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愛している人は近くて、遠い  作者: ギリゼ
第3章龍に成れなかった鯉
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第135話小さなアイドル


 頬に付いている髪の毛を取り除くと説明し知努は、後ろから反対側の頬へ手を回す。要求が通らないユーディットは退屈そうに鼻を鳴らす。


 彼女の顔を横へ向けさせて、目を閉じている知努の唇と重なり合う。掬い上げるように、彼女も頬へ手を添え、瞳を閉じる。互いの唇から放つ熱が2人の(タガ)を外す。


 手持無沙汰な指同士を絡めると、絹穂の呼び声を聞く。ユーディットに対する彼の心情を理解しつつも、呆れていた。唇を離し、彼女は笑みを浮かべて褒める。


 「ハッセさんが愛で苦しまないように、しっかり支えてあげないとダメだよ」


 ユーディットと共に立ち上がり、知努は背中から京希の忠告を受けた。すっかり舞い上がり、ユーディットがこの状況に相応しい聖書の語句を引用する。


 生気の無い表情の絹穂は、玉音放送の一節を呟き、疎外感に耐えていた。文月がそれに気付き、わざと彼女の様子を報告する。絹穂の制止は間に合わなかった。


 彼が彼女の隣へ行き、手を握る。気恥ずかしい台詞を言うと予想し、絹穂は沈黙を頼んだ。少し離れていた場所でもう1匹のチュウゴクオオカミも休息を取っており、野生の面影は無い。


 数分も経たないうちに、説明文が書かれている看板の前で、染子と秋菜は何かの使用権を巡って口論していた。知努と絹穂が事情を確かめに行くと、染子は女子小学生の頭を小突いた。


 彼女からの暴力被害を何度も訴え、秋菜が2人の背後へ避難する。染子は新しい通学手段を得たと宣言し、彼が怪訝そうな表情で看板の説明文を読む。


 チュウゴクオオカミは時速60キロで約20分走り、時速30キロで約7時間走れるようだ。軽車両として利用する場合、大型の個体が必要になり、道路の制限速度を遵守しなければならない。


 染子や秋菜は制限速度を守らず、至る場所で玉突き事故を起こすような通学を考えていた。知努が抑揚の無い口調で否定し、左右の人差し指を交差させる。


 「ムリダナ」


 「馬鹿野郎! まだ始まっちゃいねぇよ!」


 自転車の荷台へ乗り、彼に学校まで運転させようと考えていた。映画『キッズリターン』の有名な台詞を悪用する染子を無視し、知努が絹穂と共に次の展示へ向かう。彼女の快適な通学は始まらなかった。


 レッサーパンダが起きており、ガラス越しにこちらを眺める。褐色の瞳と果実のような黒い鼻は、彼女の心を射止めた。そして、彼の袖を軽く引っ張り、居住を提案する。


 残りの男女も気に入り、撮影した。キャリーケースからタブレットと専用のペンを出して、絹穂がしゃがんで描き始める。レッサーパンダに対しての熱量は並々ならない。


 彼女が作業をしている間、知努は説明文に目を通す。人間達から愛らしい行動と侮られている、両前肢を上げた威嚇行動が踵行性(しょこうせい)と密接な関係性にある。


 レッサーパンダは踵を地面へ付け、二本足立ちをしていた。この習性が特有の威嚇行動を可能にしている。熊と霊長類以外は、踵を地面へ付けないようだ。


 餌についても書かれており、笹やペレット、林檎を基本的に与えられている。笹を齧っていたレッサーパンダの丸い写真を見て、秋菜が騒ぐ。


 余程、気に入ったのか、染子は何かの間違いで庄次郎がレッサーパンダへ変身する事を願う。反応に困り、知努は弟がいつまでも彼女の傍にいると限らない事を呟く。


 彼を実の兄同然に慕う忠清は、彼の片腕を抱いて離れたくない意思表示をした。染子が皮肉交じりの感謝をして、レッサーパンダの歩く様子を見守る。


 しばらくし、完成した絹穂のイラストは、林檎を抱いてこちらを向くレッサーパンダだ。周りが称賛する中、染子は唐突に『ダンフォース』を覚えているかどうか尋ねた。絹穂が道具を片付けて、侮蔑の目線を彼女へ向ける。


