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愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第1章 柔和な日差し
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第31話強く生きたい、支え合って生きたい


 歩きながら彼女が、騒動のきっかけとなった夢を思い浮かべる。近い将来、抱えていた悩みや苦しみを放棄し、染子は理想通りの恋人に依存している未来だ。


 釈然としないが、今もどこか男女の狭間を行き交っている彼は理想通りへ育ちつつある。

 

 しかし、依存してしまう未来に苛立ち、染子が知努の大事な物を壊してしまった。


 そして、不必要に彼を煽り、拒絶される。負い目を感じていたのか、暴力は振るわず、染子を家へ帰す。


 かつて自宅以上に安心出来た三中の家に到着し、染子が震えている指先でインターフォンを鳴らした。


 ゆっくりと開く扉から、額に血で汚れているガーゼを貼った三中知努が出て来る。彼女は、無言のまま相手の顔色を窺う。


 彼女の母親に背中を軽く押され、彼の懐へ潜り込んで変わらず抱き締められる。温かさと甘い匂いが包み込んでいた。


 耳元で染子の安全を確保しているから家へ入ろうと囁く。曲者の3人すら掌握していた。


 いつも粗暴な彼は、親しい女子に良く少年のような柔らかい口調で接している。それが、王子様のような優しい男の子と呼ばれている所以(ゆえん)だ。


 しかし、今の知努は口調こそ同じだが、とても男と思えない人肌のような温かい雰囲気を醸し出している。


 昼間のような暴力を振るえば、間違い無く知羽が五体満足でこの家から出してくれないだろう。


 「靴擦れがまだ痛いなら抱っこしようか?」


 履いていたショートブーツを脱いだ染子は背伸びし、両手を彼の首へ回す。持ち上げて貰い、居間に運ばれる。


 とても心身共に傷付けられたと思えない、彼の振る舞いを見せられる彼女の母親が、感嘆した。


 居間に敷かれているカーペットの上で、不貞腐れていた三中夫妻は横たわって抱き合う。2人共、似た感情を持っているようだ。


 「若く美しい時期のちーちゃんを独占出来るなんてそーちゃんズルい。乱暴したり殺そうとした癖に。でもまだチューしたり添い寝もするからね」


 珍しく知努の母親は娘と同じような負け惜しみを吐く。更に何か言いかけた所で忠文の唇が無理やり塞いだ。


 外野の寸劇を見なかった事にして2人が椅子へ座り、抱き上げられている染子は特等席に腰掛けた。


 「長年憎んでいた人間へ復讐して気が晴れた? どんな理由でも怒らないから本当の事、教えて?」


 無責任で滑稽だと蔑まれる事を覚悟し、彼女が見た夢について語った。少しずつ空想の姿と実際の姿は重なり合っていく。


 逆恨みで額に怪我を負わされた挙句、大切にしていた物すら壊されたと知る彼の表情は穏やかだ。


 「最後の台詞は耳元で実際に言ったよ。依存する事が悔しくて嫌ならもう染子に近付かない」


 夢で見た光景と同じく、彼の両手が染子の腰へ回されており、密着している。しかし、彼女は怯えていた。


 取り返しの付かない失敗をした現実から逃げる為、染子は瞼を閉じた。胸に耳を当てると一定の間隔で鼓動が響く。


 暗闇の中、追いかけるように幼馴染の馴染み深い声が聞こえた。先程と打って変わり悲しそうだ。


 「自分の意志で決めて欲しい。人を愛し、依存する事はそこまで悔しい?」


 彼女の父親と違い細く、長い右手で髪の付け根から毛先へ掛けて梳いていく。染子は抵抗する為、首筋に両手を近付けた。


 娘の凶行を止めようと、染子の母親が椅子から立つも前方の空間は、見えない障壁で覆われており、立ち入れない。


 昼間と同じく彼女がどのような選択を選ぶか、知努は待っていた。


 確実に染子の心は彼の優しさの侵入を許しており、絞めようとする指に全く力が入らない。


 「もう俺の額を傷付けた事も重箱の蓋を壊した事も気にしていない」


 外見こそまだ染子の手は付けられていないが、内面だけ既に彼女の理想へ染まっている。


 依存し、彼がいなければ生きていない程、弱い女へ成り果ててしまう彼女は強さより安寧を渇望した。


 「ごめんなさい、復讐なんて嘘よ。私はやっぱり知努と一緒にいたいわ」


 心の奥底に隠している感情を吐露した彼女は、力無く彼の体へ委ねる。染子の髪に知努が流す涙の雫を受けた。


 これからは2人で一緒に支え合って強く生きていきたいという彼の言葉が子守歌となり、彼女は寝てしまう。


 

 食事が終わった後の鶴飛家の居間で、染子は何かを撮影する。正面の机に、薄荷色の患者衣ズボンを履く、オランウータンのぬいぐるみは鎮座していた。


 前脚へ点滴の管を添えており、専用の点滴袋と移動式柱まで用意している。健康状態が芳しくないようだ。


 その隣に、屋根を取り外している白い2ドアスポーツカーの置物を並べていた。黒い怪獣のデカールシールを扉へ貼り付けている。


 『不慮の事故に遭い、今まで昏睡状態だった彼が、懸命な介抱の甲斐あってようやく目覚めました。フルーツミックスの缶詰を食べたいそうです。何卒()()()()()()ご支援をお願いします』


