第２２話鳶に油揚げを攫われる
シャーマンの散歩を終えた知努は、自宅の居間で家族と食卓を囲む。反抗期の少女がいるせいか、基本無言だ。
両親に甘やかされて育った節のある父親の忠文も大人しい。しかし何故か悲しそうな表情で息子を見つめていた。
今日は健全な行動しかしていない対面の知努が、必死に目線を合わさず黙々と食事する。
派手な彼の服装に対し、注意したいのかもしれない。着替えず磁器人形のような格好でいた。
しかし、服など気にもせず、化粧していない顔ばかり見ている為、どうやら別の意図を持つ。
執拗に見られる行為が、動物全般から嫌われていた。知努は少し警戒している。
冷蔵庫に入れていた異物混入ジュースの被害を受けており、再度企んでいないか疑う。
久しぶりの居心地の悪い食事に、彼は詩人の言葉を引用しつつ煽る。
「さっきから青鯖が空に浮かんだような顔しやがって。裁判で検察側の証人尋問、ちゃんとやれてんの？」
「知努くんがピーマンを食べられない女の子を家族だと思っている事に対して、悔しかったから見つめていただけだよ」
嫉妬の権化へ昼間に披露した祝辞の内容を教えた人間は、大体見当が付く。さしずめ当て付けられていたようだ。
「嫌だわ、早く磨り潰さないと」
知努の温かさを貰えて、しばらく頑張る事が出来るようになった染子の笑顔を思い出す。
その温かい言葉を聞けた彼もまた、安堵している。自然と彼は口元を緩ませた。
忠文から息子への愛を聞かされながら手元の皿を見る。何故かピーマンの肉詰めの中身だけ消えていた。
誰の犯行か分かっているが、抗議しても無駄な為、彼は諦めてしまう。三中家の食卓が弱肉強食の世界と化す。
手間暇掛けて作ったおかずを心無しに盗まれ、彼の心は冷めた。もし、忠文が同じ事を行えば、しばらく彼の夕食はバナナだけとなる。
知努は息子へ下心を抱く父親、兄の気持ちなど考えない妹に囲まれていた食卓が苦痛で仕方ない
「僕はジャックの無駄な人生です」
しばらくし、食事の後片付けを済ませた彼は小さく呟き、居間から出る。鶴飛の家で食事を取っていた場合、そのような気分とならない。
２時間後、一通りの用事を済ませた寝間着姿の彼はベッドへ行こうとして、不意に部屋の扉が開かれる。しかし、疲れていた為、様子を確認しない。
訪問者である知羽は紙が置いていた机に近付き、眺める。まだ髪が長く、甘え盛りだった頃の彼女を描いた絵だ。
両親より兄ばかりに依存していた少女であり、昔は良く夜中の手洗い場へ行く度、起こされている。
その頃がもう戻って来ないと理解しながらも、知努は懐かしみながらその絵を描いた。彼がすぐ毛布へ潜り込む。
無視していれば、どのような目的で来たか分からない知羽が帰って行くと予想している。しかし、足音が少しずつ近付く。
「今日は冷えるから一緒に寝たい」
猫のような理由を並べて毛布の中へ侵入した。彼が頭だけ出し、無言で片腕を真横に伸ばす。
軽く礼をして知羽は知努の腕を枕にする。１０歳まで毎日のようにこの体勢で添い寝していた。
「ロリコンのお兄ちゃんは小さい頃の私が好き？」
「素直で可愛かったという点はそうだな。目を離した隙に成長するのが女子だ」
日頃から邪険に扱われている仕返しに、知努は斜に構える態度だ。彼女に耳元で罵倒された。
消灯し、しばらくの間、無言が続く。異性との同衾に慣れている彼は瞼を閉じた。
思考の読めない知羽が彼の喉へ軽く噛み付き、すぐ目を覚まして、やや強めに彼女の頭を叩く。
「さっきからお前、何なんだよ！ 次したらつまみ出すぞ！」
強い口調と反し、知努は叩いてしまった彼女の頭を優しく撫でる。５分近く慰めて知羽から小さく震えた声で頼まれ、手を止めた。
彼女はすぐ頭を腕の上に戻し、恥ずかしいのか、女性らしく色付いた表情となっている。
「わ、私はお兄ちゃんの事、１番好きだからつい意地悪しちゃうの。妹として、１人の女として」
「この前まで小学生だった奴が何言ってんだか」
様々な人間にからかわれてきた知努は全く信じていない。基本女性の体は近親の異性を拒絶する構造となっていたはずだ。
片手で抱き寄せて、年頃の女子が嫌がる近親の匂いを嗅がす。兄妹の関係性を元へ戻さなければならない。
しかし、彼女が全く嫌がる素振りを見せず胸に頬擦りしていた。彼は為す術が無い。
「実はこっそり寝ている時に嗅いでいるよ。お兄ちゃんは知羽の事、好き？」
「シャーマンと同じ位好きだけど、染子にキモウト呼ばわりされても仕方ないな。お兄ちゃんトイレ行くから」
両親へ告げ口すれば手足の指、生殖器を兄の愛用していた包丁で切り落とし、染子と愛し合えない体にすると、知羽から脅された。
まだ幼さが残る愛らしい顔立ちから、このような物騒な言葉を出さ、知努は逃げられない。
知羽の愛を冷まさせる為、耳元で妹の四肢を切り落としてから匣へ詰めたい願望があると囁く。
「そんな悲しい事言わないで。私はただ、添い寝して欲しいだけだよ」
母親と同じような事しか要求しない辺り、血の繋がりが感じられる。両親へ甘えられない知羽にとって知努しか心の拠り所が無かった。
知努の片足を両足でしっかりと挟みながら密着している。それほど妹から愛された理由は見当も付かない。
「オカマ野郎のお兄ちゃんは他の女とイチャ付いているし、同級生でもっと良い男いるだろ」
「良い男の条件が怒ると狂暴なら、適当に悪ぶっている男子中学生じゃ無理だね」
同級生の手足をしばらく使い物に出来なくさせる過去があった知努は、聞き流す。
数年ぶりに妹の髪へ軽く口付けしてから、ゆっくりとまた瞼を閉じる。知羽はまだ元気なようで、兄の髪に接吻した。
妹に人差し指を妖艶な舌使いで舐められ、就寝が邪魔されてしまう。知努の周りの女子は活発的な猛獣だった。