 「餌の林檎に爆弾を仕込むなよ」


 知努の一言で、彼らは染子の無神経な意図を理解した。文月が林檎の送り主について訊く。そして、染子がユーディットを指差し、爆発で愛らしい動物の体は展示ガラスにへばり付くと末路を語る。


 反射的に彼は不快感を示し、ユーディットの踵が足の甲を踏みながら捻じった。絹穂は食事の用意をするレッサーパンダを描いたと説明する。


 ようやく、レッサーパンダの展示場を離れ、彼らは横を歩きながらフンボルトペンギンの展示を見た。中央の大きなプールで泳がず、床を歩いている。知努が看板の前に立ち止まり、説明文を黙読した。


 一般的なペンギンと違い、南アメリカの沿岸部で生息しているようだ。鳥類の彼らは飛行より泳ぎに特化した進化を遂げ、陸と海を行き来している。

 

 ニホンコウノトリの展示場の前で、京希がコウノトリの赤子運搬について話す。彼女は幼い頃、両親からコウノトリが赤子の京希をカゴに入れて、彼らの元へ運んだと聞かされている。


 秋菜はコウノトリの活動に感心し、赤子の知努をどの動物が運んだかを訊く。彼は1人の少年が神社から運んだ話を聞かせた。染子は、それを変質者が洗脳する為に用意した、与太話だと嘲笑する。


 「()()()()()をそんな風に呼ぶな」


 話の少年を櫻香と解釈していた彼女は、知努の苛立ちに困惑してしまう。呼び方と侮辱された時の台詞が忠清そのものだ。該当する人物を知っていた京希と絹穂は彼を宥める。


 新たな展示に向かうと、ドリルが檻の内側から彼らを見ていた。黒い顔と周りの白い毛の特徴を持ち、国内展示はここでしか行われていないと、看板の紹介文に書かれている。


 馴染みが薄いため、先程のような会話は行われない。数分程、珍しい動物を鑑賞し、隣の展示に移動する。フクロテナガザルの名称を紹介文で知り、染子が忠清の話題を出す。


 白木一家は、嵐山の土産売り場で偶然、生まれたばかりの忠清を見つけて購入する。観光地で平然と人身売買が行われていた。


 更に、義仁は毎年の猿インフルエンザのワクチンを忠清に受けさせているかどうかが気掛かりとなり、それを聞いたユーディットは彼との距離を取る。


 「猿インフルは架空の病気だぞ」


 知努によって、染子の妄言がすぐ嘘だと明かされた。従姉に避けられてしまい、忠清は頬を膨らませ、不機嫌となってしまう。

 

 そのやり取りを見ていた京希が混合ワクチンの事を思い出す。まだ白猫達は毎年恒例の混合ワクチン接種を行っていなかった。知努もすっかりその存在を忘れている。


 病院嫌いの2匹が行き先を悟り、激しい抵抗を行う。京希はワクチン接種当日に彼の同行を頼んだ。小さな猛獣2匹は彼女の手に負えない。


 「チー坊は猛獣の扱いに慣れているし! 金色ワカメライオンの飼育員じゃん!」

 

 文月が軽口を叩くと、ユーディットは彼女で無く、知努の背中を軽く殴る。擁護されない事を予想されていた。京希の頼みを引き受け、彼はユーディットの頭を撫でて機嫌取りする。


 喉袋が膨らんでいないと、チンパンジーにしか見えないフクロテナガザルの顔をしばらく眺めた。膝を抱えて座る横顔に既視感を抱く。堀の深い目元と半開きの口はハリウッド俳優の誰かと似ていた。


 1分程、思考し、西部劇の名無しの男を連想する。あまりの高い一致に感動して、彼が撮影した。


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