 彼女は、その写真と文章をSNSへ投稿し、近況報告した。すぐ何かの合図のように、数人が同じ内容のメッセージを送る。


 『A has come(Aが目覚めた) to』


 桃色の寝間着姿の染子は軽く鼻を鳴らし、画面を睨む。差し入れを申し出る声がまだ来ない。彼女の懸命な介抱を労わる言葉も欲していた。


 居間の扉を開き、黒い徳利襟タートルネックの人物は中へ入る。左の前髪を斜めに垂らし、黒のアイシャドウを目元へ引いていた。短髪の既婚者女性の風貌だ。


 オランウータンの生存を快く思わない勢力が差し向けた、鉄砲玉と勘違いされる時機で現れた。しかし、この人物は彼女へ視線を向ける。


 「ソメーコ、明日も仕事でしょ? 早く寝ないと()()が減少するわ」


 「小煩こうるさいオバサンね。やっぱり畳と女房は新しい方が良いわ」


 染子がスポーツカーの置物から改造された、45口径軍用自動拳銃の小道具を出す。そして、アパアパに構えさせるていで腰撃ちの動作を行う。


 徳利襟の人物は、反動リコイルを逃がす構え方が自動拳銃に向いていないと指摘する。無意識だったのか、目を泳がせてしまう。


 彼女がスポーツカーの置物へ入れていた、自動小銃の小道具を新たに持つ。先台ハンドガードの形状は鎖鋸チェーンソーの刃と類似する。


 光学照準器ライフルスコープ前部取手フォアグリップを装着していた。染子が遊び足りない猫のように活発的となる。


 「ゴツくて、正確な奴? で遊ばないの。良い子のソメーコならマッサージしてあげようかと思ったけど、どうしようかしら」


 「分かったわよ。上司のLIFEが来てないかだけ確認したら寝るわ」


 小道具を置物の中へ戻し、彼女はSNSの様子を確認した。知人の『Autumn7』が染子の思惑を暴いている。


 『ねえ、ガメコ、着信アリみたいな事止めなよ? 缶詰と注目が欲しいからってアパアパを利用すんなし。マジでキショ過ぎていつかパートナーに()()()()()()()()()()


 精神疾患者のような扱いを受けた彼女は、スマートフォンをスリープモードにして、徳利襟の人物へ抱き付く。


 染子の不安を悟った配偶者は無言で抱き締め返し、慰める。両腕の中で安心し、彼女がすっかり缶詰の存在や承認要求を満たす事を忘れた。



 後半の時系列がかなり進んでいる展開についての解説を入れておきます。


 〇ぬいぐるみの格好

  「メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン』の登場人物、エイハブのパロディです。

  染子の利益の為、度々利用されています。ぬいぐるみの服は主に1人の女性が製作しています。

 〇白い2ドアスポーツカーの置物

  ス〇イラインGT-〇 〇NR34 VスペックⅡの模型を基に製作した物です。扉のデカールシールは知努が千景を迎えに行く前まで作っていた模型のカスタムと同じです。

  「ゴジラ(1984年製作)」を好む人間が知努の周りに多く、その造形をシールのデザインに採用しています。

  ぬいぐるみ搭乗用の為、大きい玩具となっています。

  染子はスポーツカーを好んでおり、アパアパが運転している設定の車種に選びました。

 〇フルーツミックスの缶詰

  発熱の時だけしか果物の缶詰を買って貰えない家庭環境から、染子が差し入れに要求しています。

 〇A has come to

 「メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン」の「V has come to」のパロディです。

  染子の下らない茶番に彼らは付き合っています。

 〇黒い徳利首の人物

  「メタルギアソリッド4 ガンズオブパトリオット」のローズマリーのコスプレをしています。

  染子の呼び方は「スネーク」のパロディです。彼女の命令で女装させられています。

  服装に合わせて喋り方も変えています。

 〇45口径軍用自動拳銃の小道具

  「メタルギアソリッド3 スネークイーター」のスネークマッチを基に製作しています。

  様々な改造を施し、専用拳銃となっています。

 〇撃ち方の指摘

  上記作品のBIGBOSSのオマージュです。

 〇ゴツくて、正確な奴の銃

  T〇I TR-〇 〇LTRALIGHTを基に製作しています。「ジョン・ウィック」シリーズと同じ装着品です。

  ゴツくて、正確な奴は2作目のジョン・ウィックの台詞から引用しています。

 〇~止めなよ

  「ワンピース フィルムRED」の「海賊やめなよ」のパロディです。

 〇着信アリみたいな事

  代理ミュンヒハウゼン症候群に該当する行為です。わざと子供の怪我や病気を捏造し、周囲の人間から「献身的な保護者」の称賛を受けようとします。

  染子も「オランウータンを介抱する慈愛に満ちた女性」の評価を求めています。しかし、真逆の評価を受けてしまいました。

  16歳の誕生日パーティーで、幼馴染から「色んな人間へ愛を与えられる素晴らしい女性になって欲しい」と願われた事が原因の1つです。未だ色んな人間を虐めて楽しんでいます。

  

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