第137話だいだら
天王寺動物園の正門まで戻り、彼らは対面方向にある特徴的な新世界の街アーチをくぐろうとして、染子が横の赤い建物に興味を示す。実弾の使用禁止を警告する看板が、板の柱へ掲載されていた射的場だ。
過去にそういった事例があると勘違いし、ユーディットは危険を感じていた。それを面白がり、文月が嘘の掲載経緯を吹き込む。以前、泥酔状態の貴史は射的場内で実弾射撃をしてしまい、店側が危険な客を警戒するようになった。
「あーもう滅茶苦茶だよ。勤務中に飲酒した挙句、チャカぶっ放すなんて」
特に目立つような不祥事を起こしていない貴史は、頬の切創だけで悪徳刑事の印象を持たれていた。知努の補足説明に対し、ユーディットが夏鈴の乱射行為を新たな原因として挙げる。
しかし、空薬莢1つ無くなっただけで大騒動になる組織の銃器庫から、軍用自動小銃を持ち出す事は非現実的だ。銃器と弾薬が同じ場所で保管されていると思い込んでいた彼女に、彼は弾薬庫の存在を教える。
夏鈴の前職が国家公務員以外の情報をほとんど知らないユーディットは、銃の種類を訊いた。彼が簡単に銃の特徴を答えるも、彼女の反応は薄い。
話題が長引く事を察し、京希は看板の警告が大阪ならではの冗談と明かす。それを知り、ユーディットが文月の側頭部を軽く叩いた。看板の謎が判明し、彼らはまた歩き出す。
染子1人だけが立ち止まったまま、射的場で遊ぶ事を所望する。彼らの大半が昼食を楽しむ気分になっており、彼女の提案は賛同されない。知努が団体行動を指示し、染子は不機嫌そうな態度で付いて行く。
強面ながらも、どこか大阪の人情を感じる中年男性の等身大人形が、串カツ店、『だいだら』の前に置かれていた。紅白柄の屋根の上にも同じ人形の大きな看板を付けている。
その横に、吹き出し表現の看板でソースの二度付け禁止の決まりを作った店と宣伝し、一際目立つ。新世界を代表する店の1つだった。
壁の水墨画風の看板すら、通天閣の懸垂幕へ店の売り文句を朱墨で表現する。知努はこの店を昼食の場所に選んでいた。根強い人気がある事を感じ、染子以外は反対の意見を出さない。
虫の居所が悪い彼女はちゃぶ台返しを試みた。それに対し、知努が奥を指差し、別の有名な串カツ店を新たな選択肢へ加える。力士の看板を象徴にしていた『褌担ぎ』だ。
知名度は全国規模で無い一方、串カツ以外の料理も充実している。新世界だけで2店舗あり、向かい合わせの立地だった。彼は2回、大阪駅付近の店舗を訪れている。
店舗名が気に入らず、染子は老舗串カツ店を選択した。列に並んでいると、絹穂が知努にスマートフォンの画面を見せた。チャープでまた華弥はアパアパの衣装デザインイラストを投稿している。
調理白衣を着たアパアパは先程の衣装と違い、おかしな点が見受けられない。しかし、彼は隠された経歴を疑う。米海軍の対テロ部隊に所属していても驚かない。
調理服姿のアパアパを知努が『オイシー・オライバック』と呼ぶ。このオランウータンは、電子レンジで時限爆弾を作り、厨房を暗黒の領域へ変える。
他の男女も衣装デザインイラストを覗き、中華料理店の従業員が適任や調理中に喫煙し兼ねないなど、様々な意見を出すも、概ね好印象だった。
知努がスマートフォンを出し、チャープで華弥の投稿にメッセージを送る。一般的な知名度はそこまで無いのか、肉切包丁を持つ傭兵に対し、映画の主人公が何度も両手を大きく振った場面は通じない。
『オライバック は ふしぎ な おどり を おどった』
10分程待ち、店内のテーブル席に案内されて、彼らが着席する。キャベツを載せた皿はあらかじめ用意されていた。すぐ知努が用途を説明する。
被害を受けやすい染子の隣は絹穂が宛がわれた。対面の慧沙は2人を水商売の女性に見立てる。
絹穂の食事量を見せられた客が途中退店すると染子は揶揄した。知努が肉食動物のような女子しか周りにいないと絹穂を擁護する。隣の慧沙は財布の中身を心配した。
品書きの品目を確認し、あまりの多さに横の席からユーディットが知努の助言を求める。彼は『店舗限定セット』を選ぶ事を勧めた。単品注文より安く、どの具材も基本的だ。
店員に人数分注文し、料理が運ばれてくる間、慧沙は店名の由来を訊く。知努が判明していないと断りつつ、仮説を話す。
『だいだら法師』のような肉体労働者に、初代の女将が串カツを振舞っていた事からこの店名を選んだ。伝承によって名称や容姿は異なり、知努の印象が三重県の大王島を占拠して、周辺の漁村から米や船ごと魚を強奪する1つ目の褐色巨人だ。
ドリンクと一品料理のどて焼き、キムチ、枝豆を運ばれ、彼らは合掌し食事を始める。知努しか枝豆を選んでおらず、感性が中年だと絹穂に指摘された。
特製ソースを入れているステンレス製の角形容器と、15種類の串カツを載せたトレーは10分後に運ばれる。店員から串カツの種類を説明されたが、食べているうちに忘れてしまう。
日頃、揚げ物をあまり食べない女子達は完食出来る自信が無いと不安を抱く。知努は残った分を食べると約束し、彼女達を安心させた。
餅串特有の、煎餅と餅の両方を楽しめる触感が好評だ。アスパラガスの苦みは揚げ物になると、そこまで気にならず、アスパラガスが苦手な京希も問題無く食べていた。
揚げる時の油をこだわっていた為、満腹状態の女子と小学生はそれぞれ2個程度しか残していない。知努が野菜の串を回収し、絹穂と共に食べていく。
喋る余裕があった彼女は、ヨシエの自慢に辟易していると苦言を呈した。ドイツ製乗用車へ乗車する経験をさも納車していたかのように、何度も聞かされるようだ。
製造元の興味が薄い絹穂は、知努が運転する乗用車の助手席へ1人目として座りたいと強請る。自動車教習所の教官は除外していた。染子がシフトレバーを特定の隠語として使用し、絹穂に頬を強く抓られる。
「うん、分かった。きっと乗せるよ」
約束を破った場合、アパアパが赤い三輪車に乗って訪れる事を絹穂は話す。即座に知努はぬいぐるみの帰宅を命ず。足枷を嵌められていたり、彼の顔面へ罠の機械を装着させられたりする状況が想像出来た。
頬から絹穂の手を離され、染子は購入する乗用車の製造元を知努に指定して、ユーディットから却下されてしまう。しばらく2人は異なるドイツの製造元で意見を対立させた。
トレーに串しか載っていない状態となり、彼らが席を立つ。会計を知努に任せて、残りの男女は店の外へ出る。彼を待つ間、絹穂がスマートフォンの画面を見ながら溜息を零す。
LIFEの個人間やり取りで、『般若』の不満を聞かされていた。知努と関われない生活は虚しく、かけがえのない過去が唯一の支えだ。絹穂は返信せず、スリープボタンを押す。
知努が合流すると、次の行き先について慧沙が説明した。新世界の象徴となっている通天閣へ上がり、大阪の街並みを見渡す予定だ。
射的場に未練を残す染子は、彼の計画を無視して反対方向へ行く。残された彼らが諦めて、彼女の要望を叶える。




