第20話秘密の共有
浴室で一糸纏わぬ格好のまま髪を下ろしている知努は、数分近く待っている。手癖の悪い女子が2階へ上がったまま戻らない。
知らないうちに下着の予備を部屋へ隠していると彼女から聞いた時は、知努が呆れてしまう。すっかり第2の部屋扱いだった。
しばらくし、謝りもせずふてぶてしく彼女が浴室へ入り、彼は恒例の作業に入る。泡やシャワーから出た温水は容赦無く皮が剥けている拳を痛め付けた。
その後、痣だらけの肢体は加虐性愛者の玩具となり、染子から嬲られているような洗われ方をされてしまう。
彼女は痣が濃く浮かんでいる部分を強く握り、痛みに苦しんでいた知努の表情を見て微笑む。
興が乗る彼女から何度も殴られたせいか、湯船へ浸かって頭を抱かれている彼は少々落涙している。
性的興奮を催す表情がたくさん見られた事で、楽しそうな表情だ。知努も内心喜んでいた。
しかし、江戸川乱歩の著作『D坂の殺人事件簿』の被害者と同じ末路が一瞬、彼の頭に過ぎる。
情状酌量が認められたとしても、傷害致死罪で染子は3年以上刑務所へ収監されなければならない。
「散々、私の人権を踏み躙って遊んでいた知努が私を大切にしてくれるなんて、やっぱり女の子は成長したら変わるものね」
「女の子じゃ無い。染子に酷い事をしてしまった」
小学校低学年の頃、滑り台で染子を泣かした出来事がきっかけとなり、彼は一定期間彼女を虐めている。
彼女の泣き顔はとても可愛らしく何度も見たくなっていた。その願望が過ちの始まりだ。
幼少期に小動物や虫をいじめる事に夢中となった子供はそれなりの数いた。染子が彼にとって、その対象だ。
最初は軽く叩いたりなどある程度手加減していたが、彼はとうとう到底許されない行為に手を染める。
休日、染子を神社の裏手へ連れて行き、無理やり衣類を脱がせ、四つん這いで歩かせた。
鬱屈の捌け口に使い、泣いている染子の衣類を隠し、知努は1人だけ帰ってしまう。
幼い少女の心に消えない傷を付けた彼が誰かから愛される資格は無い。
しかし、誰かに甘えたいという願望を優先し、嫌な過去から目を背けていた。それでも染子は彼を愛している。
「神社の時は絶対許さないと思ったから、知努がホモという嘘を言いふらしたわ。自殺させたかった」
「今も夢に出る位怖かったの。でも、優しくて綺麗な男の子に育ってくれたから、知努を愛したくなるわ」
恨んでいても好きな人の長所を語る染子の声は、恋する乙女だった。指先で髪を梳かれながら知努が甘やかされる。
恥ずかしさのあまり無言となっていた知努の耳元に、好きな人から乱暴な扱いを受ける時は、屈服させられて興奮したと囁く。
染子が辛い過去へ対する本音と彼の好きな長所を話してくれた返礼に、知努は昔話をする。
「いつか俺の全てを話すから今はこの話で我慢して欲しい」
中学2年生の春、手洗い場で知努は2人の男子生徒に床へ押し付けられた。
義務教育中は基本停学が無い為、公立中学校に頭のおかしな虐めも横行してしまう。
目の前で立つ男子生徒は、いきなり局部を舐めるように命令した。染子が流す嘘を信じている。
拒否すればいつものように便器へ顔を入れさせ、水責めを受けてしまう。
連日の虐めで精神的に堪えていた知努は仕方無く指示へ従う。心の底から性犯罪を軽蔑している。
制服のポケットに入れてあるボイスレコーダーが、しっかりこの悪事を録音していた。
泣いても止めて貰えず、何度も喉を圧迫して窒息させられる苦痛に、女子の幻聴を聞く。
『兄様! ゴロの作法をお教えする時間ですわ!』
咳き込みながら苦しむ知努の様子を撮影しようと3人がスマートフォンを出した所で反撃は始まる。
「いてもうたる! このガキ! 奴頭かち割ったる!」
左側で写真撮影していた男子生徒の髪を掴み、個室の扉へ何度も顔を叩き付けると、鼻から流血した。
後頭部に打撃を受けながら勢い付けて鼻へ肘鉄を食らわせ、男子生徒の1人がよろけた際、肩が小便器の角と直撃する。
「〇んこしゃぶりカマ野郎が調子に乗るな!」
3人目の男子生徒は前蹴りしたが、知努に避けられて、彼の人差し指と中指で双眸を突かれ、悶えてしまう。
性的暴行を働いた男子生徒は走って逃げ出す。しかし激昂している知努がどこまでも追い回す。
「儂を舐めやがって! イーミビンミャン!」
階段を降りようとする男子生徒の髪を知努は掴み、突き落とした。両足を階段の縁に引き摺られながら転倒し、踊り場で男子生徒は泣き叫ぶ。
放課後に応接室で被害届を提出すると喚く男子生徒の母親達に、知努の母親が不都合な情報を開示した。
「虐めの一部始終はボイスレコーダーに録音してます。」
「それでも良いのでしたら、ご自由に」
ボイスレコーダーに録音する方法は、法律の専門家であった忠文の入れ知恵だ。泳がされたと知らず、この男子生徒達はとんでもない事をしている。
示談で解決したが、精神的苦痛に悩まされ、知努はしばらく学校へ行けなくなってなる。
話し終わった彼が他人に好きな玩具を使われ、不服そうな染子から頬を伸ばされている。
その上、執拗に今は誰が知努の主かと訊かれ、知努は何度も同じ名前を答えさせられた。まるで洗脳の一種だ。
ふざけていた染子は一瞬で真剣な表情になり、知努と目線を合わせる。何やら大事な話が待っていた。
「どうせ知努の事だから万引きより罪が重い悪さを隠してそうね」
「私に酷い事した過去は話さないよ。だけど1人で無茶しない事は約束して」
不安と恐怖に指を絡めている手が震え出す。何故そうなっているかは聞かずとも彼が理解する。
頷いた知努は、明日行う染子の誕生日パーティーの話へ話題転換した。当然のように彼が料理制作担当だ。
献立は後で染子と話し合い決めれば良いが当日の服装は、まだ決まっていない。凡そ女装させられるだろう。
料理している女の子の後ろ姿が好きと言われると、しない理由は見つからない。恐る恐る訊いてみる。
クローゼットの奥で見つけた、黒いフリル付きブラウスと、同じ色のゴシック・アンド・ロリータワンピースを着て欲しいと頼まれ、彼が驚く。
去年の誕生日に、知努を溺愛する母方の従姉から贈られた衣装だ。未だ普段着として着こなす勇気は無かった。
現に、近所でそのような衣装を着ている人間の姿が見ていない。余計悪目立ちしてしまう。
「可愛いけど、値段が高ぇんだよな。たまには着てやらないと服が泣いてしまうな」
貰った本人の口から学生服並の金額を聞かされた時は、畏れ多くいつ着られるか怪しいと感じてしまう。
染子の高鳴なった鼓動を聴いているうちに、知努の瞼が重くなっていく。




