表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第3章龍に成れなかった鯉
136/145

第136話無機質なプロパガンダ


 作中に登場するコンクリート像は、基となった像が実際にあります。


 気乗りしないのか、フクロテナガザルの喉袋は一向に膨らまない。京希が移動を促した事で、彼らは諦めて歩く。特徴的な習性を見られず、秋菜が落胆する。


 数分程歩いた先で看板とチンパンジーらしき2体の像を見つけ、彼女は確かめに行く。2匹のチンパンジー、『ルタ』と『ライド』を紹介する看板だった。


 様々な芸で年間入園者250万人の記録を達成するも、ルタとその花婿、ライドは戦時中に政府の宣伝道具となってしまう。そして、ルタはライドとの子を身籠ったが、栄養不足の影響で死産し、翌日に亡くなる。


 ルタの死去を悼んで、像を数ヶ月後に建てた。しかし、吹き付ける予定だった青銅が物資不足で入手出来ず、未だコンクリート像の状態となっている。


 ナイフとフォークを扱うルタと、軍装のルタ、学生服姿のルタとライドの写真も掲載されていた。足を軽く組んで座るルタと、彼女の背中に右手を置いたライドの像は哀愁漂わせる面持ちだ。


 それぞれ来園者を楽しませていた頃のブラウスや法被を着用している。人々の業は永遠に消えなかった。戦時下で多くの動物が殺処分され、月日の経過と共に人々の記憶から忘れ去られている。


 ルタとライドの像は鑑賞者に多くの悲しみを伝えた。写真やコンクリート像を鑑賞し、彼らが平和について思案する。白猫や赤虎柄秋田犬の顔を思い浮かべ、京希とユーディットは涙を零す。


 慰める為、ユーディットを後ろから抱き寄せた知努が、ルタの像を凝視する。青銅を吹き付けていない事で戦争の愚かさを人々に伝えていた。完成当初から何も手を加えられていない。


 「人間は貧しくても豊かでも戦争を行う。無関係なチンパンジーを死に追いやっても止めない」


 動物園を営業出来る程度の平和が続く今日、オランウータンのぬいぐるみはルタと同じく、思想の道具にされていた。人々の本質が戦時中から全く変わっていない。


 絹穂は俯いて空腹感を小さく訴えた。食欲に対する執着が強く、飢えたルタの心情を察してか、彼女は不安を抱く。知努がそれに同調し、ユーディットを離した。


 動物達の犠牲を2度と繰り返さない事を願い、彼らは出口付近の売店に行く。悲しみが強く、まだ楽しそうな表情は戻らない。


 店内へ入り、知努がぬいぐるみの陳列棚を探す。夏鈴のぬいぐるみの代わりに、キリンのぬいぐるみを用意して、ヨシエを納得させるつもりだ。実物に忠実な容姿かどうかはほとんど考慮していない。


 中央部の棚に、目的の商品が並んでいた。特徴的な首の長さと体の網目模様を表現しつつ程良い大きさで制作されている。値札の金額に少し驚くも彼は商品を取った。


 他のぬいぐるみを眺めて、ユーディットや京希が喜ぶ。見るだけで彼女達は満足していた。その一方、絹穂がレッサーパンダのぬいぐるみを買い物かごの中へ入れる。


 Mサイズの為、大半の空間を占領していた。値段は凡そ5000円だが、彼女はその事を全く気にする素振りを見せない。


 他の彼らも集まり、染子が勝手にレッサーパンダのぬいぐるみに『ダンフォース』と命名する。すぐ絹穂は否定し、『小絹(こきぬ)』という名前を紹介した。染子がその名前から昔のテレビドラマを連想する。


 主人公の女性は結婚式場のバルコニーから転落して、過去の世界へ転送された。そこで小学生の彼女と出会い、過去の世界で一時を過ごす。


 28歳の主人公と10歳の主人公を区別する為、周りの人間達は名前の前に大小を付けて呼ぶ。放送時、染子は小学校低学年だった。


 テレビドラマの題名を間違って記憶しており、知努が呆れる。7月から9月かけて午後に放送していた影響で彼もかつての視聴者だ。


 夏休み期間中の小学生を対象視聴層に想定し、8月まで過去の物語を展開していた。結末が気になり、知努は録画してまで視聴を継続する。


 レッサーパンダを侮辱出来ない染子は代わりに、アパアパをこき下ろす。ルタと同じ環境下で飼育されていた場合、アパアパが檻から脱走し、通行人のオフロードバイクを盗んで山へ逃げるようだ。


