第18話春の暴風
辺りは薄暗くなっている時間帯に、知努が鶴飛家の門を蹴り開けて、堂々と侵入した。庭で予想外の光景を目の当たりにする。
染子と彼女の父親は彼の来訪に気付かない程、激しく口論を繰り広げていた。父親の支配に耐えかねている染子が反旗を翻す。
「知努は必ず迎えに来るわ! 父親失格の中年なんかボコボコよ!」
「あの色ボケカマ《《ウサギ殺し》》が殴り込んで来たら追い返すだけだ! お前は黙って親の言う事聞いてろ!」
彼女の父親は乱暴に娘の繊細ですぐ傷んでしまう前髪を掴み、頬へ何度も殴り付ける。知努の凄まじい憎悪が沸き上がった。
儚さを感じさせる染子の黒く、細い髪は芸術品だ。傷付けないようにシャンプーやトリートメントなど気を遣い、彼が手入れしていた。
暴力を振るわれている想い人の様子を知努は傍観出来ない。鋭い眼光を向けながら染子の父親の元に駆け寄り、頬へ右拳を叩き込む。
それから頭に血が上っていた2人は避けも防御もせず、頬や腹を殴り、地面へ血が垂れた。止められる人間などいない。
染子の父親が馬乗りになりながら顔を殴るも、鼻へ彼の頭突きを受けて、よろけた。すぐさま横に押し倒してから知努は起き上がる。
片手で相手の喉を掴んで鳩尾へ膝蹴りを放ち、呼吸困難にさせてから力強く突き飛ばす。転倒した男に視線を向けたまま動かない。
左手で鳩尾を押さえながら立ち上がり、鶴飛火弦が素早く玄関に避難し、引き戸を施錠する。染子は喧嘩の終了と解釈し、知努の家へ行く事を提案した。
しかし、逆鱗に触れる蔑称を出され、彼の怒りが未だ収まらない。荒々しく怒声を上げながら玄関の引き戸へ何度も破城槌のように、前蹴りを浴びせる。
「Hola! 出て来いゴラァ! 出て来んかいゴラァ!」
「出て来いゴラァ! ぶち殺すぞ! 捻り潰したる!」
知努の猛攻を受け切れなくなった戸はレールから外れ、彼が屋内へ入った。廊下で火弦は包丁を構えていた。喧嘩が命のやり取りに発展しても尚、彼の威勢は衰えない。
「突かんかい!」
意思疎通が出来るか疑わしい知努の獰猛ぶりに、火弦は叫びながら包丁を突き出す。体の向きを変えて、彼が左手で右手首を捌く。
その次に、右膝を上げて、前屈みで懐へ踏み込むと同時に肘を上げる。床は大きく鳴った。
肘の打撃を受け、火弦の体が床へ沈んだ。離した包丁を蹴り飛ばして、知努は胸倉を掴み、玄関まで引き摺る。靴箱の戸に火弦の額を何度も叩き付けた。
「もう十分よ! 死んで欲しいとまで思ってないわ!」
染子が後ろから抱き締める事で知努は手を離す。靴箱の戸が裂けており、その下で火弦は流血している額を押さえながら蹲っていた。
数分後、パトカーと救急車が到着し、知努は事情聴取の為、パトカーに乗せられる。
近くの交番で彼と顔見知りの刑事が待っていた。黒い背広を着用する男は頬の切創がまだ色濃く残る。暴力団員か、組織暴力対策課のような顔だ。
「馬鹿チー坊。せっかくの可愛い顔が青痣だらけじゃねぇか」
平常心を取り戻している知努は小さな声で素直に謝罪した。男性刑事が彼の叔父だ。
控え室で叔父に調書を取りながら知努は慰められる。悲しいが涙は出てこない。
「悲恋ごっこはもう終わりだ。もし、叔父さんに申し訳無いと思うなら可愛い娘と子犬の面倒をしっかり見るんだぞ」
事件化しない方針で進めると叔父に説明され、取調室から出た途端、待っている染子が抱き締めた。
「知努が来てくれなかったら私、私、怖くて」
引っ張られて傷んでいる毛先を指先で撫で、彼の目から涙が零れ出す。
普段見せないような怖い姿を見せてしまい、嫌われていないか知努は心配だったがまだ染子は求めてくれている。
だが、あまりに払った犠牲が多いと思い出し、どこか彼の心は冷えていく。
しばらく無視し続けた両親に電話している警察官の声が聞こえ、知努は染子の手を引っ張り、交番から逃げ出した。
あらゆる人間を無視し傷付け、とうとう犯罪紛いの事までしてしまった彼が両親にどのような顔をすればいいか分からない。
「いたっ! そばにいてあげるからもう少し優しく握って?」
握る力を緩めながら謝り、追手が来ない所まで油断せず小走りする。今は行くあての無い逃亡者だ。
交番から離れた場所で染子は知努の片腕へ抱き付く。幸せと不安の板挟みになっており、彼の気持ちがいまいち落ち着かない。
逃げる事ばかり考えていたせいか、かつて良く足を運んだ公園の前に来た。今では、ベンチしか残っておらず侘しい場所だ。
幼少期の記憶を彼は懐かしむ。染子と隣同士でブランコに乗った。別の日、体重を揶揄し、彼女はシーソーから降りて彼の頭上へ拳骨を落とす。
滑り台を使う最中、下から登って来た染子と衝突し、泣かせてしまう。その出来事だけ今の彼に負い目を感じさせる。
安全な環境作りの為、公園から危険な遊具が次々に無くなった話は珍しくもない。
