第143話娘一家と部外者、来る
居間にいた、紫色のカーディガン姿の祖母と遭遇し、詐欺を働く女子高校生の正体を見破る。染子の想定より多くの情報を持っていた。残りの3人も玄関を上がり、居間へ向かう。
卓袱台の前で祖母と祖父が座っていた。彼らの娘は孫達と守銭奴を連れて来ると事前に知らせていたせいか、4人が到着するまで頑固な老人を祖母は引き留めていたようだ。
「親不孝な娘に、畜生に、義仁が甘やかし過ぎた乞食め。お前らの顔を見たいと誰も頼んでいない」
「葬式しても弔問客0人の誰かさんより、乞食は人望あるわよ」
眉間の皺が濃い、灰色のポロシャツを着た老人へ全く敬意を払わない染子は、食って掛かる。斎方の祖父も彼女のハイエナのような所業を知っていた。誰かが定期的に彼らの周辺情報を伝えている。
味方の少ない老人は反論を止めて沈黙した。彼の孫2人が助け舟を出そうとせず、スマートフォンの画面を見ている。その片方は暗い画面を凝視し、装っていただけだ。
涼鈴は先日、通話のやり取りで出した脅迫の真意を明かす。マロンの亡骸を生ゴミのように埋める行為が、命の向き合い方として正しくない事を知って貰いたかったようだ。
「ちーちゃんにマロンを殺させたのは正直許したくないけど、過ぎた事だしね。お父さんは悪い人じゃ無いから、普通の弔い方をするよ」
「そうだな、そこの畜生と比べたら俺は善良な人間だ」
斎方の祖父は知努の方に視線を向けたが、彼は関わりを拒む。マロンの件が1つの終わりを迎え、知努は憎む気持ちを失っていた。それが可能な範囲の譲歩だ。
染子は涼鈴へ彼が斎方の祖父から疎まれている理由を訊く。マロン以外の確執を生む要因は、知努と交流の長い彼女すら思い当たらない。
「きーちゃんと、別人格のちーちゃんの前で、きーちゃんのお母さんと、まだ赤ちゃんだった弟が轢き殺されたんだ。犯人は私の兄だよ」
「それを許せなくて、2人は私の兄を惨殺しちゃった」
ウサギの殺処分経験を経て、不必要な命の概念を彼が学んでしまった。女性と赤子を殺害している男は排除すべき異物と見做し、惨い仕打ちを行う。
絹穂の弟さえ生きていれば、2人があの凶行を中止していた事を涼鈴は示唆する。家族を奪われた少女の強い憎しみが解消される手段は、殺害だけだ。
「轢き逃げしたカスが生きる必要なんて無いわ。因果応報よ」
染子が殺された男の存在を嫌悪する。もし長年に亘り、絹穂の母親は彼を脅迫し、金銭を巻き上げていた過去があれば、同情の余地は残る。
彼女が事件の動機を知ろうとした。涼鈴の口からその内容を伝えられる。彼女の兄は絹穂の母親へ好意を持っており、既婚者の彼女に離婚を迫って断られた。その腹いせで、2人の命が奪われる。
斎方の祖父は、傍観者として道徳に反した行為を侮蔑するだけだ。死を悼む気持ちが欠けており、誰の悲しみも共感出来ない。息子の死すら他人事だった。
「この話はもう終わり。あのカスがトンネル掘りでもしない限り、絶対に許せないわ」
「そうしてくれ。俺はマロンの命を粗末に扱った時から畜生だ」
知努はスマートフォンを上着のポケットへ入れて、その場に座り込む。祖父母宅の訪問での山場を乗り越え、彼が警戒心を解く。
斎方の祖父は、染子が語った独特な贖罪方法を仏教の修行と取り違えてしまう。彼の妻はその間違いを訂正し、菊池寛の短編小説、『恩讐の彼方に』を教えた。
そして、彼女が壁側で置いていた大きな紙袋と革製カバンを取りに行く。戻った斎方の祖母はカバンの中から財布を出して、染子へ5000円紙幣を渡す。形だけの感謝をして、彼女が受け取る。
次に、紙袋で収納されていたコアラのぬいぐるみを出し、机へ置く。それを知羽の誕生日を祝う贈り物と紹介する。染子が勝手に『ラッキーくん』の名前を付けた。
「あのコアラのCGキャラクター、ランくんや! ラッキーくんやと、丸めた高菜みたいな奴になるやん」
「お前、コロス!」
