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愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第1章 柔和な日差し
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第21話誕生日パーティー



 翌日の午後、鶴飛家の居間は制服姿の男女が集まり、賑わっていた。これから鶴飛染子の誕生日パーティーを行われる。


 パーティーの主役は友人達から様々な贈り物を貰っていた。白峰幸利のダマスカス包丁と二田部慧沙の文庫本だけ若干白けている。


 普段から料理をほとんどしない染子にとって、ダマスカス包丁は高級なあまり使う敷居が高い。


 将来、幸利はキャバクラ嬢に好かれる為、高級なバッグやアクセサリーを貢ぐだらしない大人へなりそうだ。


 慧沙が選んだ文庫本は、太宰治の著作を11篇収められている作品集だった。周りの男女も太宰治を『走れメロス』の作者としか知らず、敬遠している。


 ユーディットが選んだ贈り物は『猫耳フード付きの着ぐるみパジャマ』だった。染子が珍しく彼女へ礼をして、この場にいない女性を不必要に罵倒する。


 「これ、胸にシリコン詰めている人だと似合わないわね。痛々し過ぎて」


 「うちの姉は硬派だからそんなパジャマ着ないし。後、胸は天然モン」


 適当な相槌を打ち、染子が贈り物の寝間着を持って居間を出た。


 かつて知努は高身長の女子へ似たような寝間着を贈ったが、試着すると、大型肉食獣にしか見えず、彼の元交際相手に『ピューマ』と呼ばれた。


 染子の要望通り、ゴシック・アンド・ロリータの装いの上からエプロンを付けている彼は、平凡な三徳包丁で料理の準備に勤しむ。


 幼い頃、甥に甘い彼の叔父から豪奢な縞模様のダマスカス包丁を貰い、自宅で調理する時はいつも使っていた。


 実用性は高く、調理実習の授業で持って行きたい程、気に入っているが周りから快く思われない。


 もし染子がダマスカス包丁を使わなくとも、彼女の母親か三中の令息に使われる。


 普段より多く時間を掛けて調理したグラタン、ポテトサラダ、キュウリに生ハムを巻く料理が完成し、知努は机へ運ぶ。


 机の中央で配膳を妨害するように、オランウータンのぬいぐるみが鎮座していた。


 市紅茶の長袖綿シャツと茶色の腹巻を着せられているも、ズボンだけ穿かせて貰えていない。このぬいぐるみが彼の元から消えた物と酷似している。


 「やっぱり染子が盗んでいたんだな。それよりこいつ行儀悪いな。アパアパも反抗期か?」


 「アパアパじゃ無いわ。猩平しょうへいよ」


 染子はぬいぐるみを隣人の頭上へ近付け、不衛生な擬音を発す。そして、脊髄反射で知努が芸人の台詞を使う。

 

