第145話ブラッディスイーツ
第3章が終わります。
それを済ませて、1時間程、クーちゃんの面倒を見る。楽しさのあまり、自然と2人は笑みを零す。
ヘラが帰って来た頃合いで、知努はユーディットに挨拶し、家を出る。すっかりクーちゃんに癒されていた。
自転車の元へ行き、カゴにリュックサックを入れる。そして、上着のポケットからスマートフォンを取り出す。
通知内容を確認すると、在宅中の涼鈴はLIFEのメッセージと画像を連続で送っていた。まだ数分しか経っていない。知努がLIFEの画面を表示させる。
『洲破阿宇瑠虎雲血のアタマ張ってる怒莉庵、夜露死苦!』
白い車の模型、通称『〇ンメリ』へタンクトップ姿のアパアパを搭乗させた画像を添付しており、彼は落胆してしまう。忠文の不健全なDVDの発見が対岸の火事で無かった。
ベッドの下に隠匿している物品は、息子の部屋を探索した母親の手へ渡る。黒い箱に収納し、人目から遠ざけていた。模型の数種類が暴走族の改造車を基にしている。
屋根を取り外し、車体へ様々な部品を装着した。製作資金を出して貰い、家族にすら秘密で各種2つ製作する。片方は製作資金提供者へ贈っていた。
涼鈴がすぐ周囲の人間へ情報を漏らす為、今まで存在を隠している。しかし、忠文の一件を受け、彼女は息子の秘密に手を伸ばす。
『still f〇ck with the beasts』
青い米国製大型乗用車の模型、『〇ンパラ』に乗るアパアパの画像が送られていた。ドクター・ドレーのミュージックビデオを連想する車種だ。涼鈴はメッセージの綴り間違えに気付いていない。
隠匿物の調査を行った彼女が、改造車の模型の没収を告げる。毎晩、高速道路で違法な競争を行うアパアパの姿を見たくない為だ。暴走族も好ましく思っていない。
調査の最中に、訪問した忠清は青い国産SUVの模型、『〇ンド・クルーザー8〇』を欲しがる。涼鈴が許可を出し、譲渡させたようだ。事態はかなり悪化していた。
息子の機密情報を漏洩させない見返りに、涼鈴がフルーツタルトを要求する。ぬいぐるみと模型を使って遊ぶ画像は交渉の膳立てだった。彼が不本意ながらそれに従う。
洋菓子専門店を目指していた知努は思わぬ足止めを食らう。道中で自転車に乗る、倉持家の不気味な女子が待ち伏せしていた。情報源は昨夜、彼から今日の予定を聞いている夏織だ。
黒い丸みのある外套を着た倉持久遠が、彼の服装に難癖を付ける。彼女は黒いケープコートの着用を期待していた。一定の需要があるようだ。
「Ola chica。ケーキ屋に行っている途中だから、また今度な」
「それなら丁度良かったです。私もケーキを食べたいと思っていました」
大人達に監視されている状況下で、倉持久遠は何かを企んでいた。関わりがまだ浅く、それを予測する事は難しい。知努がその罠に掛かる事を決め、彼女の同行を認めた。
洋菓子専門店の前へ駐輪し、2人は店内に入る。早速、久遠が彼の手を繋ぎ、周りからの誤解を誘発させようとしていた。意地の悪い常盤すらやらない。
知努も反射的に握り返す。店長と職場体験中の忠文は見当たらなかった。客の多い時間帯を避け、遅めの昼休憩に入っているようだ。他の客もいない。
冷蔵ショーケースの傍でいた夏鈴は、ミユビナマケモノのぬいぐるみを抱いている。知努の部屋から攫っていた。接客の挨拶をせず、要求するように心付けの単語を何度も出す。
「フルーツタルト2つをtake offで」
彼が常軌を逸した接客を受け入れ、注文する。俯きつつ久遠もショートケーキとショコラケーキを頼んだ。そして、会計場の机へぬいぐるみを置き、夏鈴は商品を用意する。
