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愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第1章 柔和な日差し
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第35話気の休まらない男



 動物病院を後にした2人は知努の寝室のベッドで横たわっていた。早朝の出来事もあり、寝不足なのか知努が微睡んでいる。



 まだ日が沈んでいない明るい歩道を歩いている時ですらうつらうつらと彼は立って寝そうになっていた。



 寝顔を眺めながら母が子にするような寝かしつけの方法でユーディットは深い眠りへ導いている。



 寝る事が仕事の子犬であるクーちゃんは1階の居間で報道番組を見ている知羽にお守されていた。



 退屈な番組しかないと愚痴をこぼしながらユーディットの反対側で同じく横たわっている女がリモコンを彼の額へ置く。



 ブルーのブラウスを着て知努が付けていた黒いリボン付きヘアゴムで束ねた髪を肩に垂らしている。



 すぐテレビのリモコンを額から取り、ユーディットは彼女の方へ押し付けた。そしてまた額へ戻される。



 布団の中でお互いの足を蹴りながらナメコだの金色のワカメ髪だのと罵り合う。埒が明かなくなり、染子はユーディットの後頭部を彼の額へぶつける。



 とどめの蹴りを入れようとして彼女の足が彼の股間へ直撃し、2箇所の痛みに眠りから起こしてしまう。



 「痛いんじゃボケ! 何さらしてけつかっとんじゃ!」



 間近で彼の怒った声を聞いたユーディットは痛みに涙ぐみながら額を撫でて慰める。落ち着いた知努がユーディットの腰へ片手を回す。



 怖がらせた事に関して謝りながら彼女の赤く腫れている額へ口づけし後ろから染子に尻を蹴られる。


 眠りにつく前はまだ染子が訪問していなかったのか、振り向いた彼は彼女の姿を見て驚いていた。



 不愛想な顔で顎をしゃくらせている彼女の頭の下へ腕を敷く。ユーディットが彼の片腕に抱き付いて挑発する。



 「そんな可愛げがない態度ばかり取ってたらいつかチー坊に捨てられるわよ? そうなってもお市の方の生まれ変わりと言ってくれた私がいるわ」



 染子が彼の足と絡め合わせている事に対抗して、同じくユーディットも反対の足を両足で挟んだ。



 「良かったじゃない、身内贔屓な知努にそんな褒められ方して。男に浅ましく媚びた顔しているからだけど。それより私はお母さんみたいって褒められたわ」



 彼女の容赦ない罵倒を無視してユーディットが耳元でゴールデンウィークの予定を訊く。まだ彼の予定は入っていない。



 彼の予定の空きを聞かされた彼女が大阪へ観光したいと提案する。電車さえ乗り継ぎ出来れば容易に行ける場所だ。



 旅館かホテルの予約やあらかたの予定を立てられてもまだ未成年者である2人は両親の承諾を得なければならない。



 1人娘のユーディットの身を案じている彼女の両親が恐らく若い男女2人という状況はあまり快く思わないだろう。


 

 仮に双方の両親からの承諾を得られても最後の難関が立ち塞がっている。それは鶴飛染子の存在だった。



 ユーディットが何か囁いている様子が見えた染子は彼の耳元で何を言われたか話さなければ既成事実を作ると脅す。



 布団をめくり、腐ったキュウリのように硬さが失われているソレの安全を確認して彼は彼女に打ち明ける。



 もし全ての問題が解決しても炭水化物の名物を食べて適当な名所めぐりしか出来ない小規模な旅行だ。



 「これだから金色ワカメは。どうせ旅行へ行ってもコレ、旅館で適当に読書してすぐ寝るガキンチョだから適当に頭数揃えて行けばいいじゃない」



 「昨日がそうでしたよね? 三中知努さん? 斜陽を私と一緒に読んでいる途中で寝ましたね?」



 染子の隣に横たわっていれば安心して眠たくなると言い訳し適当なへつらいで誤魔化す。



 ハッセ家の門限が近い事に時刻を見て気づいたユーディットが慌ててベッドから飛び出した。知努もクーちゃんと彼女を家まで送るため起き上がる。



 数時間が経ち、忠文の家族で銭湯へ行きたいという理由に付き合わされ知努は銭湯の湯船に浸かっていた。



 すぐそばに元凶となっている忠文、染子の父親、顔へ切創を付いているユーディットの父親兼彼の叔父がいた。

 


 「こうやって知努くんを銭湯へ連れ出せばコンソメの好き勝手に出来ないね。さすが日本のハンニバルたる僕」



 ハンニバルの事を知らないのか染子の父親と叔父が顔を見合わせハンニバル・レクターの事かと確認している。



 「はいはい、そこの無教養な2人、包囲殲滅戦術で有名なカルタゴのハンニバルの事だよ。勝手に国勢調査員の肝臓をいり豆と一緒に食べた精神科医だと思わないでね」



 教養の無さを馬鹿にされた中年2人が忠文へやれロリコンやれシスコンと周りの目を憚らず罵っていた。



 誰の目からも見えないように忠文の手で片腕を握られている知努は他の浴槽へ移動出来ない。



 さすがに親子の肩の距離が近い事と眉をひそめている知努の表情に気づいた叔父は呆れてため息を吐く。



 「カマ、シスコン、ロリコン、ホモと救いようねぇ忠文だよな。チー坊が嫌がってんだろ」



 染子の弟である庄次郎も湯船に入り、姉と同じく忠文へ見せつけるように彼の片腕を抱く。



 男嫌いの彼も幼馴染の弟に密着させる事はあまり嫌悪している様子が見られない。しかし鶴飛姉弟の父親は複雑そうな表情だった。



 「結局千景と染子がチー坊を殺しかけた件は優しいんだかおかしいんだかのおかげで解決したんだよな」



 彼の言葉から大事な事を思い出した知努は叔父へ昼間の出来事について話した。すると舌打ちとため息が出ていた。



 「鉄パイプ振り回していた女の不良だろ? 1つ訊くがどっちか死んでいるとかないだろうな?」



 すぐ昼間はユーディットと一緒に飼い犬の狂犬病予防接種のため動物病院へ行っていた事を思い出し知努の状態だけ訊き直す。



 祖父から使い方を教わり、貰った小型の分銅鎖で鉄パイプを強奪し無力化したと答える。それがどのようなものか分かってない叔父は宍戸梅軒の鎖鎌と勘違いしていた。



 「頼むから宍戸梅軒みたいな武器で間違えて人を殺しましたとかナシにしてくれよな」



 「鎖が短いから間違えて殺しましたって事まずないと思うよ。それに今回の事だってどちらも怪我してないから事件化しないからね」



 横で2人のやり取りを聞いていた鶴飛姉弟の父親が分銅鎖を持ち出されなくて良かったと安堵している。



 腕に抱き付いている庄次郎から染子とユーディットどっちが好きと訊かれ即座に答えた。



 「結婚したいと思うなら染子だけど2人が見ているゴールっちゅうのは結局別なのよ」



 「良い事、言うなおい、もし俺のかわいい娘が婚期を逃して困ったらチー坊に見てもらうからな」



 どこからかユーディットの喜ぶ声を聞いたような気がした彼はふと壁に遮られている女湯の方を向く。



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