第36話虚栄の夜
全身白づくめの男は中から賑やかな声が聞こえている三中家のインターフォンを鳴らす。すぐこの家の住人が出てくる。
粗品と断りを入れ、持っている紙袋から包装紙で包まれているお菓子の箱を渡す。受け取った彼女は怪訝そうな顔だった。
早速、三中忠文に貸している5万円を取り立てに来たと伝える。すぐ彼女が居間から夫の忠文を連れて来た。
緑色のチャイナドレス風寝巻を着ており、2人が並んでいると姉妹か同性の友人にしか見えない。
キャバクラで所持金が足りず立て替えて貰ったと彼は正直に妻へ教え、脛を強く蹴られて悶える。
「スケベ、ホモカマ、シスコンたーちゃん、最低。今日はちーちゃんと寝るから1人寂しく寝てね」
「仕方ないでしょ。女子厳禁入籍記念パーティーだったんだから。ちょっと待ってよ」
三中夫婦が居間へ戻っていき白づくめの男こと自称ポーは軽く挨拶してから玄関に入った。
居間の椅子に鶴飛姉弟の父親とユーディットの父親が座っており、軽い飲み会を開いている。
そのすぐそばで正座をさせられている忠文は妻からお説教されていた。どうやら1ヶ月、小遣いが減らされるようだ。
入室してきたポーに所帯持ち2人がいきなり文句を浴びせてくる。彼らもキャバクラに同席した。
「あっ! クソガキ、お前のせいで俺も1ヶ月、小遣い減らされただろ。5000円ってガキの小遣いじゃねぇんだぞ」
「俺もカミさんにバレて減らされた。縦社会の飲み会は拒否権がないんだぞ。チー坊から借りるしかないな」
中年男性の悲痛な叫びを聞きながらポーは居間から出て、そのまま知努と知羽がある2階へ向かう。
脇の下に首を入れられながらポーの肩へうつ伏せで乗せられている知努は罵詈雑言を浴びせている。
「降ろせ! ホモ野郎! 俺はお前のような根性腐ったドスケベ短小野郎の玩具じゃないぞ!」
ポーが持って来た背中と腕が露出し長い丈のスリットも付いている妖艶な黒いドレスを無理やり着せられていた。
居間に運ばれた後、すぐ彼が母親の後ろへ隠れる。キャバクラ嬢らしいドレスを着ている知努は男達の目線を集めていた。
「夜の蝶も揃ったところで少し遅い俺の誕生日会をやるぞ。今日くらい俺のワガママ聞いてくれよ。な? チー坊」
にんまりと笑っているポーが所帯持ち2人の対面へ座り、不服そうな顔で夜の蝶は彼の隣で同じく座る。
日中の物腰低い姿と違い、容姿相応の振る舞いへなっていた。机の下でポーは夜の蝶と手を繋いでいる。
後ろから黒服のように知努の母親がグレープジュースが入った紙パックの容器と2人分のコップを置く。
繋いでいた手を解いてから知努が2つのコップへグレープジュースを注ぎ、対面の男達は羨ましそうに眺める。
「染子がチー坊を好きになった理由、分かるな。根がどうしようもなく、甘いんだろうな」
「だからと言ってチー坊に酌させて娘から嫌われても知らねぇぞ。年頃の娘は怖い」
グレープジュースを飲みながらポーは夜の蝶の近況について訊く。少しずつ体を近づけた。
最後にポーと会った1週間から今日までの出来事を夜の蝶が語る。しばらくポーは横顔ばかり見ていた。
彼が話し終わった途端に長いスリットから見えている太ももへ手を伸ばして撫で始める。すぐ彼の母親から頭を叩かれた。
「染子と特別な関係性になってから少しチー坊、大人びてきたな。いつか2人でキャバクラ行こう」
首を左右に振っている夜の蝶はふとポーの左薬指へ付けられている婚約指輪を見つける。
視線に気づいた彼が膝へ座ればその話をすると取引を持ち掛けた。また後ろから叩かれてしまう。
「叔母さん、痛いだろ。今日は俺が主役なんだからいいだろ? お兄ちゃんが優しくしてあげる」
夜の蝶と手を繋いだポーはクローゼットの方に移動しそこへ寝転がり、しばらく見つめ合う。
そして耳元へ顔を近づけ、婚約相手が白木夏鈴と教える。まだ挙式しておらず、市役所で入籍手続きだけ済ませたようだ。
両手をドレスから露出している背中へ回して指先をまるで別の生き物のように這わせる。
くすぐったそうに体を震わせている夜の蝶の反応を楽しみながら耳へ何度も口づけした。
「チー坊はやっぱり女のような良い匂いがするな。嗅いでいるだけでとても落ち着く」
これ以上、何かされると雰囲気が悪くなるため3人の男はポーの暴走を止める。しかし何度も名残惜しそうに懇願した。
10分程、夜の蝶の肩、背中、太ももに口づけしてようやく落ち着きを取り戻す。とても既婚者らしからぬ振る舞いだ。
所帯持ち2人が帰り、小規模な飲み会は終わった。しかし、まだ夜の蝶に安らかな夜はもたらしてくれない。
彼は母親と22歳成人男性に挟まれてシングルベッドの上で横たわっている。今夜だけさすがの知羽も大人しく隣の部屋に籠っていた。
ポーに持ち去られないためか母親が彼の片手片足と手錠で繋いでいる。ここ1ヶ月程、母親と添い寝していなかった。
「俺はもう子供でなくなったんだ。甘えたいと思っても夏鈴とチー坊しかそれが出来ない」
「そうやってちーちゃんの気を惹こうとしている。別にいいけど、傷付けたら刺す」
夏鈴が結婚したいと思う男だからそのような事はしないと知努は母親を宥める。そして微笑みながらかかとで足首を引っ掛けられた。
睡魔に襲われ、瞼を閉じていくと何かが彼の体の上へ載せられる。使い慣れているシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
母親の匂いとあたたかさに包まれながら知努が深い眠りへ落ちていく。その間、2人に何をされようが無防備だった。
数分も経たないうちに体へ心地よい生暖かい感触と窮屈な感覚を感じ始める。まるで胎盤の中にいるようだった。
まだ薄暗い6時頃の時間帯に知努は目を覚ます。何故か両手へ手錠を掛けられており、頭上で交差させられていた。
覆いかぶさるようして寝ている彼の母親の背中へポーが着ていた白い上着を掛けられている。
背中や胸など至る所に彼女が付けたと思われる引っ掻き傷の痛みは未だヒリヒリと続いていた。
下着と胸の感触をこれでもかという程、押し付けている上半身下着姿の母親が寝ている息子へ悪戯していると分かる。
隣に寝ているポーは何食わぬ顔でまだ寝ていた。どうしようもない状態へ置かれている知努がもう1度、瞼を閉じる。
胸の方から寝言か起きている彼女の言葉か分からない声が聞こえ薄暗い朝の部屋へ消えていく。
「ちーちゃんって意外と見た目によらず男らしいんだね。ホント、悪い男」




