第141話グリコーゲンと懐かしさ
彼らが新たな展示の前に行き、懐かしさを抱く。大阪に本社を置く食料品企業の内容だった。チョコレートを掛けている細長い菓子、乳酸菌入りクリームを挟んだビスケット、食玩のキャラメルなどで有名だ。
唯一、どの菓子も食べた経験を持たないユーディットは俯く。その様子に気付いた京希が知努へ菓子に関する思い出話を訊き、染子の注意を引き付けた。隙あらば凶暴な女子は虐めを働く。
小学生時代の遠足で、染子にキャラメルを略奪されたり、叔父と神戸の製造工場へ見学しに行ったりする出来事を知努が語った。幼馴染の女子は今まで彼から多くの物を盗んでいる。
「まるで私が野蛮人みたいじゃない! 次、私の悪評を広めたら、偽大和のプラモをドブへ沈めるわ」
「苦労して作った三笠に八つ当たりするな。キーちゃんの尻を触る奴が何を今更」
製造工場の見学でキャラメルを貰えたと予想し、秋菜に知努が腰を叩かれてしまう。そして、恨み言を浴びせられた。その食玩のキャラメルは店頭に並ぶ機会が減少し、すっかり希少な菓子となる。
彼は見学者土産の情報を付け加えた。ビスケットの製造過程を見学し、製品を土産に貰う。手強い競争相手を持つキャラメルと違い、様々な店でその姿を見かける。
染子が工場見学の脱落者について嘘を吹き込む。行儀の悪い見学者は脱落し、防衛省管轄の砂漠飛行禁止区域、エリアサルへ連れて行かれる。その後、月の使者が持つ高度な技術でトウモロコシに変えられてしまう。
「もう、これで彼らが人類を作り出した理由が分かっちゃった、よね!」
都市伝説番組の進行役を真似て、知努は代わりに話を締め括る。エリアサルや月の使者が彼らの記憶からすぐ消去された。本来の目的へ戻り、鑑賞に集中する。
1枚目の写真付き説明文に、食玩のキャラメルの誕生秘話を載せていた。これまで両手を上げるランナーの包装箱イラストや、キャラメルの形以外、多くの人々は目を向けていない。
薬種業だった企業創設者が、牡蠣に多く含まれる成分、グリコーゲンの効果で息子の病弱体質を治した。その経験を経て、グリコーゲンを含むキャラメルは誕生する。企業名もこのグリコーゲンから取っていた。
苦い食品を嫌う傾向のある染子が不快感を示す。更に、食中毒を起こす危険性まで疑う。冬の時期に、牡蠣の食中毒は毎年発生している。
「牡蠣を丸ごと入れていないから大丈夫だろ。〇リコで中る話なんて聞いた事無いぞ」
「オムライスで中りそうだった人間が何か言っているわ」
染子の嫌味を聞き流し、知努が説明文を黙読した。製造工場に展示している物と大まかな内容は変わらない。宣伝文句通り、キャラメル1粒が300メートルを走る為に必要な生理的熱量を持つ。
少年期の彼は休日に、良くそれを食べてから模型作りをした。1粒分の生理的熱量がすぐ消費され、夕食の妨げとならない。母親の涼鈴はいつも息子へそのキャラメルばかり与えていた。
菓子が原因の厄介事に彼はその当時、巻き込まれてしまう。ある日、『排気量約2Lの旧式国産スポーツカー』と、『国産初大衆車』の模型が盗まれた。
知努の外出を見計らい、窃盗犯は涼鈴に見つからず彼の部屋へ忍び込んだ。盗難品が後日、洋菓子専門店で発見され、知努は先代店主に事情を訊き出す。
チョコレートケーキの報酬を条件に、腕力の強い女子が模型の期間展示契約を持ち掛けたようだ。2種類とも、嵐を呼ぶ5歳児のアニメ映画で登場しており、幅広い世代に認知されていた。
外回り営業の真似事をしていると思い、店主は彼女の遊びに付き合う。クッキー売り場の傍で展示を始めた影響か、以前より客達の視線が商品へ向けられ、クッキーの売り上げを伸ばす。
知努は呆れて、腕力の強い女子を責める事が出来なかった。盗難品は翌週に彼の手元へ戻り、棚の中で保管される。その事件を思い出してしまう為、チョコレートケーキをしばらくの間、避けていた。
ユーディットが美人画の説明を知努に求める。大正時代の煙草は美人画を封入しており、そこから企業創業者が食玩の発想を得たようだ。彼は定義の難しさに唸りながらタブレットを出す。
「近いのはこのイラストかな」
茶髪女性のイラストを彼女に見せる。白粉を塗っていたような顔色や、切れ長の瞳が古来の美的価値観を表す。唇に紅も引いており、艶やかだ。