しかし、様々な思い出が詰まる遊具の無い現実は悲しかった。気付けばさめざめと彼が涙を流している。
「暴れたり泣いたりと忙しい子ね。ほらっ染子お姉ちゃんが慰めてあげるからもう泣かないの」
「ううっ、俺が同じ事を妹にしたら半殺しだぞっ」
尻を指先で揉まれていた知努は、他の人間にも染子が同じような事をしていないか心配となり、泣き止んだ。
休憩する為、知努がベンチへ腰掛けた。染子は彼の膝へ座り、口元を緩めながら見下ろす。
彼女の肩に掛ける為に詰襟服を脱いだ知努は、ある悪戯が思い浮かぶ。ちょうど色と大きさは似ている。
それを染子の頭へ掛けてから、報道番組のアナウンサーのような口調で事件を説明した。
「強制性交罪の疑いで逮捕されたのは学生の鶴飛染子容疑者です。警察の調べによりますと 云々かんぬん」
逃げられないように、染子は両手を首の後ろへ回して口付けし、舌を搦め取って無理やり黙らせる。
心地良さに顔が赤くなるも、知努は膝裏へ腕を入れてながら立ち、染子のスカートがめくり上がった。
冷たい風が、白い深穿き下着から露出した鼠径部へ当たる事に気を取られながら、彼が敏感な上顎の窪みばかり舐められ、何度も腰を震わせる。
数分が経ち、染子は知努を抱き締めていた。肩に彼の詰襟服を掛けて貰っている。
ワイシャツだけで寒い知努も彼女の腰を抱く。膝へ座られる事は慣れていた。
「今日の知努はいつもの数十倍乱暴ね。腰の骨が折れたらどうするの?」
「染子が許してくれるなら一生介助する。でも、やっぱり一緒に手を繋いで歩けないのは嫌」
軽い冗談を、愛の重さが感じられた答えで返され、染子はしばらく硬直してしまう。どこか彼の支配欲が強い傾向も見える。
動揺していたと悟られたくない染子が数日間、父親の機嫌取りの為、抱き付いたり偽りの好意を伝えたりしたと明かす。
「思春期の女の子は。父親の匂いが嫌と聞くから大変だったね。ところで僕の匂いは大丈夫ですかね」
普段の匂いと寝汗の匂いを褒めながら、染子の両手は裾から侵入し、慣れた手付きで小胸筋を撫でる。
内出血で痣が出来ていた為、普段より強く這うような痛みを与えられ、彼は痛みを訴えるが止まらない。
知努より早起きする事が多いので、恐らく寝ていた彼の肢体をまさぐって遊んでいる。筋金入りの変態だ。
知努の両親に、庄次郎と知犬を交換して欲しいと頼み、2人から笑顔で断られたと語る。
「どうして僕はペット扱い受けているの? 日頃から何故かペットみたいな接し方される時があるけど」
答える事が面倒臭いのか、ワイシャツを捲り上げ、彼女は左右の小胸筋をじっくりと舐めた。
唐突に、染子がいつか親子丼か従姉弟丼を食べたいと言い出し、彼は警戒心を抱く。
人目が無い時の染子は、普段隠している異常性癖を曝け出す。彼女の要望が叶う事は恐らく無い。
「100歩譲って従姉弟丼は良いとして、親子丼だけ絶対に止めてね。家庭崩壊するから」
「でもそういうのが好きなんでしょ? タンスの引き出しの中にそんな漫画を隠してあったけど」
中学生の時に、コンビニをハシゴして買った不健全な漫画はとうとう見つけて貰いたくない人間が発見する。
それは引き出しの底へ置き、衣類で隠していた。性癖を知られ、知努は狸寝する。一時期、許されない関係性の恋愛に傾倒した。
吹聴しない見返りとして、染子が想い人の好きな要素を明かす取引を持ち掛けられる。照れながらも彼は答えた。
「美人でピアノが上手な所。後はお母さんみたいに元気をくれる所かな」
痣が出来ている腹部を染子に殴られ、疲労困憊だった知努の意識は、朦朧となった。
すぐ強い睡魔も襲い掛かり気絶するように眠ってしまう。何か思い付いた染子が彼のズボンからベルトを外す。
どれ程寝ていたか分からない知努は、緩慢な心地良さと両腕の違和感を持ち、ゆっくり双眸が開く。
両手を首の後ろへ回した状態で、手首がベルトに緊縛されており、この状態のまま何かされたようだ。
膝へ座って覗き込んでいた染子が抱き締めている為身動きを取れない。先ほどより染子の体は熱くなっている。
「ううっ今日だけで器物損壊、傷害、公然猥褻の3つもしてしまった。染子の馬鹿っ」
身体的自由を奪い、公然の場で淫らな行為へ及ぶ事は刑法に抵触していた。
性犯罪で前科が付きたくない知努にとって1番避けたい処遇だ。傷害罪や器物損壊と違い、」一生周りから軽蔑される。
「どれもションベン引っ掛けたようなものじゃない。大好きなパパちゃまの力でどうにかできるでしょ?」
「えぇぇ、全然違うんですけどね。それに染子ちゃんは、刑法193条公務員職権濫用罪を知っていますかね」
都合が悪くなり、染子がまた口付けで抵抗出来ない知努の唇を塞ぎ、大人しくさせた。とても2人の両親に見せられない痴態だ。
 