 「ブリッ!」


 「うんこすなぁ!」


 恩を仇で返され、ユーディットは黄色の雌猿と小さく罵る。一方、何の脈絡も無い染子のおかしな悪戯のせいか、慧沙が涙を出す程笑う。


 知努はエプロンを一旦脱いで流し台の上に置いてから染子とユーディットの間へ座る。


 食事の前に本日の主役が招待客へ向けて祝辞を披露した。わざとオランウータンに粗相をさせる女子と思えないまともな内容だ。


 「今日、こうして皆さんが集まって下さった事を大変嬉しく思います。皆さんのおかげで今も私は生きています」


 「これからもどうかこの《《泣き虫のマヌケで甘ったれで女々しい男》》共々よろしくお願いします」


 鶴飛染子は色んな人間に囲まれているが、やはりどこか深い孤独を持つ。その根底へいつか彼は向き合わなければならない。


 祝辞を披露する予定がなかった三中知努も周りに促され、即興で考える。この日だからこそ言わなければならない。


 「お誕生日おめでとうございます、染子。今まで辛い事や寂しい思いを沢山したと思います。そして、これからもまだ多く待ち構えています」


 「2人でそれを乗り越えて行きたいです。染子の事は大切な家族と思っています。もし遠くへ離れてしまっても、愛想尽かれてしまっても変わりません」


 最後の言葉を紡ぐ前に感情の制御は利かなくなってしまい、嗚咽してしまう。情けない男だと知努は自覚していた。


 「願わくば色んな人間へ愛を与えられる素晴らしい女性になって下さい。心の底から尊敬し愛しています」


 ユーディットに背中を擦って貰いながら知努は祝辞を言い終えた。包帯が巻かれた手を染子が強く握り締める。


 彼の想いに(ほだ)されたのか里美、ユーディット、文月、染子の双眸から熱い涙が流れていた。


 食事が始まり、早速、染子は今朝知努から貰った無骨な装飾の箸を使う。気に入っていた様子が見られ、知努は微笑する。


 周りの人間から好評を貰いながら食事が終わり、対面でしばらく半目だった慧沙は知努の背後へ近づく。


 「染子がいるから、もう意地悪で嫌な奴の僕は必要無くなった?」


 落ち込んでいる慧沙とピューマが重なってしまう為、座っている知努は向き直してから膝へ手招きする。


 昨日まで彼は親友の事も蔑ろにしていた。膝へ座らせてから抱き締める。


 「いや、そんな事無いぞ。これからも慧沙は大事な友人だ」


 文月は男同士が密着している様子をスマートフォンで撮影した。特定の人物にとって垂涎物だ。


 落ち着いた慧沙は満足そうな顔で離れた。誕生日ケーキを用意する為に急いで知努が後片付けする。


 人数分のスプーンと、取り皿を机へ置き、誕生日の象徴であるホールケーキを慎重に運んだ。


 イチゴやブドウなど多く並べられており、中央に16の形をしたロウソクや『ハッピーバースデー』と描いたチョコが置かれている。


 更に、制服を着た仏頂面の染子のイラストがデコレーションしていた。注文通りの出来栄えと知努は喜ぶ。


 「チー坊先生のせいで食べる前から甘過ぎて胃もたれしそう。でもまぁ、うちはそういうの嫌いじゃないというかむしろ好きまである」


 気だるさを感じさせる声で、文月の口から皮肉交じりの感想が出る。素直に褒められない人間だった。


 ライターと切り分ける為に使う包丁を用意し、知努はロウソクへ点火する。そして、周りの男女が歌い始めた。


 歌い終わってから染子は隣にいる彼の耳へ息を吹き掛ける悪戯して、すぐロウソクの火も消す。応酬として、知努が机に伏せ事切れる演技をした。


 その後、彼は包丁で人数分切り分けていき、賑やかにケーキは食べられていく。ぶっきらぼうの染子も楽しそうだった。


 人目を憚らず彼女が食べさせて欲しいと頼み、嬉しそうな顔で知努はスプーンにケーキを載せて口へ運ぶ。結婚式のケーキ入刀のように、男女がそれを撮影する。


 1時間後、誕生日パーティーが終わり、一通り片付けを済ませた知努は居間の床に座って手首を返す。腕時計で現在時刻を確認した。


 すると、大きな猫が膝の上を占拠した。ユーディットの贈り物を着用し、服装も行動も猫らしくなる。


 「私は家族が嫌い。一緒にいても寂しいって思う気持ちが全く良くならないから」


 「でも、知努に大事な人だと思っていますって言われた時は《《体の芯》》から熱くなった」


 染子に手を取られ、左胸へ持って行くと心臓の速い脈打ちが伝わる。愛しい人はしっかり生きていた。


 熱が帯びている雰囲気を構わずに、鶴飛庄次郎は居間へ入って来る。姉と同じく綺麗な顔立ちだった。


 絹のような柔らかくしなやかな黒髪、色白の肌は異性の注目を集めるだろう。


 異物混入を無視し、2人が見つめ合っていた。流石に男子中学生は混ぜたくない。


 知努もまた染子の火照る手を左胸に持って行かせ、速い脈打ちを聴かせる。徐々に互いの顔が近付く。


 「俺が代わりに知努兄ちゃんとチューしておくから、姉ちゃんはシャーマンの散歩に行って来てよ。ぶりっ子みたいな服着てないで」


 興醒めさせた弟の太腿へしばらく歩けないようにさせる為、膝蹴りして知努の唇と軽く重ねる。


 最初から散歩に行く気など無い染子は押し倒してから狸寝した。後ろから『なめこ』、『かめこ』、『くそめこ』と庄次郎が罵る。


 胸に頬擦りし、わざとらしく猫の鳴き声を真似て、聞く耳など全く持たない。


 無視された後に立腹し、姉の下着をネットオークションへ出品すると言い出し、知努は慌てた。


 「姉ちゃんだって女の子だから甘えたい日があるんだよ。後で俺が行くから許してやれよ」


 三中家も休日の夕方、息子のベッドで母親は狸寝し、娘から文句を言われる光景が極稀にある。


 甘え出すと、猫のように幼児退行する部分が2人共似ていた。


 「知努兄ちゃんはどっちもイケるクチだよ。せいぜい飽きられないように頑張って」


 辺りが真っ暗となってしまう時間まで付き合わされて、犬小屋の前に向かい、シャーマンから苦言のような鳴き声を聞かされる。


 「仕方無いだろ。大きな猫が俺の胸を枕にして寝ていたんだから」


 シャーマンの首輪にリードを繋ぎ、知努は深い溜め息を出す。目立つ格好のまま散歩へ行く。


 染子が求めるような誕生日パーティーを開催出来た彼は、隣のシャーマンにその内容を聞かせる。


 誘拐されたオランウータンのぬいぐるみ返還交渉を失敗している出来事も話す。


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