しかし、ユーディットは女性の美しさを感じ取れなかった。病弱体質の常時介抱を必要とする印象を抱く。東洋の美人は不幸だったり、病弱な風潮が根付いている。
彼女が画面に指を滑らせ、別のイラストを表示させた。装輪装甲車は側面へ『EYE HAVE YOU』の文字を刻み、重機関銃を搭載している。染子が覗き込んで、嵐を呼ぶ5歳児のアニメ映画を出す。
「これに乗って、追手のオトナ達から逃げていたわね」
「そいつら、らりるれろだろ」
食玩のキャラメルには創業者の考えが反映されていた。子供の二大天職は遊ぶ事と食べる事だ。それが同時に、購入者減少の理由となっていた。食玩への興味は成長に伴い、薄れていく。
生キャラメルが流行した数年間を凌ぎ、他社のキャラメルは未だ根強い人気がある。知努も数ヶ月に1回は購入していた。しかし、時折食玩のキャラメルが恋しくなっている。
真心を模ったキャラメルは歯に当たらず舌触りの良くする、創業者の配慮があった。その制作は当時の製菓職人が匙を投げる程、困難な挑戦だ。創業者の試行錯誤の末、完成する。
展示の説明文を黙読した彼らは、食料品企業の偉大さを学ぶ。鑑賞を終えて、1階へ降りるエレベーターに向かう。残す旅行の予定が地元へ帰るだけとなった。
2時間後、しばらく乗り換えの無い電車内で、知努はイラスト制作に没頭している。茶色の丸眼鏡を掛け、黒い徳利首を着たイラストのアパアパは冴えない中年のようだ。
背後に通天閣があり、アパアパの横には排気量約2Lの白い旧式国産スポーツカーが停まっていた。手打ち式パチンコや食料品企業など前時代の展示は、色濃く知努の記憶に残っている。
昭和の映画を好み、作った車や兵器の模型も同じ時代ばかりの性分に合う。昭和中期を懐かしむ大人の心情が平成生まれの彼は何故か理解出来る。
「やっぱり見栄っ張りなオランウータンね。この車がショーワの流行だったのかしら?」
ほとんどの男女が寝ていた中、ユーディットだけは彼の肩へ寄り掛かりながらタブレットの画面を睨む。スポーツカーが速度超過や、運転操作の誤りで頻繁に事故を起こす偏見を抱いているのか、やはり反応は芳しくない。
「〇リコのおまけでこれの玩具が付いていた時代もある位にね。でも、実車は当時の高級車2台買える価格で、生産数も少ないからオランウータンには絶対手が届かないよ」
平成に昭和の要素を織り交ぜる有名な作品はもう1つあった。通天閣のイラストを見て、彼がふと思い出す。そして、通天閣の隣へ何かを描き足した。
巨大鉄球を載せている二足歩行兵器のイラストだ。逆関節の重厚な脚、腰部の機銃も目立つ。この兵器が映画の大きな見せ場の1つだ。しかし、劇場公開から数年経過しており、彼の観た記憶は曖昧となっている。
区切りの良い所まで描き上げ、知努がタブレットのスリープボタンを押して、旅行の感想を訊く。十分楽しんだ事を話しつつ、ユーディットが邪魔者のいない京都旅行を期待する。
具体的な計画をまだ立てていない彼は、留守番していたクーちゃんの気持ちを代弁しはぐらかす。家族を無碍に出来ない彼女が呆れた声を出しながら彼の頬を抓る。
令和の読者に伝わらなさそうな要素だけ注釈を入れます。
〇工場見学の脱落者=『チャーリーとチョコレート工場』が元ネタとなっています。
〇エリアサル=猿ヶ森砂丘や下北砂丘と呼ばれる場所です。ほぼ防衛装備庁の弾道試験場となっています。エリア51の都市伝説と同じく、地球外生命体を隠匿している場所の設定です。
〇トウモロコシ=マヤ文明の伝説で、神々はトウモロコシを練って人間を創造した言い伝えがあります。そこから、宇宙人は人間を燃料に利用出来るトウモロコシへ変えた話を作っています。
〇排気量約2Lの旧式国産スポーツカー=〇ヨタ・2000GT
〇国産初大衆車=〇バル・360
〇装輪装甲車=『メタルギアソリッド4 ガンズオブパトリオット』に登場する武器商人、ドレビン893のストライカー装甲車の事です。
〇らりるれろ=『メタルギアソリッド』シリーズのナノマシンの作用で愛国者達が発音出来ず、らりるれろに置き換わります。
〇二足歩行兵器=『20世紀少年最終章 ぼくらの旗』に登場するともだち暦3年の巨大ロボットです。
球体の頭部から逆関節の脚が付いている姿が正しいです。知努の描いたイラストは『メタルギアソリッド ピースウォーカー』の二足歩行兵器と混同しています。




