、上顎の前歯の裏側を舌先でゆっくりとくすぐり、染子の体が震える。知努の右膝が彼女の股に挟まれて、艶めかしい腰遣いで昂ぶりを解消していた。
しばらくし、急に下半身の筋肉が強く伸縮し、染子の方から唇を離す。まだ膝は挟んでいる。とても気分が良くなっていた状態で2人は改めて先程の感想を交わす。
「お世辞抜きで染子と一緒にあんな事が出来て良かったよ。体が蕩けて無くなると思っちゃった」
愛しているからあの行為をした訳で無い事は分かっている。ただ、身近な道具として使っただけだ。いくら知努がお人好しといえ、誰にでもあのような理由は許さない。信頼している染子だからこそ受け入れた。
「苦しいからという理由を盾にしたのにどこまでも甘いわ。知努のが結構大きくて気持ち良かったけど」
「人生初のピロトークって分かってます？」
敢えて明るく締め括る為、生々しい描写を極力避けていた知努と違い、素材の味が生かされた感想だ。
平常通り、染子は他人を道具として使う事に対し、全く躊躇が無かった。しかし、都合の良い嘘で誤魔化さないだけ真摯だ。
この先、彼女とどういった関わり合いをするべきか、まだ知努は考えられない。彼が部屋の壁に掛けられていた電波時計で時刻を確認する。そろそろ家へ帰らせなければいけない時間帯だった。
彼女は、両手の指を絡めたまま狸寝入りしてしまい、呆れて溜め息が漏れる。とにかく外へ連れ出さなければならない。だが、もう少しだけ染子とこうしていたい気持ちが強くなり、仕方無く知努は狸寝入りに付き合う。
気が付けば照明を点けたまま寝てしまい、慌てて起きた時は煙のように彼女は消えていた。毛布についている赤いシミと彼女の香りだけは残っており、少し過去へ変わった時間が恋しくなっている。
「一仕事終えて一服している人が良くそう思うように、生きようと、《《私は思えません》》」
金閣寺の有名な締めの文章を引用しようとしたが、彼の心はまだ乱れており、その内容に同調出来ない。
どれだけ彼女との物理的な距離が縮まっていても、まだ精神的な隔たりを感じていた。染子から交際の許可を貰わなければ非常に脆い関係性のままだ。
辛い現実を辛抱し、染子の期待に応えられる人間でいたいと知努は誓って、部屋から出る。
１階の居間はまだ誰かいるらしく、照明が点いていた。両親のどちらに今の格好を見せてもあまり恥ずかしくない。
居間へ入ると、寝間着姿の両親が椅子に座っており、晩酌していた。食事の後は良くしている。冷蔵庫から誰かが置いたと思われる、コップに入ったオレンジジュースを見つけた。
訝しがりながらも喉が渇いている知努は取り出して一気に飲み干し、流し台へ置く。後ろにいる両親は、彼が女装している事をおかしく思っていなかった。最早、日常の一部となっている。
「昔は私の腰くらいしかなかったのに、もうモデルさんみたいだ」
「その代わり、この子も姪も結婚したら豹変して、冷めた態度ばかりになりそうだよ」
背丈だけは高身長に憧れていない為、１度も劣等感を抱いた事が無い。どの年齢でも高ければ美人、低ければ愛らしいと褒められた。
将来、この両親がどこかの良家へ嫁がせようと企んでいないかだけ、彼は少し危惧している。生憎、見合い結婚するつもりなど無かった。
まだ気温は２０度後半に満たない４月の寒い夜だが、火照りと似ている暑さを感じている。しかしながらどこと無く、知努の体が温かい人肌を求めており、ゆっくりと獲物の背後へ迫った。
両手でパジャマのボタンを外して黒いキャミソールが露わとなり、すぐ硬直してしまう。
よく見れば胸の豊かな膨らみが無く、間違えていなかったと安堵して相手の膝に座り、抱き締める。座る前にスカートを膝へ敷く行為は、父親から見て、魅力的らしく目線が逸れる。
「キャミソールなんて着ちゃってぇ、今日は夫婦の営みでもするのですかぁ？」
いきなり息子に抱き付かれた父親はこの行動を驚いていない。むしろ、こうなる事が分かっていたようだ。あのオレンジジュースの中へ何か薬を混ぜ込み、こうなるように仕向けたと悟る。苛立ちが募っていく。
冷蔵庫の安全を脅かす許しがたい行為だった。警戒しながら冷蔵庫を使わなければならなくなる。１分程、無言で睨みつけて昂っている知努の方から唇を奪う。口の中にアルコールの甘い香りが広がる。
逃げられないように父親の両手首を強く掴み椅子の背もたれへ押し付けた。この男は性欲の捌け口だ。舌、歯茎、上顎の窪み、歯の裏側を焦らすように遅く舐める。心地良さが生まれるも望んでいない。
唾液がはじける音や吐息が漏れる音は、さして知努の情欲の対象となっていない。相手が口を離してもしつこく重ね、敏感な歯の裏側ばかり舐める恥辱を与えていき、飽きたところで止める。
もう少し赤面していた父親に屈辱的な思いをさせようと、彼は母親を利用する良からぬ考えが浮かぶ。慕っていた母親の嫌がる事をしたくないという罪悪感が湧きながらもそちらへ向いた。
大抵の場合、身の危険を感じ相手に侮蔑されてしまう。しかし、何かしらの原因で倫理観を狂わせてしまったのか、母親は頬を赤らめながら受け入れる。
「ちーちゃんは別腹だから良いよ。おいで？」
すぐ母親の方向へ向き直して両手と唇を重ねる。母親の舌が侵入してきて、味わうように絡めて甘い幻想に身を委ねた。幸い、目を閉じているおかげで着ているワンピースのスカートが盛り上がっていた様子は見られない。
上唇を吸い、敏感な箇所ばかり舐めて、母親の半開きの口から熱い吐息と、妖艶な声が漏れる。本格的に熱が入ったのか、知努の膝へ座ってから母親に体重をかけられ半ば押し倒される体勢となった。
しっかりと指を絡めながら主導権が奪われ、舌の下部の付け根や上顎のざらついた部分を舐められる。
太腿に１００キロ以上の重量が掛かっている父親は、伊豆石を太ももへ置く拷問の石抱を受ける囚人と変わらない。
そんな事など微塵も気にしておらず、互いの口内や舌を味わい、重ねていた指が絡まっていく。
「2人とも重いよ。早く退いてくれないと僕の太腿が肉離れ起こして、歩けなくなるよ」
父親の悲痛な叫びを聞いたのか、居間の扉が開き、入ってきた女子は３人の元へ近付く。
