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愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第2章 緩慢な冷えた風
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第59話苦い恋の忘れ形見



 入浴し終わった彼は台所で夕食の準備をしている。山型の果物絞り機へ輪切りにしたグレープフルーツを押し付けていた。



 女子高校生2人の要望で3個近く使い果汁を搾り取っている。これは今日の鍋に使う調味料だ。



 搾り取った果汁は彼女らが使う取り皿へ注いでいる。染子の両親や弟はポン酢の方を好んでいた。



 彼も冬の鍋で(だいだい)や酢橘の果汁を調味料に使った事がある。グレープフルーツはジュースや砂糖をまぶして食べるデザートの印象が強い。



 鍋の調味料として知名度がある酢橘は果汁単体で売り出されている光景を見かける。もしかすればグレープフルーツの果汁も陳列されているかもしれない。



 しかし、それは調味料としてではなく、酒に使う割り材だ。酒を嗜まない彼から見ればそれも理解し難い。



 帰宅したワイシャツ姿の火弦が台所へ様子見しに来た。ちょうど染子や絹穂は別の部屋でいるため男しかいない。



 「チー坊、何やってんだ? グレープフルーツのカクテルかジュースでも作ろうとしてんのか?」



 「違う。染子がポン酢に飽きたからグレープフルーツの絞り汁で食べたいらしい」



 彼もまさか調味料に使うと思っていなかったのか困惑していた。軽い世代格差を感じている。



 若い女子、()しては自分の娘の考えなど到底、良し悪しを判断出来ない。日々、常識が変わっている。



 火弦は夕食作りの邪魔をしないため居間に戻った。水炊きをポン酢で食べられさえすれば何も問題ない。



 1時間後、夕食の準備を済ませた知努は染子の部屋に行く。扉を開けると2人が下着姿でいた。



 体格がほぼ同じなため2人はベージュの下着を着けていた。犬猿の仲と思いきや意外にも仲睦まじい。



 外出する訳でもない彼女はわざわざ彼から借りているリボンが付いたヘアゴムで髪を束ねている。



 じゃんけんをしていた事から脱衣野球拳の最中だったようだ。赤面している絹穂に脱いでいたパジャマを投げ付けられる。



 「このすっとこどっこい! ノックぐらいして! 無反応なところが私のお父さんみたいよ」



 「ごめん。両親のエッチなところも5回くらい見たからもう慣れた。早く服着て、ご飯だよ」



 顔に直撃したパジャマを投げ渡して、身支度が終わるまで彼は待った。染子だけ下着姿のまま居間へ行こうとする。



 後ろから両手を腹に回し持ち上げ、彼女の部屋へ戻す。また染子は出ようとして戻すやり取りが5回程、続く。



 「室内で飼っている猫か1人暮らしの女子大学生か? 早く服着ないと唇にチューする」



 「接吻で誤魔化される程、私は甘くないのさ。君は一体、私のどこに惹かれているのかな? さあ、教えてくれないと服を絶対着ないよ」



 月夜の下に生きる猫のような14歳女学生を真似ている染子の白い首筋へ彼が両手を伸ばす。



 その行動に驚きもせず、彼女は苦悶の表情を浮かべながらも首を絞められていた。気道が塞がれていく。



 彼女の首から両手を引き離そうと絹穂はすぐさま彼の腕を全力で引っ張るが全く動かない。



 まるで彼女の事を全て支配したいと思っている彼の強い想いが具現化されているようだ。



 死人のように生気を感じられない表情の知努は絞めている指の力を少しずつ緩めつつ語り始める。



 「美しいという言葉が低俗に感じる清らかさを持っている。この女性になら命を捧げてもいい、そう思えた。だけど、何度も染子を凌辱して楽しんでしまったんだ」



 「俺は悪魔なんだよ、大事な染子を凌辱しようが人を殺そうが平気で生きていける最低の人でなしだ」



 絞めていた両腕が垂れ下がり、心の底へ押し殺していた感情を吐き出した彼は泣き崩れる。



 染子は咳き込みながら彼の横を通り、脱ぎ捨てていたパジャマを着る。そして彼女の目が細くなり、口元も緩み彼の前へ出る。



 「危なかった。もう少しで知努専用キツキツ〇ナホにされかけたわ。死体の方が締まるからって葬式業者がこっそり使っているらしいよ」



 娘の下品な発言を聞いた彼女の母親は居間から飛び出し彼女の頭を叩いた。廊下中に乾いた音が鳴り響く。



 「年々落ち着いているチー坊の方が染子じゃないかと思う程よ。チー坊の爪垢を煎じて飲ませたいわ」



 「爪垢じゃないけど知努のっ」



 今度は絹穂も加わり、何かを言いかけた彼女の頭が叩かれる。その後、2人に慰められて彼は泣き止む。



 いつもより少し賑やかな食事が始まり、グレープフルーツを調味料にして食べている女子高校生2人とポン酢で食べている4人に分かれている。



 いつも仏頂面で食事している染子が珍しく今日は上機嫌だった。菜箸を使い、肉ばかり取っている。



 彼女と食べる速度が異様に早い絹穂の間で知努はしらたきと野菜を食べていた。対面の火弦が複雑そうな顔をしている。



 「俺は決着をつけるべきだったんだ。あの時に勇気さえあれば今頃、過去だと割り切れていた」



 若い女子へ下心を隠さず接する中年は恋の未練に悩んでいた。染子の予想通り、彼が彼女の叔母の事を思い出している。



 過去の選択肢を誤った事で未だに20年前の出来事が彼を苦しめていた。彼女はどこにもいない。



 「割り切ったら思い出すきっかけが無くなる。割り切れず、苦しいから思い出せているのよ。知努は私を苦しみながら愛してくれるわ」



 「本当にお前は私の心を愛撫するのが上手、ちょっとお腹の下辺りが熱いから後で両家の子孫、作らない?」



 誕生日の贈り物として彼から貰った箸を舐めながら片手で下腹部をさすり、誘う。だが、横の知努は無視していた。



 娘が慰めてくれていると思った矢先、最悪な話の締め括り方をされた火弦は妻に泣き言を漏らす。



 「忠文に土下座してチー坊を俺達の子供にしよう。正直、こいついないと家族の食事が辛い」



 「嫌よ。毎日、チー坊見ていたらコンプレックス抱くわ。何なの、あの綺麗な顔! 1秒間に1回泣かしたいわ!」



 若いアイドルならまだしも知り合いの子供に対しあれ程まで嫉妬する根性だけは凄まじい。



 鶴飛家の長男である庄次郎がこの異様な雰囲気に付いて行けず、黙って肉と野菜を食べていた。



 締めのうどんを食べ終えた知努は後片付けに取り掛かる。春の陽気で頭がおかしくなった染子の母親に尻を撫でられた。



 「大きさと張りがあるこの尻もウザいわ。このクソガキを整形外科に運んで私の尻と交換しようかしら」


 

 「やめてよ。歩く度に皺まみれの尻肉が揺れるなんて外、出歩けなくなる。嫉妬ばかりしていたら老けるよ?」



 彼の尻は彼女からの打撃を浴びせられる。瑞々しい感触に足や拳が包み込まれる度、敗北感は増していく。



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