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愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第1章 柔和な日差し
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第5話不穏な物音


 1週間近く、朝食、夕食がバナナと牛乳しか与えられなかった童人形のような髪形をした父親は反省したらしく、それ以降、天狗は憑かない。


 しかし、髪が伸びてからベージュのリボンで長い後ろ髪を束ねる習慣は止めず、知努の妹に軽蔑されている。


 心の闇が深い男の執着に、また天狗が憑く日もそう遠くない。人間の不浄な思考は彼らの好物だ。



 帰宅して安堵したせいか、急に彼が尿意を催す。1人だけの家は少し不気味な雰囲気を帯びており、不安な気持ちも沸く。


 大した重量は無いが、あまり持ち歩きたくない為、スクールバックを妹に蹴られない階段の横へ置く。


 居間の扉が開き、鉈を持った巨漢にいきなり遭遇する事は無いと、彼が信じながら手洗い場へ向かう。


 どういう体内構造しているのか、精神病棟から逃げ出した、巨漢殺人鬼が銃撃で死ななかった映画を知努は最近観たばかりだ。


 不死身の巨漢殺人鬼は作り物に過ぎないと理解しているが、殺人鬼はいくらでもいた。身勝手な理由で殺人事件を起こす報道をよく見かける。


 彼が便座へ座り、数秒も経たずに玄関の扉を開閉する音が聞こえた。そして、知努のスクールバックが蹴られる音も響く。


 「怖いじゃ、あーりませんか」


 必要も無く、兄の荷物を蹴る妹は怖く、数十年前に世間で流行した言葉が口から出る。今日、彼女の機嫌を損ねておらず、理不尽だった。


 階段を急ぎ足で上がり、やたら大きな扉の改変音を響かせる。押し掛け強盗のような豪快さだ。


 今のうちに自室へ行こうと思い、彼が用を足して手洗い場から出た。廊下は先程と違う香りが漂っている。この家の住人で無い人間が入ってきている証だ。


 聞こえてきた足音の数は1つなので、不法侵入者以外考えられない。玄関の靴置き場に行くと不法侵入者の所持品らしき黒のショートブーツを見つける。


 黒の靴下を履く両足を想像してしまい、(よこし)ま感情が湧いてしまう。靴の大きさが知努の物より小さく、ショートブーツは女性もので間違いない。踵の側面に何か付着していた。


 しゃがんで持ち上げ、記号とカタカナが書かれている白いテープを見つける。右の1個は雄記号とツーが書かれており、反対の1個に対なる記号とルーを書いていた。


 「あなたツールーさん? 僕ミッチー」


 何故つがいとなる靴に、それぞれ銭湯や便所のような性別記号が書いているか、知努は考えてみる。


 「雄がツーっと、雌がルーっと」


 白いテープに書かれていた文字と記号を反芻し、ある古典落語の名前が思い浮かんだ。亀と対なる長寿の動物である鶴だった。いつか何かの番組中にその落語を聞いた事がある。


 横町に住む博識隠居から鶴と呼ばれる由来を聞いた町人が、知り合いへ披露しようとして、失敗する内容だ。他人から得た知識を上手く活用出来ない展開は、有名な江戸落語の時そばや目黒のさんまと似ている。


 小学生時代に、色んな持ち物へ名前が書かれたシールを貼っていた習慣でわざわざしているようだ。氏名に鶴が付いた知り合いの女子は1人しかいない。嫌がらせで彼女の靴を持ち去りたくなった。


 性格は傍若無人で加虐嗜好だが、竹から生まれたかぐや姫のような女子に変わりない。もし、本物のかぐや姫だとすればもうじき月からの迎えがやって来る年頃だ。


 ある小説の影響か、彼女が座る革製の大きな椅子の骨組みになりたいとよく思い、自己嫌悪した。下着泥棒や女性の所持品を盗む輩が、警察に捕まる報道は珍しくない。


 手にしている黒のショートブーツを盗めばすぐ本人に知られ、凄惨な暴力が待っている。渋々、元の場所へ戻してから魍魎が蹴り飛ばしたスクールバックを持ち、2階に向かう。


 わざと来訪している証拠が残しているだけ温情はある。もし、土足なら刑法に触れる行為を行うつもりだ。


 階段を上がる音は当然、染子も聞いており、どのような表情で待っているか疑問だった。案外、布団の中へ潜り込んでいそうだ。


 数日前の予告から察するに未成年者らしからぬ行為目的でやって来た。やはり、彼女の精神状態が異常だ。


 彼は自室の扉を開け、勉強机と、滅多に使わない木製の鏡台が見えた。鏡台の配置はこだわっていた。


 風水に関心が無い知努も両親から寝姿を鏡に映せば疲れやすくなると言われている。しかし、あまり意味は無かった。


 若干、横着な性格なのか、寝ながらテレビを見られるようにベッドの対面へテレビを設置している。所謂アニメオタクだが、書籍や模型以外の収集癖はほとんど無く、壁に松田優作のポスターだけ飾っていた。


 部屋の隅にあるガラスが付いた扉の収納棚へ戦艦三笠の模型を入れている。今朝と変わらず、外側から目視出来た。


 収納棚の横に服、下着、靴下などを収納するタンスが見える。上側の縦開きの場所は隠れられそうだ。


 初めに毛布が盛り上がっている、不自然なベッドを怪しんだ。あまり幼馴染の女子に隠れて欲しくない。就寝する度に、年頃の女の子が隠れていた事実を思い出してしまう。


 「出ておじゃれ、隠れていても獣は匂いで分かりまするぞっ」


 「女子(おなご)を斬る刀は持たぬ」


 彼は『柳生一族の野望』に出てくる、烏丸少将文麿からすましょうしょうあやまろの好きな台詞を言い出す。


 何も反応は起きず、ゆっくりと毛布をめくる。黒いボストンバックの上に、枕が置かれていた。知努が間抜けな行動をすると予測されていたのか、細工が施されている。気付いた時は手遅れだ。


 見計らったように、鏡台の後ろから豪奢な仮面で目元が隠れ、前髪を切り揃えている制服姿の女は彼の背後へ近付く。驚かす為に声を掛けた。


 「Wnna(遊ぼう) play」


 そして、横腹へ奇襲の回し蹴りを繰り出すと、ちょうど知努が振り向き、想定外の場所に直撃する。指先は肝臓へめり込んでしまい、知努の口から舌と空気が出た。そして、よろけながら仮面の女は、右足を着地させる。


 もんどりを打ち倒れている様子に目もくれず、仮面の女が颯爽と逃げる。悪ふざけと思えない強さで蹴られ、肝臓が潰れていないか彼は必死に触って確認した。


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