彼女は奇形の怪物を演じる。無愛想な表情で知羽が感謝の言葉を呟き、ぬいぐるみを抱き上げた。斎方の祖母は新たなぬいぐるみを紙袋から出す。赤褐色の動物が着物を着せられていた。
黄色の生地に黒い斑点模様を付けており、熟しているバナナか、ジャガーの風貌と同じだ。知努は奇抜な着物より、巻いている帯へ注目した。赤松と杉の木の山を柄にしている。
「この子をマロンの生まれ変わりだと思って、大事にしてあげて」
「うん、ありがとう。俺、大事にするよ」
彼が涙を零しながら微笑み、ぬいぐるみを抱く。染子はその光景を撮影し、チャープへ投稿した。ぬいぐるみの存在を使い、知努へ他の女子達の敵意を向けさせる。
『みなかいぬ君(15ちゃい)、斎方のおばあちゃんからペットを貰ウータンゴw。これでワカメとチビはイランウータンゴねぇ』
指の本数と、目の周りにあった黒い模様が斜め下へ伸びている特徴から、知努はぬいぐるみの種類を割り出す。南米の森に生息するミユビナマケモノだった。
丸みを帯びている顔立ちと、垂れた目尻のような黒い模様は女性のようだ。化粧品販売員の真似をする、女性芸人の顔が1番近い。
涼鈴にねだられ、ぬいぐるみの体を彼女の方へ向ける。そして、スマートフォンで彼と一緒の写真を撮った。涼鈴は、ぬいぐるみの着物を3割引きシールを貼られるバナナに準えてしまう。
野生のナマケモノが体毛へ苔を生やし、木の瘤に偽装して、天敵の目を欺く。その生存戦略を参考にして、バナナやジャガーと似た模様の着物を着せている。
「木の枝にぶら下がって寝ていても、天敵はバナナかジャガーと思うだろう。良いセンスだ」
「下らん。精神年齢の低さは親が親なら子も子だ」
斎方の祖母は、息子達の養育結果を訊いた。ぬいぐるみで懐柔される幼稚な孫と違い、誰の管理も受け付けない人間へ育つ。斎方の祖父がその失敗を認める。
頑固老人の妨害を封じた彼女は『プロジェクトT』の進捗状況を話題に出す。知努がその情報の流出を嘆いた。涼鈴や染子は彼から内容を聞かされておらず、知努に説明を求める。
彼がその全貌を語った。洋菓子専門店の子供客を増やす目的で、ぬいぐるみ搭乗用の模型製作を店主から依頼される。模型の種類を指定し、彼は必要資金の半分を肩代わりした。
〇産製SUV、『〇ラノ』が選ばれる。店主はこの車を所有していた。アパアパがその模型へ搭乗し、店内で一定期間、展示される予定だ。計画を知る義仁が情報を流出させていた。
「今は部品を発注した工場から荷物が届くのを待つ状態。頼むから口外禁止な」
「コソコソそんな事していたのね。毎年の自動車税114514円納付しなさいよ!」
知努がぬいぐるみを上げて、顔を隠す。追及を凌ぐ彼へ染子は帯の差し押さえを脅迫に利用した。その様子を斎方の祖母が夫婦漫才と形容する。
ミユビナマケモノの心情を代弁し、涼鈴は〇ヨタ・クラシックの模型製造を要望に出す。良家の子女が通学や習い事へ通う際、この車の後部座席に乗る印象を彼女は持つ。
車種に疎い斎方の祖母が、その車の紹介を頼んだ。知努はタブレット端末を出して、イラストを見せながら説明する。〇ヨダ・AA型乗用車を基にして製造した乗用車だ。
流線形の車体と、標章を前方に掲げる特徴があった。限定受注生産で100台しか生産されておらず、その希少性も涼鈴を惹き付ける。
車体の色は黒と濃赤の2色を組み合わせていた。斎方の祖母が、特権階級の人間しか所有出来ない乗用車だと彼へ感想を伝える。20世紀初頭の時代が濃く形に表れていた。
「アパアパが運転席に座っていたら、資産家令嬢を送迎する使用人だね」
染子はそれを成人向け映画の役柄と解釈する。この場にいた人間を代表して、知努が彼女の頭を叩く。
涼鈴は染子の母親へ行儀の悪さを報告する事を表明した。家族の一員を侮辱され、不快感を露わにする。
斎方の祖母は知努の近況をほぼ把握しています。