 「奴はヤギのゲロをシチューのように食ってでも、生き延びるオラウータンだ」


 昼食を控えているにも拘らず、食欲が失せる話を聞かせ、彼女は周りから非難された。しかし、誰1人として、アパアパの風評被害に異を唱えない。蜜三郎と同等の存在になりつつある。


 10分後、土産の購入を済ませた彼らは店を出て、次の目的地に向かう。大阪を代表する繁華街、『新世界』だ。飲食店や娯楽施設が密集しており、ここだけであまり欲を出さなければ半日近く満喫出来る。


 秋菜や忠清が疲労を嘆き出してしまい、途中のコンビニに寄り、しばしの休憩を取った。まだコアラになる予兆は見られない。女子達が菓子売り場や飲料売り場へ散らばっているうちに、知努はチャープの投稿を確認した。


 華弥が梅雨の時期に合うアパアパの衣装を考案し、そのイラストを掲載している。茶色の貫頭衣は、縄文時代の衣類か、有名な戦争映画の撮影衣装にしか見えない。


 黒のラブラドールレトリバーをプロフィール画像に設定していた女子が反応する。勝手に知努の姉を詐称しており、彼は近頃ほとんど関わっていない。


 『石槍で猪を仕留めそうな格好ね。それより、このぬいぐるみ、ヌー(知努)の良い香りがするわ』


 洋菓子専門店に訪れ、アパアパの匂いを嗅ぐという奇行を働いたようだ。知努が苦笑し、忠清に衣装デザインイラストを見せる。彼は途中まで観た、山の中で保安官達が狂人を追う映画を連想した。


 スマートフォンの画面を覗く慧沙も、みすぼらしい印象を抱いている。自然保護活動の募金を促す時、この衣装のアパアパは最適な広告塔だ。赤茶色の体毛で覆われているにも拘らず、寒さが伝わった。


 缶コーヒーを持っている染子は絹穂に側頭部を殴られたと喚きながらこちらへ来る。すぐさま、絹穂が後を追い、痴漢行為の被害を知努に話す。


 彼は彼女の父親に相談する事を検討し、動物虐待のような画像を披露した。絹穂が体を震わせ、知努に身を寄せる。染子は彼女の両肩を引っ張るが、絹穂は猫の鳴き真似をして離れない。


 新世界の近くまで歩いていた最中、慧沙が唐突に『般若』との思い出話を彼に訊く。彼は映画鑑賞や車の模型製作を共に行ったなど当たり障りの無い内容を話す。


 京希が便乗し、『ニャープシャ』なる車の模型を知努と一緒に制作した出来事を語る。カーアクション映画に触発され、彼女から模型製作を提案した。


 彼は正式名称を紹介するが、周りの男女は全く聞き覚えが無いようだ。京希は模型の写真を見せ、ようやくユーディットは、父親が以前観ていた映画で登場する車両と気付く。


 「この前、今日の夕食は()()()()って面白くないギャグを言っていたわ」


 緑色の煙を出しながら走るカナコのデカールシールを装飾し、劇中に登場した車両の面影を少しだけ出す。橙色の車体はデカールシールに負けず目立っていた。


 染子が模型と同じスポーツカーでガソリンスタンドへ行き、スタンド店員から羨望の眼差しを受ける願望を抱く。レギュラーガソリンを注文するつもりだった。


 しかし、知努が高オクタン価(ハイオク)ガソリンを入れなければならないと指摘し、彼女は無知を晒す。そして、彼の背中を力一杯殴った。



 昔のテレビドラマ=『〇きんちょ リターン・キッズ』

 車両窃盗、ヤギの〇ロ、有名な戦争映画=『〇AMBO』

 ニャーフシャ=『スープ〇A80』


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