知努が代金と15%分の心付けを支払う。彼女は2つのケーキを載せた紙皿と、1膳の割り箸を冷蔵ショーケースの上へ置く。久遠が正当な客として扱われていない。
レジスターの横にあった小さな瓶へ100円硬貨を2枚入れ、彼は夏鈴から取っ手付きの箱を渡される。喫茶スペースの利用が、別の心付けを求められていた。
2人は商品を座席に運んで座る。冷遇されていた女子高校生が、対面の知努へ目を閉じるようにと命ず。彼は従い、ゆっくりと瞼を閉じる。すぐ頬へ両手を添え、久遠の唇が重なった。
洋画の英国秘密情報部の諜報員と同じく心理戦を始める。誘惑に負け、舌を入れてしまえば、知努は夏鈴の前で醜態を晒す。それが彼の弱みとして、相手に掌握される。
5秒間、互いの動きを待つ。そして、久遠は彼の口内へ舌を侵入する。知努が舌を絡めようとした矢先、引き戻ってしまう。間髪入れず、彼の舌は久遠に強く噛まれ、流血した。
噛み千切られる危険を感じ、知努が左右の親指を彼女の喉へ押し込む。気道を圧迫し、彼女の歯は離れる。久遠の藻掻き苦しむ様子を、彼が表情を変えず眺めた。
殺意や憎しみは無く、彼女の死を望んでいない。ただ一時的な支配を楽しんでいた。誰もが欲し、手放さなければならない特権だ。
2人の退店を待つ夏鈴は作業場に移動していた。彼女の救助が期待出来ない。40秒近く経ち、知努は久遠の喉から親指を離した。彼女が喉を押さえて咳き込みながら吐き気を催す。
「噛む力間違えただけでこんな事をするなんて酷い人です。夏織と常盤に言います」
「愛羅はハブるんかい! 俺が悪かったから許してよ、久遠ちゃん」
久遠は目を閉じて、軽く開口する。その意図を察し、彼が割り箸でケーキを食べさせた。紙皿のケーキを完食し、彼女は隣の知努へ再度先程と同じ指示を出す。
彼が顔を顰めながらそれに付き合う。久遠が知努の膝へ乗り、首の後ろに両手を回して唇を重ね合わせる。舌を侵入させ、出血していた部分を撫でるように舐めた。
靴を脱ぎ捨て、両足も彼の腰へ持って行き捕らえる。彼は背中を抱きながら舌を吸われた。生温かさに包まれ、理性の干渉を受け付けなくなる。
舌を解放され、知努が彼女の舌と絡めて、吸い付く。ナパージュのように久遠の唾液は甘い。売り場へ戻った夏鈴が、ミユビナマケモノのぬいぐるみの目元を手で覆いながら見守る。
数分間、互いの舌を味わい、久遠は満足して唇と両腕を離す。端無い体勢にも拘らず、彼の腰を両足で挟んだままだった。
「俺のド〇ネーターが執行モード、リーサル・エリ〇ネーターだからはよ離れて貰えます?」
「それは大変ですね。2人でトイレ行っちゃいますか」
彼は顔を逸らして、左右の人差し指を交差させる。彼女が嘲笑しながら両足を降ろし、靴を履く。LIFEの連絡先交換を強請られ、知努は半ば諦め気味に行った。
彼の頬へ口付けし、久遠が軽い足取りで店の出入口へ向かう。不機嫌な夏鈴は、通り掛かった彼女の太腿に膝蹴りを入れる。情けない悲鳴を上げて、久遠が床へ座り込んだ。
次の嫌がらせを受けないうちに、彼は救いの手を差し伸べる。彼女の背中と両膝裏に手を回して抱き上げ、店の外まで運んだ。久遠が建前か本音か分からない想いを告げる。
ここまで読んで頂きありがとうございました。次の第4章、『C消滅作戦』は『般若』や『ピューマ』などと形容されていた女子、萩宮巡が三中知努兄様を奪還しようとする内容になります。
堪え性の無い凶暴な女子の憎悪、それを利用する青年の策略、是非お楽しみ下さい。




